第10話 ディナータイム①
「旦那様。モルガナ様をお連れしました」
食堂の扉がゆっくりと開かれた。
長い一枚板のテーブル。その周りに、深緑の革椅子が並べられている。奥には石造りの暖炉が、パチパチと心地よい音を立てて燃えていた。
一番奥の席に宰相様が座っている。部屋着だろうか。ラフな格好に萌える。そして宰相様の右手の席には、ミルディン様も座っていた。
(――ぐふっ、夫婦かな?)
宰相様と2人きり(ノスもいるけど)のディナーだと思っていたので、嬉しいサプライズだ。推しカプの食事風景を眺めながらとか、そんなの最高のおかずすぎる。
「おや、髪もすっきりして今日は一段とおしゃれじゃのう」
ミルディン様に褒められるのはもちろん嬉しいが……私はチラリと視線を向け、宰相様の様子をうかがう。
特に私の格好を気にしている様子はない。
人の格好とか気にするタイプじゃないのは分かっていたけれど、ちょっとガッカリだ。
視線に気づいたのか、宰相様は「座りなさい」と促した。
ミルディン様の向かいの席に座ろうと駆け寄ったところ、宰相様の足元に灰色の大きな犬が寝そべっていた。窓から外を覗いたときに見かけた犬だ。
(ミルディン様もいるし、もしかしてこの子も使い魔なのかも?)
座る前に、挨拶しておこうと身をかがめる。
「はじめまして。私はモルガナっていいます。あなたは?」
「……」
「……?」
犬は大きな欠伸をすると、再び寝入ってしまった。
「え? もしかして、こいつも使い魔と思ったノカ?」
頭上のノスがコロコロと笑う。
「ち、違うの?」
「普通の犬だゾ」
(うわあああ、恥ずかしいぃぃぃ!)
やってしまった。恥ずかしいところを宰相様に見られてしまった。恐る恐る上目遣いで宰相様をそっと盗み見る。
「ふっ、これはエルムという」
宰相様が笑った。
宰相様の笑顔って初めて見るかもしれない。驚いたのは私だけではないらしい。ウィンストンさんとミルディン様も、まるで信じられないものでも見たかのように唖然としていた。
「なんだ?」
妙な空気に、宰相様の笑顔はすぐに消える。
ほんと一瞬の出来事。
「旦那様の笑顔を見たのは何年ぶりでしょう」
ウィンストンさんはハンカチを取り出して涙をぬぐう。
「ぐぬぬっ。わしとてウォルの笑顔を見るために、努力してきたというのに……。こんなにも簡単に笑わせるとは」
ミルディン様はとても悔しそうだ。
恥ずかしい思いをした甲斐があった。超レアな宰相様を見ることができたようである。宰相様ってそんなに笑わないんだね。
さすが『氷の宰相』だ。
私は気を取り直して、椅子に座ろうとしたが、座面が高くて届きそうにない。自力でよじ登ったら、スカートが捲れてしまいそうだ。
これ以上恥をかくわけにはいかないので、ウィンストンさんに目配せをする。ウィンストンさんは軽く頷き、私をいとも簡単に持ち上げて椅子に座らせてくれた。
見れば、座面には私の背丈に合わせて分厚いクッションがいくつか重ねられている。おかげでテーブルとの高さもぴったりだ。さすがは有能な執事様である。
テーブルにつくと、ノスは私の頭から飛び降りて、ミルディン様のほうに駆け寄った。それから、ミルディン様の手にスリスリと甘える。私には見せない姿だ。
そんな微笑ましい姿を眺めていると、宰相様が口を開いた。
「モルガナ、体調のほうはどうだ?」
座った私にさっそく声をかけてくれたので、思わず「元気です!」と言いそうになるのを、すんでのところで飲み込んだ。
元気だとダメなのだ。
衰弱している私の面倒を見る人が魔塔にいないから、一時的にここに保護されているのであって、元気になったら魔塔に飛ばされてしまう。
「えっと……まだ熱が上がったり、下がったりで……」
私はできるだけか弱く見えるように、声を震わせて答えた。
「ほれ、まだこんなに小さくてガリガリなのじゃ! 回復するまでには、まだまだ時間がかかるじゃろうな?」
ミルディン様のほうが私より必死なような気がする。
私がいれば『闇属性の経過観察』という口実で、ここに自由に通えるからだろうけど……宰相様に会いたいからだよね。でも、宰相様は屋敷に帰ってこられないときがあるほど大忙しなのだ。ミルディン様も会えていないに違いない。
あれかな、ちょっとでも推しと同じ空気を吸いたいってやつかな……同志として痛いほど気持ちはわかる。
宰相様は私の身体を確かめるようにじっと見つめてきた。推しに見つめられて、ちょっと恥ずかしい。
「最初の頃よりはマシなようだが……報告によれば年は8歳だったか」
子供たちだけの会話で出た年齢をどうやって知ったのだろう。ポピーがウィンストンさんに話したのだろうか。ちゃんと宰相様に報告がいってることに驚いた。
「ふむ、小さいな……ウィンストン、食事を」
宰相様の短い指示で、ウィンストンさんが動き出す。もしかして、食べて大きくなれと言いたいのだろうか。すぐに大きくなるわけではないが、宰相様の気遣いが嬉しい。
「お忙しいのに夕食のお時間をとっていただきありがとうございます」
食事が運ばれてくる間に、私は宰相様にお礼を言っておく。元はと言えば、私が『差し入れ大作戦』なんて思いついたせいで、大忙しの宰相様に無理をさせて、時間を割かせてしまったに違いないのだ。
「お前たち2人に話があったからな」
(えっ、話ってなんだろう)
ミルディン様まで一緒に呼ばれているということは、魔塔関連だろうか。ここは体調不良ということにして、早々に退散したほうがいいかも?
……いや、せっかくの『推しカプ』が並んで食事をする姿を、みすみす見逃すわけにはいかない!
私が葛藤しているうちに、料理が運ばれてきた。
宰相様たちの前に、黄金色のスープや香ばしい肉料理、色鮮やかなサラダにホカホカのパンなどが次々と並べられる。コースのように一品ずつではなく、一度に食事が並ぶ形式なのは、身内だけの気取らない夕食だからだろうか。
目の前の料理は、前世の知識で思い描いていた「いかにも貴族!」といった豪華絢爛なものではない。宰相様は美食家らしいのだが、こだわるのは見た目の華やかさではないようだ。屋敷の裏に畑があるのも、採れたての野菜を食べるためらしいし、肉も森で狩ってきたばかりの獲物に違いない。
私はまだ胃がヨワヨワなので、スープとリゾットだけだ。
宰相様が私のお皿を覗き込む。
「それだけか?」
「まだ、これだけしか食べられないんです」
それでも今日は量が多いくらいだ。
私が答えると、宰相様は「うむ」と喉の奥で低く唸った。
ミルディン様が哀れむように目を細めて言う。
「胃が受け付けてくれぬのじゃろう? かわいそうにのう」
「でも、宰相様たちはいっぱい食べてくださいね」
私に気を遣って、2人の食欲がなくなるなんてことになったら大変だ。
「私は食後のデザートを楽しみにしてるんです」
本当は私が自分で作りたかったのだが、今回はプロである料理長にお任せしてある。そのかわりに、プリンの上にクリームとチェリーをのせてもらうよう頼んでおいた。
「お前が調理方法を教えたそうだな。大変美味だと聞いた」
「それは楽しみじゃのう」
食後のデザートに思いを馳せる。
いや、その前にまずは目の前のお食事だ。推しカプのお食事風景を堪能することにしよう。
ほどなくして、ディナーが始まった。
宰相様のナイフとフォークを扱う手つきは、滑らかで一切の無駄がなかった。あまりの所作の美しさに、食べるのも忘れてガン見してしまう。
それに比べるとミルディン様の食べ方は雑。魔法で肉を切って、フォークをブッ刺して食べている。食事のマナーとしてどうなのかとハラハラしたけど、宰相様は気にしていないようだ。
それでも私は、できるだけお上品に見えるように頑張ってみる。スープは音が出ないように気をつけて、リゾットも丁寧に口に運ぶ。だけど、気を遣いすぎて全然食べた気がしない。
ガチガチになっている私をよそに、ミルディン様は肉を頬張りながら上機嫌で話し続けていた。研究のことや魔塔での出来事など話題は尽きないようだ。
対する宰相様は「ああ」「そうか」と短い相槌を打つだけで、視線も手元に向けたまま。
その温度差に熟練夫婦感が漂っていて、すごく萌える。
食事は食べた気がしなくても、もはやお腹いっぱいだ。




