わんことおひさまふとん3
「夜通しきゅんきゅん泣いてたの、おまえ達だったんだな。」
「夕べは声を頼りに大分捜したけど、どこにいるか見つけられなかったんだ。……可哀そうに。他の奴はもう駄目みたいだな。夕べは寒かったからなぁ。せめて、箱のふたが開いてればよかったのにな……」
鼻を啜った誰かが鼻の頭をつんつんとつつく。
凍りついた河原の浅い水際に、おれたちは入れられた段ボールごと捨てられていたみたいだった。
中州にあったから箱が濡れる前に、少しは流されていたのかもしれないなと、そいつは言った。
「段ボールが沈んでしまわないで良かったよ。」
どうやら川の水が少なかったので命拾いしたようだった。
段ボール箱には水が染み込み、芯から体が冷えていた。
「おいで。……あはは、腹ぺこみたいだな」
目の前に来たいい匂いの指先をちゅっちゅっと吸った。
どうして、おれには「ほんのう」があるんだろう。どうして、おれには色々と分ってしまうんだろう。
こいつはいいやつだと、「ほんのう」がささやく。
付いて行っても大丈夫だ。
きっと、ご飯をくれる。
おれはきゅんきゅんと鳴きながら、そいつの腕の中に鼻先を埋めた。
「おまえ、一匹になっちまったんだなぁ……」
お皿に頭を突っ込んで、一生懸命乳を舐めるおれの頭をそいつは撫でた。
母ちゃんと違う乳の匂いだったけど、甘い匂いを嗅ぐと、ちょっとだけ安心して涙が出た。
母ちゃんとは、もう二度と会えないと「ほんのう」が覚悟を教えてくれた。
おれには、もう誰もいないんだ。
おれは兄弟も父ちゃんも母ちゃんも居ない子になったんだ。
世間の荒海に投げ出されて、おれは一人で生きてゆく。
覚悟を決めて少し涙ぐんだおれを、拾ってくれたそいつは温かい手で撫でてくれた。
天涯孤独になってしまった寂しさに身震いしたおれは、愛を求めて必死に哭いた。
「おいで」
目を覗き込んだそいつが言った。
「おれと一緒に暮らそう」
母ちゃんと父ちゃんは運命の出会いをした。
もしかするとこれが、おれの運命の出会いなんだろうか。
おれを拾った大学生の名前は葉山夏輝と言った。
本当は動物を飼ってはいけない厳しい掟のあるおんぼろアパートで、葉山夏輝は大家さんに必死に掛け合って居場所を作ってくれた。
「うちは、由緒あるマンションだからね、生き物はお断りだよ」
確かに、由緒(?)がありすぎて、築45年のアパートは西側に少し傾いている。
おれの飼い主になった夏輝は、おれを手放さないで済むよう必死に思いつく限りの交換条件を並べた。
「そうだ、大家さん。外階段の手すり、確かペンキ屋入れて塗り替えするんですよね」
「そうなんだよ。見積もり出してもらったら20万だってさ。冗談じゃないよ。足場が必要になったら別途料金だそうだよ。年寄りだからって、足元見るんじゃないってんだよ」
「大変っすね。もしこいつを、飼わせてくれるんなら、おれやってもいいですよ。工業高校だったから、道具さえ揃えば大抵の事できるんで。後、ついでに雨樋の外れてるのも直しておきます」
「あら……。ペンキ塗れるのかい?」
「楽勝っす。高い所も平気なんで」
腕を組んで、しばしの間大家さんは躊躇していた。
何しろ、マンションという名のボロアパートは由緒が正しすぎて、修理個所は山ほどあったから気持ちは揺れていた。
「わかった。話を飲もう。仔犬を部屋で飼うのは、3か月。あとは、外で飼うこと」
「わかりました。犬小屋も、廃材で作ります」
「この子は……おや、男の子だね」
『きゃあっ!』
ひっくり返されて、おれはばたばたその場で泳いだようになり、夏輝はおれを抱きしめて大喜びだった。
「良かったなぁ!ナイト。大家さんが、飼ってもいいってさ!」
ナイトというのは、夏輝が付けたおれの名前だ。
おれは、本当は「文太」とか「健」とか「哲也」が良かったんだけど、文句を言うのはやめにした。
一宿一飯の恩義は大きいのだ。
夜に鳴いてたから、ナイトだなと夏輝は言ってたけど、おれはそれからもう少し経ってこの名前には違う意味があると知る。
おれは、いつか夏輝の「騎士」になる。
おれを抱えた夏輝の指を、騎士になったおれは、ちゅっちゅっと懸命に吸った。
「あ、こいつまた吸ってる。……まあ、仕方ないか、まだ母ちゃんのおっぱい恋しいよな」
「うん。かあちゃん……かあちゃん……かあちゃ~ん……」
おれはどうしようもないほど、ちっぽけな小犬だった。
おれを拾ってご飯をくれる飼い主、夏輝の指がおれは大好きになった。
心が温かくなって、おれは思い出した。
お屋敷住みの母ちゃんの豪華なリビングの大窓からは、柔らかな日が燦々と射し込んでいた。
生まれたばかりの小犬たちのお昼寝用のおふとんは、寝るときに暖かく幸せなお日さまの匂いがした。
失くしてしまった、おれの大切な「おひさまのおふとん」
葉山夏輝は、おれの新しい「おひさまのおふとん」になった




