わんことおひさまのふとん13
もう駄目だ……。
夏輝に嫌われてしまった。
毎朝食べるたまごかけご飯も、夜のぱんのみみのパン粥も、バイトの給料日にだけ買うオージービーフも、炊飯器ホットケーキも……もう一緒に食べることはない。
凍える夜に手を差し伸べてくれた、誰よりも大好きな……夏輝に嫌われてしまった……。
傷心のおれはひたすら駆けた。
周囲の人垣が開いておれを飲み込んで、再び閉じてゆく。
泣きながら走るおれに手が伸びる。
「どうしちゃったの~、君、大丈夫~!」
「泣くのなら、叔父さんのハンカチ貸してあげようか?」
「ハナセ……!ハナセ!」
いらない、いらない。
誰の手も要らない。
おれの欲しいのは、夏輝の手だけだ。
夏輝だけが欲しかったんだ。
涙が止まらず、頬はべたべたになった。
あっちこっちで、人にぶつかりながら、雑踏の中をおれは祠のある場所に向かっていた。
おれは、心の中で父ちゃんを呼んでいた。
「父ちゃん……おれ、夏輝に嫌われたんだ。どうすればいい?」
「父ちゃん、おれ、夏輝がいなくなったら一人ぼっちなんだ。」
「とうちゃ~~~~ん!」
「荼枳尼神社」の祠の前で父ちゃんを呼んだ。
父ちゃんは旅立ちの前に、名残を惜しんで最後に白狐さまをあんあん言わせているところだった。
凄絶に綺麗な白狐さまは、身体の下に長く輝く髪を広げて大きく開いた足の中心で父ちゃんとつながっているのが見えた。
「あ……んっ、次郎長~~っ、おっきぃ~~っ!」
「次に会うまで、おれを覚えていろよ。ふんっ。この身体に刻み込んどけ……っ!」
白狐さまが感じるのに合わせるように、父ちゃんは深く腰を突き入れた。
「いやああぁ~~~っ……んっ、いっぱい、来た……んっ……長次郎~~っ!」
別れが悲しいのか、感じたのか、白狐さまが父ちゃんの胸に縋ってしくしくと泣いていた。
祠に封印されたまま、父ちゃんと一緒に行けない白狐さまも辛いのだ。
大好きな人との別れは、本当に辛い。
自由にあちこちを飛び回り、思い出したようにやってくる風来坊の父ちゃん(狗神)を、白狐さまは、封じ込められたこの場所で、じっと待っているしかない。
荼枳尼天という女神さまも結構厳しい。もうそろそろ許してあげればいいのに。
「父ちゃんってば、おれがこんなに傷ついてるのに……ばか。自分ばっかり……白狐さまとあんあんして……」
「どうした、ナイト。恋のキューピッドはうまくいったのか?可愛くなったなぁ」
「父ちゃんなんて、自分だけ白狐さまと仲良くして……おれなんか、人間になったら夏輝に…嫌われちゃったぁ~~~~わ~~~ん……夏輝ぃ……」
白狐さまが、泣き喚くおれにとろりと熟れた視線を向けていた。
「おや。このだだ漏れのフェロモンが効かない男がいたのかえ」
一方、夏輝は夏輝で、見知らぬ少年を傷付けてしまったと、落ち込んでいた。
「夏輝!捜したぞ」
「あ……、文太。」
文太と付き合っている少年を傷つけたと思っている夏輝は、声を聞くなり後ずさってその場から逃げようとした。
「あっ!ちょっ、待てって!夏輝、ナイトはどうしたんだよ。お前に逢いに来ただろう?」
足元にぱさりと、数枚の似顔絵が落ちる。
「ナイトは、おれが一人で捜すから。文太は帰ってよ……、もう、放っておいて」
「こんなぼろぼろの奴、放ってなんておけるかよ!白いふわふわした奴が、お前を探して来なかったか?」
ふわふわ…と聞いて夏輝は、とうとうぶちまけた。
「放っておいてって、言ってるだろう!綿毛みたいにふわふわしたやつなら来たよ!それが、何だよ?文太と付き合ってるやつが、親友のおれの顔を見に来た。そういうことなんだろう?どうだっていいよ!おれに構うなっ!」
「は……?お前、何言ってるの?あれは……」
「おれは、親友だなんて思ったことない。ガキの頃からずっとおれは……あんな奴が出てくるまえからずっと……おれはお前のことが好きだったんだ!」
文太の顔がくしゃと歪んで、笑顔になった。
「夏輝ってば、ほんっとに、ばかだなぁ。うわぁ、信じられない」
「ばかってなんだよ」
「何もわかってないから、ばかだって言ったんだよ。お前、これまでずっと一緒に居ておれの何を見て来たんだよ。ふわふわしたやつだって、おれはすぐにわかったぞ。耳のところ、茶色のメッシュが入ってたじゃないか」
「は……?」
「そいつにナイトか?って聞いたら、そうだよって答えたけどな。」
夏輝の見開いた目から、どっと涙が溢れてすぐに後悔の悲嘆に変わった。
「うそ……。だって、あの子はどうみても人間だったよ」
「ああ、理由は知らないけどな。だけど、足首に夏輝が買ってやった猫用の赤い首輪をはめてた。どうせ、その状態じゃ見てなかったんだろうと思うけど」
「うそだ。ど、どうしよう……。君なんか、知らないって言ってしまった。もっと酷いことをたくさん言ってしまった……。あっちに行けって。触るなって、手を振り払ってしまったんだ。泣かせてしまった……ナイト」
考えてみれば、あの下から見上げる瞳は、文太が殺人的に可愛いと言って何枚も写真を撮ったナイトのものだったのに。
どこかで見たことあると思ったのに。深く考えないで傷付けた。
「おれ、ナイトをと叩いた……。ナイト、泣いてた……。おれ、八つ当たりしたんだ。文太の恋人だと思ったから……おれが必死でナイトを探しているのに、脳天気な笑顔で寄って来たと思って、何だか無性に悔しくて意地悪してしまった」
膝を抱えてすっかり意気消沈してしまった夏輝は、ぼんやりと雑踏を眺めていた。
「あの子、ナイトだったのか……」
似顔絵がかさ……と音をたてた。




