第二章 昼に現れた鳥居
神崎が駐車場に到着したのは午後四時だった。現場は一時封鎖され、外側に立つ数人の警察官は、いずれも落ち着かない表情を浮かべていた。
「監視映像は?」神崎は単刀直入に尋ねた。
技術担当者がすぐにタブレットを差し出した。
映像は駐車場の向かいにあるコンビニエンスストアの監視カメラから得たものだった。
表示時刻、十五時十七分。
初め、駐車場には何もなかった。
三秒後。
映像が突然、一度だけ明滅した。信号が途切れたというより、何かが光を遮ったように見えた。
映像が戻ると、空き地の中央に鳥居が一本増えていた。続いて石段、参道。最後には、まるでもとからそこにあったかのように、神社全体が監視映像の中へ静かに姿を現した。
建てられていく過程もなく、誰かが通ったわけでもない。ただ……突然、存在した。
神崎は三度見返してから尋ねた。「何分間、映っていた?」
「十一分です」技術担当者が答えた。「十五時二十八分に、神社は消えました」
「中へ入った者は?」
「います」
神崎は顔を上げた。「誰だ?」
技術担当者が映像を先へ送った。
十五時二十二分。
交差点に一人の少女が現れた。その場に立ち止まり、十数秒ものあいだ神社を見つめてから、中へ入っていく。
十五時二十七分。
少女は再び姿を見せた。手には、来たときにはなかった物を持っている。
神崎は映像を止めた。「ここを拡大してくれ」
鮮明になった画像に映っていたのは、赤い御守りだった。
「この少女を捜せ」
「はい。すでに身元を照会しています」
神崎が御守りを見つめていると、背後から足音がした。
千鶴だった。彼女は監視映像を見るより先に駐車場の外に立ち、地面へ視線を落とした。
「どうした?」神崎が尋ねた。
「ここで誰かが塩を撒いています」
神崎も彼女の視線を追った。コンクリートの縁に、たしかに白い粒が残っている。
「魔除けのためか?」
「違います」千鶴はしゃがみ、ティッシュに少量を付けた。「塩が魔除けの道具だと考えられるようになったのは後世のことです。古い祭祀の多くで、塩の本来の役割は境界を引くことでした」
「境界?」神崎は聞き返した。
「内側にいるものへ、どこまでなら存在してよいかを告げるためです」
神崎は駐車場を見やった。「つまり、誰かが意図的にここへ神社を出現させたと?」
千鶴は答えず、駐車場の入口付近へ歩いた。地面には四か所の塩跡があり、ちょうど不規則な四角形を描いている。神社が現れた場所は、その中心だった。
神崎の表情が険しくなった。「神社は無作為に現れているわけではない、ということか」
「少なくとも、今回は違います」千鶴は立ち上がった。「誰かが準備していました」
「誰が?」
「夜行神社を知る者です」
……
二十分後。
警察は監視映像の少女を見つけ出した。名は奈々。二十歳の大学生で、近くの交番へ連れてこられた。
神崎は奈々の正面に座り、千鶴はその隣に腰掛けていた。机の上には透明な証拠品袋があり、あの赤い御守りが収められている。
「なぜ、あそこへ行った?」神崎が尋ねた。
奈々はうつむいたまま答えた。「ネットで見たんです」
「どのサイトだ?」
「掲示板です」
「名前は?」
奈々は少しためらった。「願成会」
神崎がその名を聞くのは初めてだった。「どんな内容のサイトだ?」
「みんなが夜行神社の出現場所や……願いを叶える方法を共有しています」声が小さくなった。
神崎は千鶴を見たが、彼女の表情は変わらなかった。
「願い事をしたのか?」神崎が聞いた。
奈々はうなずいた。
「何を願った?」
長い沈黙のあと、奈々は小さな声で言った。「お母さんが、もう入院しなくて済みますようにって」
神崎は眉をひそめた。「母親は病気なのか?」
「癌です」
部屋が静まり返った。
奈々は続けた。「入院して、もう半年になります。先生には……長くはもたないかもしれないって」
話すうちに、その目が赤くなった。「掲示板に、神社さえ現れれば必ず願いが叶うって書いてあったんです」
神崎は机上の御守りを見た。「これは?」
「参拝を終えたら、落ちてきました」
「どこから?」
「拝殿の前です」
「誰かに渡されたのか?」
奈々は首を横に振った。「誰にも。願い終えたら、地面に置かれていたんです」
千鶴が不意に口を開いた。「参拝したとき、何をしましたか?」
奈々は顔を上げた。「お賽銭を入れて、それから鈴を鳴らしました」
「何回?」
奈々は考えた。「二回です」
初めて、千鶴の顔に明らかな変化が浮かんだ。
「柏手は?」
「二回」
「最後に何をしましたか?」
「願い事を」
千鶴は奈々を見据えた。「帰るときは?」
奈々はきょとんとした。「え?」
「振り返りませんでしたか?」
空気が一瞬で凍りついた。奈々の顔が少しずつ青ざめる。「私……振り返りました」
神崎は、千鶴の指先がかすかに強張るのを見逃さなかった。「何がまずい?」
千鶴はすぐには答えなかった。
先に奈々へ尋ねた。「どうして振り返ったのですか?」
「それは……」
奈々の声が震え始めた。「誰かに呼ばれたんです」
「誰に?」
奈々の唇が震えた。「お母さんです」
神崎は眉を寄せた。「母親は病院にいるんだろう?」
「はい」
「でも、あの声は……」
とうとう奈々の目から涙がこぼれた。
「間違いなく、お母さんでした」
奈々はスカートの裾をきつく握りしめた。「後ろからずっと私の名前を呼んでいて、どうしても振り返らずにはいられなかったんです」
千鶴は何かを確かめるように、ゆっくりと目を閉じた。
神崎は声を低くした。「千鶴、きちんと説明してくれ」
千鶴は彼を見た。「伝統的な参拝を終え、神域を離れるとき、多くの土地に共通する禁忌があります。決して振り返ってはならない、というものです」
「なぜだ?」
「振り返ることは、まだ神域に応じているという意思表示です。つまり、自分がまだ完全には立ち去っていないと認めることになる」
「そうすると、何が起きる?」
千鶴が答えるより早く、奈々の携帯電話が鳴った。奈々は全身を跳ねさせた。画面には【お母さんから着信】と表示されている。
奈々は二秒ほど呆然としたあと、すぐに通話をつないだ。
「お母さん?」
電話の向こうから返事はない。かすかな呼吸音だけが聞こえた。
奈々の恐怖が、しだいに喜びへ変わっていく。「お母さん? 目が覚めたの?」
数秒後。
弱々しい女性の声が届いた。「奈々……お母さんね、今日は……ずいぶん楽なの」
奈々は口元を押さえ、涙をこぼし続けた。
「さっき先生が……腫瘍マーカーが急に下がったって。こんなのは見たことがないって言ってたわ」
神崎と千鶴は同時に沈黙した。願いは、本当に叶ったのだ。
奈々は泣きながら笑った。「本当に……本当に効いた……」
だが千鶴は勢いよく立ち上がった。「御守りを開けて」
神崎は彼女を見た。「何だって?」
「今すぐ」
証拠品袋を開け、赤い御守りを取り出す。神崎は手袋をはめたまま口をほどいた。
中に護符はなく、小さく折り畳まれた紙が一枚入っていた。広げると、二行の文字が記されている。
【美紀】(奈々の母親の名)
【代償者】
神崎は眉をひそめた。「どういう意味だ?」
次の瞬間。
紙の中央から墨がゆっくりと滲み出した。見えない筆が文字を書いているかのように、一つの名が浮かび上がっていく。【奈々】
部屋では、誰一人として口を開かなかった。
千鶴はその紙を見つめた。「彼女の願いは確かに叶いました。でも神社は今……代償を取り立て始めています」




