第七話 アトリエ妖、はじめます
俺がタブレットで仕事の絵を描いていると、ぽつり、と独り言のように呟くミケの声が聞こえてきた。
「しかしなぁ、勿体無いな」
「なにが?」
「これだ」
その言葉に視線を上げると、ミケは器用に前足を使い、束になった紙をめくっていた。
それは、双子にせがまれて描いている双子のスケッチで、時折、珠やミケのスケッチも混じっている。
色鉛筆やクレヨン、水彩絵具など、様々な画材で描かれた絵は、気づけば結構な量になってた。
描けないと思っていたはずなのに、いつの間にか当たり前のように筆を取り、その日の出来事を残すことが日々の習慣となっている。
ミケの視線に、何が言いたいのか察した俺は、小さく苦笑して再び手元へと視線を戻した。
「趣味だし……」
「だがなぁ……」
「趣味だから」
ミケと押し問答を繰り広げていると、珠や猫たちと遊んでいた双子が外から帰ってきた。頭の上に葉っぱをつけているところを見るに、庭でかくれんぼでもしていたのだろうか。
頬を上気させた二人は、俺とミケの微妙な空気を感じ取ったらしい。
とことことこちらへ歩み寄ると、不思議そうな顔で俺たちを見上げてきた。
「どしたのー?」
「お主らも、この絵がここで埋まっているのは勿体無いと思わないか?」
「思うー!」
「せっかくレイ可愛いのに〜」
……そっちか。
レイらしいコメントに、思わず吹き出してしまった。そして、変なことにこだわっていた自分がバカらしくなる。
引っ越しも落ち着き、またペンを握れるようになったことだし、と元々取引のあった会社へ連絡をしてみた。
けれど、一度失った信用を取り戻すのは、思っていた以上に難しくて。
どうにか卒業当初から懇意にしてもらっていた会社に仕事を回してもらったものの、それだけで食べていけるほど世の中は甘くない。
貯金の残高と睨めっこをするたびに、いざとなったらイラストレーター以外の仕事も探さなければならないのかもしれない、という考えが頭をよぎっていた。
絵を描けるようになっただけで十分なはずなのに、その先の現実は残酷だった。
「ほら、今はネットとやらがあるだろう。あれに出してみよ」
「ま、趣味で出すだけだしな」
「ユウたち、みんなにみられる?」
「レイ、褒められる!?」
「もしかしたら、だけどな」
「「やったー!」」
「わーいわーい」とはしゃぎながら走り回る双子を前に、もう逃げることなどできなかった。
なんとなく、仕事で使っているアカウントにアップするのは気が引けて、【アトリエ妖】というアカウントを新しく作った。
紹介文は、妖怪たちとおれ。
これが、のちの俺の運命を大きく変えることになるとは微塵も思っていなかった。
⸻⸻⸻⸻
一番初めに投稿したのは、玄関に飾っている絵だった。
#妖たちの日常 #座敷わらし #妖
というなんの捻りもないタグをつけて投稿をする。所詮は素人アカウントの投稿。
伸びるはずもなく、妖好きのアカウントからちらほらとハートが送られてくる程度の反響だった。
それでも投稿をやめなかったのは、「次はこれねー!」「こっちがいい」と、次から次へとアップするものを渡してくる双子たちのおかげだった。
気づけば毎日一枚ずつ投稿するようになり、有名な絵描きさんがリツイートしてくれたことをきっかけに、フォロワーも徐々にではあるが増えてきた。
『かわいいですね』『癒される』『本当に生きてるみたい!』
そんなコメントが届くたび、ユウとレイはまるで自分たちのことのように嬉しそうに笑った。
「ユウ、かわいいって。良かったね!」
「レイ、元気いっぱいで癒されるだって!」
タブレットを覗き込み、投稿についたコメントを見ては、きらきらと目を輝かせて喜ぶ二人に、思わず頬が緩んだ。
自分の絵が誰かに届く喜びを、こんなふうに誰かと分かち合える日が来るなんて、前の俺は想像もしなかった。
こんなに可愛いのに、こんなに癒されるのに。
この子たちは、こんなに一生懸命生きているのに。
──そんなの、寂しすぎるだろ。
それに気づいてからは、もっと真剣に双子たちのスケッチに向き合うようになったし、ミケや珠を描くことも増えた。
今、この瞬間しか見られない表情を。ここに確かに存在していた証を。
忘れないように。誰かに知ってもらえるように。
くだらないことで喧嘩する双子。おいしそうにご飯を食べる顔。ケーキを口の周りに食べながら幸せそうに蕩けている様子。
猫たちを従え、庭で会議をしているミケ。時々双子のお菓子を食べたことをバレてしょんぼりしている珠の姿。
とにかく、誰かの記憶に残るように、この気のいい妖たちが確かに生きているということが伝わるように。一筆一筆丁寧に筆を走らせた。
それこそ、本業と変わらない真剣さで。
そんな俺の様子を見たミケは、満足そうに頷いていて、この猫はどこまで考えて提案して来たんだかと少しだけ呆れた。
だけど、背中を押してくれたのは紛れもなくこの太々しい素直じゃない猫又で。
お礼に一枚だけ、とびきりかっこいいミケの絵を描いてやった。
その絵を受け取ったミケは、「悪くないな」とだけ言い、外へと出かけていく。
気に入らなかったのか?と心配したが、「ほれ見ろ。陽翔が描いてくれたんだ。なかなかだろう?」と猫たちに自慢している声と、それに答えるにゃーにゃーという賑やかな声が風に乗って聞こえて来た。
なんだ、照れ臭かっただけか。そう思うと、胸の奥がふっと軽くなり、俺は安堵の息をついた。
パタリ、と晩御飯を作るため、タブレットをロックし、立ち上がっていた俺は、一件の通知が来たことに気づかなかった。
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