第六話 珠雪
「なんだこやつは」
家に帰ると、レイの肩の上で揺れていたケサランパサランをミケがつまんだ。
そして、黄色い目を見開いて、ゆらゆらと目の前で揺らす。
「わー!だめー!」
「死んじゃうー!」
食べられてしまうとでも思ったのか、ケサランパサランはぶわっと毛を逆立て、双子が慌てて駆け寄った。
ユウの手へと戻って来た白い毛玉は、可哀想なことに、プルプルと小さくなって震えてしまっている。
「ふんっ、軟弱め」
「……そいつに何求めてんの?」
呆れたようにため息を吐くと、悪者になったミケがふんっと鼻を鳴らす。
「どこで拾って来た?」
「役所の地下の廊下。二人が連れて帰るって言ったから連れて帰ってきた」
そう言うと、「あそこか……。たまに変なものが湧くからな……」とミケが髭を撫でている。
やはりあの役所、普通じゃないのか。
自分の直感は間違っていなかったらしい。
それにしても──だ。
「ケサランパサランって、呼ぶには長いよなー」
そもそも、一緒に暮らすのはいいとしても。
こいつ、どうやって暮らすんだ?
双子は、せっせと空の箱にティッシュを敷き詰め、ケサランパサラン用の寝床を作っている。
「名前、毛玉とかでいい?」
「お主……センスがないな」
「「可愛くないー」」
ダメらしい。全員からダメ出しを食らった。
なんだか面白くなくて、「じゃあ、考えて」と三人に丸投げする。
「ふわふわだから、しらたま!」
「だめー!ゆきって顔してる」
騒ぐ双子に、「大して変わらないじゃん」と文句を言うと、「全然違う!」と怒られた。
しばらく髭を撫でていたミケの目が細くなり、にんまりと笑った。なにかいい名前を思いついたらしい。
「珠雪とかどうじゃ?」
「おー、おしゃれ」
「「かわいいー!」」
太々しいやつが考えたとは思えない、お洒落な名前が飛び出して来た。
ケサランパサランも気に入ったらしく、フルフルと嬉しそうに身体を震わせている。
「じゃ、珠雪な」
「「わーい!たまちゃん!」」
「結局たまなのかよ」
思わず笑うと、珠もおかしそうに身体を震わせる。
白い毛玉なのに、膨らんだり、しぼんだり、震えたり、毛を逆立てたりと、なかなかの表現力で面白い。
「よろしくな、珠」
俺が珠を軽くつつくと、指先にチクリと痛みが走った。
「噛まれた⁉︎ 口あるの⁉︎」
「それは当然じゃろう」
ミケが呆れた顔をしているが、知るわけがない。
「知るわけないだろ。珠は何食べんの?」
「ケサランパサランか……久しく見ておらんかったからな。はて、なんだったか……」
ミケが、空中に視線を彷徨わせた。
帰り道にケサランパサランについて調べたときには、食べ物の話なんて出てこなかった。突然消えるとか、増えるとか、幸運を運んでくるとかそんな感じの話ばかりだったのだ。
ネットの情報なんて当てにならない。
そう思っていると、ミケがポンと手を打ち鳴らした。
「そうじゃ、甘いものだったか?」
「甘いもの?」
すると、会話を聞いていた珠が、ぶわっと毛を膨らませた。どうやら正解らしい。
「甘いもの、あるよー!」
「レイも持ってるよー!」
先日スーパーで買って来たお菓子を入れた箱をガサガサと音を立てながら二人が運んでくる。
意外とこの二人はなんでも食べる。てっきり和菓子を選ぶかと思いきや、普通にチョコレートやポテトチップスなども選んでいて、拍子抜けした。
二人に聞くと、「よく仏壇のお菓子食べたよねー、甘くて美味しかったー」と言っていたので、あながち間違いでもないのかもしれないけれど。
二人が手にしたのは金平糖だった。
ざらざらと双子が金平糖を手に出し、珠の方へと振り返る。目を離したのはほんの一瞬。
それなのに、先ほどまで居たはずの場所に珠の姿はなかった。
「あれ?珠、どこ行った?」
「たまー?どこー?」
「どこ行っちゃったのー?」
机の下を覗いたりしてみたが、白い毛玉の姿は見えない。すると、ガサゴソとどこからか袋が擦れる音がする。
「あ、いた」
「こら!たま!ダメでしょ!」
双子の箱の中。どうやったのかお菓子の袋を開けて物凄いスピードでお菓子を平らげていく珠の姿がそこにはあった。
「こーら」
ひょいと俺がつまみ上げると、なにをするだ、とばかりにジタバタと身体を震わせた珠が毛を逆立てる。
「あれは、レイとユウのお菓子。お前のじゃないだろ?」
すると反省したのか、みるみるうちに身体が縮こまっていく。遂には、紙のように薄くなってしまった。
「おい……」
「あー!ハルがいじめた!」
「いけないんだー」
「これ、俺が悪いの?」
どう考えても俺、悪くないだろ……と思いながらも、「ごめん?」と謝ると、元の大きさに戻った珠が、気にするな、というように身体を震わせる。
全然納得できない。
「ま、ちゃんと貰ったものだけな。お前のは今度買ってやるから」
そう言うと、珠はふるりと身体を揺らした。
それを見ていた双子が、「えらいねー、たま」「かしこいね、たま」と珠を撫で回す。
珠は嬉しそうにふるふると身体を震わせている。
双子のお菓子箱の横に、歪な文字で『たまのおかし』と書かれた箱が追加されたのは、すぐのことだった。
箱の横には、ふわふわの毛を目いっぱい膨らませた珠のイラスト。そのイラストに、双子が「そっくりー!」と大騒ぎし、結局俺は、全ての箱にイラストを描く羽目になった。
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