第五十五話 天照編 天照大御神
祭壇へと駆け寄ると、石の中では龍神さまがぐうぐうと気持ちよさそうに眠っていた。
──このやろう。
ふと、鴉天狗が以前起こしていた起こし方が頭によぎった。
お灸を据えるにはちょうどいいかもしれない。
霊力を込めて勢いよく息を吹き込む。すると、石の中に閉じ込められていた柳の木がふわりと宙へ舞い上がった。
その瞬間、目を見開いた龍神さまが凄まじい勢いで天へと昇る。呼応するように、石は眩い光を放った。
龍神さまの大きな口が開かれるのが見えた瞬間、俺は石を放り投げた。
「ちょ、ばか!やめっ」
眠りを邪魔してしまったのは俺が悪い。だけど誰か俺を責める者が龍神さまを除いて居ようか──いやいない。
そんな二重否定を使ってしまいたくなるほどの轟音と光が夜の闇を引き裂いた。
俺の護符どころではない爆音が大地を振るわせる。
「どうするんだよっ!これ!」
「お主がなんとかしろ!完全に寝ぼけておる!」
怒り狂う龍神を前に、俺は神具で巨大なハンマーを描いた。
音だけは派手になるおもちゃのアレだ。あれの巨大バージョン。
「いい加減に、しろー!!!」
叫び声に合わせて、現れたハンマーをフルスイングで振るう。
巨大なハンマーは龍神さまの頭を捉え、「ぴこっ」と間抜けな音を響かせた。
「……なんだ?」
寝起きに小さなボヤを出しては俺にピコピコハンマーで叩かれることも多かった龍神さまは、その聞き慣れた爆音にいくらか冷静になったらしい。
ぐるりと周囲を見渡すと、こてんと首を傾げた。
小さなときならまだしも、そんな巨大で首を傾げられても可愛くもないし、癒されもしない。
「ここはどこだ……? む、陽翔か。起こし方が雑だぞ。もっと丁寧に起こせ」
「お前この状況を見てよくそんなこと言えるな」
文句を言った龍神さまを仁王立ちで睨みつけると、周囲の惨劇(森の木々は薙ぎ倒され、建物は半壊。幸い俺たちの方に来たブレスは月牙が弾いてくれて無事だった)を見た龍神さまは素知らぬ顔で下手な口笛を吹いている。
「なぜ我はこのような場所にいる?」
「話を逸らすなよ……」
俺がそう言った瞬間だった。
ガタガタと何かが動く音が響き渡り、地面が大きく揺れた。転げそうになった双子を俺は急いで抱き寄せる。
「な、なんだ?」
姿勢を低くして周囲を見渡すと、「はると、あれ……」とくいくいっとユウがオレの服を引っ張り、指をさした。
ユウの指の先には龍神さまの巨体があった。「龍神さま?」と轟音に負けない大声でユウに問うと、「違う!その奥!」と返事が返ってきた。
視線を奥にずらすと、標縄が巻かれている大岩がガタガタと震えている。
俺が目を見開いた瞬間──標縄が光と共に消え去った。
ゴゴゴ──と凄まじい音を立てながら大岩が動いていく。
僅かに空いた隙間から、光が満ち溢れ、まるで昼間になったかのような明るさに俺は目を細めた。
「誰じゃ、騒がしい──」
和楽器のような音がした。
姫の声が凛とした鈴の音だとすると、通り抜けるような笛の声だった。
光はただ眩しいだけではない。
森を満たしていた風が止み、先ほどまであれほどうるさかった葉が擦れる音すらもしない。虫の音も、鳥の羽音も、この世界の全てが息を潜めているようだった。
光の向こうから、ゆっくりと一人の女神が姿を現す。
「騒がしゅうてたまらんの──」
天照大御神──
名乗らずとも分かるほど光り輝いた御方は、すーっと宙を滑るようにしてこちらへやって来た。
「原因はお前か。図が高いぞ」
敵わない──触れてはならない。
そう思った。
天照大御神がすっと腕を上げた途端、浮かんでいた龍神さまの身体が地面に叩きつけられる。
どぉんという音ともに、砂埃が辺りに立ち込めた。
「嘆かわしいことよ、この世の状況も知りもせずにぬくぬくと過ごす神なぞ居る価値もないわ」
何が言いたいのかは理解できない。だが、龍神さまがヤバいということだけは理解ができた。
──くそっ。
どうしたらいいとか、そんなことは分からなかった。とにかく身体が勝手に動いて、気づいた時にはひれ伏しピクリとも動かない龍神さまの前に手を開いて立ち塞がっていた。
「なんぞ、人の子よ。何用だ──」
膝が震える。息ができない。
怖い。逃げたい。
それでも──龍神さまを見捨てることなんて選択肢があるはすがなかった。
「龍神さまは私の仲間です。傷つけないでいただきたい」
「ほお。人の子が神を仲間とな?」
すっと細められた目に見据えられてると息が詰まった。氷水につけられたように身体が冷え込み、指先の感覚が失われていく。
──その時だった。
俺のリュックから淡い光が漏れ、次々と光が飛び出してくる。
「なんぞ?」
天照大御神と俺の間に沢山の絵が立ち塞がる。
一枚、また一枚。
ふわりと浮かび上がったその絵は、光を発してきらきらと輝く。
そして、絵から次々と妖たちが飛び出て来た。
ユウ、レイ。
ミケ。
珠、太郎、次郎、三郎。
月牙。
貧乏神、三神様、雪女、悪鬼、
烏天狗、八咫烏、龍神さま。
姫。
俺を守るように立ち上がった妖たちが、俺と龍神さまを守るように前を囲んだ。
姫がそっと振り向いて、柔らかく微笑んだ。
何も言わず扇を一閃する。
次の瞬間、世界は眩い光に包まれた。
「ほう──人の子よ。面白い。妖と神にここまで愛される人の子とは」
くつくつと愉快そうな笑い声だけが響く。
「また会おう、人の子よ」
その言葉を最後に俺の視界は光に埋め尽くされ、暗闇に閉ざされた──。
次回、最終回です。
長かったようで短かった一ヶ月。
追い続けてくださった方、感想をくださっていた方、ありがとうございました!




