最終話 妖と棲むアトリエ
遠くで双子の歌う声がする。
明るく、いつもと変わらない歌声なのに、どこか寂しげだった。
ぐずぐずと鼻をすする音が混じる。
──泣いてるのか?
そう言おうとした言葉は、掠れた息となって宙に消えた。
「はると⁉︎」
驚いたような、確かめるようなユウの声が鼓膜を震わせる。そっと触れられた手は微かに震えていて、俺の頬を優しくなぞった。
瞼を開けようとしたけれど、重くてなかなか開かない。まるで上の瞼と下の瞼が引っ付いて固まってしまったようだった。
力を入れてなんとか瞼を開けると、眉を寄せたユウとレイの顔が飛び込んできた。
「姫さま!姫さま!はるとおきた!」
──姫?ここにいるのか?
ばたばたと慌ただしい足音が近づいてくる。
バン──と勢いよく襖が開き、その向こうには珍しく服の裾が乱れた姫が立っていた。肩で大きく息をしている。
……珍しいじゃん。
そう揶揄ってやろうと開いた口からは、何一つ声にならなかった。
「阿呆。寝過ぎじゃ──」
そう言った姫の満月のような綺麗な瞳からは、大粒の涙が零れ落ちた。
そんな場合では絶対にないのに、指先が勝手に動いて筆を探してしまう。自分でも思わず苦笑した。──どう考えても、今は違う。
なんだが少しむず痒くなって、ふっと息を吐いてから口を開いた。
「ごめん──」
口をついて出た言葉に、自分で首を傾げた。
……なにか違う。
「ただいま」
その一言が、不思議なくらい胸へすとんと落ちた。くしゃりと姫の顔が歪んで、口がへの字になる。
「おかえり、陽翔。よく戻った──」
姫が布団に横になったままの俺へと近づいてくる。ふわりと花の匂いがして、帰って来たんだなと今更ながらに思った。
「姫、ただいま」
俺が笑うと、姫も泣き笑いのまま小さく笑った。
俺はきっと、この光景を一生忘れない。
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「俺、どんくらい寝てた?」
「一週間じゃ」
「一週間⁉︎」
思いもよらない答えに、思わず声が裏返った。
そりゃ双子もあんな反応をするはずだし、瞼が鉛みたいに重かったわけだ。
「むしろ、よく生きてたな」
そう漏らすと、なぜかみんなからそっと顔を逸らされた。姫の顔が少し赤くなっている。
これは聞かない方が身のためか……?
そう思った俺は、そのまま話題を逸らすことにした。
「あれから皆どうしてたの?」
「眩しくってぎゅって目を閉じてたら、いつのまにか屋敷に帰って来てたんだよ。はると、顔が真っ青で死んじゃったかと思った」
「死なねぇよ」
双子の頭を撫でて笑いかけると、ふにゃりと双子の頬が緩んだ。滑らかだった頰は少しだけカサついていて、自分がどれだけ心配をかけてしまったのかが分かった。
──情けないな。
ふっと視線を落とすと、周囲に龍神の姿が見えないことに気がついた。
「そういや、龍神さまは?」
俺が聞くと、しょうがないな──とした顔をしたミケが龍神さまの石を持ってきた。
その石は何やら厳重に光る鎖でぐるぐる巻きにされていて、【反省中】とでかでかと書いた紙が貼り付けられている。
「どうしたの?これ」
「一人一人、封印をかけて反省中。はるともかけていいよ?」
こてんと可愛らしくて首を傾げたユウに俺は苦笑してしまった。俺自身はそんなに怒っていないのに、周囲の怒りが凄すぎる。
そっと石に触れると、すぅっと全ての封印が解かれていった。
「お主……力が増しておるな」
「やっぱり?なんかそんな気がした」
起きてから異常に身体が軽いのだ。
一週間呑まず食わずだったとは信じられないくらいに快調だった。
「なんだか更に人間辞めた気がするわ」
俺がそう言うと、びくりと姫の肩が揺れた。
笑っていた俺の顔もピシリと固まる。
「──姫?」
「だって……」
聞いたことがない口調で、弱々しく姫が言った。
「せ、責任は取る!」
「なんのだよ⁉︎」
相変わらずこの神は、主語がなさすぎる!
そう思った俺が口を開きかけた時だった。ポツリと姫がこぼした。
「あのままでは陽翔の力が枯渇して死んでおった……」
その言葉に、俺は何も言えなくなった。
「そっか。じゃ、しゃーないな」
俺の言葉に、ばっと
「婿に来るか⁉︎」
「はいそうですかって言うわけないだろ、馬鹿!」
俺が突っ込むと、「だがこのままでは悪神化してしまうぞ……」と情けない顔の姫が言う。
「要は、信仰の対象になればいいんだろ?俺は自力で神を目指すよ。人として紛れれる間に本物の神になってやる」
俺がそう笑うと、妖たちが「陽翔らしいな」とくすくすと笑う。
「そうか……」
しょぼんと姫が肩を落とす。心なしかふわふわ漂っている服もしょぼくれて見えた。
「なんか腹減ったな。リビング行くか」
唐突な俺の一言に、みんなが揃って目をぱちくりさせた。
「なんだよ? 一週間水も飲んでないんだぞ?」
そう言うと、全員が「……それもそうか」とでも言いたげに頷いた。
立ち上がった俺を見て、みんながぞろぞろとリビングへ向かっていく。
「姫」
一番最後に「やれやれ」と腰をあげて、みんなの後に続こうとしている姫の名前をそっと呼んだ。
「なん──っ」
不思議そうにこちらを向いた姫の腕をくいっと引っ張る。
ふわりと花の香りが身体に絡み付いた。一瞬だけ触れた唇は、春風みたいに柔らかかった。
「婿にはいかない。俺がもらうから」
身体に残る花の香りを胸いっぱいに吸い込む。
「陽翔!調子にのるでないっ!」
顔を真っ赤にして姫が叫ぶ。その声に、みんながギョッとした顔をして振り向いた。
顔を赤くした姫とケラケラと笑う俺を見て、ミケや月牙は何かを悟ったらしい。やれやれと肩をすくめ、「姫さま!どうしたの⁉︎」と慌てふためく双子の肩を抱いて出て行く。
「返事は?」
「……お主が神になったら考えてやろう」
「それは蓬莱の玉の枝を探すより難しそうだな」
そう言うと、姫がきょとんとした顔をした。だが、すぐに意味を理解したのか。むくれた顔をして俯いてしまう。
さらりと長い黒髪が流れ、顔が見えなくなってしまった。
しばらくして「なにもいらん……」という小さな声が聞こえた。
「生きておくれ」
「ん……?」
「一緒に笑って、泣いて、同じものを見てくれたらそれでいい」
そう言った姫は、少しだけ寂しそうで──
「じゃ、その全部を俺が描くわ」
「……?」
「笑った顔も、泣いた顔も、皆で歩いた景色も」
「そうしたら、ずっと残るだろ」
姫の隣を通り抜けるときに、そっと姫の手を握った。思った以上に小さい手が、これまで抱えてきた重荷を思うと少しだけ胸が苦しくなった。
「これからは皆で覚えていよう」
俺がそう言うと、姫はふんわりと笑った。
俺は笑って、皆の待つリビングへ歩き出した。
「はるとー、はやく!」
「今日のご飯何食べる?」
賑やかな双子の声が、部屋に響く。
──これから先も、妖たちと一緒に。
──Fin
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。おかげさまで、無事に最後まで走り抜けることができました。
そして、今作を気に入ってくださった皆様へ。
現在、双子の風神・雷神が活躍する和風ファンタジー【妖ダンジョン配信譚〜最弱職と見下された式神使い、神々のダンジョンに導かれ最強に至る〜】を連載開始しました。
本作品も実は絡んできます。が、こちらを読んでる方だと分かる!くらいなので、俺(私)分かってるぜ?って思っちゃって下さい(笑)同じ妖なので、世界観も少し似ています。
もしご興味がありましたら、ぜひそちらも読んでいただけると嬉しいです。
またお会いできる日を楽しみにしています。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
暑い日が続きますが、身体に気をつけて。まったりゆったりなろうライフをお送りください!
月焔 レイ




