第四十八話 雪女
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「ごめんください」
その日は寒い夜だった。
庭が真っ白になるほど雪が降り積もり、流石の双子も部屋の中でこたつに入ってみかんを食べていた。
「どちらさま……?」
「一晩泊めてくださいな」
「うわぁ……」
そこに立っていたのは、日本では知らない者は居ないだろうという妖で。
俺が知り合えたらいいなぁと思ったこともある妖だった。俺は自作冷蔵庫を作る夢を捨てていない。
「雪女さん……ですよね?」
「……なんで分かりました?」
「逆になんでわからないと思いました?」
真っ白な着物。今時では珍しい腰まで伸びた黒髪。透き通るような白い肌。
日本人に聞いたら100人が100人雪女だと答えるだろう風貌の女が立っていた。
「御用はなんでしょう?」
「一晩泊めてくださいな」
「ご遠慮いたします」
ガラガラと玄関の扉を閉じようとしたら「ま、待ってくださいっ!」と焦った女の声がして、ガシッと玄関の戸を掴まれた。
「嫌です!殺されるんでしょう!」
「殺しませんから話を聞いてくださいぃぃ!」
押して引いての攻防を繰り返していたら、「どうしたのー?」「誰が来たの?」と奥から双子がやってきた。
「あ……」
雪女が固まった瞬間に、ピシャリと俺は玄関の戸を閉めた。
「ふう。これでよし」
「なんで閉めるんですかー!」
ドンドンと玄関の扉を叩く音に「陽翔開けてあげないの?」「可哀想だよ……」と双子が責めるような目で俺を見る。
「俺が悪いのか……?」
双子からの視線に耐えきれず、玄関を開けると「開いた!」と顔を輝かせた雪女が立っていた。
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「とりあえず座れば?」
みんなで囲んでいる炬燵を薦めると、「いえ、私はここで結構ですので」と言ってそそくさと窓際へと座り込んだ。ひんやりして気持ちいいらしい。
「また変なものを拾ってきたな」
「俺が拾ったんじゃねーし」
みかんを食べながらミケが雪女を一瞥する。
「ひっ、なんでこんな大物たちばかり……」と雪女の小さな声がした。
「大物ってただの猫又と犬と座敷わらしだぞ?」
「無知って恐ろしいですね……」
雪女が遠い目をしている。
「寒くなった、なんでだ」
こたつの中で丸くなっていた龍神さまが顔を出すと、「ひぃぃぃ」と白目を剥いて雪女は気を失ってしまった。
「龍神さまのせいだぞ」
「我は何もしておらん」
「どーする?この人」
「和室にでも転がしておけ」
ミケの指示でずるずると雪女を引きずり、小さすぎる双子の布団へと転がした。
「僕たちのお布団がぁぁ」
「そもそもはお前たちが入れたんだからな。俺は断ろうとしたんだから」
「っていうか、なんで陽翔は断ってたの?」
「雪女って泊めた人間を凍らせるじゃないの?」
「陽翔を凍らせれるもんなら凍らせてみたらいいのにねー」
「凍らせた瞬間、姫さまがすっ飛んでくるよ」と双子はクスクス笑っていた。
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「あのぉ」
「あ、起きた?」
俺たちがテレビを見ていると、雪女が恐る恐る和室から出てきた。
「んで?どうしたの?」
「相談にのってもらいたくて……」
「だから今聞いてるじゃん」
どうやら、雪女は行くあてがなく彷徨っていたところを"アトリエ妖"の看板を見てやってきたらしい。
「私、雪女なんですが」
「そうだね」
「最近、泊めてもらえる家もなくて」
「そうでしょうね」
「困ってるんですぅぅぅ」
わーんと泣き崩れてしまったのだが、俺にどうしろと言うのだ。このご時世、見知らぬ女を泊める家の方がどうにかしているのだ。
「はるとかわいそうだよ?」「どうにかしてあげたら?」と双子が言うが、どうにかできる問題ではない。
「一番の問題はなに?」
「住む場所がないんです……」
困ったように眉を寄せた雪女を見て、妖たちの視線が俺に集まった。
「俺がどうにかするの?」
「お願いしますぅぅぅ」
泣き崩れた雪女を前に、今度は俺が頭を悩ませることとなった。
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「条件は?」
「出来れば一年中寒いところが……」
「今まではどうしてたわけ?」
「夏の間は妖の世界に行っておりまして」
「もう来なきゃいいじゃん」
俺がそう言うと、ガーンとショックを受けた顔をする。
「ひどいよはると」
「僕たちのこともそう思ってたんだね……」
よよよ……と双子が泣くふりをするが、お前たちは元々ここに住んでいただろう。行くあてのない雪女と同じように考えないで頂きたい。
「お前たちの家はここだろ」
「そうです!」
「僕たちはここにずっと住みまーす!」
「羨ましいぃぃぃ」
「なんだよこの茶番は……」
会話が一向に進まない。要は一年中寒くて、人がいたらいいんだろ?
「お前、もう冷蔵庫にでも住んだら?」
「えー、はると流石に入らないよ」
「そんな趣味あったの?」
「ばか、俺んちのじゃないよ。ほら、海辺にでかい冷蔵倉庫があるだろ?あそこ」
俺がそう言うと、いつも一緒に散歩に行っている双子が「あそこかー」と納得の色を浮かべた。
「確かにあそこなら、会社も電気代とやらが安くなっていいかもしれぬな。よく冷える」
「そうなの?」
「冷やすのは得意です!」
雪女は得意げに笑い、胸をはった。さっきまでの泣き崩れはどこにいった。
「じゃ、明日行ってみるか」
「「えいえいおー!」」
その晩、俺たちは雪女にサラサラの雪を出してもらってかき氷を楽しんだ。
しんしんと雪が積もる庭を背景に、暖かい炬燵の中で食べるかき氷はふわっふわのさらっさらで最高だった。
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「ここですかー!素敵ですね!」
「気に入った?」
海辺の冷蔵庫を見上げていると、「おや?あなたは……」という声がして俺は振り返った。
「こんにちは」
俺が挨拶すると「おや……?」と俺の後ろへと視線を向ける。
「あなたは……もしや雪女さんで?」
「私をご存知で?」
「話だけはお聞きしておりました」
その会話に俺は思わず眉を顰めてしまった。
「もしかして、妖が見えます?」
「えぇ。見えますよ。可愛らしい双子さんといつも散歩されてますよねぇ」
いつもニコニコと挨拶してくれるとは思っていたけれど、そうか。双子が見えていたのか。
「僕たち見えてたの⁉︎」
「おじいさん、みえるの⁉︎」
双子も嬉しそうに目を輝かせている。
「見えますよ。なかなか見える人も少ないですからねぇ。貴方はお若いのに珍しい」
すっと目を細めて見てくるおじいさんに、俺は全てを見通されているような気分になった。なんだか居心地が悪くて、双子の手をぎゅっと握った。
「貴方が妖たちの絵を描いているのを、こっそり応援しているのですよ」
「……そうなんですか?」
「今まで黙っててすみませんでしたね。なんだかいきなり声をかけるのも違う気がしまして」
穏やかに話すおじいさんの言葉にはなんだか深みを感じられた。俺のような若輩者では語ることの出来ない歴史がきっとあるんだろう。
「ではなぜ、今日は?」
「先代からお聞きしていた雪女の話が忘れられなくてですね……ついそうだろうな、と思って声をかけてしまったんです」
罰が悪そうに笑ったおじいさんは、嬉しそうに雪女を見て笑った。
「今日はどうされましたか?」
「実は……」
雪女の事情を話すと、おじいさんが目を細めた。
「それであれば、うちの冷蔵庫に住まれてください。何もありませんが、少しくらいは整えることができます」
「……いいんですか?」
「若い者にはちと変な目で見られるかもしれませんが、年寄りの戯言だと思って許してもらいましょう。なぁに、社長権限ってやつですよ」
ほっほっほっと笑うおじいさんに、この人があそこの社長だったのか……と目を見張った。
「うちは、雪女さんには大きすぎる恩がありますのでね」
「恩……ですか?」
話を聞くと、雪女は吹雪の日、社長の祖父――つまり先々代が雪の日に外で倒れてしまったところを助けたことがあるらしい。
雪女本人に尋ねると、当の本人はすっかり忘れてしまっていたようだ。
一方で社長の家には、「あの雪女様のおかげで今の我が家がある」という話が、代々おとぎ話のように語り継がれてきたという。
「私は妖が見えましたからね。いつか会えると信じていたのですよ」
嬉しそうに目を細め、「やっとお会いできました。長生きはするものですなぁ」と笑った。
「それでは、雪女は……」
「ええ、ここにぜひ住まわれてください」
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると、「よろしくお願いします」とおずおずと出てきた雪女がおじいさんに向かって頭を下げた。
「こちらこそ、光栄でございます」
穏やかに微笑んだおじいさんへと雪女のことを頼み、俺たちは家へと向かって歩き出した。
「なんだか、いい話だったな」
「そう?よくある話じゃない?」
「おじいさん、私たちと遊んでくれるかなぁ?」
双子にとっては、雪女への恩返しよりも、おじいさんと遊べるかどうかの方が大切らしい。
なんとも双子らしい考え方に、思わずくすりと笑みがこぼれた。
もしかしたら、妖が見える人間は意外といるのかもしれない。そして、人知れず妖と人との繋がりは今も続いているのかもしれない。
──そうだといいな。
そんなことを思いながら、俺たちは手を繋いで家へと帰った。
とある冬の寒い日。
太陽の光が雪に反射して、キラキラと輝く綺麗な日の出来事だった。




