第四十七話 護符
護符を作るならまずは基礎から──
ということで、俺は今半紙に向かい合っている。
ちなみに、双子は邪魔をしないからという条件付きで後ろに座っており、同じ格好をして神妙な顔で頷いている。
「護符に込めるのはその護符に対するイメージが大切だ。烏天狗は代々漢字でこれを込める。要は何でも良い」
「つまり絵でも問題はないと?」
「そうだ」
……つまり、俺が妖の力を込めていたのは護符になっていたのでは?
「そもそも筆を通して力を込めることができなければ話にもならんがな」
「見たところお主はその段階はもう通り抜けているようだ。小童たちでも数十年の鍛錬が必要だというのに、お主は何者だ?」と烏天狗は眉を寄せている。
何者だと言われても、気づいた時には絵に力が宿っていたので俺に聞かれてもどうしようもない。
「つまり、今の俺の絵は護符だと?」
「護符に近いものではあるな」
「というと?」
護符に近いが、護符ではない。
どういうことだ?
首を傾げると、「お主の絵は常時力を撒き散らす。だが、護符は使用するタイミングを指定できる。強い力を一度に放出するのが護符だ」という答えが返ってきた。
なるほど。俺の絵は封じがないわけだ。
だから力はあるけれど、弱い力しか発揮することができないと。
「つまり、護符にするにはどうすれば?」
「そもそも我もなぜお主の絵がずっと力を放出できるのかが分からぬ。普通すぐに力が霧散するからな」
知らぬというように肩をすくめた烏天狗は、手元にある俺の絵をじっと見つめた。
「半紙に書いてみよ。込めるのは水の力だ」
「はい」
川の流れを表した紋様をさらさらと描く。神具で描かれた川は、完成した瞬間に光り輝き"ばっしゃーん"という音と共に部屋の中を流れ始めた。
「きゃー」
「わー!」
双子がぐるぐると水に流されるていくのを慌ててぎゅっと抱き寄せる。俺自身も流されてはいるのだが。
水が消えると、びしょ濡れになった俺たちと空中を飛んでいる烏天狗が呆れたようにこちらを見ていた。
「お主……今発動させてどうする」
「いや、俺にはどうしようもなくて……」
「そもそもこの絵は浮き出て来ないじゃないか」
手に持っていた俺の絵をヒラヒラさせて烏天狗が不満そうに言うが、そんなこと俺は知ったこっちゃない。
「神具で描いたら具現化するんです」
「……ではこの絵は?」
「普通の筆で描きました」
そう言うと、烏天狗は大きなため息をついた。
「早く言え、それを」
「言えと言われましても……」
聞かれてないのにどうやって言うのか。
「知っていると思ってました」
「知るわけないだろう、阿呆」
段々と烏天狗の口調が悪くなっている。
「すみません」
「まぁいい。神具は使うな、普通の筆で力が込められるならそれでいい」
そう言って懐から護符を取り出した烏天狗は、護符を部屋に向けて放った。ピカっと光った護符はびゅーっと風を吹き出し、部屋のものを乾かしていく。
「きゃー!」
「わー!」
双子は風に向かって走っていき、立ち向かっては転がされることを楽しんでいる。なんでも楽しむ双子は本当に凄いと思う。
風が止む頃には俺の服もすっかり乾いていた。
「凄いですね。今の力は?」
「風の護符だな。服を乾かす時に使うが、部屋を乾かしたのは初めてだ」
「護符、便利すぎますね」
護符があれば家電もいらないのでは?いや、冷蔵庫はいるか。でも俺の絵だったら冷気を発揮できる?いや、そもそもそんな妖の知り合いいないな。
「護符を便利扱いしたのはお主が初めてだ」
いや、便利扱いしているのはあなただと思いますが──とは真面目な顔をしている烏天狗に突っ込むことはできなかった。
「……教えてください」
「よかろう。我のペンをやろう。我の羽で作った羽ペンだ」
「筆じゃないんですね」
「昔は筆だったが、我の羽の方が力が込めやすいのでな」
「なるほど」
そこから俺は烏天狗と共に羽ペンを使って護符を作る練習に勤しんだ。
要は絵はお守りで、護符は矢のようなものだと理解してからは早かった。
「うむ。なかなか筋がいいな」
「ダメだー」
「できなーい」
半紙にぐちゃぐちゃと落書きをした双子がペンを放り投げた。それを見た烏天狗は面白そうに笑った。
「陽翔が異常なだけよ。出来ないのが普通だ」
「俺が変人みたいに言わないでもらってもいいですか……」
「自分が常人だと思っていたのか?」
整った眉を片方だけあげて、揶揄うように烏天狗が笑う。何を言っても無駄だなと思わせる顔に、軽くため息をついた。
「帰ってからも練習します」
「そうするが良い。筆と護符と絵があれば戦い方も広がろう」
「ありがとうございました」
頭を下げると、「お主が力を持てばそれだけ妖たちの安全になる。持ちつ持たれつよ」と烏天狗は笑っていた。
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「それでは、お世話になりました」
山の麓まで送ってもらった俺たちは、烏天狗たちに頭を下げた。
「ではな、龍神また呑もうぞ」
「お前が来い」
結局、小さくなった龍神さまは、石の中で眠ったり、俺らの周りで寛いだりと自由気ままに過ごすようになった。
昨晩は烏天狗と夜遅くまで飲んだらしい。俺たちが起きた時にはひっくり返って眠っていて、死んだと勘違いした双子が水をかけたりと大騒ぎだった。
「またね!カーちゃん!」
「遊びに来てねー!」
視界の隅では八咫烏と双子がひしっと抱き合いながら別れを告げている。
いつの間にかかなり仲良くなっていたようで、烏天狗にもカーを連れてきてくれるように頼み込んでいた。
「よし、じゃ、帰るか」
荷物を持ち直し、バス停に向かいかけた時だった。
「よし、我が乗せてやろう。特別だぞ」
──ぼん
という音と共に龍神さまが元の大きさへと戻った。
──これはまさか。
「いえ、結構で」
「「やったー!龍神さまいいの⁉︎」」
「こっちの方が早い。はよぉ乗れ」
くいっと背中を示す龍神さまと大喜びする双子に何も言えなくなってしまった。
「まじかよ……」
「陽翔、諦めよ」
「えぇ……無理だよ……」
──普通に怖すぎ。無理すぎる。
俺の拒否は虚しく、双子に背中を押され、龍神さまの背中へとおしあげられた。
ゴツゴツとした鱗はひんやりして、触ったことはないけれど大蛇ってこういう感じなのかな……と思ってしまうらくらいには現実から逃れたかった。
「掴まっておれ」
ぐらりと身体が揺れ、
「ではまた会おう」
「かぁー!」
目下で手を振っている烏天狗たちに手を振りかえす余裕などあるはずがない。
「まじで危なっ!」
慌てて生えている鬣を握り締めた。痛いかもしれないなんて思っている余裕はない。
物凄い勢いで上昇していく龍神さまの身体に必死に縋り付いた。びゅうびゅうと風を切る音が耳に響き、冷たい風が体温を奪っていく。
「やっふー!」
「気持ちー」
両手を上げて歓声を上げている双子へ「ちゃんと捕まれ!」と叫ぶ。楽しんでいるところ悪いが、見ているこっちの心臓に悪い。
「陽翔殿、しっかりしてください」
「お前らはいいよなぁ!自分で飛びやがって!」
「陽翔殿も飛べばいいのです」
「馬鹿言うな!」
優雅に隣を飛ぶ月牙と、その背中に涼しい顔で乗っているミケへと怒鳴った。あちらは安定していて羨ましい。
龍神さまの飛行はクネクネしていて、乗るには絶対に適していない。油断したら叩き落とされそうだ。そんなことしたら、本当に妖になってしまうだろう。
──まじで、二度と乗るか。
必死に龍神さまの背中へと縋りつきながら、俺は硬く心に決めたのであった。




