第四十六話 烏天狗の忠告
ピクリと動いたミケと月牙を見た烏天狗が「お主らは知っているようだな」と言うと、二人は小さく頷いた。
「天照結社ってなんですか?」
「天照大御神は知っているな?」
「それはまぁ……一応は」
天照大御神といえば、神様の中でも一番格が高いとされる神様で太陽の女神である。
「太陽の神様で、洞窟に隠れた神様ですよね?」
「覚え方が大胆すぎるが、概ねそうだ。弟の須佐之男命の乱暴な行いに怒った天照大御神が、大きな岩の洞窟に隠れてしまい、世界が暗闇に包まれたという神話だな」
「なんかそんな話だったような……」
俺がそういうと、烏天狗はぐっと眉を寄せ首を傾げた。
「お主、神たちと親しい割に興味がなさすぎないか?」
「神というよりは、たまたま会うようになった偉い方々……という感じですかね?」
「崇めている者たちが聞いたら卒倒しそうな話だな」
肩をすくめた烏天狗が溜息を吐くと、「はるとだもんね」と双子がクスクスと笑う声が聞こえた。
「話を戻すと、天照結社というのは、今の日本が暗いのは天照大御神がお隠れになっているからだと信仰する一派だ」
「それはまぁ……信仰するだけならご勝手に、という感じですかね?」
日本人は無宗教だ、という人も多いが実際のところ神社に足を運んだり、クリスマスをお祝いしてみたりと宗教観というものは意外に根付いている国だと俺は思う。
時に信じるという行為は人を救うことがあることも理解しているし、それを否定するつもりはなかった。
ただし、人に迷惑をかけなければ──という条件付きではあるが。
「それで、天照結社が八咫烏とどう関係か?」
「八咫烏は太陽の化身とも言われておる。だから、八咫烏が最近やたらと奴らに狙われている」
「それでカーは怪我をしていたんですね」
烏天狗は「カー?」と一瞬首を傾げたが、すぐに納得したように頷いた。
「そうだ。我も気をつけてはいるがな。なにせ奴らはいつ来るか分からん。気配が薄いからな。我が留守にしている隙にやられたのだ」
「それは……迷惑な話ですね。何が目的なんでしょうか?」
「天照大御神の復活が奴らの最終目標らしい」
天照大御神の復活──か。
女神といえば、姫のことが真っ先に浮かんでくる。彼女のイメージからして、女神を復活させたところで自分たちの思った通りには絶対にならないだろうけど、きっと信仰している奴らにはそんなことは関係ないのだろう。
そういう人間は、聞く耳を持たないのだ。
「お主も気をつけよ」
「俺……ですか?」
「それだけの力を持っておるのだ。捧げ物に、などと思われてもおかしくないぞ」
思わず自分がぐるぐる巻きにされて崖から突き落とされる場面を想像してしまい、ぶるりと身体を震わせた。
寒くもないのに、身体がガタガタと震える。すぅっと部屋の温度が下がった気がした。
──ん?本当に寒くないか?
ふと横を見ると、双子の目は完全に据わっている。二人の身体から白い靄が溢れ出し、冷気となって辺りへと広がっていく。
「はるとを傷つける奴は許さない」
「八つ裂きの刑」
などと恐ろしい言葉が聞こえた。
「陽翔の座敷わらしは、座敷わらしにしては力が強いな」
烏天狗は辺りを満たす冷気など意に返した様子もなく、面白そうに俺を見つめた。
「大丈夫だって。みんなで気をつければいいだろ?」
俺が頭を撫でると、目をパチクリさせた二人が俺を見てふにゃりと笑う。その微笑みと共に部屋へ満ちていた冷気が霧散した。
──烏天狗じゃないけれど、本当に強くなってないか?
「なぁ、二人とも前より力が増してないか?」
「姫さまに鍛えてもらってるから!」
「頑張ってるからね!」
両手を握りしめた二人が、ふんすっと鼻息荒く教えてくれた。
「そんなことしてたの?」
そういえば、月牙と双子の姿が見えないときがあったけれど、あれは姫のところへ行ってたのかもしれない。
「はるとは僕たちが守るから!」
「座敷わらしにお任せあれ!」
腕まくりする二人は可愛らしいが、俺も守られているばかりではいられない。
「妖たちも危ないんですよね?」
烏天狗へと問いかけると、「最近は見境がなくなっているな。強力な妖であれば手当たり次第に捕らえている」という答えが返ってきた。
それなら、尚更俺が強くならなくては。
「護符の件、本気で教えてください。うちの子たちは俺が守ります」
さっきまでの"力があったらいいな"なんて軽く考えている場合じゃない。
最近ミケが野良猫たちと真剣な顔で話しているのも関係あるのだろう。月牙がたびたび夜に出かけて行っているのも知っている。
どうしたんだろうな──とは思っていたけれど全てが繋がった。
俺は、あの家の主人なんだ。
俺がみんなを守れるようにならなければ。
腹の底から力を込め、烏天狗を真っ直ぐ見据える。その視線を受けた烏天狗は、面白そうに目を細めた。
「飽きない人間だな。面白い」
烏天狗はそう言って、クツクツと喉を鳴らして笑った。
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「まずは腹ごしらえだ」
烏天狗がパンパンと手を打ち鳴らすと、黒髪の少年たちがぞろぞろと部屋へと入ってきた。
「人っていたんだ……」
「人ではないぞ。天狗の子供だ。天狗の里から修行に来ているのだろう」
とミケが教えてくれた。
どこからどう見ても普通の人間に見えるのに、違うらしい。恭しい手つきでそっと御膳を並べてくれる少年へ「ありがとう」と礼を言うと、にこりと微笑まれた。
天狗というのは、基本的には美形なのかもしれない。整った顔に微笑まれて思わずドキリとしてしまった。
「お主たちの"鍋"とやらには及ばんかもしれんが、楽しんでくれ」
並べられた御膳の上には、見事な精進料理が並んでいた。
漆塗りの器に注がれた汁物からは温かな湯気が立ち上がり、出汁の香りが鼻をくすぐった。白い飯椀には艶やかな白飯がこんもりと盛られている。小皿には季節の野菜や山菜が彩りよく盛られ、御膳に彩りを添えていた。
「美味しそう!」
「凄いねぇ」
普段馴染みのない品々に、双子たちも目を輝かせている。ミケはその横にある天狗水から作られたという日本酒に視線が釘付けだった。
「それでは、神の恵みに感謝して」
丁寧に手を合わせ、頭を下げた天狗を見習って、いただきますと言おうとしていた俺たちも慌てて声を揃えた。
「神の恵みに感謝して」
頭を下げた俺やミケ、月牙の隣で、双子は「いただきます!」と元気よく手を合わせた。思わずぽかんとしてしまった俺を置き去りに、双子は勢いよく箸を持った。
「おいしー!」
「はると!この胡麻豆腐、美味しいよ!」
勢いよく食べ始めた双子を見て思わず笑ってしまう。
「そんなに喜んでもらえると光栄だな」
目を細めた烏天狗の横で、料理を用意してくれたであろう少年たちも嬉しそうに頰を染めていた。
「いただきます」
小さな声でいつも通りの挨拶をして手を合わせた。
口に含んだ白飯は、とても甘くて温かかった。




