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第四十四話 烏天狗と龍神さま


 祠の元へ降り立った烏天狗は、そのまま小さな祠へ向かって歩き出した。


 どう見ても烏天狗が入れる大きさではないのに、躊躇いなく、何の迷いもなく祠の入り口へ足を踏み入れる。


 その瞬間、ぱっと烏天狗の姿が消えた。


「消えた……?」


 呆然とその光景を見つめていると、足元へやってきた八咫烏が「カアカア!」と俺を見上げて鳴いた。


「入れ、と言っておるぞ」

「これ、行っても大丈夫なやつ? 俺、祠壊さない?」

「こやつらが行けるというのだ。大丈夫であろう。八幡神社の入り口の小さい物だと思えばよい」

「あれか……」


 ──あれと同じなら、確かに行けそうだ。


「よし」


 俺は気合を入れて、祠へと足を踏み出した。


 やはりそのまま足を下ろすのは気が引けて祠へとそっと足を当てると、俺の足は祠にぶつかることなくすっと通り抜けた。


 ──良かった。


 それに安心した俺は、意を決して祠の中へ足を踏み入れた。ふわり、と身体が一瞬だけ軽くなる。次の瞬間には、もう祠の外ではなかった。


 俺は立派な屋敷の庭の真ん中に立っていた。後ろを見ると先ほどまで見えていた祠があった。


 ふと横を見ると、見上げるほど大きな杉が天を貫くようにそびえたっていた。

 ざわざわと葉が擦れ合う音が響き、幹の太さがその長い歳月を物語っている。


 思わず息を呑んで見上げていると、低い声がした。


「そこに立っていたら、後から来た者がぶつかるぞ」

「あ、すみません」


 屋敷の方を見ると、烏天狗が縁側に腰掛けてこちらを見つめていた。

 

 慌てて祠の前からどいた直後、双子が勢いよく飛び出てくる。


「いっちばーん!」

「負けたぁー」


「……あぶなっ!お前ら、よそ様のお宅でなにやってんの?」

「競争?」

「危ないから禁止」


 ぶーぶーという双子の背を押しながら屋敷の方へ足を進める。面白そうな顔で俺を見ている烏天狗と視線がぶつかった。


「……なにか?」

「お主、人間のくせに妖からいやに好かれておるな」

「……どうも」


 最近、よく聞くな──そう思っていると、烏天狗の視線が俺の腰で止まった。


 眉をひそめ、俺の腰をじっと見つめている。


「どうされました?」

「お主、そこになにを入れておる」

「そこ……?あ、これですかね?」


 視線の先を辿ると、俺のポケットに行き着いた。


 ポケットの中に入れていた石を取り出し、烏天狗へと見えるように差し出す。


 太陽の光を受けてきらりと輝いた石の中には、気持ちよさそうに寝ている龍神さまがいた。


 最初は神棚に祀っていたのだ。


 すると、数日経ったある日、「なぜお主は我を持ち歩かぬ」といって龍神さまが苦情を言いに出てきたのだ。あのときは、本気で家が壊れるかと思った。物理的な意味で。

 

 龍神さまの巨体で和室はぎゅうぎゅう詰めになり、天井は今にも抜けそうなほどミシミシと悲鳴を上げていた。


 「ちゃんと持ち歩きます!」と言ったら、満足したようにうなずいた龍神さまは再び石の中へと戻っていった。


 眠っているんだったらどこにいても一緒じゃん──とも思ったけれど、再び出てきて暴れられても困る。


 それ以来、出かけるときには持ち歩くようになったのだ。


「なぜこやつがここにいる」

「お知合いですか?」


 手の中の龍神さまと目の前の烏天狗を交互に見ると、烏天狗はふっと笑って俺の手から石を摘み上げた。


「おい、起きろ」


 烏天狗がふっと息を吹きかけると、石の中に突風が吹き荒れた。


 俺の描いた松の枝が激しく揺れ、湖に波紋が広がてる。

 

 穏やかな空気をぶち壊された龍神さまが、カッと目を開いた。


「誰だ、我の眠りを邪魔するのは」


 龍神さまが勢いよく石の中から飛び出してきた。たちまち空が暗くなり、雷がごろごろと鳴り響く。


「なっ⁉」


 呆然と立ち尽くす俺をよそに、双子と、いつの間にかこちらへ来ていたミケたちは、さっと杉の大木の陰へ隠れていた。


「はると、早く!」


 ユウの呼ぶ声にはっと我に返る。

 慌てて妖たちのもとへ駆け寄り、杉の木の陰に隠れた。


「……これって不味い?」

「うーむ。読めぬな。取りあえずは様子見じゃ」


 杉の幹から顔を出し、向かい合う烏天狗と龍神さまの様子を恐る恐る伺った。


 その直後、眩い閃光と轟音が庭を震わせた。


 次の瞬間、雷が烏天狗へと襲いかかる。


 烏天狗が羽団扇をひと振りすると、迫り来る雷は真っ二つに裂けた。

 どおん、と腹の底まで響く爆音が轟き、見事に整えられていた庭園には大きな穴が穿たれた。


「あぶなっ!」


 慌てて顔をひっこめると「顔を出すな。巻き込まれるぞ」とミケが呆れた声を出した。


「ここは大丈夫なの?」

「この木は神木だ。この木の陰にいる限りは安全であろう」

 

 その答えを聞いて、俺は双子たちが飛び出していかないよう、ぎゅっと双子を抱き寄せた。


 ぴかぴかと閃く雷光と、びゅうびゅうと吹き荒れる突風に身を縮こませる。俺たちは固唾をのみ、戦いが終わるのを待った。


 しばらくすると音が止んだ。

 先ほどまでの爆音は消え失せ、嘘のように静かな静寂が庭に訪れた。


 ──どうやら終わったらしい。


 恐る恐る幹の陰から様子を窺うと、荒れ果てた庭の中央で、龍神さまと烏天狗が向かい合っていた。

いつも誤字脱字報告をありがとうございます。

何度も読み返しているはずが……面目ないです。


これからも応援よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
拝読しました! 御神木最強説(*´ω`*) 意外とあっさり終わる戦闘感がこの作品の絶妙な魅力ですね!! 次回も楽しみです!!
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