第四十三話 烏天狗の棲まう山
「到着っと」
俺たちは、烏天狗が棲んでいるという求菩提山にやって来ていた。
ちなみに、双子は月牙の背中に乗って来ており(電車に乗れば?と勧めたけれど、「面白いから月牙がいい!」と断られた。アトラクション感覚で移動手段にされた月牙は苦笑していた)、八咫烏とミケは仲良くボストンバックの中で丸まっている。
他の人たちからは見えないのだから、「普通に乗ったら?」と聞くと、「様式美だ」という答えが返って来た。
うちの妖たちのこだわりは謎である。
バスを乗り継ぎ、求菩提山の麓を目指す。
──プシューっ
排気ガスを吹かせながら去っていくバスを見上げると、目の前には厳格な山がそびえ立っていた。
「ここ登るのかぁ」
長々と続く登山道を見てげんなりしていると、先ほどまで大人しくケージの中で丸くなっていた八咫烏がガシガシとケージを齧り始めた。
「……ん?」
「カァ!」
「任せろ、と言っておるな」
ミケの通訳にキャリーケースを開けると、スキップをしながら八咫烏が出てくる。
後ろから出て来たミケも、「んー。肩が凝ったの
ー」と伸びをしていた。「猫は肩、凝らないだろ?」と突っ込むと、「お主も猫になったら分かる」と返って来た。
それじゃ、一生分からないな。
「カァ!カァ!カァ!カァー!」
八咫烏が羽を広げ、バッサバッサと羽を羽ばたかせて鳴くと、山の頂上から「カァカァカァカァ」と
いう声が返って来た。
「……仲間?」
「そのようだな」
暫く待っていると、バサバサと何匹もの烏が舞い降りてくる。よく見ると、全員足が三本あった。
「カァカァ」
「カァカァカァ」
嬉しそうに仲間と話している八咫烏を眺めていると、双子がぎゅっと手を握ってきた。
「カァーちゃん嬉しそうだね」
「ちゃんと会えてよかったねぇ」
ニコニコと笑いながらも、少しだけ寂しそうな双子の手を握り帰す。
「また遊びに来て貰えばいいだろ。来れない距離ではないし」
「来てくれるかなぁ?」
「あとで頼んでみよう」
そんな会話をしていると、不意に風が強まった。ざわざわと木々の葉が揺れ、森が大きく騒めく。
先ほどまで穏やかだった森が、まるで何かを訴えかけてくるかのようだった。
「なんだ?」
眉を寄せて森の木々を見上げると「来たな……」と並んでいたミケが呟いた。
「来たって何が?」
「見ていたら分かる」
その言葉の直後、いきなり突風が吹いて来て、飛ばされないようにぎゅっと双子を抱き寄せた。
バサリ──という羽音が、轟音に混ざってかすかに聞こえた。
風が収まり、そっと目を開けると漆黒の羽を纏った烏天狗が立っていた。
──相変わらずの美形だ。
「そなたらか」
烏天狗の視線が俺たちを捉えた。
じっと何かを観察していたようだが、どんっと勢いよくぶつかってきた黒い物体によって、その観察は中断された。
それは、俺たちが連れてきた八咫烏だった。
「カァ!カァカァ!カァカァカァ!」
「そうか。それは良かったな」
結構な勢いでぶつかったはずなのに、少しもよろめくことなく受け止めた烏天狗は、嬉しそうな様子で話す八咫烏のくちばしをそっと撫でた。
すると、興奮していた八咫烏もすっと目を細めて大人しくなった。
「どんな説明だ……」
ミケが呆れたように零したため、八咫烏が何と言ったのか尋ねると「みんなで食べた鍋が旨かった、だそうだ」という返事が返ってきた。
助けられた、でも世話になった、でもなく、報告することが食べ物。
だけどそれも八咫烏らしかった。
そんな会話を交わしていた俺たちだったが、烏天狗に視線を向けられて姿勢を正す。
怒っているわけではないのに、烏天狗の纏う空気に思わず背筋が伸びてしまった。
自分の乏しい語彙力が恨めしいが、美形ってずるいというか、これぞ上級妖というか。
三神を前にしたときにも感じた、あの場の空気そのものを支配してしまうような威圧感が烏天狗にはあった。
決してうちの妖たちが劣っているわけじゃない。だけど、何もしていないのに場を支配してしまうような──そんな圧倒的な存在感が目の前の烏天狗にはあるのだ。
いや、この間の月見のときに姫の眷属たちから聞いた話だと、うちの子たちも十分すぎるほど格の高い妖らしい。
……ただ、本人たちが普段あんなだからな。どうしても、この手の"貫禄"とは結びつかない。
「うちの者が世話になった。礼をいう」
いちいちかっこいいのかよ。なんだよ、礼を言うって。と思いながらも俺も対抗してみる。
「いえ、全く。うちの子たちも仲良くしてもらいましたので」
そう言って双子の頭にぽんと手を置くと、「カーちゃんお友達だよ!」「カーちゃんとまた遊びたい!」と元気良く双子が言った。
烏天狗を前にいつもと変わらない二人はやはり大物なのかもしれない。
「ここではなんだ。礼をする。上に参れ」
烏天狗が腰の羽団扇を取り出すと、俺らに向けてばさりとあおぐ。すると、見えない力に引っ張られるようにふわりと身体が浮き上がり、俺たちの身体は頂上に向けて飛んでいく。
視線を下に向けると、色とりどりに紅葉した落葉樹が秋の森に彩りを加えていた。まるで絵画のような世界に興奮した俺は声を上げた。
「おお!すごい!」
「人間よ、お主は怯えぬのだな」
隣を並んでいた烏天狗が、俺に尋ねてきた。
「なんだか怯えるとかいう感情が最近どこかへ出かけてしまったようで……」
「そうか……それは良いことだな」
危機感を持てと散々言われ続けていただけに、その言葉は意外で、俺は思わず首を傾げた。
「いいこと……ですか?」
「それだけ安心できる環境にいるということだ。周りに感謝しろ」
そう言った烏天狗は、俺たちよりも後方を飛ぶ双子やミケ、月牙へと視線を向けた。
双子は八咫烏たちの真似をして両手をばたばたと羽ばたかせ、くるりと器用に回転してみせる。それを見たミケと月牙は、楽しそうに笑っている。
その光景は、まるでいつものアトリエと変わらない。思わず絵に描いて残したくなるほど、穏やかで温かな景色だった。
「そうですね」
「お主の人柄があの妖たちを集めているのだろう」
「……買いかぶりすぎですよ」
そう答えた俺に、烏天狗はふっと笑うと、そのまま下へ降りていった。降り立つ先には小さな祠が建っていた。




