第四十二話 八咫烏
家に帰ると、縁側に置かれた籠の中に三本足のカラスが丸くなって寝ていた。
ミケが怪我の手当をしたらしく、漆黒の羽には真っ白な帯が巻かれている。
「なぁ、こいつって八咫烏?」
「三本足のカラスなど他におるまい」
「だよなぁ。なんであんなところで怪我してたんだ?」
双子から至近距離で覗き込まれているにも関わらず、八咫烏は微かに身体を上下させて眠っている。余程疲れているのか、それとも傷によるダメージが大きいのか。
どちらにせよ、そっとしておいてやったほうがいいだろう。
「ちょっと寝かせといてやるか」
静かなところ……あそこしかないか。
そう思い、仕事部屋の隅で寝かせておいたのだが──これが全ての発端だった。
いや、そもそもレイが拾った時点で事件は始まっていたんだけれど。
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「カァー!カァー!カァー!」
眠っていたはずの八咫烏がけたたましく鳴き、その声が屋敷中に響き渡った。
「どうした⁉︎」
「どうしたの! カーちゃん⁉︎」
リビングで寛いでいた俺たちが慌てて駆けつけると、そこには絵の前でバサバサと羽ばたきながら囀る八咫烏の姿があった。
「……どうしたんだ?」
「烏天狗さん見てるの?」
双子と顔を見合わせて首を傾げると、遅れてやって来たミケが「そやつが主人のようだな」と言った。
「烏語分かるの?」
「我は動物だからな。大抵の生き物の言葉は分かる」
「ちなみに月牙は?」
「私は眷属ですよ?ミケ殿のような化け猫と一緒にしないでください」
月牙はたまにミケに対してびっくりするくらいの毒を吐く。しかもいつもと同じ口調で。
ミケが怒らないか恐る恐る顔を伺うと、ミケは余裕そうな顔で笑っていた。
「なんじゃお主。嫉妬か?」
「そうではありません。何を言ってるんですか?」
……仲が良さそうでなによりです。
ともあれ、騒ぎ続けている八咫烏を抱きしめて宥める。「傷に響くから落ち着け」と声をかけるが、興奮している八咫烏には聞こえていないのか、バサバサと羽を打ち鳴らしながら暴れ続けていた。
それを見ていたミケが「シャー」と鋭い声で鳴いた。すると、さっきまでの興奮が嘘のように八咫烏がすんっと大人しくなった。
「……なんて言ったの?」
「お主の行いが主人の品格を落とすぞ、とな」
「うわぁ……」
なんというか……容赦ないな。
落ち着いてくれたのは助かったが、ちょっと複雑な気分になった。怪我烏に対して手酷い言いようである。
「……とりあえず、落ち着いて話しましょう」
月牙の一言で、俺たちはリビングに移動することにした。
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リビングの炬燵の上に、八咫烏はちょこんと立っている。
座布団を机の上に置いてみたが、ふんっと羽で吹き飛ばされてしまった。
……大きな怪我じゃなかったようで何よりである。
すると、八咫烏にミケが声をかけた。
「これ、無理するな。痛むだろう」
「カァ」
痛かったらしい。なんだそれ。
「人の言葉分かってるの?」
「カァ」
八咫烏がこくんと頷いた。
「八咫烏は賢いぞ。さっきは興奮して聞いていなかっただけじゃ」
「そっか。通じるなら話しやすいね」
八咫烏へと向かい直ると、俺がこの家の主人だと分かったのか、ちょこんと頭を下げてくる。つぶらな瞳がくるくると動いてなんだか可愛らしい。
「怪我、大丈夫?」
「カァ」
大丈夫、というふうに鳴いた烏に頷く。
「この絵の人、ご主人様?」
「カァー!」
合っているらしい。
言葉が通じなくてもなんとかなるもんだなぁ。
「どこ住んでるか分かる?」
「かぁー?」
分からないのか。
苦笑してミケを見ると、「逃げている間に迷ったようだな」と頬杖をつきながら教えてくれた。
「そっかぁ。逃げるって何から?」
「かぁーかぁー」
「変な人間に捕まりそうになったらしい」
「人間って……見える人ってこと?」
「……そのようだな」
なんだって?だけど、妖を捕まえて何をするつもりなんだろうか。
難しい顔をした俺に、ミケがふうっとため息をついた。
「陽翔。妖を操って悪巧みをしようとする輩は多いぞ。妖は普通の人間には見えないからな。丁度いいのじゃ」
「まじか……」
そんなことを考える奴らがいるのか。
「お主は優しすぎる、といつも言っておるだろう」
「そんな発想が湧かないだけだよ」
口を尖らせると、顔を見合わせたミケと月牙に深いため息を吐かれた。
「僕たちはいいと思うよ」
「はるとはそのままでいてね!」
双子にまで言われるなんて、これは流石に考えないとまずいのか……?
そう悩んでいると、
「カァー!カァー!」
「あ、ごめんごめん。忘れてないよ」
机の上の八咫烏が、無視するなと言わんばかりに羽を羽ばたかせて存在を主張してきた。
「どうするかなぁ。烏天狗さんってどこに住んでんの?ミケ知らない?」
「おそらく……ではあるが、心当たりはある」
「おおー、流石ミケ」
どうやら手がかりはあるらしい。
「ミケが分かるって」と言うと、「カァー!」と嬉しそうに八咫烏が鳴いた。その声を聞いた俺たちも、釣られて笑みを溢した。
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その晩、せっかくだからとみんなで鍋を囲んだ。
初めは警戒しながらつつくように食べていた八咫烏だったが、肉団子を一つ口にすると、次から次へと平らげ始めた。しまいには餅を喉に詰まらせ、苦しそうにのたうち回っていた。
だから大きすぎるって言ったのに……。
外はすっかり冷え込んでいたけれど、みんなで炬燵を囲みながら笑い合って食べる鍋は、何よりも温かかった。




