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第四十話 アトリエの御神木


「たーまやー!」

「それは花火な?」


 けらけらと笑いながら空へ鞠を蹴り上げている双子を、俺はミケと並んで縁側に座りながら眺めていた。どう見ても良からぬ方向へ飛んでいく鞠は、いつの間にか双子の手元に戻って来ている。なんというか……道具の無駄遣いが凄い。


「そういえば、花火って見たっけ?」

「お主らは東京に行っておったからな。ここは花火が良く見えるぞ」

「だろうな。それで見てないのかー。見たかったな」

「来年見ればよい」


 見ることができなかった花火を惜しむように空を見上げると、大きな紅葉の木が目に入った。さらさらと真っ赤な葉を揺らし、真っ青な空に鮮やかな彩りを加えている。


「ん?紅葉?」


 思わず二度見した。


 東屋の横。庭の中央に、大きな紅葉の木が堂々と鎮座していた。紅葉とした葉をふんだんにまとったその姿は圧巻の一言だ。だが、感心している場合ではない。


 ──あんなところに紅葉の木なんてあったか?というか、紅葉ってあんな大木になるのか?


 どう見ても俺の知っている紅葉ではなかった。


「なぁ。あんなにでかい紅葉の木ってあったか?」

「気づいておらんかったのか。まぁ先週までは緑だったからな」


 「見事な紅葉よの」とミケが目を細めているが、そうじゃないだろう。


「そもそも、うちに紅葉ってあったっけ?」

「植えてよいと許可を出したのはお主であろう」

「え……俺、そんな許可出したっけ?」


 記憶をたどってみるが、そんなことを言った心当たりはなかった。


 首を傾げてミケを見ると、呆れたような顔をしたミケは、すっと池の方へ視線を向けた。そこでは、せっせと庭の木を手入れしている太郎たちの姿がある。


「あ! あれか‼︎」


 太郎たちがこの家に来た日に植えた紅葉の種だ。『どうぞどうぞ! 植えちゃってください!』と言った記憶が確かにある。だけど、数か月でこんな大木になる紅葉など俺は知らない。


「あれって種だったろ?」

「ご神木であると太郎たちはきちんと申告しておったが?きちんと聞かなかったのはお主だ」

「なんだそれ……」


 ほえー、というアホみたいな感想しか出てこない。


「いや、まぁいいけどさ。なんでこんなに成長したんだ?」

「この家の妖力の賜物じゃろうな。ぐんぐん育っておるぞ」

「そっかぁ。ご利益がありそうだ」

「……。いつも思うが、お主は受け入れるのが早すぎではないか?」

「気にしてもしょうがなくない?悪いことじゃないならいいよ」


 そもそも、気にしたところでどうしようもないことが多すぎる。


 なんとかなるさ、何事も。が最近の俺のポリシーとなりつつあった。というより、気にしていたら胃が何個あっても足りないことに最近気が付いた。


 風が吹くたび、真っ赤な紅葉の葉がはらはらと舞い落ちる。その中には、双子の手のひらほどもある葉も混じっていた。こんなに大きい紅葉の葉は見たことがなかった。


「そうだ!」

「……なんかまたよからんことを考え出したな」


大きな声で双子を呼ぶと、笑顔の二人が駆け寄ってきた。


「どうしたのー?はると」

「はるとも鞠蹴る?」

「いや、俺はいいや」


 鞠を差し出すレイの頭をひと撫でしてから、双子を連れて仕事部屋へ道具を取りに向かった。


 ⸻⸻⸻⸻⸻⸻


「第二回!アトリエ妖、創作大会!紅葉の葉っぱで作品を作りましょう!」

「お絵描き⁉︎」

「葉っぱに穴開けて模様にしてもいい?」

「いいアイデアだな。先に大きな葉っぱを集めておいで」


 我先にと大きな葉っぱを確保しに、庭へと駆け出していく双子を見送った。


「何をするんだ?お主のことだ。なにか案があるのだろう?」

 

 興味深そうに俺の手元を覗き込むミケに、「まだ秘密」と告げると、「ふーむ」と不満そうな顔をする。

 それがなんだかおかしくて、くすくすと笑うと、ミケは面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「ミケには最後の仕上げを頼むからな」

「ほう。それは楽しみだ」


 自分にも役割があると知った途端に機嫌を直した猫又を見て、俺はまた笑ってしまった。


 ⸻⸻⸻⸻⸻⸻


「できたー!」

「レイもできたよ!」


 ユウは、器用にも葉脈に沿ってところどころ紅葉を切りとり、緑や黄色の葉っぱを張り付けてアートのようにしている。

 レイは、俺たちの似顔絵を葉っぱいっぱいに描いていた。


「いいじゃん。二人とも上手だな」

 

 よしよしと頭をなでると「すごいでしょ!」「かっこいいでしょ?」と言った二人が得意げに胸を張り、満面の笑みを浮かべた。


「これを木の枝にくくりつけてっと」


 双子が作業している間に、太郎たちに探してもらった手頃な木の枝で組んでおいた台座へ紅葉を張り付ける。


「ミケ、この中に猫火入れて。あの燃えないやつ」

「うむ。なるほどな。ランタンか」

「正解」


 ミケが尻尾を振ると、ふわりと猫の形をした火の玉が現れた。お月見のときは普通の火の玉だったのに、わざわざ猫の形にしてくれたらしい。


 ──こういうところなんだよな。


「ネコちゃん!」

「かわいい!ミケすごい!」


 手放しに喜ぶ双子に、ミケが得意げに尻尾を揺らした。


 猫の形の猫火はランタンの中へふわりと入り、双子が作った紅葉の葉を内側から照らし出す。

 葉脈が浮かび上がり、猫火が揺れるたびに表情を変えるランタンは、世界に一つだけの作品へと仕上がった。


 わあっと双子が声を上げた──そのときだった。


 ごおっという轟音が庭の落ち葉を巻き上げ、庭に積もった紅葉が一斉に舞い上がった。


「なんだ⁉︎」

 

 突然の突風に顔を手で覆う。双子も「きゃー」と言いながら俺の足へとつかまってきた。


「なんだったんだ?」


 顔を上げると庭の中央に、下駄をはいた男が立っていた。

 その姿を見て、俺は思わず息をのんだ。


 背が高く、長い黒髪は夜のような闇を含んでいるようだった。

 整った顔立ちは人間離れしており、思わず絵に残したくなるような圧倒的な雰囲気を放っている。


 男はぴくりとも動かず、温度の感じられない目でじっとアトリエの紅葉を見上げていた。

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