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第三十七話 大分旅行編 温泉


 俺たちは再び本殿へ向かい、ミケたちとともに階段を登る。九十九段続く鬼の階段を登り切ったとき、俺の右足はまたもや百段目を踏んだ。


 気を付けて見ていたら、登り切るタイミングで僅かに風景が歪んだ。


 ちなみに、前回よく分からない森の中に飛ばされたのは俺だけだったらしい。ミケたちは何事もなく神域へ入り、石畳の参道では石亀が待っていたという。


 どうやらあの妙な森を迷わされたのは俺だけだったようだ。


「なんで俺だけ……」


 思わずぼやくと「お主がどんな人間かを見たかったらしいぞ。陽翔の様子はみんなで見ておったからな」とミケが教えてくれた。


 ──なるほど。だからうちの子たちは大して焦ってなかったのね。


「はると、頑張って走ってたね!」

「早かったよー」

「……ありがとう」


 ──なんかもうどうでもいいや。早く帰りたい。こんなことに慣れたくないんだけど。神々に振り回されるのも慣れてしまった。


 またもや参道で待っている見覚えのある石亀を見つけ、俺はため息をついた。


 ⸻⸻⸻⸻


「たっだいまー!」

「帰ったよー!」


 止める間もなく、双子がばんっと襖を開けると、こたつ机を囲んで三神がお菓子を食べていた。


「……はい?」


 前回と雰囲気が違いすぎて拍子抜けしてしまった。


 ……俺にかけてきた圧はどこに行った?


「お菓子ー!」

「いいなー!」

「帰ったか。お菓子をお食べ」


 三神へと駆け寄った双子の頭を三神たちが撫で、双子へお菓子を差し出す。


「……なんか雰囲気変わってない?」

「お主がくるまでこんな感じだったぞ。一応神たちもお主を見極めたかったのであろう」


 こそこそとミケと話していると、応神(おうじん)天皇がこちらを向いた。


「して、封印だが。出してみよ」


 ──見てたな、この人たち


 最初に来た時には気づかなかったが、神様たちの背後にある大きな鏡には、境内の様子が映し出されていた。もしかしなくとも、あれで俺の様子を見ていたのだろう。


「こちらです」


 龍神さまの入った石を机の上に置くと、三神が揃って石を覗き込んだ。


「こいつめ……」

「気持ちよさそうだこと」


 目を細めた神々の目の奥には、間違いなく怒りが浮かんでいた。


「おい、これ忘れたんじゃなくて許してなかったやつじゃないか?」

「うーむ。見解の相違ってやつじゃの」


 ヒヤヒヤしながら小声で囁くと、ミケは呑気に髭を撫でていた。なんでそんなに冷静なんだ。神々の争いに巻き込まれてはたまらない。争うなら勝手にやってほしい。


「あ、では。私たちはこれで」


 そそくさと退席しようと腰を上げた瞬間──


「ちと待て」


 応神天皇がすっと指を下ろすと、俺は縛り付けられたようにまた腰を下ろさせられた。その縛りはすぐに霧散したが、再び立ち上がる勇気などあるはずもない。


 ──勘弁してくれよ。


「この石はそなたにやろう」

「あ、いえ。ご遠慮させていただきます」

「持ち帰れ」

「……。」


「早く答えてください」と月牙から小声で促され、俺は渋々口を開いた。

 

「……分かりました」

「うむ、よろしい。これで良い。全てが片付いた」


「こやつの世話は骨が折れるのだ」と応神天皇が首を回した。


 ──まじかよ。そんなやつ一般人に押し付けてくんなよ。


 そんな俺の内心を知ってから知らずか、用は済んだとばかりに応神天皇が手を打ち鳴らす。


「それでは、帰るがよい」


 ぱんぱんと軽く手を打つと、ざざっと襖が勢いよく開く。


「失礼いたします」

「うむ。瀬織津姫(せおりつひめ)によろしくな」

「瀬織津姫を泣かせるでないぞ」

「……失礼します」

「ばいばーい、またねぇ」


 ──何が泣かせるなだ。俺はあいつに振り回されているだけだ!そもそも今回の原因はあいつじゃないか!


 どんどんと荒い足音を響かせながら、出口に向かって廊下を進んだ。


 その後ろを、ミケと月牙は顔を見合わせ、呆れたように肩をすくめてついてきていたが、俺は気づかなかった。


 ⸻⸻⸻⸻


「そういえばさ。結局なんで龍神さまの封印は解けかけてたんだろうな?」


 俺が辿り着いたとき、石碑には確かに封印の標縄が巻かれていた。だが、その標縄は今にも外れそうなほど緩んでいた。


 人間が設置したものならともかく、神が張った標縄が自然に外れることはない──そんなことを三神たちが言っていたのを、俺は今さらながら思い出した。

 

 部屋付きの露天風呂に顎まで浸かり、ぶくぶくと泡を吐きながら考える。そんな俺を見ていた双子も、真似をするように一緒になってぶくぶくと泡を吐いていた。

 

 露天風呂の縁石にミケは寝そべり、尻尾だけを湯に浸しながら熱燗(あつかん)を飲んでいる。


「さてな。そういうこともあるのではないか?」

「そういうものかなぁ?」


 顔を出して首を傾げると、一緒に湯へ浸かっていた月牙が口を開いた。月牙の頭には、綺麗に畳まれたタオルがちょこんと載っている。

 

「人間が荒らした、と三神は言われておりましたね。そもそも、あの封印は神が設置されたもので普通の人間には見えません」

「……つまり?」

「誰かが封印に手を出そうとしたのでしょうねぇ」


 いつもは穏やかな目をしている月牙の目は鋭く、心なしか声も低かった。


「……月牙?」

「いえ、はると殿には関係ないと思いますよ」


 いつもの雰囲気との違いに驚いて目を瞬かせる。だけど、次の瞬間にはいつもののんびりとした月牙に戻っていた。


 ──気のせいか?でもまぁ、月牙があんな狼みたいな顔するはずないよな。見間違いか。


「それにしても、いいお湯ですねぇ」

「そうだな。温泉いいよな」

「近くにあればいいんですけどね」


 俺がぐーっと伸びをした瞬間だった。


 ──ばちゃっ


「あぶっ」

「きゃははは!」

「はると間抜け顔ー!」


 双子が顔に向かって水を思いっきりかけてきた。

 お湯が鼻の中に入ってしまいとても痛い。


「やめろよお前ら!」

「きゃー!助けて〜!」

「くらえ!はると!」

「ユウ!ここで刀を出すな!」


 バシャバシャと動き回る双子によって、お湯が跳ね回る。


「このまま平和だといいんですけどねぇ」

「そうだな……」

「おや、ミケさんも知っておりましたか?」

「まぁな」


 楽しげにはしゃぐ俺たちを、ミケと月牙は目を細めて見ていた。きゃっきゃと叫んでいる双子たちの声で、ミケたちの声は聞こえない。


「なんかいったか?」

「なんでもない。そろそろ上がったほうが良いのではないか?双子が赤い顔をしているぞ」

「あ、やべ。そうだな。上がるか」


 立ち上がると、バシャリと水音が夜の闇に響いた。石の床に足をつけると、ひんやりとして気持ちいい。ほてった体を冷たい風が撫でていき、ぶるりと身体が震えた。


「秋だなぁ」

「そうだな」


 もうすぐ冬がくる。

 

 妖たちと過ごす冬は初めてで。

 何が起きるか分からない。


 けれど──それが少しだけ楽しみだった。

これにて一章は完結です!

明日からは二章に入ります。


なんだかんだと10万字いきました。長いようであっという間ですね。沢山読んでいただきありがとうございます。


お礼も込めて、特別編を今日の夕方に投稿します。

お楽しみいただけましたら幸いです。

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