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第三十四話 大分旅行編 八幡神社


 石階段の下から見上げると、大きな鳥居が見える。温泉街から階段を登った先の高台に、目的の神社はあった。

 

「これはまた立派な神社だな」

「この地域でも大きな神社ですからね」


 独り言を言うと、隣にいた月牙が返事をしてくれた。古くから愛されている神社だけあって、沢山の人が参拝に訪れており、なかなかに活気がある。


「漫画の聖地としても親しまれているそうですよ」

「へー。凄い集客力だな」


 確かに、リュックにキーホルダーなどをつけている人たちも多い。みんなが幸せそうに笑いながら登っていく光景は、なんだか神社本来の姿を見ているようで気持ちが良かった。


「行くか」

「「はーい!」」


 俺の掛け声に、双子が元気に手をあげて返事をし、駆け上がっていく。


「この階段、鬼が作ったんだって。九十九段作って、最後の一段の前に逃げ出したらしいぞ」

「あと一段の前に何があったんですかね。閻魔大王でもお迎えに来られたんでしょうか」

「本当にいるからなぁ……閻魔大王」


 その場合、きっちり悪鬼は絞られていそうだ。以前見た、人間では明らかに太刀打ちできない太い腕を思い出した。

 

 心の芯まで響くような低い声。一度聞いたら、二度と忘れられないほどのインパクトだった。


 今思い出すだけでもぞくりとする。寒くもないのに、ぶるりと身体が震えた。あまり経験したくない重圧だったな、と苦笑する。


 あと少しかと階段の先を見上げたそのとき。さっきまで聞こえていた双子の賑やかな声が、いつの間にか途絶えていることに気づいた。


「なぁ……ユウとレイは?」

「そういえば、声がしませんね」

「先に行ったのではないか?」


 ミケはのんびりと言うが、なんだか嫌な予感がした。そして、こういうときの予感は大概合っていることが多い。


「ユウ!レイ!どこだ!?」


 周りに人がいることをすっかり忘れて、叫んだ。周囲の人々が驚いた顔をして振り向くが、構っていられない。


 だって、普段なら名前を呼んだらすぐにやってくる2人の顔が見えないのだから。


 階段を駆け上がり、九十九段目を蹴り上げた。その先は神社の本殿があるはずだった。


 それなのに──俺は百段目を踏んでいた。


 あるはずのない、百段目。

 鬼が作らずに逃げたと言われる一段が、そこには確かにあった。


 ──リン


 どこからか鈴の音が聞こえた。

 

 聞いたことがあるような、だけど何かが違う音。


 どこだ?どこで聞いた?


「あ……姫か……。」


 一拍遅れて、その音が姫の鈴に似ていることを思い出した。


 だけど違う。


 姫が来るときは、ただ純粋に何か触れてはいけないものがそこにあるような。そんな澄んで綺麗な空気を感じる。


 今俺が感じているもの。これは重圧だ。


 息をするのも憚れるほどの重苦しさ。あまりにも清廉な気配は、ただそこにいるだけで胸を圧迫するようだった。

 

 ふと気づくと、周囲から音が消えている。

 

 先ほどまで聞こえていた楽しげな人々の声は消え去り、代わりにざわざわと木の葉が擦れる音だけが耳障りなほど響いていた。


 ミケや月牙の姿も見えない。


「どこ行ったんだよ……。どこだよ、ここ」


 目の前に聳え立っていたはずの神社の本殿は影も形もない。振り返れば、後ろにあったはずの階段も消えていた。

 

「ユウー!レイー!ミケー!月牙ー!」


 大声で名前を叫んだが、その声は木々のざわめきに打ち消され、まるで何かに吸い込まれるように消えていった。


「どうすればいいんだよ……これ」


 とりあえず明るい方へ。


 光が見える方向へ向かって走り出す。だが、どれだけ走っても、その光は遠ざかっていくばかりだった。


 はぁはぁと荒い息が漏れる。どくどくと脈打つ鼓動は耳の奥で鳴り響き、頭がずきずきと痛んだ。


 ──早くしなきゃ、心配しているかもしれない。


 なんだかんだと、過保護な妖たちのことだ。今頃必死になって探し回っているだろう。

 

「どうしたら……」


 視線を落とすと、ポタポタと汗が地面に染み込んでいった。それはまるで和紙に染み込む墨のようで──


「墨……。そういえば」


 姫から貸してもらっている神具。


 普段なら真っ先に思い浮かぶはずの神具のことを忘れてしまうくらい、どうやら気が動転していたらしい。


 パッと手を開くと、手に馴染む筆が手のひらに現れた。


「頼むぞ……本当に」


 祈るように力を込め、地面に描いていく。描くのは、この間のお月見のときに双子と作った和紙の提灯。中にはミケ特製の猫火入り。


 双子たちの元へ、案内してくれますように。


 そんな想いを込めてゆっくり筆を滑らせる。


 完成した提灯は、ふわりと空へ舞い上がり、風に漂うように流されていく。


 自由気ままに漂う姿は、まるでミケそのものだった。だが「ついてこい」と言わんばかりにちらちらと揺れる姿には、ミケらしいリーダー気質も感じられる。

 

「頼んだぞ」


 俺の言葉に応えるように、ふわり、と提灯が上下に揺れた。


 ふわふわと漂う提灯は、目の前にある道から逸れ、木々の隙間を縫うように進んでいく。どうやら、道の先ではなく、森の中に出口はあるらしい。


 ──そりゃ、道沿いに走ったところでどこにも出ないはずだよな。


 荒くなった息を整えながら、ゆっくりと漂う提灯を追いかける。


「あった……」


 しばらく追いかけたその先に、神社の本殿が木々の隙間から見えた。


 だけど、何か違う。


 変わらない重苦しい空気に包まれた本殿は、人一人見えずしんとしている。

 

 ──コツン


 古びた石畳の参道へと足を踏み入れると、全身に何かが駆け巡った。息が詰まったが、それは一瞬のうちに霧散した。


「なんだったんだ、今の」


 ふと視線を上げると、参道の中央に大きめの石が置かれているのが目に入った。


 どうしてこんなところに?と首を傾げたとき、目の前の石が僅かに動いた。


「……。なんだ?」


 ゴツゴツと重そうな音を立てながら、ゆっくりと方向を変えたそれがこちらを向く。


「……亀?」


 石像であるはずの亀の瞼がゆっくりと開かれた。

 読んでくださりありがとうございます!


 可愛い!癒される!と思っていただけましたら、ブクマや⭐︎を点滅させて貰えたら嬉しいです。


 応援よろしくお願いします。

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