第三十三話 大分旅行編 瀬織津姫の頼み
「陽翔や、頼まれてくれんかの」
「……また来たのかよ」
あの月見以降、姫がやって来る頻度が確実に増えた。先日の一件で俺が敬語を使わなくなり、タメ口で話すたびに姫は少し嬉しそうな顔をする。
それがなんだかこそばゆくて、一度敬語に戻してみた。すると、酷く寂しそうな顔をされたので戻せなくなってしまったのだ。
「それで?ご用件はなんでしょうか、姫様?」
なんとなく歓迎するのも癪だったから、わざと敬語を使ってみる。
「お主に姫様と呼ばれるのはいいのぉ」
「逆効果かよ……」
すると、姫はコロコロと鈴のような声で楽しそうに笑った。思わず「ちっ」と舌打ちが漏れてしまう。
「そんな嫌そうな顔をするな。今日は本当に頼みがあって来たのじゃ」
「……頼み?なんだよ?」
姫の頼みとやらに気を取られた俺は、「そもそも神が、こんなに頻繁に人間に会いに来るなどありえませんのに。陽翔殿が鈍いのか、姫様が素直じゃないのか……」と月牙がため息を吐き、「放っておけ」とミケが鼻で笑ったことに気が付かなかった。
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姫の頼みを聞いた数日後。俺たちは、隣の県に来ていた。
どうやら、姫の知り合いの神社を何者かが荒らしているらしい。それを見にいってほしいとの頼みだった。
神具である筆を貸してもらっているし、せっかく筆を使って色々できるようになったのだ。
最近では空中に直接描くことまでできるようになり、それで遊ぶのが半ば趣味になっていた。
「姫には月牙も遣わせて貰ってるしな」
「お主も素直じゃないな」
「……うるさいな」
決して姫を仲間認定しているわけではない、と言い訳していると、隣にいたミケからツッコミが入った。
……最初の態度を完全に許したわけではないからな。
「なんの封印なのー?可愛い?強い?」
「可愛いかは知らないけど、昔悪さをして封印されたらしいよ」
レイのワクワクしたような視線に「たぶん可愛くはない」とは言えなかった。封印されてしまうような奴だ。可愛いはずがないだろう。
電車からホームに降り立つと、ぶわっと硫黄の香りが押し寄せてきた。
「おおー、硫黄の匂いが凄いな」
その匂いだけで癒される気がするのは、日本人だからだろうか。俺が思いきり吸い込んでいると、双子が不思議そうな顔をした。
「温泉って気持ちいいの?」
「おっきいお風呂?」
「そうだな、大きいお風呂みたいなもん。はしゃいだらだめだぞ」
「はーい」
せっかくなので、今日は旅館を取っている。「三人分の料金を払うから、少し広い部屋を取らせて欲しい」と旅館に伝えた時には、かなり訝しげにされた。
ちなみに、御飯も部屋食にして運んでもらうように頼んである。
せっかく旅館に泊まるのだ。狭い部屋に泊まるより、皆で広々と楽しみたい。
今回の旅行メンバーは、俺、双子、ミケ、月牙。
珠や太郎たちにも声はかけたが、珠にはふるふると身体を震わせて断られ、太郎たちには「温泉は苦手ですので」と言われた。
「そういえば、今回は残らなくて良かったんだな」
この間の東京では、ミケが留守をあずってくれたことを思い出した。
「ほお。気づいておったのか。気づいておらぬかと思ったぞ」
「気づいたのは遅れてだけどな。だからカツオ節も豪華だったろ」
「あれか。美味かったな……」
「どうにかして、また手に入らんものか……」とミケが涎を垂らす。そんなに美味かったのか?
「んで?今回はいいわけ?」
「うむ。お主、この間の月見で姫様を描いただろう」
「……描いたけど」
今も仕事部屋の隅に立てかけてある絵を思い浮かべる。自分でいうのもなんだが、あれはなかなかの傑作だ。
「あの絵は外には出さぬ方が良いぞ。力がこもりすぎておる。どれだけ力を込めたんだか。お陰で家が空っぽになったとしても、悪霊はもちろん、並の妖でも入り込めんわい」
そう言ったミケがやれやれ、と言うように肩をすくめた。
「……綺麗だったんだから仕方ないだろ」
力を込めてしまった理由になっていないことは分かっていたが、それしか言葉が出てこなかった。
なんとなく言い訳じみた言い方になってしまう。
「綺麗だったのは、認めるんですね」
それを聞いた月牙が「姫様はいつでもお綺麗ですよ」とクスクスと笑った。
「……綺麗なものを残すのは、絵師としての使命だからな」
「そういうことにしておきましょう。さて、そろそろ宿に向かいましょう」
「……うん」
なんだかあしらわれたような気もしたけれど、まぁいっかと思い直す。
家の守りが強くなって、ミケと一緒に遊びに行けるようになったのなら、それだけでも姫には感謝していいかなと思えた。
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「おんせーん!」
「すごーい!」
部屋に着くなり、服をぽんぽんと脱ぎ散らかして露天風呂へ一直線。庭にある露天風呂へばっしゃーんと飛び込もうとした双子を慌てて捕獲し、先に身体を流させる。
「こら、飛び込まない。入る時はゆっくり足元から」
「「はーい」」
素直に従った二人は、ざーっと身体を流し、ちゃぷんという小さな音を立てて温泉へと入っていった。
「ふん、あんな風呂のどこがいいんだか」
「たまにはいいですよ?妖力を使えばすぐに毛も乾きますしね」
部屋の中でくつろいでいる二匹は、今はまだ入るつもりはないらしい。まぁ、ミケに至っては絶対に入らない、と来る前から主張していたんだけど。
「風呂で飲む熱燗は最高なのになぁ」
「……なに?」
ぴくぴく、と耳が動き、酒という欲望に傾いているのがわかった。
「夜、一緒に入って飲む?」
「……しょうがないな」
口ではそう言いながらも、尻尾がぺしぺしと大きく揺れている。それを見た俺と月牙は、顔を見合わせてクスクスと笑った。
大分旅行編、スタートです!
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