第三十一話 月見
──カコン
鹿おどしの音が響き、どこからともなく、三味線や尺八といった日本古来の楽器の合奏が聞こえてくる。
双子とともに和紙で作った灯籠の中には、ミケが出した猫火が灯り、幻想的な光景を作り出していた。
「我がなぜこんなことを……」
ぶつぶつ言いながら、準備をまるで手伝わなかったミケが双子たちの見張りのもと、猫火を作り出し続けていたのは余談である。
「ほう、これは見事なものやの」
シャン、と鈴の音を響かせながら瀬織津姫がやって来た。先ほどまで聞こえていた、すぅっと虫の鳴き声が遠ざかる。
「これこれ、今宵は無礼講じゃ。苦しゅうないぞ」
姫が扇を広げゆっくりと仰ぐと、虫の声が戻って来た。元気なコーラスを、和楽器に合わせて披露している。
今日は神界ではなく、現世で楽しむつもりらしい。
姫が来るたびに空気がガラリと変わるのが気になって、月牙に聞いてみたことがある。すると、
「姫様は神です。神が俗世には降りることは滅多にありません」
と、何を当然なことを言うんですか? といわんばかりの呆れた顔で言われた。
……知らないよ、そんなこと。
そういうわけで、いつも姫が来るときには、異界と呼ばれる現世と神世の狭間にこの家は包まれているらしい。
この家をますます異物化するのをやめてほしい。そろそろ変な力が家に宿りそうな気がする。既に手遅れかもしれないけれど。
「ようこそお越しくださいました」
姫も一応ゲストなので、恭しく挨拶をしてみる。
「うむ。ようやった、褒美じゃ」
姫が扇で東屋を示す。すると、先ほどまでなかったお月見団子と白磁の徳利が現れた。
「月のウサギたちが作った団子と神酒じゃ。人間が食べることはなかろう、有り難く食せ」
「……ありがとうございます」
それは食べて大丈夫なのか?と思いながらも、頭を下げる。
事前に団子と酒は準備してもらえると連絡を貰えていたから(正しくは月牙が聞いて来てくれた)。
「今日のお供は、兎……ですか?」
「うむ。風情があろう?他の者たちも来ると聞かんかったからな、後ほど仕事が終わったら来るであろう」
「さようですか」
仕事……あるんだ。眷属社会も手厳しいな……と思っていると、「神社の仕事は多いですからね……」と月牙が遠い目をしていた。なかなか神の社会も世知辛いらしい。
ぴょんぴょんと跳ね回る兎の後ろを、真似してぴょんぴょん跳ねて追いかけている双子を見ながら、複雑な気持ちに襲われた。
「ほれほれ、始めるぞ」
パン、と姫が扇を打ち鳴らすと、ついて来ていた兎たちが何処からか臼と杵を取り出して、ペッタンペッタンと餅つきを始める。
それを見た双子も、「わー!餅つきだ!」「すごいすごい!」と言って駆けていった。
「今からつくんですか?」
「あれは余興じゃ。何もなくてはつまらんからの。作った餅はそち達で食べるが良い」
──食べないのにつかせるのかよ?相変わらず、理不尽極まりないな……。
喉まで出そうになった言葉を、なんとか飲み込む。楽しそうに餅をつく兎たちを横目に、東屋へと腰を下ろす。
今日のために、赤い敷物まで買って来たのだ。東屋が、昔ながらの茶屋のようになり、なかなか気に入った。
「ほう。見事のよ」
「恐れ入ります」
俺が準備した夕膳を前に、姫が目を細める。
ほくほくと湯気をあげる栗ご飯に、香ばしく焼いた秋刀魚。里芋の煮付けに、山菜もたっぷり使ったお味噌汁。
秋の味覚をこれでもかと詰め込んだ品々に、姫も満足げに頷いているのを見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。
ひとまずは満足いただけたらしい。神に出すと言うことで、流石の俺も気合いを入れた。
秋刀魚を焼きながら、半分以上つまみ食いされたことを思い出し、空笑いが出てしまう。必死に阻止するがいつの間にか七輪の上から姿を消す秋刀魚達に、足りなくなるかもと、ヒヤヒヤした。
ちなみにまだ足りないと、東屋の外ではミケと猫達が秋刀魚を焼き続けている。
「そなた、婿に来るか?」
「心から遠慮します」
姫の婿になったら、一生こき使われそうだ。是非とも遠慮したい。
「くく、残念よの。一生若くして過ごせるぞ、人間の望む不老不死ってやつじゃ」
「私は人間のまま生きたいので」
「珍しいやつじゃの」
そういえば、月の姫ということは、姫はかぐや姫なのだろうか。不老不死という言葉で、有名な昔話を思い出す。あとで聞いてみよう。
そして、そんな俺の疑問は、早々に解決されることになるのだった。
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「姫様姫様、飲まれておりますか?」
月牙を始めとする眷属たちが、次々とお酌に来るのを横目に、俺はちびちびと神酒を飲んでいた。
「ささっ、陽翔殿も!」
「ありがとう」
トクトクと徳利を傾け、器用にお酌をしてくれる月牙に御礼を言う。
さすが、神酒。今まで飲んだ日本酒の中でも抜群のコクと飲みやすさだ。そして、悪酔いしない。最高である。
そして、不思議なことにこの徳利。飲んでも飲んでも中身がなくならないのだ。不思議に思って姫に聞くと、「んー?神具だからの」という間延びした答えが返って来た。
「おい、月牙」
俺にお酌をした後、近くにいた太郎たちと話していた月牙を手招きする。
「なんですかな?陽翔殿」
「なんか姫、おかしくない……?」
「そうですか……?あ……」
俺の問いに、月牙が明らかに『やっちまった』みたいは顔をした。
「あっ、ってなんだよ?」
じろりと月牙を見ると、「いやぁ、あのー」と気まずげに月牙が視線を逸らした。
「なに?」
さらに詰め寄ると、月牙が渋々口を開いた。
「姫様は……現世で飲むと、酔われるんです」
「……は?」
「ですから、神界で飲まれる時にはいいんですけど。こちら側で飲まれると弱いことをすっかり忘れておりました」
「なんだって?」
そう言った瞬間、何か温かいものがむにゅりと潰れる感覚が背中に広がった。そして、ふわりとお香のような香りが鼻をくすぐった。
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