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第三十話 彼岸


 9月──秋彼岸。

 

 まだ青々と茂っている草木の中で、真っ赤な彼岸花が彩り、現世と異世が最も近くなると言われている季節。


 なぜこんなことを突然言い出したかというと、目の前の女から目を逸らしたかっただけだ。

 

「あいも変わらず、つまらんやつやの」

「また来たのかよ……」


 なんか庭が暗くなったな、と思って縁側に出ると、姫こと瀬織津姫(せおりつひめ)が庭に立っていた。


「姫様!どうされましたか⁉︎」


 嬉しそうな月牙が足取り軽く、姫の元へと走っていく。


「月牙の顔を見に来ただけじゃ」


 姫からよしよしと頭を撫でられた月牙が、顔を輝かせる。だけど、こいつの目的はおそらく違う。顔を見にくるとか、そういう頻度じゃないのだ。


 俺は、はしゃぎ始めた妖たちの声を背に、アトリエへと仕事をしに戻った。


 東京から帰ってきて以降、事あるごとに姫は遊びにくるようになった。特に理由もなくふらりと現れては、好き勝手して帰っていく。


 最初は、獄門円陣を使えるようになったということで、「ほれ、腕試しじゃ。やってみぃ」と小鬼を捕まえてきたのが最初だった。


 俺が渋々、獄門円陣を発動すると、満足げに頷いていた。一方の俺は、疲労に座り込んでいたけれど。

 

 ちなみに、獄門円陣から伸びてくる腕は前回と違っていて、前回の腕の主はやはり閻魔大王だったらしい。


「閻魔殿自らが出てくるとは、お主もなかなかやるのぉ」


 と姫は楽しそうにくつくつ笑っていた。


 それからというもの、やれ妖だ、月牙の顔を見るのは上の者の責務だ、とかなんとか理由をつけては遊びにくるようになった。


 だけど、遊びに来るたびに、俺以外のみんなは嬉しそうで(あのミケでさえも)、双子なんかは「姫様、月のお話して」「姫様姫様、大変だったお仕事のお話をして」などと話を強請り、それに目を細めて応える姫を見てると、まぁもういいか。と思ってしまっている。


 なにより、一番酷い目に遭ったユウ本人が気にしていないのに、俺だけがいつまでもそんな態度を取り続けるのも違う気がした、というのもある。


 いつもなら妖たちとしばらく話したあと、俺に少しだけ絡んで帰っていく姫は、今日は俺に用事があるらしい。


「姫様が呼んでるよ!」双子に急かされ、東屋まで引っ張られた。そして、どこから取り出したのか、上品な仕草で抹茶をのんでいる姫の隣に座らされる。


「秋よのぉ」

「そうですね」


 コツン、と静かに差し出された抹茶をいただく。

 

 うん、美味しい。

 

「秋とはいえば、月見じゃ。そうは思わぬか、陽翔や」

「そうですね。()()()()しますけど。姫も()()()()()()眷属たちとされたらどうですか?」


 何が言いたいのかは分かっているが、あえて無視だ。


 そんな俺の抵抗も虚しく、姫は扇を広げ、口元を隠し、ふっと笑った。


「鈍いやつよの。月見を開かぬか」

「……」


 いや、分かってるけど。察しろよ。


 じとり、とした目でこちらを見てきた姫は、「ではの、明後日の夜にまた来る。支度をしておけ」と言い残し、シャン、という鈴の音と共に帰って行った。


 東屋に広げられていた茶器も、いつのまにか消えている。


「相変わらず、勝手なやつ……」


 ぼそりとぼやくと、「お月見、楽しみだね!」「はると、お団子作る?」と、ワクワクした目で双子が見上げてきた。


 はぁっと小さく息を吐いて、切り替える。


 しゃーないか。双子が楽しみにしてるし。

 やるなら、楽しむしかない。


「あ、人数聞くの忘れた……」


 いつも連れてくる眷属の分もいるだろうか。


 ……今日は、白い犬とリスだったな。


 月牙と楽しそうに話していた動物たちの姿を思い出す。いや、眷属だから動物ではないのだろうけど。


 瀬織津姫の神社では、ペットの祈願や供養もしているらしい。成仏できなかったペットたちを姫が拾い、家族を見守った家族たちは、成仏することもあるし、そのまま月牙のように仕えることもある、と月牙から聞いた。


 ……なかなかいいやつじゃん、と見直したのは秘密である。


「私が聞いてきますよ」


 俺の呟きを聞きつけた月牙が、尻尾を振る。

 

「あ、いい?何食べるかな?」

「みんな普通に色々食べますよ。むしろ、生前楽しめなかったものを楽しんで食べてます」

「なるほどな」


「それでは、行って参ります」とやけに張り切った月牙が庭から飛び出していった。


「なんか、凄い楽しみにしてない?」

「瀬織津姫は月の姫じゃ。忘れたのか?奴らに取っては一大事ぞ」

「うわ……そうだったわ……」


 そうでした、そうでした。

 瀬織津姫は月の神なんだった、ということは……?


「手抜き、できなくないか?」

「やっと気づいたのか」


 くつくつと笑ったミケの尻尾が上機嫌に揺れている。俺が困っているのが面白いらしい。


「手伝えよ」

「命じられたのは、陽翔だがな」


 口ではそう言いながらも、「どうするか、酒と魚は必須だな」とぶつぶつ言っている。


 ……魚はいらないだろ。


 そんなこんなで、双子たちも大張り切りで、我が家の月見準備が始まった。


 ⸻⸻⸻⸻


「はるとー、これでいい?」

「完璧。あと、こっち貼ってくれる?」

「がってんしょうち!」


 その日から始まった、お月見の準備。

 なんと言っても開催は二日後である。


「もうちょっと早く言えよなー」


 思った以上に大規模になりつつある月見に、ついつい文句を言いたくなるのはご愛嬌。だけど、それに頷いてくれる妖はいなかった。

 

 唯一味方になってくれそうなミケは、「我は近くの猫たちに知らせてくる」とかなんとか言って、そそくさと出掛けて行った。確実にサボリである。


「はると、ご飯何するの?」

「月見ってご飯いるの?」

「みんなで食べるから美味しいんじゃん!」

「……まじかよ」


 飾りつけだけでなく、晩御飯の準備までいるらしい。飾りつけは妖たちの手を借りてるからと言っても、ご飯はどうしようもない。


「……買い物行ってくる」

「いってらっしゃーい、あ、月ちゃんお願いね」

「お任せください。行きましょう、陽翔殿」


 ぶんぶんと手を振り、お絵描きに戻る双子たちに見送られる。玄関を出ようと靴を履いていると、ふと絵が目に入った。絵の中の双子たち(付喪神)が、うさぎの耳をつけている。


「どっから持っていたんだよ……」


 思わず苦笑してしまうが、これはこれで可愛い。


「100均一とかに売ってないかな」


 ぼそり、と漏らした俺の独り言に、横に居た月牙も絵を見上げ、くすりと笑った。

 

「うさぎの耳ですか?可愛らしいですね」

「月牙もつける?」

「遠慮します。陽翔殿がお付けになられては?」

「絶対やだ」


 ガラガラと引き戸を開けると、太郎たち総手で庭の模様替えの真っ最中だった。


「無理すんなよー」

「かしこまりましたー!陽翔殿、お出かけですか?」

「買い出し行ってくる。晩御飯も皆んなで食べるだろ?」


 俺の声に、太郎たちも嬉しそうに笑った。ご飯がいらないと言っていた太郎たちも、ここに住んでから食べ物を食べることが多くなっている。


 皆んなで食べるのが、美味しいらしい。


 それは分かる。一人で食べる食事は味気なかったけど、みんなで食べるカップラーメンは、不思議なくらいうまかった。


「不思議だよなー」

「なにがですか?」

「なんでもなーい。行くぞー」


 不思議そうに見上げてきた月牙の頭を軽く撫で、俺はスーパーへと向かった。


 ──さて、月の神を満足させるには、何を作ればいいんだろうな。


 彼岸花のように赤い夕焼けが、アトリエの塀を彩っていた。

 

 読んでくださりありがとうございます!


 可愛い、面白いと思っていただけましたら、ブクマや⭐︎を点滅させて貰えたら嬉しいです。


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