第二十九話 貧乏神
九月。長月。
夏の暑さもいつ過ぎ去るんだ?と甚だ疑問な日々を送る中、その青年はやってきた。
「ごめんくださーい」
知らない男性が玄関前で叫んでいるのが聞こえる。
「誰?」
「知らない人。けど、人間には嫌な感じはしないよー? 大丈夫」
……こいつら、そんなホームセキュリティー機能まであったの?
っていうか、人間にはってどういうことだよ。他にもいるのかよ。
「すいませーん、お留守ですかー?」
「あ、はーい。います!今行きます!」
双子とのんびり話をしていたら、急かされてしまった。玄関に向かい、扉を開けた先にそれは居た。
「はーい。どなたさま……?うわぁ」
失礼だ、と思いながらもつい声をあげてしまった。
なかなかイケメンな彼は、肩にキシキシと笑う小さいおじさんを乗せていた。
はっきり言って……キモい。
「うわぁって。人の顔見るなり酷くないですか?」
少しムッとした顔をした青年に、慌てて謝る。
「あ、すみません」
「いえ、こちらこそ。突然押しかけてすみませんでした」
押しかけてきた自覚はあるらしい。俺が頭を下げると、青年もまた謝ってきた。
「……なにか?」
「ここって、妖に詳しいんですよね……?」
「詳しいと言うか……好きといいますか……」
「どうか助けてください!」
ガバリと深く頭を下げた青年に、俺はなんとも言えず、後ろをついてきていた双子たちと顔を見合わせた。
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「最近おかしいんです……絶対何かいるんです」
「……と、いいますと?」
取り敢えず、ここではなんですし。とリビングに通してお茶を出すと、彼はおもむろに話し始めた。
彼の名前は佐藤 大地君。大学生。
ここ数ヶ月、彼の周りでおかしなことばかりが起こるらしい。しかも嫌なことばかり。
「バイトではミス続き、彼女といい感じの雰囲気になっても拒否られる、次第に会ってもくれなくなって振られてしまって……っ!」
こんなにイケメンなのに……?嘘だぁ
そんな想いが顔に出てしまったのか、「2年付き合ってたんですよ!それがいきなり気まずくなって振られるなんて!心当たりなんてないんです!」と力説している。
普通に聞いたらなんかしたんじゃね?と思うだろうけど、まぁ、その肩に乗っている奴を見る限り、彼は悪くないんだろうなぁ。
強いて言うなら、拾ってきてしまった君が悪い。
「おかしくなったのってどのくらい前から?」
「……三ヶ月くらい前ですかね」
「そこらへんでなんか普段と違うことしなかった?イベントとか、肝試ししたとか、なんか普段しないようなことしたとか……?」
俺の質問に、佐藤君は視線を彷徨わせる。
「三ヶ月前……。怪我してたホームレスのおじさんを助けました」
絶対それだ。っていうか、ホームレスのおっちゃんって、こいつのせいでホームレスになったんじゃないよな?
じとっとした目で肩に乗ってるおじさんを見ると、素知らぬ顔で口笛を吹いている。
──黒だな。
こいつは、貧乏神だ。
「っというか、そもそもなんでここに?」
「ここのキーホルダーを市の売店で買ったら、マシになったんです。調べたらここが出てきて、藁にもすがる思いで押しかけました……」
「俺、なんも力無いですよ?」
「そんなぁぁぁ」
がくり、と肩を落とした佐藤君には悪いけど、他にも返せるはずもなく。
延々と最近の不運を嘆いた佐藤君は、ジメジメとした雰囲気を纏わせたまま帰っていった。
貧乏神を置いて。
彼が席を立った瞬間に双子に体当たりしてもらい、貧乏神を彼から引き離したのだ。
俺の家に居着かれても困るけど、そのまま帰ってもらうのも気が引ける。ということで、取り敢えず取ってみたのだ。
双子の体当たりを受けた佐藤君は、目を白黒していたけれど「わ!……すみません、ふらついちゃいました」と苦笑して帰っていった。
「……それで?」
双子に両脇を拘束され、項垂れているおっさんの前に俺は仁王立ちしていた。
さっきよりもおっさんの服がみすぼらしくなっている気がするけれどきっと気のせいだ。うん、気にしない。
「何してるわけ?」
「何をしてるかと言われましても……あれが私の仕事ですから」
世知辛いサラリーマンのようなことを言わないでほしい。ちょっと同情してしまうじゃないか。
「貧乏な人が生まれないと、金持ちも生まれないんですよ……私はそんな人の強欲から生まれたのに……」
がくりと力尽きたように崩れ落ちたおじさんは、しくしくと丸くなって泣き始めた。
おじさんが泣いてもキモイだけだし、そもそも来た時のキシキシと笑いはどこにいったんだ……?と思っていると、
「おい、はるとが話してるだろ?」
「ちゃんと話聞きなよ。大人でしょ」
という双子の冷たい声がした。その声にびくっと反応して座り直しているところを見ると、双子が躾けてくれたようだ。
俺と佐藤くんが玄関先で話している間に何かあったらしい。
「あー、話してもいいか?」
「……どうぞ」
貧乏神の前に座り込み、まじまじと観察する。
おじさんと言っても背格好は小さいし、どちらかというと子泣き爺感がある。
「一応聞くけど、貧乏神の力は?」
「……不運になります」
「だよな」
どうしたもんかなぁ、やったかいなものを拾ってきた。
「地獄に送ったりはー」
「そもそも、貧乏神は地獄の者じゃないので、来られても地獄も困りますよ」
「駄目か」
俺が地獄、と口にした瞬間、貧乏神はガタガタと震え始め、月牙の言葉に首がとれるほど頷いている。
「どうする?」
「空き家にでも放り込んだら?」
「どっかいったらどうすんだよ。他の人が迷惑だろ」
本人を置き去りに、俺らが話し合っていると、「あのぉ」と貧乏神が声を上げた。
「迷惑を……かけなければいいですか?」
「まぁな。お前も言い方からして、好きで貧乏神やってるわけでもないんだろ?」
「生まれた時から貧乏神ですから……」
「お前も苦労してんだな」
ただ生きているだけで煙たがれるなんて寂しいだろう。
何かいい方法があれば……あ。
「なぁ、家に憑くとかできるの?」
「まぁ、貧乏神ですから」
「小屋には?」
「住めればいいですけど……」
訝しげに見上げてきた貧乏神へ、俺はニヤリと笑いかけた。
「こ!これは!いいのですか!?」
「貧乏神の大きさならいいだろ。ここなら住んでも特に周りに被害もないだろうしな」
俺たちは俺の家の近くにある展望台に来ていた。
展望台の近くに、使われていない小屋があったのを思い出したから。
「これでよしっと」
壁に双子の絵を描ける。
忍法、妖の力を妖で打ち消す術。
なーんてね。
小屋については、ちゃんと所有者(役所)の許可もとっている。
展望台の管理人が使っていたものらしく、今は使われていないらしい。矢野さんに電話して聞いたら
「特に壊さないとかならいいそうです。あ、ちなみに壁に絵とか書いてもらってもいいですからね」
と許可をとってくれた。ま、妖が使うだけだから本来許可はいらないんだろうけど、一応ね、一応。
「これで貧乏神がいてもいいだろ」
「私だけの家!素晴らしい!」
聞けば、憑く人憑く人が不幸になるから、転々としまくっていたらしい。ここなら、絵に憑くこともできるし、人も来てくれるからちょうどいい!と喜んでいた。
「憑いたら駄目だからな」
「分かってます。大丈夫です」
「たまには遊びにこいよー」
「いいんですか⁉︎」
「たまにならな。俺ん家なら貧乏神くらいの不運は双子たちが吹き飛ばすだろ」
貧乏神は感激したように目を輝かせる。
俺のこの言葉により、貧乏神はもう住んでるのでは?と思う頻度でうちに遊びに来るようになる。
そして、ミケと仲良くなり、酒呑み仲間になっていくのであった。
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