第三話 猫又のミケ
次の日。
双子には留守番をしてもらい、食べ物をたくさん買い込んできた。
冷蔵庫も調理用品もまだ届いていないから、出来合いのものやインスタントしか買えなかったのは申し訳なかった。
だけど、それでも二人は幸せそうに頬を蕩けさせていて。それを見た俺もほんわかした気持ちになった。
共同生活三日目。
遂に俺の引越しの荷物が到着する日だ。
引越し屋がくる前に、いたずら好きな双子に言っておかなければならないことがある。
「ちゅうもーく!」
「「はーい」」
縁側で遊んできた二人が、俺の前にてててっと駆けてきて元気よく返事をした。
「今から荷物を持ったお兄さんたちが来ます!」
「「はいっ!」」
「邪魔せず静かにできる人!」
「「はーい!」」
「頼んだぞ!」
「「あいあいさー!」」
二日間の間に俺も双子の扱いを覚えてきた。気分は幼稚園の先生。だけど、幼稚園児よりも双子の方が余程素直で話も聞くと思う。幼稚園児と大して話したことはないけどね。
そんなこんなで、無事に引越しの荷物が届いた。──届いたのだが。
「本当にここに住むんですか……?」
引越し屋のお兄さんが思わず、と言った様子で口を滑らせた。滑らした本人も直後にしまったと思ったのだろう。手で口を塞いでいるが、出てしまった言葉は返ってこない。
その言葉にボロ家の家主──つまり俺、は苦笑して頷いた。彼の気持ちは痛いほど分かる。
「いやー、中は綺麗なんですよ。荷物入れちゃってください」
「はぁ……」
本当にいいのか、と全く納得していない様子のお兄さんたちが荷物を抱え、慣れた手つきで玄関へと運んでいく。
「うお!すげぇ!」
「かっけぇ」
玄関を潜った途端響くお兄さんたちの感嘆の声に『そうだろう、そうだろう』と、自分がやったわけでもないのに鼻を高くした。
この家は、外と中のギャップがとにかくひどいのだ。もはやここまでくると味である。
直したいなぁ、とは思わないこともない。
たけど、誰かを招くわけでもないし、しばらくはこのままでもいいかな──とも思ってしまっている。
これを直す手間をかけるのがめんどくさいし、費用のことを考えると頭が痛い。住めるのだからいいじゃないか。誰に迷惑をかけるわけでもないし。
もしかしたら、前の所有者もそんな感じで中だけ直したのかもしれないな、とふと思った。
それはあっちに、これはそっちに。テレビはここに設置して、などと忙しくしている間に、あっという間に引越しは完了した。
「ありがとうございました」
「「ありがとうございました!!」」
可愛く揃った双子の声はもちろん聞こえない。だけど、本人たちが満足そうに笑っているからいいんだろう。
ぶーん、と大きな音を立てて去っていくトラックを見送って部屋の中へと戻る。
「いい子にしてたじゃん」
「あったりまえー」
「僕たち偉いからね」
ふんっと胸を張っている双子は、引越しの間はどこかに遊びに行っていた。時折、お菓子などを取りに来ていたようだが、基本的には出かけていたようだ。
「どこ行ってたんだ?」
「さんぽー」
「猫さんたちとお散歩行ったよ」
「へー。いいな、それ」
っていうか、外に出られたのか。
そりゃそうか、出られるか。足あるもんな、と思いなにげなく足元を見ると、草鞋を履いた足が目に入った。草履はボロボロで、ほつれかけている。
……今度靴も買ってやるか。
「おい、家の中は靴を脱げ」
「「えー」」
「えー、じゃない!」
「「僕たち(私たち)の個性がー」」
ぶーぶー言いながらも草鞋を脱ぎ、丁寧に窓の外へと並べている。「玄関に置け」と言うと、渋々と言った様子で並べに行った。
その様子を見守っていると、頬が緩んだ。
悪戯好きだった最初とは違って、ちゃんと話せば約束は守ってくれる。
「偉いな」
「ユウ、偉いからねー」
「レイ、大人だからねー」
「そうだな。立派立派」
帰ってきた二人の頭をガシガシ撫でると、二人は誇らしげに胸を張った。
「そういや、散歩とか行って大丈夫なのか?見られたりとか」
「滅多に見える人なんかいないよ」
「昔は結構いたんだけどなー」
「「つまんなーい」」
「そっか」
この二人にとってはつまらないだろう。それは。
「……っていうか、なんで俺は見えるの?」
初日は見えてなかったのに、と首を傾げると、
「はるとは見る気がなかっただけじゃない?」
「僕たちなんもしてないよ」
「「ねー?」」
「……ふーん。ま、いっか」
分からないことを気にしても仕方ない。肩をすくめ、晩ごはんの準備をするために立ち上がった。
「今日のごはん何ー?」
「レイ、あれがいい。麺のやつ」
「カップラーメン?ダメダメ、身体に悪いだろ。今日は魚焼くぞー」
せっかく海の近くに引っ越してきたのだ。先ほどスーパーで買ってきたメバルを取り出すと、二人がキラキラとした目で見上げてきた。
「お魚!」
「焼いたやつ!」
「「ひっさしぶりー」」
頬に手を当て、とろけるような表情を浮かべている二人は魚が好きらしい。良かった。レイなど口から涎を垂らしていて、ユウが拭ってやっている。
既に幸せそうな二人の様子に「これからいくらでも作ってやるからなー」と声をかけると、「「やったー!」」と万歳をして、走り回っていた。
⸻⸻⸻⸻
皿の上には、皮をぱりりと焼き上げたメバルが横たわっていた。香ばしい焼き魚の香りが鼻をくすぐり、思わず喉が鳴る。
我ながら良い出来だ。焼いて塩を振っただけだけど。漁師さんありがとう。
「「いっただっきまーす!」」
我先に、とお皿へと箸を伸ばす双子を横目に、キッチンへお茶とコップを取りに戻る。
「おいしー!」
「お魚さんありがとうー!」
「作った俺には?」
「はるともありがとうー!」
ユウのお礼と「むーっ」とくぐもったレイの声が聞こえた。レイはどうやらご飯を口に頬張りすぎて、話せないらしい。
キッチンから戻ってくると、一人一匹ずつ焼いたはずなのに、俺の皿の上にあったメバルが忽然と姿を消していた。
じろっと犯人であろう二人を睨むと、一瞬きょとんとしたあと、ぶんぶんと揃って首を振る。おかっぱの髪の毛が頬に当たってサラサラと流れた。
二人はいたずら好きではあるが、嘘はつかない。食べたのなら素直に謝るだろう。
はて?じゃ、俺のメバルはどこに?
思わず首を傾げたが、その謎はすぐに明らかとなった。
「うむ、うまいな」
「誰!?」
双子とは明らかに違う、低い声が部屋に響いた。後ろを振り向くと、太々しい態度の猫が魚を食べている。
大きさは普通だ。だけど明らかにおかしい。
後ろ足二本だけでしっかりと立っている。それだけでも十分おかしいというのに、当たり前のようにしゃべっていた。
極めつけは尻尾だ。ご機嫌そうにゆらゆらと揺れるその尻尾は、綺麗に二つに分かれていた。
これはあれか。また増えたのか。
「あ、ミケ」
「ミケ、帰ってきたんだ」
「「おかえりー」」
「うむ。今帰ったぞ。それで、お前は誰だ」
じろり、と喋る猫が睨んでくる。
だけど、まったく迫力がない。口の端から魚の尻尾がはみ出しているせいで、どう見ても間抜けだ。
……っていうか、俺の魚がなくなったじゃないか。三匹しか買ってないんだぞ。
ずっと楽しみにしていた魚を盗られ、イラッとしてしまう。
「おい、俺の魚食べるなよ」
「偉そうなやつだな。我に挨拶もせんとは」
「お前が言うな。ってか、猫が喋んなよ」
「猫ではない。由緒正しい猫又だ」
「はいはい、猫又さん。俺の魚返してください」
嫌味のようにそう言うと、猫又は仕返しとばかりに口からぺっと魚を吐き出した。綺麗に身だけがなくなり、骨だけとなった魚が俺の皿の上へと返ってくる。
そういうことじゃねーよ。
「おい、猫」
「猫じゃない、猫又だ。名前はミケだ」
「泥棒は猫で十分だ」
「もう、喧嘩しないで!それじゃぁ猫さんたちが可哀想だよ!」
レイの全くフォローになっていないフォローが、醜い争いをしている俺らにストップをかけた。
「……休戦だな」
「そうだな」
子供たちの目の前だ。これ以上やり合うのは良くないだろう。そこは意見が一致した。
屈んでミケと視線を合わせ、右手と左前足で固い握手を交わす。
その様子を見た双子は、嬉しそうに顔を見合わせて笑っていた。
「仲良しだねー」
「いいことだね」
「「ねー?」」
にこにこと笑う双子を見ていると、魚ごときで腹を立てている自分が馬鹿らしくなってきた。
ミケもさすがに少しは悪いと思ったのか、少し申し訳なさそうな顔をしていたので、もう気にするなと首を振った。
「次はもう一匹頼む」
少し小さな声で言ったミケにくすりと笑いが漏れてしまう。
「素直じゃん?」
「ふんっ」
「ちょっと待て。次ってお前、ここに住むつもりか?」
「当たり前だ。お主の方が後から来たんだ」
「いやいや、俺この家の所有者だけど⁉︎」
ギャーギャー騒いでいると、双子が楽しそうに嬉しそうに笑う。
「賑やかだね!」
「楽しいね!」
二人を見ていると、まぁいいか──という気持ちになって来た。同居人……いや、同居妖がもう一匹増えたらしい。
はしゃいでいる双子と猫又を見ながら、そんなことを呑気に考えていた。
お読みいただきありがとうございました。
コメントでいただいたのですが、ミケはオスの三毛猫です。レア猫です。
なので、大事に大事に飼われてたんですね(結果はお察しで)
番外編で、いつかその頃のことを書けたらなぁと思います。コメントありがとうございました!
癒される!面白い!と思っていただけましたらブクマや評価をよろしくお願いします。




