第二話 座敷わらしのユウとレイ
あれからぴたりと音は止んだものの、外に通じるドアや窓だけは頑なに開かなかった。
絶対に俺を逃す気はないらしい。
「ここで寝るのかよ……」
正直、何が起こるか分からない状況で寝たくない。けれど、度重なる心労に身体は限界だった。
俺は、真新しいい草の香りが漂う畳の上で丸くなった。
「……寝るか」
意を決して上着を手に取り、身体へとかける。布団などあるはずもない。
──こんな状況で寝られるのかよ……。
そんな心配はただの杞憂だった。
疲れ果てた身体は、あっという間に睡魔に絡み取られ、俺は泥のように眠りへ落ちていった。
⸻⸻⸻⸻
そして、今。
腹の上に座敷わらしが降ってくるという、なかなか普通の人では感じることのできない体験をさせてもらっている最中だ。
身体を大きく揺さぶられ、遠のいていた意識を浮上させられる。
「ねぇ、大丈夫?」
「死んだ?死んじゃった?」
薄らと目を開けると、大きなまん丸の目がこちらを覗き込んでいた。
「お前ら……」
思った以上に低い声が出た。
二人の幼子がピシリと固まる。
赤と青の着物を着た双子のように見える幼子。
「あれ、お前らの仕業だろ?」
俺が問いかけると、二人がコクンと小さく頷く。
座敷わらしは知っている。古い家に昔から住み着いている子どもの妖怪。家に繁栄をもたらす。つまり、いい子。
「いい子……?」
こいつらが?
家主を散々怯えさせて、寝てる最中の家主の上に落ちてくるやつがいい子か……?
そう思いながら腹をさすると、先ほどの痛みがぶり返してくる……気がした。もちろんそんなことはない。もうとっくに治っている。
だけど、利用しない手はない。
「いてて……」
腹を抱えてわざとらしくうずくまると、真っ青な顔をした二人が駆け寄ってきた。
「ごめん!大丈夫!?」
「痛い!?痛い!?」
心配そうに眉を寄せて覗き込んでくる幼子に、流石に罪悪感が込み上げてきた。
「なーんちゃって!」
あっかんべーをしながら顔を上げると、二人の口はぽかーんと開き、大きな目が丸くなっている。
「捕まえた!」
悪戯座敷わらし、捕獲。
いきなり俺の腕へと抱え込まれた二人は、一瞬固まったあと、ジタバタと暴れ回った。しかし、所詮は子どもの力。押さえ込むのは容易い。
こんな奴らに怯えさせられていたなんて、若干腹が立ってきた。
「お前らさ、人んちでなにしてくれてんの?」
「ここ、レイの家ー!」
「ここ、ユウの家なのー!」
「「お前が余所者!!」」
くるりと器用に身体を回転させ、二人は声を揃えて指さしてきた。ぷうっと頬を膨らませて怒っているが、全く怖くない。幼稚園生みたいだ。
男の子がユウ、女の子がレイという名前らしい。だけど、その響き……もしかしなくともそうだろう。
「ゆうれいって……」
「前の前の前のー、ん?その前だっけ?分かんないけど、おばあちゃんがつけてくれたのー」
「ゆうれいちゃんって呼んでくれてたんだよ、可愛いでしょ?だからユウとレイなの!」
「さいですか……」
たぶん、その人は名前を付けたのではなく、ガタガタと起きる怪奇現象に「幽霊ちゃん」と呼んでいただけなんだと思う。
だけど、にこにこと嬉しそうに笑う二人に、それを告げることなどできなかった。
先ほどの不貞腐れ顔はどこへやら。ころころと変わる表情を見ているだけで、自然と頬が緩んでしまう。
トン、と優しく畳の上に下ろすと、二人はゴロゴロと転がり出す。
「それで?お前らが前の持ち主を追い出したわけ?」
「だってさー」
「だってねー?」
「だってなんだよ?」
口を尖らせた二人は、あちこち寄り道をしながらも、身振り手振りを交えて一生懸命説明してくれる。
その様子はとても可愛らしかったのだが、話の内容はまったく可愛くなかった。
要約すると、部屋の中を工事するだけなら許したらしい。しかも、そのリフォームは全部本人がやったのだという。凄すぎる。
だけど、そのまま住み着こうとしたため追い出した──ということだった。
「……酷くないか?」
前の所有者であったおっさんの顔を思い浮かべ、同情してしまう。俺だったら泣く。泣きわめく。絶対出ていかない。それとも、この二人になにかしたのだろうか。
「だってさー、おっさんだったんだもの」
「汗ポタポタ落とすんだもん」
……何もしてなかった。だけど、確かにそれは嫌かも。
そう思ってしまった俺は悪くない。
だってそうじゃなかったら、俺はここを買えなかったわけだけだから。
ごめん、おっちゃん。一度だけ会ったおっちゃんに向けて心の中で手を合わせた。
だけど、売るときに嘘ついたんだからおあいこな。と一方的に決めつける。
それにしてもこの双子。なかなかにタチが悪い。
「せめて直してる時に追い出してやれよ」
「「綺麗なほうがいいじゃーん」」
とんだ奴らだった。
そうだ、こいつら妖だった。
まじまじと二人の恰好を見ると、赤と青のお揃いの着物はくたびれていて、ところどころに繕った跡が見える。ぷっくらしている頬は荒れていて、心なしか赤い気もして痛々しい。
そういうものなのかもしれないが、整った顔立ちをしているだけに、なんだかもったいない気がした。
「お前ら……ここにずっといんの?」
「あたりまえじゃーん」
「ここはユウとレイのお家なんだよ」
「「二人でいれば無敵だよねーっ!」」
「……そっか」
そう考えると寂しいものがある。
元気いっぱいの二人があれほど必死にアピールしていたのは、寂しさもあったんじゃないだろうか。そう思ってしまう。
いや、そう思いたいだけかもしれない。……決して俺を追い出したかったとかではないと信じたい。
「俺は住んでもいいわけ?」
「んーと、あれ?名前聞いたっけ?」
「陽翔。柏木 陽翔な」
「ん。はると、ね。はるとは遊んでくれそうだし、いいよー」
「そっか……」
一応合格は貰えたらしい。良かった。まじで家がなくなるところだった。
ほっと息を吐きだして畳の上へと寝転んでいると、てててっとやってきたレイが腕を引張ってきた。
「ん?」
「ねぇ、おなかすいた」
「お腹すいたって……飯食うの?っていうか、お前ら今まで何食べてたの?」
「猫さんたちがご飯持ってきてくれた」
レイが指さす方向を釣られるように見た窓の外。夜の闇の中に黄色い瞳がずらりと浮かび上がっているのが見えた。「ひっ」と情けない声が漏れる。
ユウが窓へと近寄って、「ありがとうー!」と言いながら、がらがらと勢いよく窓を開け放った。
「おいっ」と思わず声を上げるが、ユウは振り返りもしない。
開いた窓の外には猫たちが行儀よく並んでいて、一匹ずつユウの前へと食べ物を置き、みゃーんと鳴いて去っていく。誰一匹として部屋の中へ入ろうとはしなかった。
まるで、神様へ供え物を捧げる参拝客みたいだな。そんな馬鹿げた感想が、頭に浮かんだ。
「すごいな……」
置かれたのは魚や野菜だけじゃない。どう考えてもどこかの家から持ち出してきただろうお菓子の袋や飲み物まで並んでいた。
「「ありがとうねー」」
ぶんぶんと元気よく手を振っていた二人は、猫たちの姿が見えなくなると、満足そうにガラガラと窓を閉めた。
「ご飯来た!」
「ご飯食べよー」
いただきます、と礼儀正しく手を合わせた二人が頭を下げる。
「お前ら、いつも猫たちから貰ってんの?」
「だってご飯ないもん」
「お腹すいて泣いてたら、猫さんたちが持ってきてくれるようになったの」
「そうか……」
「ちゃんと食べられないのは猫さんに返してるよ?」そう笑うレイに、何と返すか迷ってしまった。
しょうがなかった……のだろう。だって、それがこの子達の生き残るための唯一の道だったのだから。ここに住む人も、守ってくれる人もいなかったのだから。
この二人はこの家から動かなかったのだろう。座敷わらしなのだから、動けたはずなのに。
──待ちたい人でも、いたのだろうか。
「ユウ、レイ」
「ん?」
「なあに?」
猫たちが持ってきた食べ物の中にあった、おにぎりを口いっぱいにほおばりながら、二人がこちらを向く。
そんな姿を見ていると、胸の奥が妙にざわついた。
「よし」
覚悟を決めた。こんな子たちを前に、知らん顔なんて出来ない。出来るはずがない。
「これからは、俺がお前らの面倒みるよ」
「めんどうみる?」
「そう。俺がご飯も準備する。だから猫たちには明日、『これからは大丈夫』ってちゃんと伝えるんだ」
「はるとがご飯くれるの?」
「もうお腹減らない?」
「俺がたらふく食わせてやるよ」
任せとけ、と胸を叩くと、ほっぺにご飯粒をくっ付けた二人が飛びついてきた。
「ありがとう!はると!」
「ありがとう!」
温かい体温に頬が緩む。
二人を見下ろしていると、ふと、二人で身体を寄せ合いながら震えている姿を想像してしまった。
だけどきっと、二人は二人で笑って遊びながら過ごしてきたはず。
幸せそうにほほ笑む二人の頭を撫でながら、なんとなくそう思った。




