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第二十八話 東京旅行編 帰宅


 滞在最終日──


 完成したキャンバスを額に入れて伊藤さんへと渡した。


 ワクワクした表情の伊藤さんは、絵を見てパッと顔を輝かせて満面の笑みを浮かべてくれる。

 

「とても可愛らしい!心温まる素敵な絵ですね」

「喜んでもらえて嬉しいです」


 月牙と双子たちにこの家の庭で遊んでもらい、それをモチーフにした渾身の力作である。


 伊藤さんに頼まれたのは、その一枚のみ。


 そしてもう一枚が──


「妻と、私……ですか?」


 奥様と伊藤さんが中央の椅子に座り、そして妖たちがその周りを囲んで笑っている小さな絵をプレゼントした。


 これから先、伊藤さんに悪いものが寄りつきませんように。そんな想いを込めて描いた、写真サイズの小さな絵。


「是非、持ち歩いてもらえたら」

「こんな素敵な絵……持ち歩くんですか?」


 信じられない、汚れたらどうするんだと言わんばかりの顔で見られて苦笑する。


「また贈らせてもらいますよ」


 この家には、なんだか縁が出来てしまったから。

 放っておくことなど出来るはずがない。


 伊藤さんは、優しすぎるから。きっとまた妖を拾ってきてしまう。本人に自覚がなくても。


「何から何まで、ありがとうございます」


 頭を下げた伊藤さんは優しく笑った。


「なんだか胸の痛みも綺麗さっぱり消えてしまって。柏木さんは本当に、物凄いお力をお持ちなのかもしれませんね」


 その言葉にぎくりとしたが、俺は誤魔化すように笑った。


「気のせいですよ」

「そうですかねぇ」


 何もかも見透かすような目でこちらを見る伊藤さんは、何かに気づいている気がした。けれど、それ以上踏み込んでくることはなかった。


「秘密ですね」

「……はい」


 人差し指を口の前に立てて、そっと笑った。

 まるで、ドラマのワンシーンのようだった。


 ⸻⸻⸻⸻


「お金はお振込しますので」

「気にしないでくださいね。滞在中も随分とお世話になりましたし、こんなにお土産まで貰ってしまって」

「それとこれとは話が別です」


 柔らかな笑みを浮かべながらも、一歩も引く気のない伊藤さんに、俺は苦笑を漏らした。


 変なところ、隼さんと似てるよな──


 最後の最後に、妙な共通点を見つけてしまった。


 タクシーに乗り込んだ俺たちを、伊藤さんは門の外に立ち、見えなくなるまで見送ってくれた。


 ⸻⸻⸻⸻


「よく考えたら、外を飛ばなくても見えないんだから一緒に乗り込んじゃえばよくないか?」

「それはそれ、これはこれ。マナーです」


「「ルールです!」」


 月牙はともかく、なぜか胸を張った双子たちにまでドヤ顔で返された。


「お前たちがいいならいいけどさ」

「結構楽しいよー?はるとも乗って帰る?」

「……遠慮します」


 誰が飛行機と並走する犬の背中に乗り続けられるというのか。並の人間にできるはずがない。


 月牙は月牙で「私の背中は定員一杯ですからねぇ」などと呟いている。


 そう言う問題じゃないだろ。


「じゃ、また後で」

「はるとー、ちゃんと外見てね!」

「手、振ってね!」

「お前ら、大人しくしとかないと落ちるからな」


 飛行機を追いかける妖たちと別れ、俺は飛行場のチェックインカウンターへと向かった。


 鞄の中には、ミケたちへのお土産に加え、双子たちのお菓子もたくさん入っている。

 月牙もちゃっかり「姫様へ」といって浅草でお香を仕入れていた(俺の金)。

 なんだかんだで、月牙も姫が好きである。俺の金だけど。


 ⸻⸻⸻⸻


「ただいまー」

「おう。無事に帰ったか。なにも無かったか?」

「……いろいろあったよ」


 なんと密度の濃い旅だったか。

 家の中にいたら起こらないさまざまなもの(主に妖と悪霊)が文字どおり襲ってくるのだから堪らなかった。


 帰りに市場に寄ったときは、面倒になりすぎて自分の体に月牙のイラストを描き記した。


 しかも、服で隠れるところに書けば良かったものを、手の甲に描いてしまったせいで、市場の人たちに散々絡まれてしまったのだ。


 悪霊も面倒だが、人もなかなかに大変だった。


「いろんな意味で、我が家が一番だなー」


 リビングに荷物を投げ出して、ソファーへ横になる。


「お土産、入ってるよ」


 キャリーケースを指さすと、素早い動きで荷物へ近づいたミケが荷物を漁り、早速鰹節(かつおぶし)を発見していた。


「なんと!上物ではないか!」


 涎を垂らしながら頬擦りをしているミケを見ながら「やっぱうちの子たちって、魚好きすぎるよなぁ」とぼやいてしまった。


「ん?やはりとは、なにかあったのか?」

「それがさぁ」


 伊藤さん宅の悪鬼事件をミケへ話すと、「ほお。獄門円陣か。お主もやるようになったのぉ」と感心したような声が返ってきた。


「ミケも知ってるんだ」

「我は猫又だ」

「それは知ってるけどさ」


 そう言うことを言いたかったんじゃないんだけど。まぁいっか。


「お主、双子たちの力ではなく自分の力に目覚めてきたな」

「どういうこと?」

「今までは、双子やこの家の力に当てられておったが、それが刺激になったのじゃろう。お主本来の力が増しておる」

「……俺、そろそろ人辞めてない?」

「……気にするな」


 そんな視線を彷徨わせながら言われても……。


「ちなみに、その先は……?」

「聞かない方がいいと思うがの」

「いやいや、気になるって」


 勢いよく起き上がり、ミケを捕獲する。


「言って」

「知らぬぞ」

「言え」


「……お主が言えと言ったんだからな」


 ため息をついたミケは、


「お主に一番馴染みがあると言うならば……姫様かの」


 と、言った。

 

 ……はい?姫様、ということは瀬織津姫。瀬織津姫といったら、


「神ってこと?」

「近いが、違うな」

「なにが違うの?」

「お主の場合、祀られる祠がないからの。悪霊化せねばいいが」

 

「なんだってー!」


 俺の叫び声に、「だから聞かない方がいいと言ったろう」とミケが耳を塞いでいる。


「やばいじゃん!俺!」

「まぁ、先は長いのじゃ。良かったな、長生きできて」

「そう言う問題⁉︎」


 知らぬ知らぬのうちに、俺はなかなかの爆弾を抱えていたらしい。


「なになにー?どうしたのー?」

「はるとおっきい声だねー」


 庭へ太郎たちや猫たちに帰宅の挨拶をしていた双子たちが戻ってきた。月牙は姫のところへ行っている。


「陽翔が人の道を外れてきておるという話じゃ」

「いや、言い方⁉︎」

 

「気づいてなかったのー?はると馬鹿だよねぇ」

「僕たちの力だけであんな力出せるわけないのにね」

「「ねー?」」


 顔を見合わせた双子が、当然のような顔をして俺を馬鹿にしてくる。というより……


「知ってたの⁉︎」

「当たり前じゃんね」

「常識じゃんね」


 にこにこと笑いながら毒を吐く双子に、俺は膝から崩れ落ちた。そのまま床に倒れ込む。

 

「お前らの常識……人の非常識」

「あ、まだ人だと思ってるよ」

「ようこそー、妖の世界へ」


「俺は()()人だ!」


 ガラリと起き上がると、「きゃー!」と楽しそうな声をあげて双子が家の奥へと駆けて行った。


「あやつらも嬉しいのだよ」

「……なにが?」


 ミケを見ると、ミケは目を細め、双子が消えて行った方を見つめていた。


「あやつらも、我らも、常に置いていかれる側だからの」

「あ……」


 そうか。この家に憑く。ということはそういうことで。


「でも、俺は人だから」

()()、というのを忘れておるぞ」


 ククッと笑ったミケは、くるりと俺に背を向け、庭の方へと向かって行った。その手にしっかりと鰹節を抱えて。


「まぁ、まだまだ悩む時間はある。うんと悩むが良い。ここで我らと過ごすか、人として生を終えるか」


 それだけ言ったミケは、こちらを見ずに出かけて行った。


「ずるくね……?」


 一人になった部屋で、ばたりと床に仰向けで倒れ込む。きゃっきゃと笑う双子たちの声が遠くでする。珠とお菓子でも食べているんだろうか。


 じわりと、目頭が熱くなった。


 ……そんなこと、自分で選べるはずがない。


「知りたく無かったわ……」


 手遅れになっていれば、悩まなくて良かったのに。「俺、人じゃねーのかよ!」そう言って、驚きながらも結局笑って、双子やミケ、月牙たち、みんなと過ごすことが出来たのに。


「勘弁してくれよ……」


 大きな大きな爆弾を最後に残し、俺たちの東京旅行は幕を閉じた。

 東京旅行編(第二節)はおしまいになります。

 物語も動いていきますのでどうぞ今後もお楽しみください!


 本日夜、お伝えしていた番外編(ユウ視点の物語)

を投稿いたします。


 楽しんでいただけましたら、ブックマークや下にある⭐︎を点滅させて応援いただけたら嬉しいです。


 引き続き応援よろしくお願いします!



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