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第二十七話 東京旅行編 獄門円陣


 月刃の一言で、俺たちは庭へと向かっていた。

 

 双子たちによって悪鬼は、まるで荷物のように引き摺られている。


 「いてえ!やめろ!」と悪鬼が騒いでいるが、その言葉に耳を貸す奴がいるはずがなかった。


 伊藤さん宅の庭園。


 アトリエの庭も太郎たちによって見事に整えられているが、こちらの雰囲気はどこか違う。

 

 自然と共にあるアトリエの庭に対し、一つひとつが計算され尽くされている"美"に特化した庭だった。

 

 俺たちは、そんな庭園の一角を目指した。

 見事な波紋が描かれた白砂を汚さないように気をつけながら、下が石畳となっている隅っこへ向かう。


「よし。どうしたらいい?」


 無事に辿り着いて月牙を見ると、月牙が一つ頷いて口を開いた。


「まず、筆で大きな円を書いてください」

「これでいいか?」

「上出来です」


 描いてみたら、石畳の上にも描くことができた神具筆。紙など要らず、どこにでも描けることに、俺は初めて気がついた。


「……万能筆だな」


 そんな俺の呟きは誰に拾われず、月牙は俺の描いた円を見て満足げに頷いている。


「次に、中心に地獄の門を描きます」

「どんなの?」

「陽翔殿がイメージする物で大丈夫です。イメージが大事ですから」


 月牙の言葉に従って俺は地獄門を描く。なんとなく、木製の立派な扉に蔦が巻き付いた紋様にしてみた。


「続いて、門の周囲を鎖で取り囲んだあと、上下に鬼の面を描いてください」

「鎖と鬼の面だな。よし」


 イメージに従って筆を走らせると、なかなか幻想的な陣が出来上がった。


 なんとなく、口が裂けた怖い鬼の面にしてみた。子供向けの鬼じゃなく、神社の祭りとかで被るような、本格的なアレである。


「最後に、悪鬼を中央に放り込んで、陽翔殿が『獄門円陣(ごくもんえんじん)』と唱えてください。陣が発動します。ただし、力を相当持っていかれますのでご注意を」


「獄門円陣だな。よし」


 双子に視線を贈ると、双子は「ほらいけ」「閻魔様に裁かれろ」と言いながらげしげしと蹴って、悪鬼を陣の中央へと転がした。

 

「お前ら、キャラ変わってないか?」

「こいつに遠慮する必要ある?」

「……ないけど」


 つんとした目をユウに向けられ、思わず苦笑が漏れる。そうなんだけど、そうじゃないだろう。お前たちのキャラの問題だ。しかも原因、魚だし。


「これでよし。じゃ、離れて」


 双子たちと月牙を一応、縁側の近くまで下がらせ、俺だけが陣のそばに残った。


 目を閉じ、深呼吸。

 ゆっくりと瞼をあげ、悪鬼を視線で捉えた。


「獄 門 円 陣」


 庭から、現世の音が消えた。

 

 俺の言葉に呼応した陣が真紅に染まり、光り輝く。ジャラジャラと鎖が動き始め、悪鬼の身体へと巻き付いた。


 ギィと重苦しい音を立てながら、俺が描いた地獄門が開かれていく。


「ほう。まだこの門を開ける人間がおるとはな」


 ビリビリとした低い声が空気を揺らした。


 ──やばい。


 直感でそう感じる何かが門の奥にいた。


「こやつは、引き取ろう」


 ゆっくりとした言葉と共に、門の隙間から馬鹿太い腕が伸びてくる。


 腕が触れた途端、俺が描いていた縄が消失した。だけど、鎖で雁字搦めにされている悪鬼は動くことができない。


 恐怖に顔を引き攣らせ「や、やだ、帰りたくない、助けてくれ」と呻いている。


「ではな」


 悪鬼の姿が腕と共に門の中へと消えていく。

 

「嫌だぁぁぁ」という悪鬼の叫び声とともに、バタン、と音を立てて地獄の門が閉まった。


 門が閉じた瞬間、場を満たしていた重苦しい空気が霧散する。


 瞬き一つさえも許されないような重圧から解放された俺は、思わずその場に座り込んでしまった。


「なんだよ、あれ……」


 怖かった。


 そんな陳腐な感想しか出てこない。

 何事も無かったかのようなおだやかな風が庭を駆け巡り、俺の額に滲んだ汗を撫でていった。


「お疲れ様でした、陽翔殿」

「おつかれー、はると。ありがとう!」

「これぞ天罰!ってやつだね」


 悪鬼が居なくなり、すっかり元通りになった双子が俺に抱きついてくる。


「あれ……なに?」

「なにって、地獄門ですな」


 疲れ果てて座り込んでいる俺に、月牙が当然のように言う。


「この世にいるべきでない悪い妖たちは、ああやって地獄へと送るのです。今となっては、あまり使える人間がおりませんが。姫様は時々お送りになられてますよ」

「……そうなんだ」


 あの姫、仕事してんのか?とか思ってすみませんでした。


「お疲れでしょう?少し中で休みましょう」

「はると、なんかご飯作って」

「おなかへったよぉぉ」


 悪鬼がいなくなったことによって空腹を思い出した二人が、ぐうぐうとお腹を鳴らしながら強請ってくる。

 

 労わってくれる月牙とは違って、双子は全く休まらせてくれる気配がない。


「……そうだな。なんか食べ物分けてもらおう」


 息を整えた俺は、重い腰を上げて服についた芝生を払った。


「閻魔大王……ねぇ……」


 とんでもない重圧だった。


 できれば二度とお会いしたくない、そう思うほどの。


「はるとー、はやくー」

「はいはい。今行くよ」


 双子たちに手を引かれ、俺は家の中へと戻った。


 悪鬼が居なくなった伊藤さんの家は、なんだか空気が軽くなった気がした。

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