第二十四話 東京旅行編 悪霊たち
「なんっなんだよ! まじで!」
俺は、双子のお腹すいたコールに負けて、タクシーを降りた浅草通りに入ることになったのだが──
次々と集まってくる悪霊から逃れるうちに、気づけば賑やかな通りから一本外れた狭い裏路地へと追い込まれていた。
そこで俺たちは、大量の悪霊に追いかけられている真っ最中である。
「どうなってるんだ!」
月牙と応戦してはいるが、壁を作ったり刀を描いて切り裂いたりしているものの、数が多すぎる。まるで埒が開かなかった。
「けけけけけ」
不気味な笑い声を上げながら、追いかけ続けてくる悪霊の数は次第に増している。
双子も、「えい、やぁ!」とパンチをしたり、ユウは刀で切ったりして祓ってくれてはいるが、危なっかしくて見ていられなかった。
「月牙、どうなってんだよ⁉」
「いやぁ、陽翔殿が思っていた以上に大人気でして」
「冷静だな⁉」
人がいなくなったのを見計らって悪霊と向かい合った。
ちまちま倒していてもキリがない。
「全力でいくぞ!」
「「おー!」」
「ユウとレイは下がっとけ!」
「「えー!」」
月牙の上に乗っていた双子を下ろし、俺と月牙の後ろに不服そうな顔をした双子を隠す。
「いくぞ、月牙」
「わかりました。私が気を引きますので、陽翔殿が一気に畳み掛ける形でお願いします」
「どうやって⁉︎」
「お任せします」
そう言った月牙は、地面を蹴り、壁をつたって悪霊たちへと襲い掛かっていった。
刀なんかではキリがない。そう思った俺は、持ってきていたスケッチブックに大きな波の絵を描いた。
昨晩リュックの中にスケッチブックを突っ込んできたミケに文句を言ってしまったけど、今となっては感謝しかない。
「いっけー!」
「「ゴーゴー‼」」
俺と双子の掛け声とともに、スケッチブックから眩い光が迸る。
薄暗い裏路地を白く染め上げた光は、瞬く間に巨大な波へと姿を変えた。
通路を埋め尽くしながら押し寄せた大波は、ぎゅうぎゅう詰めになっていた悪霊たちを容赦なく飲み込んでいく。
悪霊たちは「きぇぇぇっ」と甲高い断末魔を残し、跡形もなく消えていった。
「助かったぁ」
「はると、おつかれーい!」
「よくがんばりました!月ちゃんありがとう!」
「陽翔殿、見事でしたぞ」
非常階段を駆け上がり、波をやり過ごしていた月牙がすたすたと俺たちのもとへと帰ってくる。
「まじ、死ぬかと思った」
「毎回毎回追いかけられる訳にはいきませんからね。集まる前に消すしかないでしょう」
「なんでこんなに多いの?」
「東京は人が多いですし。家の周辺は、ミケ殿やお二人がこまめに祓っておりますから」
「……へ?」
間の抜けた声を上げて双子を見ると、「月ちゃんもじゃーん」「ミケと月ちゃんが頑張ってるよね」と二人はにこにこ笑っている。
俺は、どうやら知らないうちに守られていたらしい。
「……知らなかった。ありがとう」
「いえいえ、陽翔殿を守るのは私の仕事ですから」
「「僕たち(私たち)強いから楽勝だよー!」
帰ったら俺も一緒に行こうかな。
もしかしたら、ミケが今回残ったのはそういう理由もあったのかもしれない。
俺たちが留守にしている間、家を守るために。
「ミケにお土産買わないとな」
「ミケ、かつお節がいいって」
「ミケ、かつお節のサイト見ながら涎垂らしてたよ」
俺が知らないところで、しっかり双子へリクエストがあったらしい。
「浅草にあったな……」
「はるとー、おなかへった」
「食べ歩き、ミケがしてこいって」
やっぱりミケ、行きたかったんだな……。
今頃一人でなにをしているんだろうなぁ、と同じ空の下にいるだろうミケを想った。
そのころのミケはというと──
家中の酒をかき集め、大量の焼き魚をつまみに、野良猫仲間たちと共に、真昼間から大宴会を開いている真っ最中なのであった。
⸻⸻⸻⸻
「本当にここ……?」
さすが芸能界の大御所、というしかない見事な豪邸。「ここの道の端から端までが伊藤さんのお宅ですよ」とタクシーの運転手さんが教えてくれたときには、「そのまま通り過ぎてください」と思わず言いそうになってしまった。
さすがにそんなことはできなかったけれど。
——ピンポーン
インターホンを鳴らした途端、待ち構えたように門の扉が自動で開いた。
遠くに見える玄関先に、俺でも見たことがある初老の男性の姿が見える。
「よくぞ来てくれました!」
優しい笑顔で出迎えてくれた伊藤さんは、立っているだけでオーラが凄い。隼さんも芸能人、という感じだったけれど、失礼だけど格が違う。ピリピリとした重圧に自然と背筋が伸びた。
そんなことは全く気にしない双子は、「はると、緊張してるね」とくすくす笑っている。
「お待たせして申し訳ありません」
「いえいえいえ!こちらこそ遠いところご足労をおかけしまして」
隼さんが困り果てていたから、どんなに高慢な人なのだろうと思っていたけれど、伊藤さんは拍子抜けするほど腰が低い人だった。
だけど、ところどころに覗かせる鋭い視線は、その立場を理解させられるには十分なほどで。妖とは別の意味で魑魅魍魎と言われる芸能界を生き抜いた先人は、やっぱりただの優しい人じゃないよな。と気持ちを引き締める。
「どうぞ入ってください」
伊藤さんの声に促され、一歩、家へと足を踏み入れた瞬間だった。
ぞわっと嫌な空気に包まれ、全身が粟立つ。思わず声が出そうになるのを、懸命に飲み込んだ。
だけど、その空気は一瞬にして霧散する。
気のせいか?と思ったけれど、
「「うわぁ」」
「これは……」
という嫌そうな双子と月牙の声がして、「やはり」と思い直した。
立派な梁が張られた高い天井を見上げると、何か黒い影がさっと部屋の奥へと消えていった。
どうやら、この屋敷には──なにかが住み着いているらしい。
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