第二十三話 東京旅行編 旅立ち
東京旅行編スタートです。よろしくお願いします。
俺は知らなかった。
ミケたち、キャットパトロールが日々俺の家の周りを警戒してくれていることに。
双子たちが月牙と共に、日々押し寄せてくる悪霊たちを祓ってくれていたことに。
守られていた家の外へ出たその日。
俺は、自分が知らなかった現実を思い知ることになる。
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時は遡り、一週間前。
俺は、隼さんからの電話に困り果てていた。
「すみません、柏木さん。どうしてもと聞いてもらえなくて」
「東京……ですか……」
なんと。俺でも聞いたことのある俳優界の大物、伊藤大輝さんが、俺に会いたいと駄々をこねているらしい。
犬が大好きな伊藤さんは、月牙のグッズを相当気に入り、日々身につけてくれていた。そんなある日、長年抱えていた胸の痛みが軽くなっていることに気がついた。
考えられることなんて、隼さんが配った妖キーホルダーしかないと、隼さんに詰め寄ってきている。
というのが、今回の話の顛末らしい。
「絶対にご迷惑はかけないと伊藤さんも言っています。できれば、絵なんかも描いてもらえたら……」
「えぇー……」
「そこをなんとか!お願いします!」
電話口で繰り返し懇願されて、弱り果ててしまう。最終的に「航空券送りますので!」という泣き落としに「分かりました」とつい頷いてしまった。
「東京かぁ」
「はると、旅行行くの⁉︎」
「みんなでお出かけ⁉︎やったー!」
バンザイして走り回る二人に、お留守番です。などと言えるはずもなく。
我が家の妖たちに聞いて回った結果、参加は双子と月牙になった。飛行機に乗れない双子たちはどうするのか、と思っていたら「二人くらい背中に乗せて、私飛べますよ」と軽く言われた。
なんと、飛行機を追いかけ、神主さんの護衛をしたことがあるらしい。なんだそれ。
うちのわんこ、優秀すぎません?
「行ってきまーす!」
「いってきます」
何が詰まっているのか、大きなリュックサックを背負った双子と、キャリーケースを持った俺が玄関に並ぶ。
「気をつけていってこい。いいか、陽翔。絶対に筆を手から離すな。月牙たちと常にいるんだぞ」
昨晩から、執拗にミケが念を押してくる。
普段から一人で出かけるな、だの、ちゃんと筆を使う練習をしろ、だの、母親かよ、と思うことも多かったけど、ここまでいうのは珍しかった。
おかげで、力を具現化したり、出した道具を使ったりすることには慣れたけど、これがなんの役に立つかはいまいちピンと来ていなかった。
「ユウ、レイ、陽翔を頼んだぞ」
「「あいあいさー!」」
「月牙、双子と陽翔を任せた」
「お任せください」
そこまで言うなら着いてくればいいのに、月牙の上にこれ以上は乗れない、とかいう変な屁理屈をこねたミケは首を縦に降らなかった。たぶん、空を飛びたくないだけだ。
「じゃ、留守番よろしくな!」
「任された」
尻尾を振って見送るミケと、絵の中から手を振っている付喪神、池の中から顔を出している太郎たちに手を振り、家を出た。
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「とうちゃーく!」
「楽しかったねー!ありがとう月ちゃん!」
「いえいえ、久しぶりに腕が鳴りましたね」
飛行機を降りて、改札口を抜けると、なぜか先回りした二人と一匹が待っていました。
いや、なんで?
「お前ら、どうやって?」
「言ったじゃーん。月ちゃんが飛行機の横を並走してくれたのー」
「一生懸命手を振ってたのに、全然はると気づいてくれないんだもん。薄情者ー!」
頬を膨らませた二人がぽこぽこと殴ってくるが、そんな不可思議なことが起きているなんて思うわけがない。そもそも、地上を駆けて来るんだと思っていたのに、空を飛んでいたのか。
……先入観って、恐ろしい。
しばらく待つことになるかな、なんて考えていた俺が甘かった。
「はるとー、あれ食べたい」
「はるとー、あれなに?」
初めて東京に来たらしい双子は、あっちをふらふら、こっちをふらふら。何をしに来たのか、ちゃんと覚えているのかすら怪しい。
「とりあえず、隼さんの事務所に行くぞ。遊ぶのは全部終わってから」
「「えー」」
「えー、じゃない!」
いつもの調子で二人と話していると、近くを通った親子連れが「ママ、あの人誰と話してるの?」「しっ! 見ちゃダメ!」という会話をしているのを聞いてハッとする。
……そういやそうだった。こいつら、人には見えないんだった。
「お前ら、ちゃんとついて来いよ」
「「はーい!」」
「分かりました」
突然声をひそめた俺に、不思議そうな顔をしながら双子が元気よく返事をする。それを見ていた月牙は察してくれたのか、苦笑しながら「大変ですね」と労わってくれた。視線を合わせた俺たちは、双子を見て苦笑を漏らした。
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「はじめまして、隼です。ご足労いただきありがとうございます!」
「はじめまして、柏木です。こちらこそいつも応援いただきありがとうございます」
事務所の会議室で隼さんと向かい合い、二人してぺこぺこと頭を下げあう。
それを見た双子が「はると、変なのー」「ずっと頭さげてるね」と茶々を入れてきた。
……お前らに人間社会の厳しさは分かるまい。
「それで、伊藤さんのことなんですが……」
俺が東京まで来ると聞いた伊藤さんは、なんと、自宅に泊まってほしいと張り切っているらしい。
今は家で、俺が来るのを今か今かと首を長くして待っているとのことだった。
「伊藤さんのお宅に泊まるんですか……?」
「すみません……言い出したら本当に聞かない人で……悪い人ではないんです」
隼さんの整った眉が八の字に垂れ下がっている。本当に申し訳なさそうな顔をしている隼さんにそれ以上言うことなど、出来なかった。
「ちなみに、隼さんが一緒についてきてくれたりは……?」
「僕は今から撮影で……」
「ですよねー……」
思わず遠い目をしてしまった。
「とりあえず、これ。お土産です」
「わぁ、いいんですか!ありがとうございます!」
ずっと曇っていた顔がぱあっと晴れて、いつもテレビで見る隼さんの笑顔が顔を出す。
顔が整いすぎていてつらい。人類不公平だ。
そう思いながら、新作のグッズと書き下ろしてきたミニイラストを隼さんに手渡した。
実は、隼さんから注文いただいたお守りアクリルキーホルダー。
あれをきっかけに、アトリエ妖の知名度が急上昇しているのだ。
あのキーホルダーを配って以降、撮影が気持ち悪いくらい順調に進んだらしい。天候もほとんど崩れず、誰一人体調を崩さない。
これはいよいよ本当に効果があるぞ、と半信半疑だったスタッフたちも肌身離さず身につけるようになった。
その結果、隼さん演じる主人公のバッグにも付けられることとなった。
せっかく買ってもらったし、と何気なくドラマを見ていた俺は、それを見たときテレビの前で腰を抜かした。双子が「僕たち有名人!」と大喜びしたのは言うまでもない。
それから、回を追うごとに「あのグッズはなんなんだ」という呟きがSNSを中心に急増。
火が付いたように人気が出て、役所の通販サイトでは売り切れ続出、俺のアカウントのフォロワー数は激増、ドラマではなんと公式グッズとのコラボまで実現してしまった。
副業なんだけどな、などと言っている場合ではなく、出版社からは「画集を出しませんか」「カレンダーを作成しませんか」などとお声がけをいただく事態へと発展している。もはや本業だ。
そんなこんなで、俺はもう隼さんには足を向けて寝ることができなくなったのだ。
「本当にお世話になりました」
「こちらこそ、お陰様で無事クランクアップできました。これからもお世話になります」
「いえ、僕は何もしてませんよ」
まさか、本当に力があるなんて口が裂けても言えない。
グッズにも【効果はありません】とでかでかと書いているくらいだ。『効果ある!』という口コミにすべて押し流されてしまっているのだけれど。
「絵まで!いいんですか!」
「内緒ですよ、内緒」
そう。原画を販売してほしいとのお声がけも大量にいただいてはいるのだが、効果が強すぎて危険だ、という話になったのだ。ミケたちとも相談して、出さないようにしている。何をどう利用されるかが分からない。
「大切にします!家に飾ります!」
「ペットを飼われているとのことだったので、今回は犬にしてみました」
きっと祓ってくれますよ、いろいろと。と心の中で付け加える。
部屋の隅へ目を向けると、月牙が誇らし気に胸を張って頷いていた。
「ありがとうございます!」
「それじゃ、伊藤さんのおうちに行ってきますね」
「タクシー下に呼びますので!」
これからもどうぞよろしく、なんて挨拶をして隼さんの事務所を出る。
アトリエ妖の人気は、事務所内でも健在らしい。社長さんまで挨拶に出てこられて、サインを求められたのには恐れ入った。断ることなんてできるはずもない。
商売繁盛のご利益なんて持っていないから、無難に双子のイラストを小さく色紙に描いておく。最近、イラストの大きさで力を調整できることを知ったのだ。
事務所の入り口で手を振る隼さんに頭を下げ、俺はタクシーへと乗り込み、伊藤さんのお宅へと向かった。
お読みいただきありがとうございます。
お気に入りの妖など、そっとコメントしていただけましたら登場するかもしれません(保証はできません)。
よろしくお願いします!




