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第二十話 役所からのラブコール


「アトリエ妖の方ですよねっ!」


 女性の言葉に、俺はピシリと固まった。

 

 どこからバレたのか。


 まぁ隠してないから別にいいんだけど、アカウントで匂わせた覚えがないだけになんだか気持ちが悪い。


「塀が下から見えて、ずっと気になってたんです! イラストがアカウントの絵にそっくりで! それに、先日ひまわりの写真上げられてましたよね⁉︎」


 ……犯人は俺でした。


 良く考えたら、高台にあるから下の道路からもよく見えるし、全然隠す気がないように見えるだろう。というより、そうにしか見えない。


「私、アトリエ妖の大ファンで!特に猫又の子が好きで! 昔飼ってた猫に似てるんですよー!」


 興奮した様子の女性は、一度話し始めたら止まらない。いかに俺の作品が好きかを、マシンガンのように語り始めた。

 

 宮野さんは後ろで、「もう好きにしてくれ……」と遠い目になっている。


 いいのか、市役所。本当に。


「それで!私もただのファン根性で来たんじゃないんです!」

「……違うの?」

「いえ! 9割はそうなんですけど! 1割は仕事です!」


 ほぼファン根性じゃん。


 なんて野暮なツッコミはしない。俺もプロのイラストレーター。イラストが好きだと褒められて嬉しくない訳がない。


「それで! 先生の作品のグッズを特産品コーナーに置かせてもらえませんでしょうか⁉︎」

「……はい?」


 全く予想していなかった方向に話が転がり、俺は呆然としてしまった。

 すると、宮野さんから助け舟が入った。


「こら、矢野。全然打ち合わせと話が違うじゃないか。今回話すつもりなら、ちゃんと丁寧に説明しなさい。社会人だろ」

「はっ!そうでした!失礼しました」


 頭を重ねた女性、改め矢野さんに、俺も再起動する。


「あ、いえいえ! こちらこそすみません、驚いたもので。話長くなりますよね? 暑いですし、中へどうぞ」

「え⁉︎ いいんですか⁉︎ アトリエ妖に入れるなんて!」


 興奮する矢野さんへ、「矢野!」という宮野さんの鋭い声が飛ぶ。その声に肩を揺らした矢野さんは、「すみません……つい……」と身体を縮こませる。


 なんだか二人のやり取りがおかしくて、つい吹き出してしまった。すると、宮野さんと矢野さんの視線が俺に集まってしまった。


「あ、すいません。お二人、仲がいいんですね」

「仲がいいといいますか……もう四年も一緒に働いてるんで。いつも矢野の面倒を見させられてるんです」


 肩をすくめた宮野さんに、「私だって頑張ってます!」と矢野さんが頬を膨らまれる。大人の女性なのに、小さい子供みたいな人だな、と思ってしまった。


 それと同時に、中へどうぞと言いながら、いつまでも玄関先に留めてしまった自分にやっと気がついた。


「あ、すいません。中にどうぞどうぞ」

「お邪魔します」

「お邪魔します、わぁ!初投稿の原画だぁ!」


 矢野さんは本当にアカウントを見てれているらしい。ミケのイラストが好みと言ってくれていた時点で疑ってはいなかったんだけど。


 双子の絵を見て、すぐさま初投稿イラストだと分かるとは恐れ入った。


 声が聞こえたらしい双子が、「この人達誰ー?」「レイたちのこと知ってるの?」とわいわい駆けてくる。


 だけど、宮野さんも矢野さんは双子に見向きもせず、絵の方にばかり注目している。


 しょうがない、ということは分かってはいても、なんだかそれが寂しかった。


「中も素敵ですね」

「わ!本当に妖の絵がたくさん!お好きなんですね!」


 リビングに案内すると、きょろきょろと見渡していた二人が口々に褒めてくれる。

 

「ありがとうございます。描いていたら増えちゃって」


 ことん、と冷えた麦茶を出すと、「この家、すごく涼しいですね。エアコン入ってないのに」と鋭い  矢野さんの鋭い指摘が飛んできてヒヤリとした。


「風が通るみたいなんですよ」

「はぇー、凄いです。さすが高台ですね」


 なんだか誤魔化せてしまったようで、ほっと息をつく。単純な人で良かった。


「それで?グッズの販売というのは……?」


 俺が本題を切り出すと、あちらこちらに飾っている絵を凝視していた矢野さんが姿勢を正し、真剣な顔で向き合った。


「アカウントの方で拝見したんですが、グッズ展開を考えられてますよね?」

「あー。考えてはいるんですけど、なかなか手を出せていなくって……」

 

 そういえば、以前『グッズ作ろうかな、と思います』と呟いたことを思い出した。ちょうど隼さんが絵を買ってくれたくらいのときに。


 『楽しみにしてます!』というコメントも結構来ていたから、もしかしたら期待だけさせてしまったかもしれない。申し訳ない。


「やろうとは思ってるですけどね……」


 苦笑していうと、「やる気はまだ持たれてるんですね!良かった!」と何故か矢野さんは嬉しそうな顔をした。


「何かあります?」

「実は……市の方でこのような補助金がありまして」


 そう言って差し出されたのは一枚の企画書。


 【あなたの力で地元を元気に】


 と書かれている。


「地元の方のイラストなどをグッズ化して、それを市の方で設けている販売所の方に置かせてもらってるんです。もちろん負担もありますが、市の方で補助を出せます。アトリエ妖さんが参加してくださるなら、絶対私が企画を通します。どうですか⁉︎」


 前のめりに一気にプレゼンをした矢野さんが、鼻息荒く迫ってくる。


 その勢いに思わずひいてしまうと、矢野さんの隣に座っていた宮野さんが、矢野さんの肩を抑えてくれた。


「お前、ひかれてるぞ。えーーと。あれ?お名前お聞きしましたっけ?」

「あ、すみません。柏木です」


 慌てて本職の方の名刺を渡すと、「プロのイラストレーターさんなんですね」と納得したように頷かれた。


「プロの方なんですか⁉︎ 失礼しました!」


 矢野さんの顔色が一気に悪くなる。一般人だと思われていたな、という反応に苦笑が漏れた。


「いやいや、プロといっても個人勢なので。全然気にしないでください。それに、妖のイラストは本当に趣味なんです」


 妖たちを皆に伝えたくてやっているだけ。


 本当に最初はそれだけだった。隼さんからの大金に一瞬目が眩んだのは否定しない。


「本日はお話だけなので。詳しいことはこの企画書に書いてあります。興味持たれたら、お渡しした電話番号にご連絡ください」


 しばらく企画の内容を熱い口調でプレゼンしていた矢野さんは、意外にもあっさりと身を引いた。

 このまま頷くまで粘られるかと思っていたので、若干拍子抜けしてしまう。


「いいんですか?後日で」

「はい。先方にも熱意がなければ続きませんので、ちゃんと検討してもらえたら嬉しいです」


 はにかんだ笑顔を浮かべた矢野さんは、なかなか好印象だ。以前、結構強引に勧めてくる会社もあっただけ余計に。


「ありがとうございます。検討させてもらいます」


 俺が頭を下げると、「では」と言って軽く頭を下げた宮野さんが席を立つ。一方の矢野さんは何故か座ったままだ。


「……どうしました?」


 俺が首を傾げると、「あのぉ」ともじもじした矢野さんが上目遣いで見上げてくる。


「あんなこと言ってなんなんですけど、サイン……貰えたりしませんか?」

「……くっ!」


 欲求に素直すぎて思わず笑いが漏れてしまった。「おいっ!」と宮野さんは思いっきり矢野さんの頭を叩いている。


 痛そうに頭をおさえた矢野さんは、「だってぇ、こんな機会もうないかもしれないしぃ」と情けない声をあげる。

 

 その姿に、普段サインなど求められたことのない俺は、なんだかむず痒くなってしまった。


「いいですよ、どこにすればいいですか?」

「いいんですか⁉︎ では、ここに!」


 そう言って差し出されたのは、スマホと油性マジック。マジックの出され方が素早すぎて、来る前から準備していたことを察してしまった。


「スマホに?いいんですか?」

「はい!是非!裏に書いちゃってください!」


 チラリと見えた待受は、なんとミケの絵だった。

 本当に追ってくれているようで、熱狂的なファンが結構近くにいてくれたことに感動する。


「えーと。じゃ、描きます」


 キュキュっとマジック独自の音を立ててペンを滑らすと、「わぁ」と感動した声を宮野さんが漏らした。「おぉ」と矢野さんまで声をあげていて、なんだか照れ臭い。


「はい!出来ました」

「かわいい!猫又!ご利益ありそう‼︎」


 一瞬だけ光ったミケの猫又に、あ、やべ。と思ったが、時すでに遅し。しっかりと効果が発動してしまった。


 勢いで描いてしまって、力のことを完全に忘れていた。まぁミケの絵だし、そんなに悪影響はないだろう。きっと。


 小躍りしそうな勢いの矢野さんに「喜んでもらえて嬉しいです」と笑うと、矢野さんは「家宝にします!」と嬉しそうに笑ってくれた。


「それでは!電話お待ちしていますので!」

「柏木さん。うちの矢野が失礼しました」


 足取りが軽い矢野さんの横で、疲れた様子の宮野さんが「お前なぁ、ちゃんと仕事しろよ」とぼやいているのが聞こえた。


「なんだか面白い二人だったなぁ。役所の人ってもっと硬いと思ってた」


 二人の姿を見送って、ガラガラと玄関を閉めると「帰ったー?」「なんの話だったのー?」と双子が顔を出す。


「はるとー、おかし食べるー!」

「お腹減ったよー」

「お菓子はダメ。昼ごはんな」


 腰に抱きついてきた二人の頭を軽く撫で、まとわりつかれながらキッチンへと足を向ける。

 普段人が来ることなどないので、二人は構ってもらえなくて寂しかったようだ。


「今日のお昼なに?」

「ごはんごはん!」


 確かな重みと、温もりを感じる二人。

 それを知らない一般の人たち。


 繋げることができる縁。かもしれない。


「ミケに相談してみるかぁ」

 

 これが新たな騒動のきっかけになることに、俺はまだ気がついていなかった。

 読んでくださりありがとうございます!


 可愛い!癒される!と思っていただけましたら、ブクマや⭐︎を点滅させて貰えたら嬉しいです!応援よろしくお願いします。


 次の更新は日曜12時です!

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