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第十七話 瀬織津姫

 目の前に立つ女を、射殺さんばかりに睨みつける。女へ詰め寄ろうと足を踏み出しかけた。


 ──そのとき。


 俺を止めたのは、意外な人物だった。

 

「やめよ、陽翔」

「なんでっ!」


 縁側まで出てきたミケに、俺は食ってかかった。


「そのお方は、お主と双子を試しているだけじゃ。そうですな、瀬織津姫(せおりつひめ)


 ミケも怒っているようだった。普段より低い声が、それを物語っている。ミケの様子になんとか怒りを飲み込み、瀬織津姫(せおりつひめ)と呼ばれた女へと視線を向けると、女はクツクツと楽しそうに笑った。


「良い良い。なかなか面白いではないか、合格だ。ミケ、止めるのが早すぎるぞ」

「姫様のお戯れが過ぎるのです」


 どうやら、女はミケの知り合いらしい。だが、そんなことはどうでもよかった。


「ユウを離してください」


 ミケとの会話を聞いても、少しも警戒を緩めない俺を見て、驚いた顔をした女は、少しだけ罰の悪そうな顔をした。

 

「悪かったの。我もこの地を守る者として、力ある者は見極めねばならん。ミケが側におるようだから、大丈夫だとは思ったが、それでもお主を確かめなければならなかったのじゃ」


 先ほどまでの戯けた色はなく、女の声音には僅かな申し訳なさが滲んでいた。だけど、そんなことに取り合っている時間が惜しかった。


「そんなことはどうでもいいので、早くユウを解放してください」


 俺の言葉に、女は驚愕したように目を見開き、


「我の話をどうでもいいと。面白いやつじゃ。気に入った。ほれ、これでどうじゃ」


 パチン、と扇を打ち鳴らすと、石のように固まっていたユウの身体が動いた。


「あー、びっくりしたぁ」


 ユウが座り込んだのを見て、俺は肩の力を抜き、ほっと息を吐いた。


「そこの座敷わらし、ユウと言ったか。なかなかお主も根性があるの。ほれ、褒美じゃ」


 扇をバッと広げると、今度はユウの腰に鞘が黒、持ち手が青の刀が、レイの手元に赤い鞠が現れた。


「え……レイまで?いいの?」


 レイがきょとんした目で女を見る。すると、それを見た女は、クツクツとおかしそうに笑った。

 

「お主もそやつが飛び出さんかったら、飛び出してきておろう。そのくらい分かる。褒美じゃ」

「あ、ありがとうございます」

「あ!刀、ありがとうございます!失礼しましたっ!」


 ぺこり、と頭を下げた二人は、嬉しそうに手元の褒美を撫でている。

 

 その様子を見て、俺があげるはずだったのに、と少しだけ悔しくなった。だけど、二人が「これではるとをもっと守れるね」とこそこそ言っているのを聞いて、そんなことはどうでも良くなった。


「して、そなた。名はなんという?」

「……柏木 陽翔です」

「陽翔な、覚えたぞ。そなた、なかなかに良いの。妖たちの様子を見るに、好かれているようじゃ」


 一人で何か納得している女にイラッとする。


「それが何か?」

「これこれ、そんなに怒るな。なに、その力では困ることも多かろう。我の眷属を貸してやろうではないか」

「いや」

「ん?なんじゃ?リクエストか?」

「いりません」


 ──お前の眷属なんてお断りだ。


 そう思い、即答で断る。俺の答えに、女は目を見開いた。「いらないのか⁉ 神の眷属ぞ⁉」と騒いでいる。

 

 ──こいつ、やっぱり神だったのか。ミケたちの態度的にそうだとは思っていたけれど、面倒な神だな……くらいにしか思えない。


 ユウを倒した相手に好感を抱けという方が無理な話だった。


 そんなことを思っているうちに、女もとい神は気を取り直したらしく、「こほん」とわざとらしい咳払いをした。


「そんなことを言うな、これ、月牙(げつが)。出て参れ」


 ──結局押し付けてくんのかよ。


 月牙、という響きにどんな厳つい奴が出てくるのかと思ったが、現れたのは中型犬ほどの黒い柴犬だった。腹の毛だけが三日月を描くように白く、愛らしい見た目に反してどこか凛々しい。


「お呼びですか、姫様」


 こいつは眷属にも姫様と呼ばせているらしい。


「妾はこやつが気に入った。この者を守れ」


 女の言葉に、月牙と呼ばれた犬が、すっとこちらを見た。そして、何も言わずに女へと視線を戻し、「畏まりました」と頭を下げる。


「姫様、どういうことですかな?」


 黙って見守っていたミケが、堪らずといった様子で口を開く。

 

「どうもこうも、こやつの霊力で身を守る術がないのも危なかろう。なぁに、最近来る妖拐(あやかしかい)し達の相手が面倒臭いなどとは思っておらぬ」

「……そういうことですか」


 何やら分かったようなミケが大きなため息をついた。


「お主らにも関係ない訳ではなかろう。力があって損はない。陽翔、これも渡しておく」


 ヒラヒラと仰いでいた女が、パチン、と扇を畳むと、俺の手の中に一本の筆が現れた。


「……筆?」


 習字で使うような筆だ。


「何か書いてみよ」


 筆を渡された描きたくなるのが絵師の宿命だ。女の言うことを聞く怒りよりも、試し書きをしたい欲の方が圧倒的に勝った。

 何か書くもの、ときょろきょろ見渡すと、てててっと駆けてきた太郎が、ぱっと紙を差し出してくれる。


 「ありがと、太郎」とお礼を言うと、「お役に立てて何よりです」と言って、太郎はまた二郎と三郎の元へと戻っていった。


 するすると筆を滑らすと、墨などつけていないのに習字のような文字が紙へと現れた。

 なんとなく、ミケが目に入り、猫の絵を描くと、描き終わった途端、紙が光り輝く。


 そして、ニャー、という声と共に墨でできた猫が紙から抜け出るように現れた。


「……は?」


 流石に一瞬、呼吸が止まった。なんなら心臓まで止まった気がする。

 

 ちょっとやそっとのことで驚かなくなっていたが、これは凄い。自分の描いたものが現実になるなんて、夢のようだ。


 まさに、絵師のロマンである。


「すげぇ!」


 夢中で紙に筆を走らせる。さっき書いたはずの紙は、真っ白になっていた。


 続けてネズミを描くと、興奮した様子のネズミがチューチューと言いながら飛び出してきた。

 飛び出してきたネズミを、猫が追い回し始め、池の中へと飛び込み消えていく。


「気に入ったようじゃの」


 気づくと、ニヤニヤした顔で女がこちらを見ていた。

 先ほどまであんなに怒っていたのにもかかわらず、無邪気に喜んでしまった自分に複雑な気分になる。

 だけど、こんなものを貸してもらって御礼を言わないほど俺も最低な奴ではない。なによりも、機嫌を損ねてやっぱり返せと言われたら困る。もっと遊びたい。


「ありがとうございました」


 複雑な心境のまま頭を下げるが、それを見た女はそんなものはどうでも良い、とでも言うように、ひらひらと扇を振った。


「良い良い、これは詫びじゃ。受け取っておけ。悪かったの」


 意外にも素直に謝罪を言ってきた神に拍子抜けしてしまった。神というのは、もっと格式高くて、絶対に謝ったりしないものだと思っていた。


 不意を突かれて呆けていると、女は「妾の詳しい話は、ミケと月牙に聞いておけ」と言い、いそいそと帰りの準備を始めた。


「では、妾は帰るとするか。月牙、頼んだぞ」


 やっと帰るらしい。女が月牙へと視線を向けると、「お任せください」と月牙が頭を下げた。


「そうそう、その筆は自分が想像した色が出る。消えよ、と念じたら消えるから、普段は消しておけ。神具だからな。無くすなよ」


 おまけのように爆弾を落とし、姫とやらが舞うように扇を振る。この世の者とは思えない美しさに、思わずその姿に見惚れていると、シャン──という鈴の音とともに姿を消した。


「なんだったんだ……本当に……」

「まぁ、中で話すこととしよう。双子も、今日はゆっくりせよ。月牙殿も中へどうぞ」

「私は新米です。どうぞ、月牙とお呼びください」


 そう言った月牙に、「よろしくね、月。僕、ユウっていうんだよ」「月ちゃん、かわいいね! 私、レイ!」とマイペースな双子が抱きつく。


 月牙は目を白黒させているが、その様子を見ていたら毒牙が抜かれた。よく考えたら、あの女がやらかしただけで月牙は何もしていないのだ。


「じゃ、中行こうか。月牙もおいで」

「……いいのですか?」


 頑なだった俺が、自分に対して好意的な言葉をかけたのが意外だったのだろう。月牙がきょとん、とした目でこちらを見てくる。


「もちろん。中、涼しいからどうぞ」

「お邪魔します」

「あ、玄関のマットで足だけ拭いてね」

「了解しました」


 どうやら、我が家にもう一人、人ならざる者が増えたらしい。正体はまだ良くわからないけれど、多分犬だ。


 人間一人と、座敷わらし二人。生き物が五匹。

 アトリエ妖は、ますます賑やかになりそうだ。


 いつの間にか戻ってきていた蝉の喧騒が、静まり返っていた庭を再び現世()へと引き戻していく。俺たちは顔を見合わせると、揃って家の中へと足を向けた。


 

 

お読みいただきありがとうございます。


瀬織津姫は実在の神様をモチーフとしていますが、作中の設定や人物像は作者による創作です。よろしくお願いします。


明日も12時更新です。引き続き応援、よろしくお願いします。

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