第十五話 お絵描き大会
「それでは!アトリエ妖、お絵描き大会を始めます!」
「はじめまーす!」
「まーす!」
俺の掛け声に、双子が元気よく手を上げてくれる。そんな双子も、今日は汚れてもいいTシャツスタイルだ。
普段は絶対に着替えてくれない二人も、「着替えないなら参加させません!」と言い渡したところ、ガーン、と気持ちのいいくらいのリアクションをし、渋々着替え始めた。
ちなみに、ミケは興味をなさそうな顔をしながらも、日陰からチラチラこちらを伺っている。
一方の太郎たちは、事前に配っておいた塀のイラスト案を見て、自分たちの担当を必死で確認していた。
自由に描いてもいいと言ってみたはいいものの、三人は何枚も練習を繰り返すほどの気合いの入れようだった。
なんだかんだで楽しんでいるみたいだからそっとしておいたが、俺まで失敗は許されない、という妙なプレッシャーを感じている。
「一番、ユウいっきまーす!」
ユウが筆にいっぱいの黄色のペンキを付けて、べちゃっと勢いよく塀へ付けた。
それを追うように「二番、レイ、いきますっ!」とレイが赤のペンキをつけて、塀へ線を描いていく。
二人は、走り回りながらいろんな色で描かれるレイのジグザグの線に、ユウが円を書いていく。
「次は僕たちですねっ!」
気合い十分の太郎たちは、木や植物の蔦を塀を額縁のように仕上げていく。一筆一筆が丁寧で、繊細だ。日頃から植物と向き合っているだけあって、相当うまい。練習の成果が出ている。
「じゃ、次は俺だな」
双子のペンキが乾いた頃を見計らって、俺がアトリエ妖の古民家、座敷わらしのユウとレイ、猫又のミケ、ケサランパサランの珠雪、庭守の太郎、次郎、三郎を散りばめて描いていく。
塀を庭に見立てて、ユウとレイが走りまわり、ミケが縁側で見ている。珠は空からふわふわ見下ろしていて、太郎たちはせっせと植物を手入れしている。
そんな日常の一コマを切り取ったような、大きな大きなキャンパス。
中央には、『アトリエ妖』と大きく描いた。
「ふむ。なかなかの出来だな」
満足そうに頷いたミケが、両脚にペンキを付け、勢いよく振りかぶる。
「おい!端にって言っただろ!」
「ふん、いいではないか」
ペタペタと中央を横切るように付けられた足跡は、存在感抜群だ。
しかも、黒と言っていたはずなのになぜか茶色になっている。「なんで茶色?」と尋ねると、「我の色だ」とミケらしい答えが返って来た。
「出来たー!」
「かんせーい!」
「私たちも出来ましたっ!」
どうやら思い思いに仕上げをしていたみんなも描き終わったらしい。
「いいじゃん」
腰に手を当て、一歩引いて全体を見渡す。
初めてこの家を見た時は、本気で購入を後悔した。外壁はボロボロ、塀は崩れ、庭は荒れ放題。
あの日の光景は今でも鮮明に覚えている。きっと、一生忘れないだろう。
それが今では──
荒れ果てていた庭と外観は太郎たちのおかげですっかり息を吹き返し、今では温もりに満ちた家へと生まれ変わった。
崩れかけていた塀は、個性豊かなイラストと妖たちの姿で彩られ、見ているだけで心が躍る出来となった。
初めて来た日には絶望しかなかったこの場所が、今では妖たちの賑やかな声で溢れている。
気づけば、ここ以外に俺の居場所はない。
そう思えるほど、大切な場所になっていた。
「なんか、家族みたいだな」
無意識に零れた言葉が、妙にしっくりと胸に落ちた。
──そうか、家族か。
ただ一緒にいるだけだった俺たちに、名前がついた気がした。しみじみと噛み締めていると、双子が嬉しそうに見上げてくる。
「僕たち、はるとの家族?」
「はると、お父さん?」
「そうだな。おい、誰がお父さんだ」
思わず頷きそうになってしまったが、どさくさに紛れたレイに突っ込むと、くすくすとみんなが笑った。
温かい空気が心地よくて、込み上げるものを誤魔化そうと双子の頭をガシガシと撫でようとした、その時だった。
いきなり塀がパァッと光に満ちた。
「うおっ!」
あまりの眩しさに目を瞑ってしまう。
「えぇ……なんだこれ……」
「うむ。我らも描いたから効果倍増ってところじゃな」
「なにそれ……」
どうやら、霊力?とやらが込められた絵が効果を発動し始めたらしい。ミケ曰く、「自動悪運清浄装置といったところじゃ」とのことだ。
全然笑えない。
我が家がどんどん異界化していくじゃないか。
「これ、俺が住んでて本当に身体に影響ないの?」
「むしろ、今のお主は力が増しすぎているから、外に住んだら悪霊や悪い妖に襲われ放題だな」
その言葉にさーっと背筋に冷たいものが走る。
──なんだそれ、聞いてない。
「……外で襲われたら?」
「だから、最近は一人で外出させないよう、誰かがついて行っておろう」
「そっか……」
言われてみれば、最近出かけるときはいつも双子がついてきていた。双子がいないときには、珍しくミケが一緒だった。
──あれは、そういうことだったのか。
知らず知らずのうちに、守っていてくれた妖たちにじんわりと温かいものが心に満ちる。
そして、知らないうちに自分に迫っていた危険にゾッとした。
どうしたらいいのだろう。そんなことを言われても、俺には何をすればいいのかわからなかった。
動揺が顔に出てしまったのだろう。双子が、「大丈夫だよっ!」と声をかけてくれる。
「レイたち、強いんだよ!」
「パーンチ!ってやっつけちゃうよ!」
腕まくりをした二人は可愛らしいが、こんな可愛い子たちに守られていたなんて情けない。
「俺も鍛えようかな……」
筋肉のない腕を見て、肩を落とす。無理だ、ランニングさえもまともに出来ない俺が妖に勝てるわけがない。
「お主は絵を持ち歩けばいいのではないか?気にしたら可哀想と双子が言うから黙っておったが、お主は不用心すぎるぞ」
その言葉に双子を見ると、
「はるとは元気でいてくれればいいんだよー!」
「いっぱいレイたちの絵を描いて、いっぱい笑ってね!」
と元気よく応援された。
……おじさん泣きそうだよ。
「よし!沢山絵を描いて、俺もみんなを守るぞ!」
「はるとー、無理しないでー」
「ちょっとずつだよー」
心配そうに眉を寄せた双子に「大丈夫だって!」と笑いかけたその時だった。
「あ……っ!」
足元がぐらりと揺れた。
次の瞬間、視界が真っ黒になり、膝から崩れ落ちそうになる。慌てて塀へと手をついた。
「ほら、言わんこっちゃない。力の使いすぎだ。こんなデカいものを一日で描くからだ」
「そんなこと言わなかったじゃん……」
「言ったが、聞いてなかったのはお主だろうが」
クラクラとする頭に、呆れたようなミケの声が響く。
「俺、寝てくる……」
「そうしろ。寝たら治る。片付けは我らでしておく」
「ありがとう。ペンキは蓋をして置いててくれたらそれでいいから……」
ふらふらとした足取りで、俺は家へと向かう。そんな俺の背中を、心配そうな妖たちの声が追いかけてきた。
「はると!ゆっくり寝てね!」
「お水飲んでねー!今日のご飯は大丈夫だからー!」
「陽翔様!お大事になさってください!」
その声に軽く手を挙げて応える。ここまで力を使ったことはなかったからか、倦怠感が凄い。段々と瞼も下がってくる。
「もうここでいいや……」
いつも双子が寝ている和室で、布団も引かずに横になる。い草の匂いが疲れた身体にすぅっと染み渡った。
目を瞑ると、あっという間に意識が遠のいていった。




