第十話 救え、紫陽花童
あなたの近くの紫陽花にも、紫陽花童がきっと居ます
一度家に戻った俺は、自分用のレインコートを戸棚から引っ張り出す。
「よし、と」
「なにしとるんだ?」
「あ、ミケ。それがさー」
紫陽花童の話をすると、ミケが呆れたような顔をして、「お主はよく妖に会うのぉ」と言われた。
「俺じゃなくて、双子のせいじゃない?」と言い返すと、「どっちもどっちじゃ」という答えが返ってきた。解せない。
「じゃ、行ってくるわ」
家の壁に立てかけてあった大きめのスコップを手に持ち、飲み物などを入れたリュックを背負った。
「気をつけてのー」
ヒラヒラと尻尾を振ったミケに見送られ、俺は再び雨の中へと足を踏み出した。
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「お待たせ、いい子にしてたか?」
「おかえりー」
「おかえり、はると」
双子はすっかりあじちゃんと仲良くなったらしい。紫陽花の場所へと戻ると、三人でカタツムリを囲んで遊んでいた。
「よし。じゃ、やってくるかな」
「なんかする?」
「お手伝いある?」
見上げて来た双子に、「あじちゃんに温かいもの飲ませてやって」と伝えて、カバンに入れて来た水筒を手渡す。中には、さっき家で淹れてきた少し熱めのほうじ茶が入っている。
「ありがとうー、はると」
「はると、さすが!」
手放しで双子が褒めてくれて、口が緩む。あじちゃんを見ると、「ありがとうございます」と小さく頭を下げられた。
「気にしないで。んじゃ、待っててな」
紫陽花よりも少し上の斜面を登り、流れを変えられそうな地点を探す。すると、少し掘って整えれば、丁度いい窪みがある地点を見つけた。
ここで水の流れを削ぐことができれば、水量が増えてもそう簡単に紫陽花の方に行くことはないだろう。
せっせとスコップを動かして、水路を整えていく。あまり急な流れにするとすぐに決壊してしまうため、加減しながら掘り進めるのはなかなか骨が折れた。
水を含んだ土は柔らかく、スコップが入りやすかったのが救いだ。だが、その分腐葉土はずっしりと重い。普段ろくに身体を動かしていない俺には、それだけで十分な重労働だった。
明日は絶対に筋肉痛だ。
「はるとー、水ひいた!」
「大丈夫そう!」
腰に手をやり、身体を伸ばしていると、双子が下から叫んで水の流れが変わったことを教えてくれた。
雨の音にかきけされないよう、大声で叫び、下で大きく手を振っている。
「おー。ありがとう!」
俺も叫びながら手を振り返し、作った水路が壊れないよう、周りを石などで固めていった。
「よし、大丈夫そうだな」
滑るように斜面を下って三人の元へ戻ると、きらきらと目を輝かせたあじちゃんがこちらを見上げている。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。仕上げは紫陽花の根元だな」
流れて行ってしまった土を周りから補完し、根全体を覆うように土をかぶせる。ついでに傾きかけていた樹全体も戻しておいた。
「これで大丈夫かな」
「完璧です! ありがとうございます!」
「さすがはると!」
「ありがとう、はると!」
幼子三人から絶賛されて、少しだけこそばゆい気持ちになる。それにしても、そろそろ家に帰らなければ、双子も風邪をひいてしまうだろう。
仲良く話している3人を横目に、心なしか元気になったように見える紫陽花を横目に見る。
「あじちゃんは雨。大丈夫?」
「私は雨が降ったほうが元気なくらいなので!」
そう笑ったあじちゃんは、紫陽花の花に優しく触れてふんわりと笑った。
「あ、そうだ。これ、お礼に」
そう言ったあじちゃんは、どこから取り出したのか、数本の紫陽花の花を差し出してくる。
「え、いいの?」
「はい、本当にありがとうございました」
丁寧にお辞儀をしたあじちゃんから、紫陽花の花を受け取った。
雨に濡れた紫陽花は、まるで小さな花を寄せ集めた宝石のようだった。数本だけのはずなのに、たくさんの花が咲き誇っている花束のように見えた。
「こちらことありがとう。今度うちにも遊びに来てな」
「私はここから離れられないので……」
「そっか。じゃ、また遊びに来るわ。双子も連れて」
「また来るね、あじちゃん!」
「ばいばーい! またねー!」
ぶんぶんと大きく手を振った双子の手を引き、雨の街を歩く。
ザーザーと降る雨は同じはずなのに、抱えた紫陽花のおかげかなんだか景色が明るく見える。
ころんと丸い花は雨粒を弾いてきらめいて見え、どんよりとした曇り空の下でも不思議と足取りまで軽くなった。
この季節も悪くないな、と思わせてくれる。
「ユウが持つ!」
「あ! ずるい! レイも持つー!」
「はいはい、半分こな。落とさないように気を付けて」
紫陽花を受け取った双子が、落とさないようにぎゅっと胸元に抱え込んでいる。
小さな腕で大事そうに花を抱く姿はどこか誇らしげで、宝物を手にした子どものようで。その様子がなんだか微笑ましくて、思わず笑みがこぼれた。
「ただいまー!」
「ミケ、かえったよー!」
「ただいま、二人とも、シャワーな!」
キャーキャーと賑やかな声が家中に広がった。双子を早く風呂に入れようと格闘していると、目を細めて見ているミケと目が合った。
「手伝えよ」と言うと、「濡れるから嫌じゃ。それにお主らの方が大きいのにどうやって手伝うんじゃ」という嫌そうな声が返ってきた。確かに。
持って帰ってきた紫陽花は、机の上の花瓶に飾った。その隣には、双子と紫陽花童がしゃがみ込み、カタツムリをつついて遊んでいる絵を立てかける。
もう少し楽しんだら、差し苗をしてみよう。うまくいけば、この寂しげな庭に彩りを加えてくれるかもしれない。
そうしたら、来年の今頃。
雨上がりの庭で、双子たちが嬉しそうに紫陽花を眺めているだろうか。梅雨を嫌がるのではなく、「紫陽花の季節だね」と笑ってくれるかも。
そんな未来を思い描くだけで、胸の奥に温かなものが灯り、少しだけ心が軽くなった。
第十一話は21時投稿です。
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