忍者『シュバルツ』
数日後の午後——。
ましろはイリスと共に、街外れの山中の茂みに隠れていた。
ましろの視線の先には、「立入禁止」の看板が掲げられた廃倉庫が、ひっそりと佇んでいる。
背の低い男から聞き出した情報によれば、海外から武器を密輸した組織が、この廃倉庫を拠点に不穏な計画を進めているらしい。
現場に到着してすぐ、その情報が正しかったことを裏付ける光景が広がっていた。
廃倉庫の周囲では数台の軍用ドローンと人型兵士ロボットが巡回し、入口付近では粗暴な雰囲気を漂わせた男たちがタバコをふかしている。ポケットの膨らみから、銃を所持していることも見て取れた。
「イリス、お願い」
ましろはイリスにドローンのハッキングを頼む。
「了解!」
その瞳に光が走る。
イリスは遠隔から無線攻撃を仕掛けた。
ドローンのセキュリティは脆弱で、イリスはたった数秒で制御を奪い取った。
相手に気づかれぬようドローンを操り、廃倉庫の天窓から内部を覗き込む。
そこには二十人近い男たちがいた。
木箱の上に腰掛ける者、武器の整備をする者、端末を囲んで何かを話し合う者。
その中でましろが特に警戒したのは、計画を練っている男の背後にある大きな布で覆われた“何か”だった。
その“何か”は一目でわかるほど巨大で、布越しでも少なくとも五メートル以上の大きさがあると分かった。
それをさらに調べさせようとした、その瞬間――。
ましろは背後の気配を感じ取る。
振り向きざま、反射的にハンドガンを引き抜き、銃口を向けた。
だが、その姿を見た瞬間、力を抜いて銃口を下げる。
「シュバルツ……!」
ましろは静かに言った。
背後に立っていたのは、〈フリーデン〉の仲間――シュバルツだった。
シュバルツ――全身黒ずくめの装いに身を包む忍者。〈フリーデン〉の中でもトップクラスの実力を誇る男だ。
シュバルツはボソッと言った。
「驚かせてすまない、ヴァイス」
「私のほうこそ、ごめん」
ましろはハンドガンをレッグホルスターへ収めた。
シュバルツは廃倉庫を鋭く見据え、静かに尋ねる。
「あれが、今回の標的か?」
「うん……それより、シュバルツがここに来たってことは、もしかして同じ任務?」
「ああ」
「そっか、よろしくね」
ましろが微笑むと、シュバルツは無表情のまま、小さく「……ああ」とだけ返した。
二人のやり取りが一段落すると、イリスが静かに声をかける。
「ヴァイスちゃん、奴らが動き出したよ」
他のエージェントがいる場合、イリスはましろのことを「ヴァイスちゃん」と呼ぶ。
イリスが操作するドローンの映像には、散らばっていた男たちが次々と廃倉庫内へ集まっていく様子が映し出された。
その中のリーダーと思われる髭面の男が、台の上に立ち、大きな身振りを交えながら仲間に語りかけている。
「イリス、今のうちに!」
「うん」
イリスは廃倉庫周辺を巡回する残りの軍用ドローンと人型兵士ロボットへ一斉にハッキングを仕掛けた。
セキュリティを瞬く間に突破し、全てのドローンとロボットを音もなく停止させた。
イリスは得意げに親指を立てる。
ましろは頷き、表情を引き締めた。
「行くよ、シュバルツ」
「ああ」
二人は同時に駆け出した。
敷地の門を軽々と飛び越え、そのまま一直線に廃倉庫へと駆け抜ける。
走りながら視線を交わし、無言のまま頷き合うと二手に分かれた。
ましろは廃倉庫横のプレハブの屋根に軽やかに飛び乗り、そこを足場にさらに廃倉庫の屋根へと移動する。
シュバルツは廃倉庫の大きな扉のそばで身を潜めた。
二人の動きに無駄は一切なかった。
ましろは窓越しに廃倉庫内を見渡し、組織メンバー二十人の配置と特徴、さらには倉庫内の物資の位置まで瞬時に把握する。
廃倉庫の中では、髭面の男がなおも熱弁を振るっていた。
仲間の男たちは静かに耳を傾けていたが、髭面の男の隣に座る眼鏡の男が、わずかに顔色を変える。
眼鏡の男はタブレット端末でデータを入力していたが、外の軍用ドローンと人型兵士ロボットとの通信が途絶えていることに気づいた。
その瞬間、ましろは窓を素早く開け、あらかじめ手にしていた煙幕弾を連続で三発投げ込んだ。
地面に落ちて炸裂すると、煙幕が瞬く間に廃倉庫内を覆い尽くしていく。
男たちは、突然視界を奪われパニックに陥った。
銃を手に、視界の悪い中で発砲しようとする者がいた。
しかしその時、髭面の男が咄嗟に叫ぶ。
「銃は絶対に撃つな!」
その怒声に男たちは反射的に動きを止めた。
髭面の男はさらに、冷静で的確な指示を出す。
「倉庫の扉を開けろ!」
ましろは扉を開けられる前に、倉庫内へ飛び込んだ。
周囲には敵しかいない。
ましろは気配で捉えた人影へ迷いなく掌打を叩き込み、卓越した体術で次々と敵を戦闘不能にしていった。
一人、また一人と倒れ、抵抗する間もなく沈んでいく。
一人の男が倉庫の扉へ向かって駆け出す。
だが、そこにはシュバルツが待ち受けていた。
シュバルツの強烈な拳が男に叩き込まれる。
ましろとシュバルツは、煙幕の中でも敵の位置を正確に捉え、まるで視界が効いているかのように次々と無力化していった。
十八人目の敵を沈めた瞬間――。
重々しい駆動音が廃倉庫内に響き渡った。
二人は同時に振り向く。
視線の先――煙幕の奥に、巨大な人型の影がゆっくりと浮かび上がった。
次の瞬間、その影が腕を大きく薙ぎ払う。
轟風が煙幕を吹き飛ばした。
煙幕の向こうから姿を現したのは、コックピットがむき出しになった巨大な搭乗型ロボットだった。
大きな布に覆われていた“何か”――その正体が、今ついに姿を現した。
眼鏡の男がコックピットに搭乗し、操縦している。
その隣に髭面の男が立っていた。
わずかに高い位置から、鋭い視線で見下ろしている。
ましろは銃口を向け、シュバルツはクナイを逆手に構えた。
「こんなものまであるなんて、聞いてないんだけど」
ましろは不満そうに眉をひそめた。
ロボットの性能を確認するため、ましろは廃倉庫の外で待機しているイリスを一瞥し、目で合図を送った。
イリスは頷くと、離れた場所からロボットを凝視し、瞬時に機能と武装を解析する。
解析の結果、既存のどの機種データとも一致しないことが判明した。
だが、機体の一部にはパワードスーツと共通する技術が使われていた。
どうやら既存技術を流用しながら、彼らが独自に開発した機体らしい。
髭面の男は冷静に周囲を見渡し、被害状況を確かめる。
「まさか、たった二人にここまでやられるとは……!」
眼鏡の男は、声を上ずらせながら言った。
「なっ、なんなんだ! お前ら!」
「こいつらが何者だろうと、俺たちの計画が知られた以上、ここで始末するしかない!」
髭面の男は冷徹に言い放ち、眼鏡の男も「……そ、そうだな」と頷いた。
倉庫内は沈黙に包まれ、緊張感が漂った。
静けさを切り裂くように、ましろは口を開く。
「今すぐ手を引いてくれない? 無駄な戦いは避けたいんだよね」
「それは無理な相談だ。俺たちは覚悟を決めてここに来ている。今さら後には引けねぇ」
髭面の男は冷静に答え、眼鏡の男も無言で頷く。
二人の瞳には、強い決意が宿っていた。
「そっか……なら、一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
ましろは眼鏡の男に視線を向け、問いかける。
「そのロボット……もしかして、あなたが作ったの?」
眼鏡の男は一瞬ぽかんとしたが、すぐに得意げに声を張り上げた。
「そ、そうだ! これは僕の最高傑作……お前らなんか、一瞬で殺せるぞ!」
その声は震えていた。
「確かに、武器が多く仕込まれているようだけど……」
ましろはロボットを見回し、容赦なく指摘する。
「――でも、そのコックピット……むき出しで大丈夫なの? 弱点が丸見えだよ」
一瞬の静寂が訪れる。
眼鏡の男は悔しそうに拳を叩きつけながら叫んだ。
「金が足りなかったんだ! 本当はコックピットも格好良く仕上げるはずだったのに!」
「……そう、残念だったね」
「くっそぉぉぉぉ!」
眼鏡の男は天井を見上げながら、本気の叫び声を上げた。
やがて視線を下ろし、ましろを鋭く睨みつけると、不気味に微笑みながら言い放つ。
「だが、それ以外は完璧だ! 今からそれを証明してやる!」
「そいつで暴れるなら外に行け! ここだと仲間を巻き込む!」
「了解!」
眼鏡の男は操縦桿を握りしめた。
手慣れた操作でロボットを動かすと、両足のタイヤが火花を散らし、倉庫の扉へ車並みのスピードで突進した。
腕を引き絞り、巨大な拳を扉へと叩きつける。
その衝撃で重厚な扉が吹き飛び、ロボットはそのまま外へ飛び出した。
それを見届けた後、ましろは軽い調子で尋ねる。
「シュバルツ、どっちとやりたい?」
「どっちでもいい」
「じゃあ、私が決めてもいい?」
シュバルツが無言で頷くと、ましろは満足そうに微笑み、髭面の男と外のロボットを交互に見比べ始めた。
「そうだなぁ……」
ロボットを見据え、ましろは指を差す。
「じゃあ、あっちのロボットにするね!」
「わかった」
シュバルツは即答し、髭面の男を見据えた。
「そっちの男は任せるね」
そう言って、ましろは倉庫の外へ向かう。
「ああ」
シュバルツは髭面の男と対峙した。
ロボットの正面で、ましろは静かに足を止める。
自分よりはるかに巨大な機体を前にしても、物怖じする様子はない。
冷静な眼差しで相手を見据えたまま、ましろは小さく息を吐いた。
「惜しいなぁ……それだけの技術があるのに、こんなことに使うなんて」
「お前に……僕の何がわかる!」
男は叫び、操縦桿を動かした。
ロボットは両腕を脇に差し込み、格納されていた二丁のマシンガンを引き抜く。
次の瞬間、二丁のマシンガンが火を噴き、弾丸の嵐がましろへ襲いかかった。
ましろは瞬時に射線を見極めた。
地を蹴って駆け出し、弾丸の隙間を縫うように駆け抜ける。
回避しながら、一気に間合いを詰めていく。
扱う者が素人なら、弾道は単調になる。
ましろにとって、それを見切るのは容易だった。
眼鏡の男の表情から余裕が消え、焦りが滲み始めた。
その時――。
突然、マシンガンから耳障りな異音が響いた。
銃口から煙が上がり、発射音が途絶える。
弾詰まりだった。
眼鏡の男は顔を青ざめさせ、動揺を隠せなかった。
その隙に、ましろはロボットとの距離を詰めた。
コックピットに飛び乗り、銃口を突きつける。
男は驚きと絶望の入り混じった表情で、目の前のましろを見つめた。
「まっ……待て――!」
ましろは男の額へ非殺傷弾を撃ち込む。
男はそのまま意識を失った。
ましろがコックピット内のスイッチを切ると、ロボットは完全に停止した。
そこへイリスがふわりと舞い降りる。
「お疲れ、ヴァイスちゃん」
「イリス、この男を降ろして拘束して。あと、このロボットの分析もお願い」
「了解!」
イリスはすぐさま取りかかった。
ましろは軽やかにコックピットから飛び降り、廃倉庫の方を見た。
シュバルツの実力に不安はない。
それでも結果が気になり、ましろは廃倉庫へ向かった。
廃倉庫の入り口に到着し、奥まで見渡す。
髭面の男は大の字になって気絶していた。
シュバルツは静かに立ったまま、無言でそれを見下ろしていた。
どうやら、きっちり手加減したらしい。
数分前——。
髭面の男は拳を構え、軽くステップを踏みながら、自慢げに言い放った。
「俺は昔、格闘技大会で優勝したこともあるんだぜ! そこらのチンピラとは違う!」
「……」
シュバルツは無言で見つめたまま、構えを崩さなかった。
「お前のような軟弱者を、これまで何度もぶっ飛ばしてきた!」
「……」
「謝るなら、少しは加減してやるぜ!」
「……御託はいい。さっさとかかってこい」
シュバルツが挑発的に言い放つと、髭面の男は怒りを抑え切れず、勢いよく突撃した。
顔面めがけて拳を突き出す。
シュバルツは瞬時にその軌道を見切り、軽く躱した。
「チッ!」
男は苛立ちを浮かべ、連続で拳を放つ。
だが、シュバルツは最小限の動きだけで、男の攻撃を淡々と躱し続けた。
男の拳は虚しく空を切るだけだった。
「くっそぉぉぉぉぉ!」
男が力強く腕を横薙ぎに払ったその瞬間――。
シュバルツは一瞬で男の背後へ回り込み、迷いなく手刀を首筋へ叩き込む。
その衝撃で男の意識は刈り取られ、力なくその場に崩れ落ちた。
そして現在。
ましろは歩み寄り、静かに声をかけた。
「お疲れ様、シュバルツ」
「ああ」
ましろは小さく息を吐き、口元を緩める。
男たちを拘束していると、ほどなくして〈フリーデン〉の後処理班が現場に到着した。
後処理班は無駄のない動きで現場を確認し、拘束された男たちを次々と回収していく。
その様子を眺めながら、ましろは肩の力を抜いた。
山を吹き抜ける風が頬を撫でる。
ようやく訪れた静寂の中、ましろはひと仕事終えた安堵を静かに噛みしめた。




