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街を守る秘密組織〈フリーデン〉

二〇五〇年、春――。

大都市『色神』の街路樹は、桜が満開だった。

淡い花びらが風に乗り、ゆっくりと街を漂う。

澄み切った青空の下、無数の飛行車が行き交う。

空中を滑るように進む車たちは、互いに距離を保ちながら整然と流れていた。

人が一歩踏み出せば、周囲の車両は自動的に減速する。高度なAI制御によって、交通事故はほとんど発生しなくなっていた。

空中には色鮮やかなホログラム広告が咲き誇る。

企業ロゴやAIの案内が、桜の花びらと重なり合い、現実と虚構の境界を曖昧にしていた。

配達ドローンが規則的に飛び交い、荷物を正確に届ける。

清掃ロボットが路面を磨き、警備ドローンが無機質な視線で人々を見守る。

すべてが整いすぎた、穏やかな春の日。

 ――だからこそ。

ほんの小さな“乱れ”は、あまりにも目立った。

雪のような純白の髪に、白銀に煌めく瞳の少女――。

白雪ましろは、ひらひらと舞う桜の花びらを突き抜けるように、ほうきで空を駆け抜けた。

頑丈そうな黒いスクエアバッグを背負い、肩には小型の妖精型ロボット『イリス』がちょこんと腰掛けていた。

「イリス、見つかった?」

「うん、ちょうど見つけた! 色神駅にいるよ!」

「オッケー! それじゃあ――」

 ましろはほうきの柄を握り直し、姿勢を低くした。

「全速力で行くよ。振り落とされないでね」

「うん」

 イリスはましろの肩にしっかりとしがみつく。

 次の瞬間、一気に加速した。

ましろは空を行き交う飛行車やドローンの隙間を縫うように駆け抜け、一直線に色神駅を目指した。

イリスは周囲の飛行車やドローンの管制システムへ瞬時にアクセスし、進路を微調整して衝突を未然に防いでいた。

制御ミスひとつで大事故につながる状況だったが、ましろはイリスを信じ、迷いなく前を見据えて突き進んだ。

ましろの飛行を目撃した人々は驚き、戸惑い、そして興奮していた。

飛行車の中の女性は思わず息を呑み、中年男性は「危ないだろ……」と眉をひそめた。

だが、高層ビルの展望デッキにいた子どもだけは違った。

「すげぇ……!」

その瞳は、ヒーローを見つめるように輝いていた。


 色神駅へ着くと、イリスは前方を指差しながら叫んだ。

「いた!」

 ましろもその方向を見た。

そこには、赤いパワードスーツを身にまとった男が浮かんでいた。

男は無言のまま右手を掲げた。

その仕草からは、自信と余裕、そして邪悪な意図が滲み出ていた。

男の手のひらから、火花を散らしながら小型ミサイルが放たれる。

小型ミサイルは赤い尾を引き、駅ビルのガラスに一直線に突進した。

ビル内の人々は、その脅威に気づく間もなく、破壊と炎に晒されようとしていた。

「させない!」

ましろは右手をほうきから離し、スカートの中からハンドガンを抜く。

バランスを保ちつつ狙いを定め、引き金を引いた。

銃声と共に放たれた弾丸が、ミサイルの側面を貫く。

閃光が空を引き裂き、ミサイルが爆発した。

「――ッ⁉」

近くにいた人々は何が起きたのかわからない様子で、空を見上げる。

一瞬の静寂の後――。

女性の悲鳴が響いた。

群衆は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

荷物を落とす者。子どもを抱えて駆け出す親。恐怖で立ち尽くす者。

叫び声と足音が交錯し、広場は瞬く間に混乱した。

一方、男は空中でミサイルが爆発したことに戸惑っていた。

ましろはその隙を突き、ワイヤーガンに持ち替える。

上空の男を狙い、即座にワイヤーを放った。

放たれたワイヤーが男の足首へ絡みつく。

ましろは一気に腕を振り下ろした。

男の身体は勢いよく地面に叩きつけられた。

鈍い衝撃音と共にコンクリートの地面が大きくひび割れ、細かい破片が飛び散った。

男は一瞬動きを止めた。

だが、その体からはなおもスーツの機械音が響き、まだ完全には無力化されていなかった。

ましろは素早くワイヤーを切り離す。男が動き出す隙を与えないよう、ワイヤーガンの引き金を次々と引いた。

ワイヤーは男の首、手首、足首へ巻きつき、先端はコンクリートに深々と突き刺さった。

それから、ましろは素早く周囲を確認した。

男の周囲に一般人はいない。

街を管理する超AIが異常を瞬時に感知し、警備ロボットと見回りドローンが駅周辺の各通路に配備され、一般人を安全なルートへと誘導していた。

さらに、非常用アナウンスが駅前に響き渡る。

人々の中には、スマホで撮影しようとしている者やライブ放送をしようとしている者がいた。

しかし――。

イリスはスマホを構える人々を見渡した。

「記録はさせないよ」

得意げに言い、妨害電波を放つ。

事件映像が拡散すれば、ましろたちの存在は一気に世間へ知れ渡る。

それは不要な混乱を招きかねなかった。

イリスの妨害により、一般人のスマートデバイスはエラーを起こし、一時的に使えなくなった。

その後、駅前交番の警察官数名が急いで駆けつけてきた。

イリスは警察通信網へ侵入し、警視庁上層部を装った指示を送信した。

駆けつけた警察官たちは疑うことなく避難誘導へ向かう。

ましろは男の前へ静かに降り立った。

ほうきが手のひらサイズへ縮む。

それを無造作にポケットへしまうと、ましろは拘束された男を見下ろした。

男は地面に伏せたまま、必死にもがいていた。

拘束されていることに気づくと、腕と脚を力任せに動かし始めた。

身体を軋ませるような鋭い音と共に、地面に亀裂が走り、ついにはコンクリートを割り、強引に立ち上がった。

その手でワイヤーを掴み、力任せに引き千切る。

金属が悲鳴を上げるような甲高い音を響かせ、特製ワイヤーが断裂した。

男はましろに視線を向け、問いかけた。

「誰だ、お前……?」

声には機械的なノイズが混じり、言葉の端々がわずかに歪んでいた。

マスク越しでも、殺気がひしひしと溢れ出ていた。

「お前が邪魔をしたのか?」

「止めなければ……多くの人が死んでた」

「それでいい。より多くの人間を殺す――それが俺の目的だ」

「……どうして、そんなことをするの?」

「この腐った国を正す……それが使命だ!」

男は低く震えるような声で呟き、次第にその声を荒げた。

「俺こそが、この国の救世主だ!」

男は両手を広げ、叫んだ。

「救世主を名乗るなら、罪なき人々を殺してもいいの?」

「罪ならある。この社会を変えようとしないことだ!」

「……あなた、ずっと一人で抱えてきたんだね」

ましろは少し間を置き、静かに語りかけた。

その声には怒りや非難の色はなく、むしろ穏やかな響きがあった。

ましろは知っていた。

自分を正しいと信じる者ほど、頭ごなしの否定には耳を貸さないことを。

 ましろは続けた。

「確かに、今の社会が理想的だとは、私も思わない」

「……お前も、この社会に不満を抱いているのか?」

「……考えは、少し似てるかもしれない。だから――あなたの話、ちゃんと聞かせて」

ましろは一歩、男に近づいた。ゆっくりとした歩みだったが、そこに迷いはない。

男は視線を少し落とし、拳を握りしめた。

数秒間沈黙した後、静かに呟いた。

「……わかった」

視線を上げる。

男はゆっくりと歩み寄り、右手を差し出した。

和解を求めるような仕草だった。

だが――。

男の右手は握手の位置を越え、ましろの顔前まで上がった。

指先が機械音を立てて開いた。

次の瞬間――。

「死ねっ!」

指先から弾丸が放たれた。

ましろは反射的に首を傾け、その弾道を紙一重で躱した。

流れるように男の右腕を両手で掴み、そのまま回転するように体重をかけた。

「はっ!」

男の巨体を肩越しに投げ飛ばし、そのまま地面へ叩きつけた。

コンクリートが粉砕され、スーツが火花を散らす。

ましろは後ろへ跳び、距離を取った。

その時。

イリスがましろの耳元へ舞い降り、囁いた。

「あいつ、スーツのAIから指示を受けてる。説得は難しそう」

「そうみたいだね」

洗脳を解くには時間がかかる。

今は、その猶予がない。

ましろは小さく息を吐いた。

「――なら、やっぱりスーツの機能を止めるしかないね!」

「そうだね」

 イリスも同意し、二人は鋭い眼差しで男を見据えた。

「少し離れてて……」

ましろが指示を出すと、イリスはふわりと後退し、安全な場所から見守った。

男は瓦礫の中から、何事もなかったかのように立ち上がった。

「まさか、あれを避けるとは。お前、ただ者じゃないな?」

「そんなに殺気を向けられたら、避けるのは難しくないよ」

「そうか……」

男は低く呟き、ゆっくりと右腕を突き出した。

再び指先が開き、連続で三発の弾丸が放たれた。

ましろは飛来する弾丸の軌道を見切り、無駄のない最小限の動きで躱した。

「バカな⁉ どんな反射神経をしている⁉」

「言ったでしょ。そんな攻撃、何発撃っても当たらないから」

「ふん……じゃあ、これならどうだ?」

男は胸の前で腕を組み、力を込めながら前傾姿勢になった。

機械音を響かせながら背部の装備が展開され、小型ミサイル六発が放たれた。

ミサイルは空中で鋭く軌道を変え、一斉にましろへ襲いかかる。

ましろはハンドガンを構え、迷いなく発砲する。

乾いた銃声が六度響く。

放たれた弾丸は、一発たりとも外れることなくミサイルの胴体を撃ち抜いた。

爆発音と共に火花が散り、破片が空中に舞う。

ましろは背中に手を回す。

バッグの下部が開き、弾丸の詰まったマガジンが飛び出す。

ましろは素早くマガジンを交換し、次に備えた。

「なるほど……さっきのミサイルも、お前が撃ち落としたのか」

男はスーツの奥で、狂気じみた笑みを浮かべた。

「――弾は当たらず、ミサイルも撃ち落とされる……だが、俺の力を前にして、お前がどこまで耐えられるか、見ものだな!」

その声には、スーツの力に陶酔する危険な雰囲気が滲み出ていた。

男の背部から青白い炎が噴き出し、轟音と共に身体が宙へと浮き上がった。

次の瞬間、猛烈な勢いで突撃する。

拳を固めた右手には異常なほどの力が宿り、その一撃が当たれば、ただでは済まないのは明らかだ。

ましろは冷静に体を捻り、迫る拳の風圧を感じながらギリギリで避けた。

だが、男の攻撃は止まらない。

繰り出される拳が地面や壁を砕きながら、ましろを容赦なく追い詰めていく。

ましろは男の攻撃を軽快に避けながら間合いを詰め、ハンドガンで急所を狙った。

鮮やかな反撃だったが、非殺傷弾は装甲に当たると、乾いた音を立てて弾かれた。

ましろは一瞬眉をひそめ、冷静に銃口を下げた。非殺傷弾が効果を発揮しないことを悟り、ハンドガンをレッグホルスターに収めた。

一進一退の攻防が続いた。

男がイライラしたように舌打ちし、大きく振り下ろした拳がましろの髪をかすめる。

ましろは軽やかに身を翻しながらその攻撃を避け、男の懐へ一気に踏み込んだ。

その動きは雷光のように鋭く、素早かった。

男の胸に両手を当て、力を込める。

「はっ!」

周囲の空気が震え、衝撃が男の胸を打ち抜いた。

男の動きが一瞬止まる。

その隙にましろは、鋭い回し蹴りを彼の側頭部に叩き込んだ。

男は勢いよく吹き飛ばされ、駅前広間にある人型モニュメントに激突した。

その衝撃で、モニュメントが粉々に砕け散った。

「あっ……!」

ましろは思わず声を上げた。

「ましろちゃん……物壊すと、後でコマンデュールに怒られるよ」

「ごめん、つい……」

 ましろは笑って誤魔化そうとしたが、現実は変えられない。

 任務では極力周囲の物を壊さないようにしなければならない。

でなければ、後処理や報告が面倒になるからだ。

 ましろははっと何かを閃いた。

「今のは私のせいじゃない。あの男が全部悪いんだよ!」

 そう言い訳し、ましろは男を指差した。

 イリスは無言でましろを見つめた。

「……」

「……」

 ましろはすっと視線を逸らした。

 その時、男がゆっくり立ち上がった。

 ましろとイリスは表情を引き締め、男に視線を戻した。

ましろの一撃は常人なら骨ごと砕く。

だが、男のパワードスーツには傷一つ付いていない。

男は再び腕を組んだ。

背部ランチャーが展開され、六発の小型ミサイルが一斉に放たれる。

小型ミサイルは上空に舞い上がり、ましろに狙いを定めて襲いかかる。

ましろはレッグホルスターに手を伸ばし、素早くハンドガンを抜こうとした。

しかし、その刹那――。

 男がジェット噴射で突進した。

間合いに入ると、ましろに拳を放った。

男は爆発に巻き込まれることなど意に介さず、強引に距離を詰めてきた。

 ましろはその拳を躱し、直後、迫るミサイルも紙一重で回避した。

 間髪入れず、男は連撃を繰り出した。

 ましろは男の鋭い拳や蹴りを躱しながら、次々と襲いかかる小型ミサイルも巧みに避けた。

回避されてもミサイルは即座に方向転換し、執拗に追尾してきた。

ましろは追尾するミサイルを、一発ずつ正確に撃ち落としていった。

しかし、男の肩部ランチャーは、止まることなく新たなミサイルを次々と発射し続けた。

何度撃ち落としても減らないその数に、ましろは内心嫌気がさしながらも、足を止めることなく攻撃を躱し続けた。

次第にましろは攻め込む隙を見つけられず、防戦を強いられていった。

「このままじゃ、終わらない……!」

次の瞬間――。

突然一発の小型ミサイルが向きを変え、人々のいる方向へ飛んでいった。

男が標的を変更したのだ。

ましろはすぐに気づき、男を睨みつけた。

マスク越しに、男がニヤリと笑ったように見えた。

男が新たなミサイルを発射しようとしたが、ましろはその一瞬の隙を逃さず、ワイヤーガンを引き抜き、即座に引き金を引いた。

ワイヤーは高速で伸び、男の胴体と両腕を瞬く間に絡め取った。

男が引きちぎろうとする間も与えず、ましろはそのワイヤーを力強く引き寄せた。

男は体勢を崩し、前のめりに引き寄せられた。

ましろは迫る男の頭に鋭い踵落としを叩き込んだ。

男の身体が地面へめり込んだ。

その隙に、ましろは一般人を狙った小型ミサイルを追いかけた。走りながらハンドガンを構え、迷わず放つ。

放たれた弾丸は真っ直ぐミサイルを貫いた。

爆発音と共に残骸が空中へ散る。

「ふぅ……」

ましろは短く息をついた。

その瞬間――。

ましろの背筋を悪寒が駆け抜けた。

視線を上げる。

いつの間にか、無数の小型ミサイルが円を描くようにましろを包囲していた。

逃げ場はない。

「終わりだ……!」

男が低く告げると、数十発の小型ミサイルが一斉にましろへと襲いかかる。

 ましろはその場から一切動かなかった。

万事休す――。

しかし。

小型ミサイルはましろに届く寸前、空中でぴたりと静止した。

「なに⁉」

男は驚きの声を上げた。

イリスは冷静に告げる。

「やっと制御権を奪えた!」

ましろはイリスに礼を言った。

「助かったよ、イリス」

 イリスは男に向かって言い放つ。

「これ、お返しするね」

イリスが指先を軽く動かすと、ミサイルが一斉に男へと向きを変え、彼に向かって飛んでいった。

男は咄嗟に胸の前で腕を交差し、防御態勢を取った。

ミサイルは男に全弾命中した。

猛烈な爆風が広がり、近くの窓ガラスが激しく砕け散った。

「あっ……!」

イリスは思わず声を上げた。

「イリス……物壊すと、後でコマンデュールに叱られるよ」

「あははは……ごめんなさい」

周囲には濃密な爆煙が広がり、視界は完全に遮られた。

瓦礫が崩れる音だけが響く。

ましろとイリスは警戒を解かなかった。

やがて、煙の中からぼんやりとしたシルエットが浮かび上がる。

視界が晴れると、ふらつく男の姿が現れた。

よろめいてはいるものの、スーツはなお稼働していた。

「まだ動けるの?」

ましろは呆れたように呟いた。

「でも、もう――」

 ましろが続けて言おうとした刹那――。

男はジェット噴射で生み出した爆発的なスピードで一気に距離を詰め、強烈な蹴りを繰り出した。

ましろは反射的に体を反らし、ギリギリで男の蹴りを躱した。

(動きが……変わった⁉)

イリスも即座に距離を取り、警戒を強めた。

男の動きは、別人のように変わっていた。

これまでの力任せな攻撃が、熟練の武闘家のような精密な動きに変貌した。

隙のないステップと、予測困難な攻撃が次々と繰り出される。

イリスは瞬時に分析を行い、その原因を突き止めると、ましろへ伝えた。

「ましろちゃん、気をつけて。AIの自動操縦に切り替わってる!」

「そういうことか……」

 ましろは小さく呟き、容赦なく繰り出される男の連続攻撃を躱し続けた。

男の動きは、ましろの次の行動を先読みしているかのようだった。

これまでの回避パターンや間合いの取り方を、AIに解析されたのだ。

 だが、ましろは男のわずかな隙を見逃さなかった。

 強烈な拳を躱したその瞬間――。

ましろは男の懐へ滑り込み、一瞬で数発の掌打を胸部へ叩き込んだ。

パワードスーツの胸部に深い亀裂が走り、火花が散った。

男がよろめく。

その一瞬の隙を逃さず、ましろはこめかみに強烈な蹴りを叩き込んだ。

男が地面に崩れ落ちると、すかさずイリスが駆け寄る。

イリスは男の額に手を当て、即座にハッキングを開始した。

目を閉じ、全身に微かな光のラインが走った。

スーツ内のAIは激しく抵抗した。

だが、イリスはわずか数秒で防壁を突破した。

「システム制御、完了」

イリスは静かに目を開けた。

パワードスーツは完全に機能を停止し、沈黙した。

「ふう……これでもう大丈夫」

イリスは小さく息を吐いた。

「お疲れ様」

ましろは労いの言葉をかけ、男に視線を向けた。一瞬、悲しげな表情を浮かべ、すぐに冷静な表情に切り替えた。

「急いで回収するよ」

 決着がついた頃――。

現場にはましろの仲間である掃除部隊が到着し、一般人の避難や後処理を行っていた。

こうした事件の痕跡を残さないためには、迅速な対応が欠かせない。


ましろが所属する〈フリーデン〉は、日本国内の犯罪やテロを未然に防ぐための極秘の治安維持組織だ。

組織の存在は公には知られておらず、影から国家の平穏を守り続けている。

ましろは〈フリーデン〉に所属するエージェントで、コードネームは『ヴァイス』。

幼いころから組織に属し、その卓越した能力で数々の事件を未然に防いできた。

大都市『色神』のどこか――一般人には存在すら知られていない場所に、〈フリーデン〉の本部がある。

本部には超AI『テュール』が存在する。

犯罪の兆候を検知・分析し、エージェントたちを支援する〈フリーデン〉の頭脳だ。


ましろはイリスと共に、捕らえた男を〈フリーデン〉本部へ連行した。

ロビーにいた仲間へ簡単に報告を済ませ、すぐに本部を立ち去ろうとしたが、背後から声をかけられた。

「ご苦労だったな、ヴァイス」

 低い声がロビーに響いた。

 周囲の仲間たちは背筋を伸ばす。

 ロビーに現れたのは、灰色の髪と顔の傷が印象的な強面の男――〈フリーデン〉の指揮官だった。

 ましろは振り返り、少し気まずそうに口を開いた。

「コマンデュール……」

 イリスは空中で姿勢を整え、無言で丁寧にお辞儀をした。

 指揮官は静かに歩み寄り、ましろの目の前で足を止める。

「報告はすでに受けている。よくやってくれた」

「ははは……ど、どうも……」

「だが――」

 指揮官は鋭い眼差しでましろを見据え、呆れたように言った。

「派手に暴れ過ぎだ。もう少し被害を抑えられなかったのか?」

「いや~、思ったより手強くて……」

「誤魔化すのも、簡単じゃないんだぞ」

「……ごめんね」

 ロビーが一瞬、沈黙に包まれる。

 仲間たちの間にも緊張が走った。

 少し間を置き、指揮官は「はぁ……」と深くため息をついた。

「まあ、きみがいなければ、被害はもっと甚大だっただろう。その点を考慮して、今回は不問にする」

 仲間たちは緊張の糸が切れたように、一斉に息をついた。

 イリスはほっと胸を撫で下ろし、ましろはぱっと表情を明るくした。

「ほんと⁉ よかった! さすがコマンデュール!」

「気を抜くのはまだ早い。この男はただの駒だ。何者かに利用されたにすぎん。大元を早く見つけ、そいつを捕らえるまでは――」

「それなら、もうイリスが突き止めたよ!」

「……なにっ⁉」

「すぐに捕まえてくるから、少し待ってて」

 そう言うと、ましろはイリスを肩に乗せ、返事を待つことなく本部を後にした。


皆が寝静まった未明――。

色神の街に佇むひとけのないビルの屋上に、ましろとイリスの姿があった。

強い風が屋上を吹き抜け、ましろの髪が激しくなびいていた。

ましろは片手にハンドガンを握り、風を受けつつ、一キロ先の廃ビルを鋭く見据えていた。

隣には、イリスが静かに宙に浮いていた。

「ましろちゃん、準備はいい?」

「うん、いつでもいけるよ!」

イリスは両手を額にかざし、遠くの廃ビル三階を見つめた。

 部屋にはやせ型の若い男がいた。

男は落ち着かない様子で、部屋の中を何度も往復していた。

この廃ビルは数年前から使われておらず、廃材があちこちに散乱していた。割れた蛍光灯や窓ガラスが薄暗い月明かりを反射している。防犯カメラは無残にも壊れ、まるで時間が止まったような廃墟だった。

人の気配はまるでなく、悪事を働くにはうってつけの場所だった。

廃ビルの周囲では、小型の偵察ドローンが二台、静かに巡回していた。

静音性に優れ、黒い機体は風景に溶け込み、至近距離でなければ気づけない。

しばらくすると、イリスは視線を少し下げ、声を上げた。

「来た!」

ましろはすぐに目を向けた。

二人の視線の先に、黒い車が現れた。

車は廃ビルの前で停車し、中から黒いスーツを着た三人の男が降りてきた。

一人は四十代くらいの見た目で、背が低く丸い体格をしている。

後の二人は屈強な体格に黒いサングラスを掛けている。一人が背の低い男を警護するように動き、もう一人はスーツケースを握りしめていた。

男たちは廃ビルを見上げ、用心深く左右を確認すると、静かに中へ足を踏み入れた。

静まり返った廃ビル内に、足音だけがコツコツと響いた。

男たちは階段を上がり、迷わず三階の部屋の前で立ち止まる。

ノックをした後、「は、はい!」という裏返った声を聞き、ドアをゆっくりと開けて中に入った。

「待たせたな」

背の低い男は不気味な笑みを浮かべながら言った。

「い、いえ……」

やせ型の男は答えた。

「約束通り、一人で来たようだな」

「はい」

「スマートデバイスは身につけてないな?」

「はい」

 背の低い男はニヤリと笑った。

「合格だ」

そう言うと、背の低い男は振り向き、後ろに待機していた屈強な男に顎で指示を送った。

指示を受けた屈強な男は、持っていたスーツケースを背の低い男に渡し、すぐに下がった。

「ふっふっふっ……これできみも我らの同士だ。さあ、共にこの腐った社会を破壊し、新たな国を築こう」

背の低い男はスーツケースをやせ型の男に差し出した。

やせ型の男も、おずおずと手を伸ばす。

その瞬間――。

突如、凄まじい破砕音が響いた。

窓ガラスが粉々に砕け散る。

飛び散るガラス片を突き抜け、ましろが室内へ飛び込んだ。

「――ッ⁉」

 男たちは何が起きたのか理解できず、その場で一瞬硬直した。


少し前――ましろは、やせ型の男がビルに入るのを確認すると、行動を開始した。

ポケットから手のひらサイズの円柱型機器を取り出し、ボタンを押すと、勢いよく伸びて飛行ほうきが展開された。

ましろは起動したほうきに腰かけ、イリスがふわりと肩に乗ると、廃ビルに向かって一直線に飛んだ。

廃ビルまで残り五十メートル。ましろは周囲へ鋭く視線を走らせた。

二台の偵察ドローンが周辺を浮遊しているのを捕らえた瞬間、ましろはハンドガンで狙いを定め、迷わず二発放った。

弾丸は正確に機体を撃ち抜き、二台のドローンは火花を散らしながら墜落した。

「イリスは外で待機ね」

「了解」

イリスはましろの肩から飛び立ち、外で待機した。

ましろはほうきに立ち乗りし、バランスを保ちながら、勢いよく廃ビル三階の窓ガラスに向かって突き進んだ。

目の前に迫ると、ほうきを足場に跳び、蹴りで窓ガラスを突き破った。その勢いのまま、廃ビル三階の部屋に飛び込んだ。

ましろが突入した瞬間、部屋にいた四人の男たちは一斉に息を呑んだ。

背の低い男は思わずスーツケースから手を離し、それが床を滑った。

一方、屈強な男二人は即座に反応した。

無言で胸元に手を伸ばし、銃を引き抜く。

ましろへ銃口を向けるや否や、迷わず数発の弾丸を放った。

ましろは身を低くしながら横に跳ね、弾丸を紙一重で躱す。

無駄のない動きで屈強な男二人へと銃口を向け、引き金を引く。

ましろの放った非殺傷弾は、二人の眉間に正確に命中した。

屈強な男たちは気を失い、地面へと崩れ落ちた。

間髪入れず、ましろは背の低い男を狙い、素早く視線を向けた。

しかし、男と目が合った瞬間、ましろは動きを止め、鋭い目つきで睨みつけた。

背の低い男は勝ち誇った笑みを浮かべていた。

その手には、いつの間にか拳銃が握られている。

銃口は、ましろの額へぴたりと向けられていた。

息を呑むような静寂が広がる。

それでも、ましろは一切の動揺を見せなかった。

「死ね!」

背の低い男は微笑みを浮かべたまま、弾丸を撃ち放った。

ましろは反射的に半歩身を引いた。

弾丸が髪をかすめる。

「なに⁉」

 驚愕する暇もなく、ましろはハンドガンを構え、男の眉間に非殺傷弾を撃ち込んだ。

背の低い男は、その場に崩れ落ちた。

一方、やせ型の男は腰を抜かし、床に手をついたまま狼狽していた。

ましろは一瞬銃口を向けたが、すぐに下ろした。

やせ型の男に歩み寄ると、首筋に手刀を打ち込んだ。

男は力なく倒れた。

一段落つくと、イリスがましろのそばに飛んできて、労いの言葉をかけた。

「ましろちゃん、お疲れ様」

ましろはハンドガンをレッグホルスターに収め、ワイヤーガンを手に取った。

ワイヤーガンを気絶した四人に放ち、彼らを拘束した。

「イリス、この四人の素性を調べて」

「了解」

 イリスは拘束された四人を横一列に並べ始めた。

一人ずつ襟首を掴み、ずるずると引きずって並べた。小さな身体で必死に男たちを運ぶ姿は、どこか微笑ましかった。

四人を並べ終えると、イリスは順に視線を走らせた。顔認証や身体特徴の照合を行いながら、彼らの身元情報を検索していく。

その間、ましろはスーツケースを開けた。

中には、金属光沢を放つ赤いパワードスーツが収められていた。昼に戦った男が装着していたものと同型だ。

このパワードスーツは、違法に製造されたものだ。

半年ほど前、パワードスーツ開発企業が何者かにハッキングされ、開発データを盗まれる事件が発生した。

それ以降、しばらく動きはなかったが、先日、違法に製造されたパワードスーツを配っている者がいるという情報をイリスが入手した。

その情報を受け、ましろは今回の任務に当たっていた。

イリスは男たちのデータ照合を終えると、満足そうに頷く。

「よし!」

ましろのそばへふわりと飛んできた。

「データは全部〈フリーデン〉に送ったよ」

ましろは肩の力を抜いた。

「これで任務完了だね。あとは回収班に任せよう」

「うん」

イリスは頷き、ましろの肩に乗った。

 ましろたちが回収班を待っていると、背の低い男が意識を取り戻した。

「……うっ」

ゆっくりと目を開き、ましろたちを見た。

「きっ、きさま……まさか、〈フリーデン〉か⁉」

 その言葉を聞いた瞬間、ましろは瞬時にハンドガンを抜き、銃口を向けた。

 男は確信したように笑った。

「ふははは……! やはりそうか。都市伝説だと思っていたが、どうやら本物のようだな!」

「その名……どこで知ったの?」

ましろは冷徹に尋ねた。その目には鋭さが宿っていた。

 しかし、男は答えず、薄く笑みを浮かべるだけだった。

その表情には、秘密を握った者だけが持つ不気味な余裕が滲んでいた。

ましろは深く息をつき、冷ややかな目を男に向けた。

「まあいい。どうせ、すぐに忘れるから」

「ふふ……俺を殺したとしても、同志たちが――」

男が言い終わる前、ましろは迷わず引き金を引いた。

非殺傷弾が連続して撃ち込まれる。

弾倉が空になると、ましろは静かに銃を下ろした。

男は非殺傷弾を立て続けに受け、そのまま意識を失って倒れ込んだ。

ましろがハンドガンをレッグホルスターに収めたその時、〈フリーデン〉の回収班が到着し、部屋に次々と入ってきた。

その中の一人がましろに歩み寄り、軽く敬礼する。

「お疲れ様でした、ヴァイスさん」

「お疲れ様……それじゃあ、後はお願い」

「はい」

ましろは向き直り、窓に向かって歩いた。

 窓の外で、ほうきが静かに待っていた。

ましろは腰を下ろすと、夜の闇に溶け込むように飛び去った。

月明かりに照らされた姿も、瞬く間に見えなくなった。



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