ましろ&輝夜VSバフォメット
数分後――。
イリスはバフォメットの居場所を特定した。
「……見つけた!」
即座にデータを解析し、ましろへ声をかける。
『ましろちゃん、今から転移ゲートを開くね!』
「分かった!」
ましろは勢いよく立ち上がった。
輝夜も隣に並ぶ。
間もなく、二人の目の前に転移ゲートが現れた。
二人は表情を引き締め、迷いなくゲートの中へ踏み込む。
ゲートを通り抜けた瞬間、無数の高層ビルが立ち並ぶ大都会が広がっていた。
バフォメットは電波塔の頂上に立ち、ましろたちを見据えながら、不気味な笑みを浮かべている。
頭上には『こっちだよー!』という巨大なホログラム文字が浮かび上がり、ましろたちを露骨に挑発していた。
輝夜の眉がぴくりと動く。
「あやつ……調子に乗りおって!」
ましろは背中の大剣を引き抜き、鋭い眼差しを向けた。
「もう同じ手は食わない。今度こそ――斬り伏せる!」
対峙する両者の間に緊張が走る。
街全体が息を潜めたかのような静寂が訪れた。
張り詰めた空気を切り裂くように――。
ましろと輝夜は同時に空を蹴った。
対するバフォメットは、右手を高く掲げる。
頭上に黒い魔法陣が展開された。
その魔法陣へ、禍々しい黒いエネルギーが収束していく。
バフォメットが右手を振り下ろした瞬間、魔法陣から黒い光弾が次々と放たれた。
禍々しい弾幕が空を埋め尽くすように降り注ぐ。
ましろたちは散開し、光弾の隙間を縫うように躱した。
一瞬だけ視線を交わし、互いに頷く。
直後、二人は一気に加速し、左右からバフォメットを挟み込んだ。
ましろは大剣を振り上げ、輝夜は杖を突き出す。
「ふんっ!」
「はっ!」
ましろは大剣を振り下ろし、凄まじい斬撃を繰り出す。
同時に輝夜の杖の先端から、閃光が放たれた。
鋭い斬撃と閃光が空気を切り裂きながら、一直線にバフォメットへ迫った。
バフォメットは余裕の表情を浮かべたまま手を突き出し、バリアを展開する。
半透明の障壁がバフォメットの身体を包み込んだ。
二人の同時攻撃を受け止める。
衝突した瞬間、猛烈な衝撃波が周囲へ炸裂し、高層ビルの窓ガラスが一斉に砕け散った。
間髪入れず、輝夜は閃光を放ち続けた。
やがて障壁に亀裂が走る。一筋だった亀裂は瞬く間に全体へ広がっていく。
余裕を崩さなかったバフォメットの表情が、わずかに歪んだ。
そして、ついに――。
ガラスが割れるような音を立てながら、バリアが砕け散った。
光の破片が宙を舞う。
その瞬間――。
ましろは一気に間合いに踏み込み、低い姿勢から大剣を斬り上げた。
バフォメットは反射的に身を捻り、斬撃を紙一重で躱す。
ましろは流れるように身体を回転させ、その勢いのまま大剣を横薙ぎに振り抜いた。
渾身の一撃を横腹へ叩き込む。
バフォメットは咄嗟に腕で受け止めた。
だが――。
ミシミシッ!
腕が不自然に軋む。
その衝撃で、バフォメットの身体が吹き飛ばされた。
何棟もの高層ビルを貫きながら吹き飛び、最後は地面へ激突した。
凄まじい轟音と共に大地が陥没し、瓦礫が津波のように吹き上がる。
すかさず、輝夜が追撃した。
杖を空へ掲げ、頭上に巨大な魔法陣が展開される。
バフォメットが埋もれる瓦礫の山を鋭く見下ろし、言い放った。
「――絶佳月光!」
魔法陣から極太の閃光が放たれる。
閃光が崩れ落ちたビルを飲み込み、瓦礫が爆散した。
爆煙が周囲一帯を包み込む。
ましろと輝夜は表情を引き締めたまま、煙の奥を睨み続けた。
わずかな沈黙の後――。
ましろは背後の微かな空気の歪みを察知した。
「そこだ!」
振り返りざま、大剣を横薙ぎに振り抜く。
刹那――。
空間が歪み、その中からバフォメットが姿を現した。
現れた瞬間には、もう避けられなかった。
大剣の強烈な一撃が、バフォメットの腹部を深々と斬り裂く。
赤黒い血飛沫が宙に散った。
「ぐっ……!」
バフォメットの表情が苦痛に歪む。
その衝撃で、バフォメットの身体が弾丸のように弾き飛ばされた。
高層ビルの外壁に叩きつけられ、深い亀裂が走る。
輝夜は即座に拘束魔法を放った。
光の鎖がバフォメットへ絡みつき、外壁へ縫い付ける。
追い詰められたバフォメット。
ましろは大剣を振り上げ、輝夜は杖を構える。
大剣が眩く輝き、杖の先端に光のエネルギーが収束していく。
「これで――終わりだ!」
二人は同時に叫んだ。
振り下ろされた大剣から光刃が放たれ、同時に杖から閃光が撃ち放たれる。
二人の必殺の一撃が交差しながら、一直線にバフォメットへ襲いかかった。
炸裂した瞬間、轟音と共に爆風が吹き荒れる。
ビルが崩れ落ち、瓦礫が積み重なった。
爆煙が濃く立ち込め、視界を完全に覆い尽くす。
静寂が訪れた。
配信を観ていた人々は、誰もが決着したと思った。
息を呑み、画面に釘付けになる。
ましろと輝夜は、わずかに表情を緩めた。
だが、次の瞬間――。
ドクン、ドクン!
低く鈍い音が響き渡った。
二人の表情から安堵が消える。再び煙の奥へ視線を向けた。
武器を構え直し、警戒を強める。
やがて爆煙の奥から、灰色の球体が姿を現す。
空中に浮かぶそれは、巨大な心臓のように不気味に脈動していた。
それを見た瞬間、ましろと輝夜の背筋が凍る。
「スノーホワイト!」
「うん!」
二人は素早く構え、灰色の球体に向かって攻撃を繰り出そうとした。
しかし――。
灰色の球体にひびが入り、瞬く間に蜘蛛の巣のように広がっていく。
裂け目から眩い光が溢れ出し、無数のひびが球体全体を覆い尽くした。
直後――球体が弾け、破片が空中に飛び散る。
光の中からゆっくりと現れたのは、進化したバフォメットだった。
体長は二メートルを超えていた。鋼のように鍛え上げられた筋肉。天を突く螺旋角。背中から広がる漆黒の翼。そして――顔の皮膚と筋肉は剥がれ落ち、頭蓋骨が剥き出しになっている。眼窩の奥では赤い瞳が妖しく輝き、その姿は本物の悪魔そのものだった。
圧倒的な禍々しさが、周囲の空気すら震わせていた。
輝夜の目が見開かれる。
「……また、進化したというのか」
ましろは冷静に呟く。
「傷も塞がってる」
バフォメットは、自らの肉体を確かめるようにゆっくり視線を巡らせた。
確認を終えると、静かに掌を開く。
黒い魔法陣から三叉槍が召喚された。
バフォメットは三叉槍を握りしめ、ましろたちを見据える。
赤い瞳が鋭く光った――その瞬間。
バフォメットの姿が掻き消えた。
ましろは咄嗟に身構える。
直後、凄まじい衝撃が炸裂した。
ガギィンッ!
火花が散り、大剣と三叉槍が激突する。
「ぐっ……!」
ましろの表情が歪む。
重い。
進化前とは比較にならない膂力だった。
押し込まれた衝撃で、ましろの身体が弾き飛ばされる。
そのままビルへ叩きつけられ、瓦礫に埋もれた。
間を置かず、バフォメットの周囲に無数の魔法陣が展開される。
「貫け!」
輝夜の鋭い声が響いた。
魔法陣から光弾が一斉に放たれる。
無数の光弾が、逃げ道を塞ぐように迫った。
バフォメットは三叉槍を高速で旋回させた。
迫る光弾が次々と弾き返される。
「なっ――!」
弾かれた光弾が炸裂し、周囲のビルが崩壊した。
次の瞬間には、バフォメットが輝夜の眼前にいた。
間髪入れず、三叉槍を振り下ろす。
輝夜は咄嗟に杖で受け止めるが、衝撃で吹き飛ばされる。
そのまま道路へ激しく叩きつけられた。
S級プレイヤー二人が一方的に圧倒される光景に、配信を観ていた人々は悲鳴を上げた。
『そんな!』
『嘘だろ……!』
『強すぎる……!』
バフォメットは空中に浮かびながら、愉快そうに二人を見下ろした。
その時だった。
瓦礫の中から、一筋の光が迸る。
バフォメットの笑みが消えた。
瓦礫を掻き分けながら、ましろはゆっくりと立ち上がる。
身体に積もった瓦礫を払い落とし、バフォメットへ目を向けた。
「なるほどね……」
少し遅れて、輝夜も立ち上がる。
口元の血を拭いながら、バフォメットを睨みつけた。
「さっきまでとは、別物のようじゃな」
二人は全身に傷を負いながらも、その瞳から闘志は消えていなかった。
バフォメットは不気味に嗤う。
ましろと輝夜は武器を構え直した。
空気が張り詰める。
冷たい風が頬を刺した。
崩れた瓦礫が地面へ激突した次の瞬間――。
三人が一斉に動く。
三筋の閃光が空中を駆け抜け、激しく衝突する。
ましろとバフォメットが正面からぶつかった。
刺突、薙ぎ払い、叩き付け――嵐のような連撃が容赦なく襲いかかる。
槍撃はさらに速度を増し、一撃ごとの衝撃が重くなる。
ましろは大剣を振るい、槍撃を逸らす。
激突するたびに甲高い音が鳴り響き、火花と衝撃波が周囲へ炸裂した。
ましろは横を一瞥し、素早くその場を跳び退く。
三叉槍が空を切った。
バフォメットは踏み込みかけた瞬間、鋭く横を振り向いた。
輝夜が杖を構え、魔法陣を展開している。
「凍てつけ!」
魔法陣から無数の光弾が放たれた。
青い軌跡が空中を切り裂く。
バフォメットは翼を羽ばたかせ、爆発的な速度で後方へ跳んだ。
だが、光弾は軌道を曲げ、バフォメットを追尾する。
バフォメットは急降下し、地面ギリギリを這うように飛びながら、光弾を紙一重で躱していく。
青白い閃光がバフォメットをかすめ、次々と炸裂した。
地面に着弾した瞬間、凄まじい冷気が周囲へ広がり、透き通る氷の結晶が咲き乱れる。
一発がバフォメットを捉えた。
凄まじい冷気が全身を包み込み、瞬時に氷塊へ変える。
だが、氷塊は一瞬で内側から砕け散った。
バフォメットは何事もなかったかのように姿を現す。
輝夜を鋭く見据え、指先を突きつける。
指先から黒い閃光が放たれた。
輝夜は防御魔法を展開し、黒い閃光を受け止める。
衝突した瞬間、凄まじい爆発が広がった。
爆煙が周囲を包み込み、視界を完全に塞ぐ。
次の瞬間――。
爆煙を突き破り、バフォメットが飛び出した。
三叉槍を突き出し、一気に輝夜へ迫る。
輝夜は杖に魔力を流し込む。
杖が光を帯び、槍の一撃を真正面から弾いた。
「残念だったな。わらわは近接戦も心得ておる」
輝夜は不敵に言い放った。
そこへ――。
ましろが一気に間合いを詰め、背後から大剣を振り下ろす。
「ふんっ!」
バフォメットは槍を押し込み、輝夜を弾き飛ばす。
瞬時に漆黒の翼を大きく広げ、巨大な盾のように展開した。
ガキィィン!
翼と大剣が激突し、金属のような鋭い音が響き渡る。
バフォメットは振り向きざまに、三叉槍を横薙ぎに振るった。
ましろは身体を沈めて回避する。
低い姿勢のまま踏み込み、大剣を斬り上げた。
バフォメットは咄嗟に身体を反らす。
後方宙返りで距離を取った。
すぐに体勢を立て直し、次に備える。
だが――。
バフォメットは気配を察知し、鋭く視線を上げた。
頭上で杖を突き出す輝夜の姿を捉える。
輝夜は冷徹に言い放つ。
「穿て!」
極太の閃光が一直線に降り注いだ。
バフォメットは翼を大きく広げる。
閃光が直撃し、漆黒の翼と莫大な魔力が激しくぶつかり合った。
バフォメットは地面へ叩きつけられながらも、必死に踏ん張る。
足元が沈み込み、蜘蛛の巣状に亀裂が走った。
「グォォォッ!」
バフォメットは身動きが取れぬまま咆哮する。
その隙を逃さず、ましろが地を蹴った。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
全身全霊の一撃。
バフォメットは咄嗟に槍を構え、大剣を受け止めようとした。
だが、その瞬間――。
閃光が奔る。
白銀の軌跡が空間を切り裂き、バフォメットの身体を真っ二つに断ち裂いた。
強靭な肉体が大きく裂け、血が噴き出す。
バフォメットは数歩よろめきながらも、不気味に口元を歪めた。
斬り裂かれた部分から、ゆっくりと崩れ始める。
ましろと輝夜は警戒を解かぬまま、その様子を見つめた。
やがて、崩れ落ちるバフォメットの身体が、空気に溶けるように霧散する。
沈黙。
崩れた瓦礫の音だけが静かに響く。
消滅を見届けた後、二人はようやく肩の力を抜き、深く息を吐いた。
輝夜が地上に降り立ち、声をかける。
「やったな!」
「うん!」
二人は満面の笑みを浮かべ、軽くグータッチを交わした。
その表情は、達成感に満ち溢れている。
配信を観ていた世界中の人々から、次々とお祝いコメントが送られてきた。
『スゲー!』
『おめでとう!』
『最高だった!』
『結婚しよう!』
だが――。
称賛コメントの中に、一つだけ不穏なコメントが混じっていた。
『まだ……おわってないよ!』
次の瞬間――。
周囲の空気が一瞬で張り詰める。
二人の背筋を、底知れぬ悪寒が駆け抜けた。
「――っ!」
二人は咄嗟に振り向く。
視界いっぱいに、黒い閃光が迫っていた。
さらにその奥――。
電波塔の頂上に、バフォメットが静かに立っていた。
口元を歪め、二人を見下ろしている。
直後、漆黒の奔流が炸裂した。
二人は反射的に跳び退く。
だが――。
轟音と共に閃光が弾け、猛烈な衝撃波が広がった。
ましろと輝夜の身体が弾き飛ばされる。
「きゃああっ!」
「ぐっ……!」
二人はビルの外壁を突き破り、幾重もの壁を貫通しながら内部へ叩き込まれた。
コンクリートが砕け、ガラス片が宙を舞う。
配信画面が大きく揺れ、コメント欄が一瞬で埋め尽くされた。
『えっ⁉』
『何が起きたの⁉』
『今の攻撃……まさか……!』
間髪入れず、漆黒の閃光が容赦なく放たれる。
豪雨のような閃光が降り注ぎ、爆音と共に大地が激しく揺れた。
ビル群が爆炎に飲み込まれ、次々と崩壊していく。
攻撃が止むと、静けさが広がった。
周囲一帯は瓦礫の山と化し、濃密な砂塵が街を覆う。
バフォメットは無言のまま、崩壊した街を見渡した。
その後、転移ゲートを開き、迷わず踏み込んだ。
バフォメットの気配が消え、街に不気味な静寂が広がる。
コメント欄が騒然となった。
『えぇぇぇぇぇえええ⁉』
『なんで、あいつがまだ生きてるの⁉』
『てか、どこ行った⁉』
『それより、スノーホワイトとシャインナイトは⁉』
『負けちゃったの⁉』
観戦者たちが、固唾を呑んで画面を見つめる。
その時だった。
崩れ落ちた瓦礫の音が響く。
ましろは歯を食いしばりながら、瓦礫を押し退けた。
荒い呼吸のまま、声を絞り出す。
「シャインナイト、大丈夫?」
「ああ……」
輝夜も瓦礫の山から這い出し、息を荒げる。
コメント欄に安堵の声が溢れ出した。
『無事でよかった!』
『心配したよ!』
輝夜は呼吸を整えながら、眉をひそめる。
「それより……なぜ、奴が生きている⁉」
ましろは視線を鋭くしたまま呟いた。
「……多分、さっき倒したのは――コピー体」
コメント欄がざわつく。
『は⁉』
『コピー⁉』
『嘘だろ……』
『いつの間に⁉』
輝夜が杖を強く握りしめる。
「小癪な真似を……!」
悔しそうに唇を噛みしめた。
ましろは周囲を見渡す。
「あいつ……また、どこかへ移動したみたいだね」
「すぐに追いかけるぞ!」
「うん!」
二人は再び立ち上がる。
まだ終わっていない。
二人の瞳に、再び闘志が宿った。
ましろはイリスに声をかける。
「イリス、バフォメットの居場所が分かったら、転移ゲートをお願い」
『……』
イリスからの返事がない。
「イリス……?」
『……』
「イリス!」
数秒後、ようやく返答が返ってきた。
『ま、ましろちゃん……た、大変なことが……!』
その声は震えていた。
ましろは焦ったように声を上げる。
「どうしたの⁉」
『今……色神に向けて……核ミサイルが……発射された!』
「なっ――!」
『着弾まで……たった十分しかない!』
ましろの思考が、一瞬止まった。
その時――。
空中にノイズが走り、巨大なホログラム映像が投影される。
そこには、闇に包まれた空間に浮かぶバフォメットの姿が映っていた。
ましろと輝夜。そして配信を観ていた世界中の人々。全ての視線が、ホログラムの中のバフォメットへ向けられた。




