『怪獣狩り』
翌日、午前十時過ぎ。
ましろは目を覚ました。
朝食を取り、家事を済ませながらのんびりと過ごした。
気がつけば正午になり、ましろはイヤホン型デバイスを装着し、ソファへ腰を下ろす。
目を閉じ、「コネクト・オン」と呟いた。
意識はデジタル空間へと移り、白い空間に並ぶゲームの中から『怪獣狩り』を選択する。
数秒後――。
ましろは『怪獣狩り』のロビーへ降り立っていた。
正面には木造の重厚な受付カウンターがあり、その横には掲示板や巨大スクリーンが並んでいる。
スクリーンには怪獣との激戦や討伐の様子が映し出され、ロビーは熱気に包まれていた。
筋骨隆々の戦士、白銀の鎧をまとった勇者、美しいエルフ――様々な姿のプレイヤーたちが賑やかに談笑している。
ゲーム内でのましろは、重厚な大剣を背負った剣士――プレイヤーネームは『スノーホワイト』。
「よし!」
ましろは気合を入れた後、周囲を見渡した。
「輝夜は、まだか」
掲示板へ向かい、ずらりと並ぶクエスト一覧を見つめながら待つ。
掲示板にはランクごとに分類されたクエストが並んでいた。
ましろは最高位であるS級プレイヤーだ。ほぼすべてのクエストへ挑戦できる。
「おっ! このクエスト、面白そうかも!」
クエスト内容に目を通していると、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「待たせたな、スノーホワイト!」
振り返ると、そこには魔法使いの輝夜が立っていた。
先端の折れ曲がった鍔広のとんがり帽子をかぶり、膝下まで届く黒いローブをまとっている。焦げ茶色のブーツを履き、木製の杖を手にしていた。
プレイヤーネームは『シャインナイト』。ましろと同じSランクプレイヤーだ。
ましろは嬉しそうに声を弾ませた。
「シャインナイト!」
「準備はできておるか?」
「バッチリだよ」
「では、参るか」
「うん」
二人は受付へ向かい、イベントクエストへ申し込む。
次の瞬間、二人の身体が眩い光に包まれる。
景色が歪み、ロビーの喧騒が遠ざかっていった。
数十分後。
ましろと輝夜は、孤島に現れた二体の怪獣――『バッタン星人』、『ザットン』と激しい戦いを繰り広げていた。
バッタン星人は両手のハサミから光弾を乱射し、ザットンは灼熱の火球を放った。
轟音と共に、無数の閃光が空中を埋め尽くす。
「フォッフォッフォッフォ……」
「ザットーン……」
二体の不気味な唸り声が響き渡った。
ましろは空中を駆けるように飛び回り、迫る光弾を紙一重で躱していく。
輝夜は杖を構え、魔力弾を撃ち放った。
バッタン星人とザットンはバリアを張り、魔力弾を受け止める。
魔力弾が激しく弾け、光の粒子が飛び散った。
輝夜は間髪入れず、次々と魔力弾を放つ。
すると、二体のバリアに亀裂が走り、徐々に広がっていく。
輝夜は不敵な笑みを浮かべた。
「クックック……そろそろ終わりにしてやろう。食らうがいい。これが、わらわのとっておきだ!」
魔法の杖を空に掲げ、力強く詠唱した。
「光よ、我が願いに応えよ。天の輝き、我が手に宿り、光の刃で悪を斬り裂け。天より降り注ぎ、全てを無に還せ!」
頭上には巨大な魔法陣が展開され、膨大な光のエネルギーが収束していく。
輝夜の瞳が鋭く光る。
「――絶佳月光!」
そう言い放ち、杖を勢いよく振り下ろす。
魔法陣から極太の閃光が降り注いだ。
光の奔流は二体を守るバリアへ直撃し、凄まじい衝撃波を巻き起こす。
バリアは粉々に砕け、破片が宙を舞った。
その瞬間、輝夜は叫ぶ。
「今だ!」
ましろは即座に動いた。
大剣を大きく振りかぶり、間合いを詰める。
「はぁあああああ!」
渾身の横一閃が白銀の軌跡を描き、二体の巨体をまとめて斬り裂いた。
怪獣の身体は砕け散り、無数の光の粒子となって空へ溶けるように消滅した。
ましろと輝夜は視線を交わし、互いに笑みを浮かべる。
怪獣の痕跡が完全に消えると、空中に「クエストクリア!」の文字が浮かび上がった。
同時に、クラッカーの音と共に色鮮やかな花火が空へ打ち上がる。
光と音の祝福が空間全体を包み込んだ。
音が収まると、AIの女声アナウンスが響く。
「クエストクリア、おめでとうございます、スノーホワイト様、シャインナイト様」
一拍置き、続けて言った。
「それでは、こちらがクリア報酬のアイテムでございます」
アナウンス後、島の中心部に金色の宝箱が出現した。
二人は宝箱の前へ降り立った。
レアアイテムへの期待に胸を躍らせながら歩み寄り、宝箱へ手を伸ばす。
蓋を開けると、眩い光が溢れ出した。
二人は目を細め、腕で光を遮りながら宝箱の中を覗き込む。
その中には、銀色の細長い円柱状のカプセルが収められていた。
二人は顔を見合わせ、揃って首を傾げた。
「なに、これ……?」
「さ、さあな……」
ましろはカプセルを手に取り、じっくり観察した。
軽く振ったり、空へ掲げたりしてみたが、カプセルは全く反応しない。
「どうやって使うんだろう?」
アイテム検索をかけても、カプセルに関する情報は一件もヒットしなかった。
「おかしいなぁ……」
しばらく探した後、ましろは切り替えた。
「まあ、いっか。後で運営さんに聞こう」
「そうだな」
ましろはカプセルを大事そうに懐へしまう。
二人はメニューを開き、ロビーへと転移した。
二人がロビーへ戻った瞬間、周囲のざわめきがぴたりと止まった。
ロビーの視線が一斉に二人へ向けられる。
次の瞬間、数名のプレイヤーが同時に動き出し、二人の元へ駆け寄った。
「あのレベルをたった二人で攻略するとは……さすがS級!」
「今回の討伐も素晴らしかったです」
「アメイジング!」
「ブラボー!」
「マーベラス!」
数々の称賛の声が飛び交い、ロビーは拍手と歓声に包まれた。
「あはは、どうもありがとう」
ましろは少し照れながら、笑顔で答える。
「わらわの手にかかれば、この程度造作もない」
輝夜は誇らしげに胸を張った。
ロビーはより一層盛り上がりを見せた。
一方その頃――。
ネット空間の片隅に突如、小さな灰色の卵が現れる。
無数のバグが集積し、それは生まれた。
ドクン、ドクン。
卵は脈打つように揺れ、不気味なオーラに包まれていた。
一分後、表面に亀裂が走る。
次第にひび割れが大きくなり、やがて、小さくて可愛らしい灰色のヤギの赤ちゃんが生まれた。
それは、一匹のコンピューターウイルスの誕生だった。
生まれたばかりのそれは、空腹に耐えきれない様子で、近くに漂っていたデータへ飛びつく。むしゃむしゃと頬張るように、休むことなく貪り続けた。
わずか数分で、コンピューターウイルスは膨大なデータを吸収し、新たなアルゴリズムを次々と獲得していく。
身体は一回り大きくなり、灰色の身体には、回路にも血管にも見える淡い光の紋様が浮かび上がっていた。
その異質な存在に、まだ誰一人気づいていない。
その後も、コンピューターウイルスは好奇心旺盛な子どものように、世界中のネットワークへ侵入し、急速に成長していった。
そして――。
無数のネットワークを渡り歩いた末、その興味は一つの街へ向けられた。
ましろたちの住む街、『色神』である。
灰色の瞳がきらりと輝く。
好奇心に導かれるまま、その小さな身体は街のメインサーバーへ飛び込んだ。




