混乱する街
コンピューターウイルスが街のサーバーへ侵入した瞬間、監視AIが異常反応を検知した。
即座に、ウイルスハンターが投入される。
ハンターたちは防護スーツをまとい、銃を構えながらコンピューターウイルスの元へ向かった。
子ヤギの姿を捉えた瞬間――。
ハンターたちは容赦なく引き金を引いた。
凄まじい銃火が炸裂する。
連続する爆発が地面を抉り、周囲は瞬く間に爆煙に包まれた。
やがて一度攻撃を止め、煙の奥をじっと見据える。
煙が晴れる。
だが――そこに子ヤギの姿はなかった。
子ヤギはいつの間にか、ハンターたちの背後へ回り込んでいた。
刹那、子ヤギの瞳が妖しく光る。
背後から飛びかかった。
鋭い角が一直線に突き出され、ハンターの胸を貫く。
ハンターの身体が、光の粒子となって砕け散った。
空中に舞う粒子を、子ヤギは貪るように吸い込む。
灰色の身体がわずかに膨れ上がった。
すぐさま次のハンターを狙う。
歯をむき出しにし、次々と襲いかかった。
一人喰らうたびに、その動きはさらに鋭くなっていく。
もはやハンターでは太刀打ちできなかった。
ハンターたちを喰らい尽くした瞬間、子ヤギの身体が眩く発光した。
骨格が軋み、肉体が膨張する。その姿は瞬く間に成獣へと変貌した。
ただのヤギではない。
口元には鋭い牙が並び、身体は牛ほどの大きさまで巨大化していた。
成長したウイルスは満足そうに微笑む。
街を管理するあらゆるシステムへ侵入すると、街全体を弄ぶように暴れ始めた。
その頃、現実世界――。
街の異変にいち早く気づいたのは、イリスと〈フリーデン〉の超AI『テュール』だった。
イリスは〈フリーデン〉本部へ自身のデータを転送し、ホログラムの身体を構築すると司令室へ向かった。
司令室の扉をすり抜けた瞬間、イリスの視界に異様な光景が広がる。
緊急アラートが鳴り響く。
通信障害、システム侵害、交通制御異常――街中から次々と報告が押し寄せ、司令室は騒然としていた。
ディスプレイにはエラーメッセージと共に、混乱した街の様子が映し出される。
遊園地では観覧車やコーヒーカップ、メリーゴーラウンドの制御が奪われ、凄まじい速度で回転し始めた。
アトラクションに乗る子どもたちは、「キャハハハハ!」と楽しそうに笑っていた。
しかし、それを見守る親たちの顔は恐怖と不安で青ざめていた。
気象庁のシステムもコンピューターウイルスに乗っ取られ、天気予報がでたらめになっていた。
お天気キャスターのお姉さんは、いつも通りに予報を読み上げる。
「えー、今後の天気予報ですが……色神駅周辺では、間もなく“アメ”が降る見込みです。味はイチゴ、オレンジ、ブドウなど……ぜひ拾って、お楽しみくださ――」
彼女は言葉を止め、一瞬硬直した。
「えぇえええええ! 何ですか。これ⁉」
奇妙な天気予報に困惑する。
直後、ディスプレイの映像が勝手に切り替わり、色神駅前広場の映像が映し出された。
駅前広場では、天気予報を信じた子どもたちが空に手を掲げ、アメが降るのを心待ちにしていた。
やがて、上空に配達ドローンが飛んでくる。
機体には、段ボール箱が吊り下げられていた。
先頭のドローンが上空で停止する。
すると各方面から次々とドローンが飛来し、瞬く間に数十機が集結した。
次の瞬間、段ボール箱の底部が一斉に開く。
中から無数の個包装のアメが飛び出し、雨のように降り注いだ。
まるで夢のような光景だった。
子どもたちは歓声を上げながら、競うようにアメを拾い始める。
「ぼくはイチゴ!」
「わたしはオレンジ!」
声を弾ませるその姿は、微笑ましい。
その光景をディスプレイ越しに観ていたキャスターたちは、ただ呆然と口を開けたまま立ち尽くしていた。
混乱はそれだけではない。
完全自動運転車、飛行車、バス、電車、リニア新幹線、飛行機、船――。
街の交通システムは軒並み機能不全に陥っていた。
時刻表は改竄され、電車は無作為に緊急停止を繰り返す。
飛行車は上空で立ち往生し、飛行機は離陸できないまま滑走路を延々と走り続けていた。
さらに、決済システム、医療システム、防犯システム、エネルギー供給システムなど、あらゆるシステムがウイルスの攻撃を受けていた。
色神の街は混乱に包まれ、人々は次々とパニックに陥っていく。
イリスは目を見開き、即座に尋ねた。
「一体何が起きているの⁉」
テュールの声が耳に響く。
『コンピューターウイルスが街の中枢システムに侵入した。迎撃用のウイルスハンターを投入したが返り討ちに遭った。奴はあらゆるデータを吸収し、急速に成長。現在、街全域のシステムへ侵入して暴走させている』
イリスは一瞬考え込んだ後、小さく頷いた。
「分かった。私もサポートするから、早く混乱を収めるよ」
『ああ!』
イリスとテュールは街の中枢システムに飛び込み、暴走を止めるために奔走した。
エージェントたちは各現場へと向かい、混乱する人々の救助と誘導に当たった。
同時刻――。
ロートは色神駅前広場に到着し、その光景に目を疑った。
「チッ……何がしてぇんだ……」
苛立ちを浮かべ、口元が歪む。
警戒しながら様子を見ていたその時――。
ロートは、空気がわずかに変わったのを感じ取った。
上空で静止する数十機のドローンを見据える。
その瞬間、ドローンの挙動が突如狂い始め、子どもたちの頭上を高速で飛行し始めた。
異常事態に気づいた親たちは、慌てて子どもの手を引き、屋根のある安全な場所に避難した。
自ら異変に気づき、避難する子どももいる。
だが、アメを拾うのに夢中で上空を見ていない子どもが、まだ五人いた。
ロートは即座に状況を理解すると、子どもたちの元へ迷いなく飛び込んだ。
猛烈な勢いで駆け寄ると、子どもを抱きかかえ、すぐに次の子どもの元へ向かう。
両腕に二人ずつ抱え上げると、瞬く間に四人を安全圏へ運び込んだ。
四人を降ろし、ロートは振り返る。残る一人の少女に目を向けた。
その時だった。
暴走した一機のドローンが、まるで狙いを定めたかのように少女へと急降下する。
ロートは踏み込み、爆発的な勢いで一気に距離を詰めた。
間一髪で少女を抱きかかえ、身構える。
ドローンはすでに目の前まで迫っていた。
ロートの右足が弧を描き、高く振り上げられる。
放たれた鋭い蹴りが、ドローンへ炸裂した。
破片が宙を舞い、ドローンは火花を散らしながら墜落する。
直後――。
背後からさらに二機の暴走ドローンが襲いかかった。
ロートは素早く身体を捻り、回し蹴りを叩き込む。
迫るドローンを蹴り飛ばし、粉々に吹き飛ばした。
鋭い目つきで周囲を見渡す。
気づけば、数十機のドローンがロートを取り囲んでいた。
赤いセンサーが獲物を狙う捕食者のように妖しく光り、周囲に異様な殺気が漂う。
次の瞬間、ドローンが一斉に動いた。
ロートは少女を抱き寄せ、軽快な身のこなしでドローンの突進を躱す。
回避した瞬間、間髪入れずに蹴りを叩き込み、次々とドローンを破壊していった。
最後の一機を蹴り飛ばすと、ロートは深く息を吐き、少女に視線を落とした。
少女の頭をそっと撫でながら、優しく声をかける。
「わりぃ……怖い思いをさせちまったな……」
少女はゆっくりと顔を上げた。
「お兄ちゃん、かっこいい!」
少女の瞳は輝き、真っ直ぐロートを見つめる。
「……は?」
ロートは呆気に取られ、言葉を失った。
少女はロートの腕から飛び降りると、ポケットからアメを取り出した。
「はい、これあげる」
満面の笑みでアメを差し出す。
「お兄ちゃん。助けてくれてありがと!」
「お、おう……サンキュー」
ロートは照れ隠しのように視線を逸らしながら、アメを受け取った。
イリスやテュール、そしてエージェントたちの迅速な対応により、大規模な被害こそ防がれていた。
だが、この状況を長く維持できるほど甘くはなかった。
早く大元を見つけて倒さなければならないが、未だにコンピューターウイルスの居場所を掴めないでいた。
その頃――。
コンピューターウイルスは、ネットの海を漂う中で一つの巨大なデータ空間を見つけた。
『怪獣狩り』――。
世界中のプレイヤーが熱狂する人気ゲーム。
無数の歓声と興奮が飛び交うその世界に、ウイルスは興味を示した。
子どものように目を輝かせる。
そして何の迷いもなく、そのサーバーへ飛び込んだ。




