ましろVSジョーカー
倉庫街の一角――激しい爆音が響き渡り、空気が震えた。
ましろはハンドガンを構え、連続で弾丸を放つ。
ジョーカーはその軌道を見極め、柔軟な身のこなしで回避する。
華麗なステップを踏みつつ、ポケットからボールを取り出し、指で弾き飛ばした。
ボールが空気を裂き、一直線にましろへ迫る。
ましろは跳び退いて回避する。
ボールが地面に着弾し、爆散した。
瓦礫が舞い上がる。
ましろは冷静に呟いた。
「一発でも当たったら、やばそうだね」
着地と同時に、無数のボールがましろへ迫った。
ましろは迷わず引き金を引き、飛来するボールを次々と撃ち抜く。
空中で爆発が連鎖し、激しい爆風が周囲へ吹き荒れた。
ジョーカーは不敵な笑みを浮かべる。
ましろは素早くマガジンを交換し、ジョーカーを鋭く見据えた。
一瞬だけ、戦場に静寂が訪れた。
空気が張り詰め、冷たい風が二人の間を吹き抜ける。
硝煙のにおいが鼻を突いた。
次の瞬間――。
ジョーカーは地面を砕く勢いで蹴り、距離を詰める。
ましろは連続で非殺傷弾を撃ち放った。
だが、ジョーカーは素早い身のこなしで躱しながら、一気に踏み込む。
間合いに入ると、ジャグリングナイフを振り下ろした。
ましろは腰のナイフを引き抜き、受け止める。
ガキィンッ!
鋭い音が響き渡り、火花が散った。
間を置かず、ジョーカーは次々と斬撃を繰り出す。
ましろはその剣筋を正確に見切り、最小限の動きで連撃を受け流していく。
二つの刃が交錯するたび、衝撃が地面を走り、亀裂が生じた。
ジョーカーの口元が不気味に歪む。
「近接戦も悪くない。なら――」
ジョーカーは後方へ跳び退き、距離を取る。
「次はこれでどうだ?」
どこからともなくビックリ箱を取り出し、それを空中へ無造作に投げた。
直後――。
ボンッ!
爆音と共に箱が弾ける。
色鮮やかな紙吹雪が舞い上がり、白煙が立ち昇った。
煙の奥から、不気味に笑う九体のピエロ人形が姿を現した。
ピエロナイフを握りしめ、カタカタと首を揺らしている。
「行け」
ジョーカーが低く呟くと、九体のピエロ人形が一斉に突撃した。
奇声を上げながらましろを囲い込み、四方から刃を閃かせる。
ましろは軽快な身のこなしで躱しながら、避けきれない斬撃をナイフで弾き返した。
だが、途切れることなく繰り出される斬撃により、防戦一方へと追い込まれていく。
ジョーカーの口元が吊り上がる。
「さあ――いつまで耐えられるかな?」
ジョーカーは腕を組み、悠然と見守った。
一体のピエロ人形が、ましろの背後から飛びかかる。
ましろは素早く振り返り、ナイフを一閃した。
閃光がピエロ人形の身体を斬り裂く。
刹那――。
ピエロ人形が眩く発光する。
次の瞬間、爆発した。
爆風がましろの身体を揺さぶり、わずかに体勢が泳ぐ。
「くっ……!」
その隙を突き、ジョーカーは指を鳴らした。
残り八体のピエロ人形が一斉にナイフを投げ捨て、狂ったような笑い声を上げながらましろへ飛びかかる。
逃げ道を塞ぐように、四方八方から迫った。
ましろは咄嗟にハンドガンを構えるが、間に合わない。
ピエロ人形が連続で炸裂し、爆炎と共に衝撃波が広がった。
黒煙が立ち昇り、ましろの身体を飲み込む。
爆発が収まると、静寂が訪れた。
ジョーカーは勝利を確信したかのように微笑み、煙の奥をじっと見据える。
視界が晴れると、黒い特殊合成繊維に守られたましろの姿が現れた。
ジョーカーの目が見開かれる。
「なに⁉」
やがて音を立てながら、黒い繊維は元のバッグの形状へ戻った。
その瞬間――。
ましろは素早く身を起こし、ジョーカーへ照準を合わせ、弾丸を撃ち放った。
ジョーカーはその場から一歩も動かない。
ジャグリングナイフを閃かせ、迫る弾丸を弾き飛ばした。
そして、余裕たっぷりに言った。
「きみ、やっぱり面白いね。久しぶりに楽しくなってきたよ」
「私は全然楽しくない」
ましろは銃口を向けたまま、言い放つ。
「だから――次は、外さない!」
矢継ぎ早に引き金を引いた。
ジョーカーは笑みを浮かべたまま、迫る弾丸を軽快な動きで躱す。
自在に地を駆け回るジョーカーの指の間には、いつの間にか何十枚ものトランプカードが挟まれていた。
それを扇状に広げ、指を弾いた瞬間、無数のカードが空中へ放たれる。
弾丸の隙間をすり抜け、鋭くましろに飛来した。
ましろは即座に後方へ跳ぶ。
鋭利なカードが地面へ突き刺さった。
ジョーカーはさらに大量のカードを放つ。
それらは空間を埋め尽くすように広がり、一斉に襲いかかった。
「次から次へと……本当に面倒だね」
ましろはうんざりしたように呟き、ハンドガンを構える。
照準を合わせ、次々と弾丸を放った。
放たれた弾丸がカードを撃ち抜いていく。
マガジンを交換した、その一瞬の隙を突き――。
ジョーカーはましろの横合いへ滑り込んだ。
すかさず、カードを弾き飛ばす。
カードが空気を切り裂きながら迫った。
ましろは振り向きざまにナイフを閃かせる。
火花を散らしながら、飛来するカードを弾き落とした。
だが――。
ジョーカーは一瞬で背後へ回り込み、ジャグリングナイフを振り下ろす。
振り向く暇すらなく、ましろは反射的にナイフを掲げ、間一髪で受け止めた。
しかし――。
ジョーカーの強烈な蹴りが横腹へ叩き込まれる。
ミシミシッ
肋骨が軋む。
「ぐっ……!」
ましろの身体は宙を舞い、勢いよく倉庫の壁に叩きつけられた。
ジョーカーの攻撃は止まらない。
「まだまだぁ……!」
ジョーカーはすかさず爆弾ボールを握りしめ、容赦なく弾き飛ばした。
爆弾ボールが連鎖的に炸裂し、凄まじい爆風が吹き荒れる。
倉庫が崩れ落ち、瓦礫が無秩序に積み重なった。
煙と風塵が漂う倉庫跡を、重い静寂が包み込んむ。
ジョーカーは満足そうに微笑みながら、瓦礫の山を見据えた。
やがてガサガサと音が微かに響き、瓦礫が揺れる。
ましろは瓦礫を押し退け、傷だらけの身体を起こした。
服の一部は黒く焦げている。
「イタタ……」
腰を押さえながら、ゆっくり体勢を整えた。
深く息を吐き、砂埃と焦げ跡を払う。
「よしっ!」
気合を入れ直すように拳を握り、周囲を見渡す。
「あーあ……派手に暴れちゃって」
ジョーカーに視線を向け、呆れたように言った。
「……殺し屋なんだから、もう少しスマートにできないの?」
ジョーカーは静かに答えた。
「プロの殺し屋は、標的を確実に仕留める。手段など選ばない」
「ふーん、そうなんだ」
ジョーカーはましろをじっと見つめ、冷静に分析した。
「……平然としているようだが、相当ダメージを受けているな。立っているのもやっとだろ?」
ましろは答えなかった。わずかに眉をひそめる。
ジョーカーの口元が不気味に歪んだ。
「そろそろ決着をつけよう」
挑発的に言い放ち、二本のジャグリングナイフを交差させる。
刃先が光を反射して、鋭く閃いた。
少し間を置き、ましろは口を開く。
「……お前の奇術は、もううんざりだ」
静かに銃口を向け、冷徹に言い放つ。
「次で――終わらせる!」
再び空気が張り詰め、二人は対峙した。
倉庫の瓦礫が崩れ、地面に落ちて砕け散った瞬間――。
二人は同時に動いた。
ジョーカーは爆弾ボールを弾き飛ばし、ましろは弾丸を撃ち放つ。
ボールと銃弾が空中で衝突し、爆発が連鎖する。
煙が瞬く間に立ち込め、視界が遮られる。
ましろは視線を走らせ、警戒しつつ身構えた。
次の瞬間、トランプカードが放物線を描きながら左右から迫る。
同時にジョーカーが煙を切り裂き、正面から一直線に突っ込んできた。
三方向からの一斉攻撃が、ましろへ襲いかかる。
ましろは一歩も退かない。
真正面から踏み込んでカードを躱しつつ、間合いへ入り込む。
そのまま鋭くナイフを一閃した。
ジョーカーはジャグリングナイフを振り下ろし、二つの刃が衝突する。
甲高い音と共に、火花が散った。
ジョーカーは攻撃を畳みかける。
二本のジャグリングナイフが閃き、カードが空を裂き、爆弾ボールが連続で炸裂した。
息つく暇もなく、多彩な攻めが絶え間なく繰り出される。
それでもましろは全てを捌き続けた。
ナイフで斬撃を受け流した直後、迷いなく弾丸を撃ち返す。
激しい衝撃が地面を砕き、倉庫街全体を震わせた。
ジョーカーの猛攻が、次第にましろを追い詰めていく。
重い斬撃を受け止めた瞬間、ナイフの刃が砕け散った。
さらに、鋭い斬撃が肩をかすめる。
ましろは痛みに顔をしかめた。
その隙を突き、ジョーカーは蹴りを叩き込む。
蹴りがましろの手首を捉え、ハンドガンを弾き飛ばした。
間髪入れず、ジョーカーは一瞬で背後へ回り込む。
「これで終わりだ!」
二本のジャグリングナイフを同時に振り下ろした。
ましろは反射的に身体を捻り、振り向きざまに回し蹴りを放つ。
靴底と刃が衝突し、二人の身体は弾けるように後方へ吹き飛んだ。
互いに踏みとどまると、すぐに体勢を立て直す。
ジョーカーは余裕たっぷりに言い放った。
「もう諦めろ。一瞬で楽にしてやる」
ましろは答えず、打開策を練った。
(銃を拾う隙はない。予備のナイフもなくなった。くっ、どうすれば……!)
頬を冷や汗が流れる。
息が詰まりそうな沈黙の中、微かなプロペラ音がましろの耳を打つ。
空を見上げると、小型ドローンが日本刀を抱え、こちらに向かって飛んでくる。
「あれは……」
ましろの脳裏に、イリスの姿が浮かぶ。
「イリスか……!」
少し遅れて、ジョーカーもドローンの存在に気づいた。
ほんの一瞬、その視線が空へ逸れる。
その瞬間、ましろは地を蹴った。
間合いを詰め、掌打を繰り出す。
ジョーカーは咄嗟にジャグリングナイフを交差させて受け止めた。
衝突と同時に、ジョーカーの身体が弾き飛ばされる。
生まれた一瞬の隙を逃さず、ましろは飛来するドローンへ向かって力強く跳躍した。
刀の鞘を掴み取ると、空中で引き抜き、軽やかに着地する。
刀身が光を反射して煌めく。
その刀を見た瞬間、ジョーカーの表情が変わった。
「その刀は……!」
ましろは低い声で答える。
「『白姫』……この刀は、お母さんの形見」
ジョーカーは嗤った。
「知っているよ。受け継いでいたんだね」
煽るように続けた。
「まさか、それを手にしたら私に勝てるとでも?」
ましろは刀を構えたまま、はっきりと言い放つ。
「もちろん!」
その瞳には、強い自信が宿っていた。
ジョーカーは不快そうに眉をひそめる。
「……いいだろう。両親と同じ場所へ送ってやる」
ジャグリングナイフを構え、ましろを睨みつけた。
ましろは深く息を吐き、無駄な力を抜いた。
一点集中し、ジョーカーを鋭く見据える。
重い沈黙が辺りを包む。
風が吹き抜け、砕けた瓦礫が転がった。
刹那――。
地面が爆ぜた。
二人の姿が掻き消える。
次の瞬間には、互いの間合いへ踏み込んでいた。
ましろは低く呟く。
「白雪流――白刃一閃!」
白銀の斬光が空間を裂いた。
同時に、ジョーカーのナイフも閃く。
二筋の光が交錯した。
そして――静寂。
二人は背を向けたまま立っていた。
ましろはゆっくりと白姫を鞘へ収める。
カチッ――。
鍔が鳴った瞬間。
「がっ……!」
ジョーカーの胸元から鮮血が舞った。
口元から血が流れる。
必死に踏み止まろうとするが、足元は大きく揺らぎ、体勢が崩れそうになる。
ジョーカーは荒い息を吐きながら振り返り、霞む視界の先のましろを見据える。
「……バカ、な……」
そのまま力尽き、地面へ崩れ落ちた。
ジョーカーが倒れるのを見届けた後――。
ましろは深く息を吐き、張り詰めた肩の力を抜いた。
そこへ、空からイリスが舞い降りる。
「ましろちゃん、お疲れ様」
「イリス……! 相手はどうしたの?」
「コントロールを奪って、停止させたよ」
イリスはさらりと言うと、背後を指差した。
ましろが視線を向けると、そこには執事型ロボット『ポーカー』が力を失ったように停止していた。
ましろはほっと表情を緩める。
「そっか……お疲れ様」
続けて問いかけた。
「みんなの方はどうだった?」
イリスは口元を緩めると、遠くを指差す。
ましろもその先へ目を向けた。
ロート、キルシュブリューテ、グリュン、リラの四人がこちらへ歩いてくる。
四人は戦いを終えた安堵を滲ませながら、ましろの元へ歩み寄ってきた。
その姿を見た瞬間、ましろの表情も自然と緩んだ。
キルシュブリューテは真っ先にましろへ駆け寄り、その胸へ飛びついた。
「ヴァイスちゃん!」
「おっと!」
ましろは柔らかく受け止めた。
キルシュブリューテは顔を上げ、無垢な笑顔を見せた。
「無事でよかった!」
ましろは優しく微笑み、彼女の頭を撫でる。
「……キルシュ、助けてくれてありがとう」
顔を上げ、仲間たちを見渡した。
「みんなも、本当にありがとう」
ロートは視線を逸らし、少し照れながら言った。
「別に……これくらい、大したことねぇよ」
グリュンの表情が緩む。
「力になれてよかったです」
リラは笑みを浮かべた。
「この前のお返しだよ。それに、面白そうな素材も手に入ったしね。イヒヒ……!」
リラが何か企んでいるのは明らかだったが、誰もあえて追及しなかった。
少し間を置き、ロートは話題を切り替えた。
「それより、お前らボロボロじゃねぇか」
リラは即座に言い返した。
「いや、ロートが一番傷ついてるでしょ」
「は? そんなわけねぇだろ! こんなのケガしたうちに入らねぇよ」
「頑丈だね」
「毎日鍛えてるからな」
「じゃあ、治療はいらないね」
「え……?」
ロートはぽかんとした表情を浮かべ、言葉を失った。
その様子に仲間たちから小さな笑いが漏れる。
しばらくすると、シュバルツ・オランジェ・ブラオの三人が駆けつけた。
オランジェは心配そうにましろへ駆け寄る。
「ヴァイスさん! ご無事ですか⁉」
「うん。みんなのおかげで、この通り……!」
ましろはその場でくるりと回ってみせた。
オランジェはほっと息を吐く。
一方、シュバルツは無言で腕を組み、ブラオは小さく舌打ちした。
「チッ……出遅れたか」
二人の表情には、わずかな悔しさが滲んでいた。
少し遅れて、〈フリーデン〉の後処理部隊も到着する。
彼らは『ロイヤルフラッシュ』の五人を拘束・回収し、崩れ落ちた倉庫の復旧作業へと取りかかった。
その中の一人の少女が、ましろたちの元へ駆け寄り、敬礼した。
「皆さん、任務お疲れ様でした。後は、我々にお任せください」
ましろは辺りを見回しながら、申し訳なさそうに言った。
「こんなにしちゃってごめんね」
そこには、いくつもの倉庫が崩れ落ち、荷物が辺り一面に散乱していた。
地面には無数の窪みと、大きな亀裂が至る所に走っている。
ロート、リラ、グリュン、キルシュブリューテの四人も、気まずそうに視線を逸らした。
少女は気にした様子もなく答えた。
「いえいえ、皆さんがご無事で何よりです」
ましろは少女に目を向け、柔らかく微笑みながら言った。
「いつもありがとう」
その言葉に、少女は一瞬目を見開き、頬を赤らめた。
「で、では……失礼します」
そう言うと、彼女は軽く一礼し、足早に修理へと向かった。
こうして、〈フリーデン〉と『ロイヤルフラッシュ』の激闘は、ましろたちの勝利で幕を閉じた。
しかし――まだ、ましろには確認すべきことが残っている。
表情を引き締め、拘束されたジョーカーを見据えた。
イリスがふわりと近づき、声をかけてくる。
「ましろちゃん。この後、どうする?」
ましろは視線を外さずに答えた。
「本部へ向かう。あの道化師に、聞きたいことがあるから」
「聞きたいこと?」
「……さっき、あいつが言ったの――」
ましろはゆっくりとイリスに視線を向けた。
「十五年前、私の両親を殺したって」
「――⁉」
その場にいた仲間が一斉に目を見開いた。
誰もが息を呑み、沈黙が流れる。
ましろは冷静に言った。
「それが真実かどうか、確かめたい」
一拍間を置き、さらに続けた。
「それに、依頼主が誰なのかも気になるし……」
拳を握りしめる。
「きっとそいつが、一連の黒幕。そして、十五年前――私の両親の暗殺を依頼したのも……」
イリスは真剣な表情で頷き、ましろの肩にそっと乗った。
「その黒幕……私が絶対に突きとめてみせる」
ましろは飛行ほうきを展開し、静かに腰かける。
ゆっくりと浮上し、連行飛行車と共に〈フリーデン〉本部へ向かった。
道中――。
連行飛行車が空を駆け抜ける。
ジョーカーは厳重な拘束具によって身動きを封じられていた。
両腕、両脚、首に至るまで特殊拘束具で固定され、周囲には武装隊員が配置されている。
逃亡は不可能。誰もがそう思っていた。
だが――。
突然、ジョーカーの瞳が開いた。
「――ッ!」
異変に気づいた隊員が身構える。
ジョーカーは拘束されたまま口元を歪めた。
「残念だったね」
その瞬間――。
ジョーカーの首筋が内側から破裂した。
鮮血が飛び散る。
「なっ――⁉」
隊員たちが駆け寄る。
しかし遅かった。
ジョーカーは血を吐きながら嗤った。
首が力なく垂れ下がる。
その瞳から光が消えた。
「医療班!」
「駄目です! 心停止!」
「くそっ!」
誰も止められなかった。
ましろは車内の騒ぎに気づき、窓の外から覗き込む。
呆然とその光景を見つめた。
唯一の手掛かりが、自ら命を絶った。
その後、〈フリーデン〉本部。
尋問室では、『ロイヤルフラッシュ』の残る四人への尋問が行われていた。
だが結果は芳しくなかった。
誰も黒幕を知らない。
何度調べても結果は同じだった。
ジョーカーだけが知っていた可能性は高い。
しかし、そのジョーカーは既に死んでいる。
さらにイリスはポーカーの内部データを徹底的に解析した。
膨大な記録――暗号化された通信履歴、削除済みデータ。
あらゆる情報を洗い出した。
しかし――。
「見つからない……」
イリスは小さく呟く。
依頼主に関する情報は一つも存在しなかった。
まるで最初から消されていたかのように。
数日後――。
早朝。
ましろの自宅マンション。
イリスは休まず解析を続けている。
世界中のネットワークを巡り、何百万、何千万という情報を洗い続けた。
「絶対にいる……」
イリスは呟く。
「どこかに痕跡が残ってるはず……」
その時だった。
一つの画面が反応した。
「……あ」
イリスの瞳が見開かれる。
完全に消されたと思われていた通信記録。
その断片が復元されたのだ。
ほんの数文字――それだけだった。
だが十分だった。
イリスは高速で解析を進める。
やがて――。
「見つけた」
イリスは勢いよく立ち上がった。
「黒幕は――マリア」
震える声でそう呟くと、急いでましろの元へ向かった。
ましろは寝室でぐっすりと眠っていた。
そこへ、イリスが飛び込む。
「ましろちゃん!」
「わっ⁉」
イリスは息を整えつつ叫んだ。
「見つけた!」
「え?」
「黒幕!」
ましろの表情が変わる。
「本当⁉」
「うん!」
イリスは力強く頷いた。
指を鳴らすと、空中にホログラムが現れた。
そこには、美しい金髪の女性が映し出された。
「黒幕の名前は――マリア。世界的化粧品メーカー〈マリアンヌ〉の社長だよ」
部屋の空気が凍りついた。
ましろの瞳が鋭くなる。
「マリア……」
ましろはその名を反芻しながら、ゆっくりと立ち上がった。
「場所は?」
ホログラムの横に、地図が表示された。
その上の一ヶ所――超高層複合に赤い点が点滅している。
「ここ」
ましろの表情が引き締まる。
瞳には迷いがなかった。
「行こう」
イリスも頷く。
「うん」
二人は手際よく準備を整えた。
ましろは腰にナイフを仕込み、レッグホルスターにハンドガンとワイヤーガンを収めた。
さらに愛刀『白姫』を光学迷彩シートで包み、防弾バッグの上部へ括りつける。
家を出ると、ましろは飛行ほうきを展開した。
イリスが肩に乗ると、ましろは飛行ほうきに跨り、空を駆け抜けた。
十五年前の真実。
両親を殺した黒幕。
全ての答えを求めて――。
ましろとイリスは、マリアの待つ拠点へ向かった。




