リラVSエース
倉庫街、フォークリフトが並ぶ一角。
リラとエースが血戦を繰り広げていた。
エースはハート型デバイスの中央を指でつまんで引っ張り、弓構えに入る。
狙いを定め、低く呟く。
「ブラッディ・レイン」
手を離すと、ハート型デバイスから無数の血の矢が放たれた。
血の矢が逃げ場を塞ぐように、リラへ襲いかかる。
リラは跳び退いて回避する。
空中でポケットからスーパーボールを取り出し、親指で弾き飛ばした。
エースは手元のデバイスで血を自在に操り、瞬時に壁として凝固させる。
血の壁にぶつかった瞬間、スーパーボールが炸裂した。
白煙が一気に広がり、周囲を覆い尽くす。
リラは軽やかに着地し、煙の奥をじっと見据える。
次の瞬間――。
煙を切り裂くように、再び血の矢が放たれた。
姿を現したエースの口元には、不敵な笑みが浮かんでいる。
リラはフォークリフトの間を縫うように駆け抜けながら、血の矢を躱す。物陰に隠れつつ、反撃のチャンスをうかがった。
エースは攻撃の手を緩めない。
物陰からわずかに覗くリラの姿を捉えるたび、容赦なく血の矢を撃ち込む。
隠れ場所ごと撃ち抜く勢いで、矢の雨が降り注いだ。
血の矢が肩や横腹、大腿をかすめる。
浅い傷がいくつも刻まれ、血が滲んだ。
エースは嘲るように言った。
「きみも科学者みたいだけど、随分と鈍い動きだね。道具頼りで、自分自身は大したことないのかな?」
薄く笑い、挑発的に続ける。
「そんな半端な実力で、どうして戦場に出てきたの?」
リラは矢の猛攻をなんとか耐えながら、小さく微笑んで言い返す。
「……お前をぶっ飛ばすためだよ」
エースは眉をひそめ、口元を歪めた。
「ふふ、威勢だけはいいようだ」
エースの攻撃がさらに勢いを増す。
血の矢が嵐のようにリラへと降り注いだ。
周囲の物を次々と破壊していく。
リラは物陰に隠れていたが、耐え切れないと悟り、素早く飛び出した。
一歩踏み出したその時――足に妙な重さが走った。
視界がかすみ、足元が大きく揺れる。
「ん……これはッ――⁉」
エースの表情が不気味に歪む。
「やっと効き始めた」
リラは荒く息を吐きながら、自身の傷口へ視線を落とした。
かすり傷のはずなのに、身体が異様に重い。
その瞬間、答えに辿り着く。
「くっ……血の毒か……」
「正解。でも、気づくのが遅すぎた」
エースが冷徹に告げた直後、豪雨のような血の矢がリラを襲う。
リラは咄嗟に腕を交差させ、致命傷だけは避けた。
血の矢が腕や肩を貫く。
焼けるような激痛が走り、鮮血が宙へ散った。
やがて、血の嵐が収まると、リラの足元がふらつき、片膝をつく。
エースは勝利を確信したように、満足げな笑みを浮かべた。
「もう思うようには動けないはずだ」
そう言って、ゆっくりと歩み寄る。
デバイスを軽く振り、血が鋭い刃を形成した。
「痛くて苦しいと思うけど、安心して。すぐに首をはねて、終わらせるから」
リラは必死に立ち上がろうとする。だが、まるで力が入らなかった。
エースは悠々と距離を詰める。
うずくまるリラを見下ろしながら、血の刃をゆっくりと振り上げた。
「それじゃあ、さようなら」
冷酷に告げると、リラの頭を狙って血の刃を振り下ろした。
しかし――。
リラは咄嗟に体を捻り、血の刃を紙一重で躱す。
血の刃が髪をかすめた。
「なに……⁉」
エースの目が見開かれる。
「残念だったね――あたしに毒は効かないよ!」
間を置かず、リラは地を蹴った。
エースの懐へ一気に踏み込み、低い姿勢から拳を叩き込む。
エースは一瞬で血の刃を液状化し、次の瞬間には障壁へと変えた。
間一髪でリラの拳を受け止める。
激突した瞬間――リラの拳から爆発的な衝撃が炸裂した。
血の障壁は衝撃に耐え切れず砕け散る。
赤黒い破片が弾け飛んだ。
間髪入れず、リラは拳を突き出す。
エースは咄嗟に右腕で受け止めた。
しかし、凄まじい衝撃に耐え切れず、身体ごと弾き飛ばされる。
地面を激しく転がりながら、フォークリフトへ叩きつけられ、そのまま地に伏せた。
リラは拳を構えたまま、倒れたエースをじっと見据える。
張り詰めた沈黙が周囲を包み込んだ。
足元には血が広がり、地面を赤黒く染めていた。
鼻を突く血臭が漂い、空気は重く淀んでいる。
エースはゆっくりと立ち上がり、リラを睨みつけた。
「まさか、このボクを出し抜くなんて……三流科学者が、やってくれるじゃないか」
「あたしの爆裂グローブの一撃を食らって、まだ立てるんだ。でも、その右腕はもう使えない」
リラは不敵に笑い、煽るように言い放つ。
「どうする? 抵抗するなら、今度は確実に仕留める」
「ふふ……この程度、気にするまでもない」
エースはポケットからカプセル剤を取り出すと、迷いなく口に含んだ。
飲み込んだ瞬間、右腕の骨が軋む。
ゴリ、ゴリ、と不気味な音を立てながら歪んだ骨が矯正される。
裂けた肉は生き物のように蠢き、瞬く間に傷口を塞いだ。
エースは深く息を吐き、肩を回しながら感触を確かめる。
そして、微笑みながら言った。
「ほら、この通り」
まるで何事もなかったかのように、右腕を掲げて見せつける。
冷静さを取り戻したその表情には、先ほど以上の狂気が滲んでいた。
リラは動揺せず、むしろ興味ありげに言った。
「良い薬を持ってるんだね」
「ふっふっふ、すごいだろ? ボクが作った最高傑作の一つさ」
エースは目を細め、続けて問いかけた。
「……それより、どうしてボクの毒が効いてないのかな?」
リラは肩をすくめ、挑発的に答えた。
「さあ? 自分で考えれば」
エースは狂気の笑みを浮かべる。
「……ふふ、まあいいや。どうせすぐに殺す」
血の刃を再び構えた。
リラは冷静に言い返す。
「あたしも、お前と戦うのはもう飽きた。そろそろ終わらせてもらう」
そう言い放ち、リラはポケットから小さな球を二つ取り出した。
「出番だよ。アトラク、ナクア」
無造作に放り投げられた球は、空中で高速回転しながら一気に展開した。
金属音と共に脚部とアームが飛び出し、蜘蛛のような多脚戦闘車両へ変形する。
紫色の胴体から二本のアームと四本の脚が展開され、球形の観測装置が眼のように赤く光った。
アームの先端には三本の指が備わり、人間の手のように器用に動く。
脚部には小型タイヤが内蔵され、歩行と高速走行を自在に切り替えられる。
機体にはそれぞれ「M」と「N」の文字が刻まれている。
自律思考AIが起動した。
「んー、久しぶりの出撃だ! 張り切っちゃうよ!」
アトラクが気合を入れ、ナクアはエースを見据えながら言った。
「……アレが今回の標的だね」
「うん。二人とも、派手にやっちゃって」
アトラクとナクアはアームを掲げ、「了解!」と声を揃えた。
激しいスキール音を響かせ、二機は火花を散らしながら一気に加速した。
エースは肩を震わせ、嘲るように笑う。
「あははは! そんなおもちゃで、このボクに勝つつもり?」
視線を鋭くし、低く言い放った。
「……バカにするなッ!」
即座にハート型デバイスを構え、迫る二機に向かって無数の血の矢を撃ち放つ。
アトラクとナクアは左右へ鋭く散開した。
タイヤを滑らせ、縫うような軌道で血の矢を回避する。
「ボクは右から行くよ、ナクア!」
「じゃあ、ボクは左側を抑えるね」
二機は高速で駆け抜けながら、一斉に突撃した。
アトラクの機体上部が展開し、内蔵された機関銃が姿を現す。
次の瞬間――凄まじい銃声が轟いた。
ズドドドド!
無数の弾丸が火線となってエースへ襲いかかる。
「チッ――!」
エースは血の障壁を展開し、弾丸を防ぐ。
だが、その瞬間――。
ナクアが横合いから滑り込んだ。
アーム先端から鋭利なブレードが飛び出し、エースの横腹へ斬撃が走る。
「くっ……!」
エースは反射的に身を翻し、その一閃を紙一重で躱す。同時に血液を刃へと変形させ、体勢を立て直すと、勢いよく振り下ろした。
ナクアはアームのブレードで受け止めた。
甲高い金属音が響き渡り、火花が散る。
「このッ!」
エースは怒涛の連撃を繰り出す。
血の刃が幾重もの軌跡を描き、ナクアへ襲いかかった。
しかし、ナクアは軌道を瞬時に解析し、最小限の動きで全てを受け流す。
エースの攻撃がナクアに集中している間、アトラクは機体下部の発射ポッドへ、小型ミサイルを装填した。
照準を合わせると、声をかける。
「準備できたよ!」
「オッケー!」
ナクアは素早くその場から跳び退いた。
同時に、アトラクの発射装置から小型ミサイルが飛び出す。
「ドーンッ!」
小型ミサイルが、一直線にエースへ迫った。
エースはわずかに反応が遅れた。避けるのはもう遅い。
当たる直前――。
エースは咄嗟に血の刃を振るった。
ミサイルは真っ二つに裂ける。
しかし、爆発までは防げなかった。
エースの身体が爆炎に呑まれる。
轟音が倉庫街に響き渡った。
立ち込めた煙が、エースの姿を完全に覆い隠す。
ナクアはアトラクの元へ駆け寄った。
二機は互いのアームを掲げ、軽快な音を立ててハイタッチを交わす。
「やったね、ナクア!」
「いい連携だったよ、アトラク」
リラは満足そうに微笑みながら、二機を見つめた。
しかし次の瞬間――。
リラの笑みが消えた。
言いようのない違和感が背筋を走る。
鋭い眼差しで煙の奥を見据えた。
徐々に煙が薄れていく。
その奥から、ゆらりとエースの姿が現れた。
膝をつき、荒く息を吐いている。
「はぁ……はぁ……! 調子に乗るな……! ガラクタ風情が……!」
服は裂け、全身から血が滴り落ちる。
肩で呼吸しながら、憎悪に満ちた目で二機を睨みつけた。
「まだ意識があるんだ!」
アトラクは驚き、ナクアは冷静に言った。
「でもあの傷だと、倒れるのも時間の問題だよ」
エースは震える手でポケットを探る。
その様子を見て、アトラクが声を上げた。
「あっ、また回復するつもりだよ」
「早くとどめを刺さないと!」
アトラクとナクアが構えた瞬間。
「待って!」
リラの声が鋭く響く。
「さっきと様子が違う……近づいちゃダメ!」
二機はリラの指示に従い、警戒しながら静かに見守った。
エースが取り出したのは、先ほどの回復剤とは明らかに異なる赤いカプセル剤だった。
迷いなく口に含み、飲み込んだ。
一瞬の静寂が訪れる。
ドクンッ!
まるで巨大な心臓が鼓動したかのような重低音が響いた。
エースの全身に血管が浮かび上がる。
筋肉が異常な勢いで膨張し、肉体が一回り大きくなる。
血液が沸騰するように、全身から赤い蒸気が噴き出した。
ブチブチッ!
エースの背中が不気味に隆起した。
「がぁぁぁぁああああッ!」
絶叫と共に、エースの背中が大きく裂ける。
飛び散る鮮血の中から、巨大な羽が背中を突き破るように飛び出した。
ブゥゥゥゥン……!
耳障りな羽音が倉庫街へ響き渡る。
両腕が細長く歪み、指先は蚊の口吻を思わせる鋭い吸血針へと変貌した。
「――ッ⁉」
アトラクとナクアの目が赤く光った。
リラは目を細め、冷静に呟く。
「……なるほど」
変異した身体を観察した。
「蚊の遺伝子を組み込んだ強化薬か」
「…ふふ、アハハハハハッ!」
狂気じみた笑い声を上げながら、エースはゆっくりと顔を上げた。
ギロリ――。
赤く鋭い瞳が、リラたちを捉える。
直後――。
エースの姿が掻き消えた。
否――速すぎて、誰の目にも捉えられなかった。
次の瞬間――。
吸血針がアトラクの胴体を貫いた。
凄まじい衝撃が機体内部を破壊し、アトラクは力を失ったように崩れ落ちた。
「アトラク⁉」
ナクアが反応するより早く、エースは背後へ回り込んだ。
閃光のような一撃が走る。
ナクアの脚部が斬り飛ばされた。
火花を撒き散らしながら地面を転がり、そのまま横転する。
二機は地に伏せ、そのまま動かなくなった。
エースは二機を見下ろし、嘲笑する。
「所詮、ガラクタはこんなものか」
リラに向き直り、微笑みながら冷徹に言い放つ。
「さて、次はきみだ。三流」
エースはさらに口元を歪める。
「きみの血を吸い尽くして、カラカラのミイラにしてあげる」
リラは黙ったまま、エースを見据えていた。
エースは勝利を確信したように薄ら笑う。
「そして最後に、あの小娘だ。あいつの生き血は美味しそうだから、ゆっくり味わって吸い取ってやろう。ふふふ……」
その瞬間――。
リラの表情から笑みが消えた。
「やっぱり、気が変わった」
拳を握り締め、エースを鋭く睨みつける。
「お前は、このあたしが直々にぶちのめす」
周囲の空気が張り詰めた。
エースは鼻で笑う。
「ふん……ガラクタを失ったきみに、今さら何ができる?」
リラは低く言い返す。
「……お前は三つ、大きな思い違いをしている」
少し間を置き、はっきりと言う。
「ひとつ――アトラクとナクアは、ガラクタじゃない」
その時――。
倒れたままのアトラクとナクアが、同時にワイヤーを撃ち放つ。
ガシュッ!
左右からワイヤーが迫り、エースの両腕両足へ絡みついた。
「なっ――⁉」
エースは目を見開いた。
力任せに引き千切ろうとする。
しかし、ワイヤーは微動だにしなかった。
鋼線のように張り詰めたワイヤーが、エースの動きを強引に封じ込める。
「拘束完了」
ナクアが冷静に呟き、アトラクは強気に言い放つ。
「ボクたちを舐めるな!」
リラはさらに続ける。
「ふたつ――ヴァイスは、お前よりずっと強い」
リラの右足が眩しく発光し、膨大なエネルギーが収束していく。
エースはワイヤーから逃れようと必死にもがいた。
「くそっ! こんなもの……!」
しかし――。
リラは冷徹に言い放つ。
「そして三つ――」
リラの右足の輝きがさらに増した。
「お前がヴァイスの元へ行くことなど、決してない」
一歩踏み込む。
「……今ここで、あたしに倒されるからだ!」
リラは爆発的な勢いで突撃する。
その衝撃で地面が抉れ、瓦礫が宙を舞った。
エースは慌てて声を上げる。
「ま、待て!」
だが、もう遅い。
リラは閃光のように突進し、右足を突き出す。
渾身の蹴りがエースの腹に突き刺さった瞬間、エネルギーが一気に解放され、激しく炸裂した。
轟音が響き渡り、強烈な爆風と共にエースの身体は後方へ弾き飛ばされる。
倉庫の壁を次々と突き破りながら吹き飛ぶ。
やがて瓦礫の山へ激突した。
土煙が舞い上がる。
エースは意識を失い、そのまま動かなくなった。
リラは足を下ろし、深く息を吐く。
ゆっくりとアトラクたちの元へ歩み寄り、優しく声をかけた。
「お疲れ様。よく頑張ったね」
「えへへ……褒められた!」
アトラクは嬉しそうに声を弾ませ、ナクアもアームを掲げて応えた。
リラは二機をじっと見つめ、口を開く。
「二人とも、結構派手にやられたね」
ナクアは即座に言った。
「博士も傷だらけじゃないか!」
リラは自分の身体を見回し、あっさりと答える。
「……大したことはないよ。この傷、深くないから」
「博士……もしかして、わざと攻撃を受けた?」
「うん、どんな毒か気になったから……」
「……どうだった?」
リラは肩をすくめながら答えた。
「期待してたほどじゃなかったかな」
アトラクは少し呆れたように呟いた。
「相変わらずだね」
爆風の残り香と粉塵が漂う戦場は、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。
瓦礫の山だけが、激戦の痕跡を静かに物語っている。
リラは肩の力を抜き、小さく息を吐いた。
仲間たちと共に勝ち取った勝利の余韻が、静かに胸へ広がっていく。




