表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/24

ジョーカー

 ましろはイリスと共に街を巡り、困っている人々を手助けしていた。

 迷い猫の捜索、足腰の弱った高齢者の付き添い、公園のゴミ拾い――その内容は実に様々だった。

 ゴミ拾いを終えた後、ましろはベンチでひと休みしていた。

「ねぇ、イリス」

「ん?」

「最近さ、妙な視線を感じるんだけど……気のせいかな?」

「えっ、敵……⁉」

 イリスは慌てて周囲を警戒した。

「いや、そうじゃなくて……」

 ましろは一拍間を置き、続けて言った。

「なんか変なんだよね。その視線、全く敵意を感じないの。むしろ、護られているような……そんな視線」

「……そうなんだ」

イリスは返事に困ったように視線を逸らした。

「でも――」

 ましろは表情を引き締め、空を見上げた。

「さっきから、嫌な視線も感じるんだよね。まるで、ずっと高い場所から監視されているみたいな」

 ましろは肩を落とし、うんざりしたように言った。

「はぁ……この状況、いつまで続くんだろ」

その時だった。

噴水広場から歓声が上がり、ましろの意識はそちらへ引き寄せられる。

 噴水の周りでは、複数の大道芸が開かれていた。

道化の仮面を被った道化師が、大きなボールの上で軽やかにジャグリングを披露している。

その隣では、男が高く積み上げた椅子の上で逆立ちし、観客を沸かせていた。

さらに、ハットを被った紳士が次々とバルーンアートを作り出している。

彼らの見事なパフォーマンスに、通りかかった人々は次々と足を止め、見入っていた。

 ましろも何気なく見つめる。

次の瞬間、道化師がわざとらしくミスをし、ジャグリングボールを一つ落とした。

バランスを崩し、地面に尻もちをつく。

ボールはコロコロと地面を転がり、ましろの足元でピタリと止まった。

ましろは足元のボールを拾い上げ、顔を上げて道化師を見た。

道化師は尻をさすりながら立ち上がり、転がったボールを追うように駆け寄ってくる。

ましろは微笑みながら、ボールを差し出した。

「はい」

道化師はボールを受け取り、無言で何度も頭を下げると、足早に持ち場へ戻っていった。

「私たちも行こっか」

「うん」

 ましろとイリスは公園を後にした。

 立ち去るましろの背中を、道化師はじっと見送っていた。

 仮面の奥で、口元がゆっくりと吊り上がる。


 ましろはその後も街中の巡回を続けた。

 大勢の人々が行き交う道を歩いていた時――。

ましろは異様な気配を捉え、背筋に冷たいものが走った。

表情を変えることなく歩きながら、小さく呟く。

「三つ……いや、四つか」

 イリスは即座に周囲を走査した。

「人が多すぎて、特定できない」

ましろは小さく息を吐き、目を閉じ、集中した。

人混みのざわめき、車の走行音、広告の音声――その全てに紛れるように、周囲から確かな“殺気”が迫ってくる。

このままここで戦えば、被害は避けられない。

ましろは目を開けた。表情を引き締め、冷静に告げる。

「ここから離れるよ」

 小型機器を取り出し、軽く振った。

機器は瞬時に変形し、飛行ほうきが展開される。

ましろはほうきに腰かけた。

「イリス、しっかり掴まって」

 イリスが肩にしがみつくと、ましろは地面を蹴って急上昇し、そのまま一気に加速した。

風を切り裂き、飛行車の隙間を縫うように駆け抜ける。

背後から迫る気配は、なおもぴたりとつきまとう。

ましろは背後を一瞥し、小さく呟いた。

「ちゃんとついてきてるね」

 再び前を見据え、飛び続けた。

やがて、無機質な景色が広がる。人影のない倉庫街だ。

 飛行中の間に、イリスは周囲のロボットへ介入し、この一帯を立ち入り禁止エリアへと変えていた。

 ましろはゆっくりと高度を落とし、倉庫街へと滑り込むように降下する。静かに着地し、ほうきを縮ませてポケットに収めた。

 イリスはすぐに宙へと浮かび上がり、周囲を警戒する。

「……来る!」

 その瞬間、冷徹な声が響いた。

「やっぱりね。ボクたちの殺気を感じた瞬間、一般人を巻き込まないように移動した――計画通りだ。ここでなら、ボクたちも全力で殺れる」

 次の瞬間――。

 倉庫の屋上から巨大な影が降ってきた。

 屈強な男――キングだ。

キングは飛び降りた勢いのまま、ましろに向かって強烈な拳を突き出した。

 ましろは後方へ跳び退く。

 拳は地面を打ち砕き、コンクリート片が舞い上がった。

 キングの拳を躱した直後――。

背後から双刃剣を構えたジャックが迫り、鋭い斬撃を放った。

 ましろは振り向きざまにナイフを抜き放ち、迫る剣撃を受け止める。

 金属の擦れる音が鳴り響き、火花が散る。

 互いに力で押し合い――二人は弾けるように距離を取った。

 休む間もなく、次の攻撃が繰り出される。

 クイーンの鋼の鞭が唸りを上げて振り下ろされる。

その死角を突くように、エースの放った無数の赤い矢が横合いから襲いかかった。

 ましろは軌道を見切り、鋼の鞭を回避した。そのまま体を捻り、全ての矢を紙一重で躱す。

 一瞬の静寂が辺りを包んだ。

 ましろの周囲を四人の刺客――エース、ジャック、クイーン、キングが取り囲んでいる。

 エースはハート型デバイスを握りしめ、ジャックは双刃剣を構える。

 クイーンは妖艶な微笑を浮かべ、キングは獲物を狙うような視線でましろを睨みつけた。

 ましろは四人を見据え、静かに戦闘態勢を取った。

(この四人……強い)

一瞬の攻防だけで分かった。

誰一人として隙がない。

額に冷たい汗が滲む。

イリスはすぐにましろを援護しようとした。

だが、その進路を塞ぐように一人の男が舞い降りた。

ポーカーだ。

その背後には、複数のドローンが浮かんでいる。

「ここから先は通さない」

「くっ……!」

 上空ではイリスとポーカーが、地上ではましろと四人の刺客が――ついに対峙した。

 ジャックは感心したように言った。

「今の攻撃を全て躱すとは。なかなかやるな、小娘」

キングは拳を鳴らし、豪快に笑った。

「ガハハ! 随分と骨があるじゃねぇか!」

 クイーンは艶やかな声で言った。

「うふふ……可愛い子猫ちゃんだこと」

エースはデバイスをくるりと回し、冷徹に言い放った。

「次は逃がさない」

 ましろは視線を逸らさず、冷静に問いかける。

「あなたたちも殺し屋だよね。誰の依頼?」

「これから死ぬ相手に、教える意味はない」

 そう言い放つと、エースはデバイスを胸の前に構え、再び無数の赤い矢を放った。

 ましろは瞬時にハンドガンを引き抜き、連射する。

放たれた弾丸が、赤い矢を正確に撃ち抜いた。

赤い矢が弾けて霧散し、血のにおいが生々しく漂う。

 直後、キングが突進する。

 ましろは素早くマガジンを交換し、銃口を向けて迷わず発砲した。

 だが、キングは腕を薙ぎ払い、非殺傷弾を弾き飛ばす。

そのまま獣のような勢いで踏み込み、拳を叩き込む。

ましろは反射的に跳び退いた。

 着地した瞬間を狙い、クイーンの鞭が唸りを上げてしなる。

 ましろは身を捻り、ギリギリで避けた。

続けざまにジャックが間合いを詰め、双刃剣を閃かせた。

 ましろは咄嗟にナイフで受け流す。

だが、重い一撃を受け流した反動で、ましろの体勢がわずかに崩れる。

 その隙を逃さず、クイーンの鞭がましろの手首を打ち据え、ナイフを弾き飛ばした。

さらに、エースの赤い矢が肩を抉るようにかすめた。

血飛沫が宙を舞う。

「――ッ!」

 ましろの表情がわずかに歪んだ。

 間髪入れず、キングが大きく踏み込み、追撃の拳を叩き込む。

ましろは後方へ飛びながら、腕を交差させて受け止めた。

だが、身体が弾き飛ばされる。

ましろは地面を滑り、コンクリートに靴底が擦れる音が響いた。

 踏みとどまると、乱れた呼吸を整え、再びハンドガンを構える。

(このまま捌き続けるのは厳しい。連携を崩して、分断しないと――)

 だが、その猶予はなかった。

四人はすでに次の攻撃へと移っていた。

キングが地面を砕きながら突撃する。

クイーンの鞭が鋭くしなる。

エースが巨大な赤い矢を放つ。

そしてジャックが一直線に斬り込んだ。

四方向からの同時攻撃が、逃げ場を塞ぐようにましろへと迫る。

回避は不可能だった。

(まずい……このままじゃ――)

その瞬間――。

四つの影が閃いた。

鋭い金属音と重い衝撃音が同時に轟いた。

ましろを護るように立っていたのは、ロート、リラ、グリュン、そしてキルシュブリューテだった。

 ロートはキングの拳を片手で受け止めた。

凄まじい衝撃が走り、足元のコンクリートが砕け散る。

それでもロートは微動だにしなかった。

「てめぇ……随分派手にやってくれるじゃねぇか」

 リラは強化グローブをはめた拳で、赤い矢を叩き落とした。

「この矢……血を固めたものだね。イヒヒ」

 グリュンは薙刀を握りしめ、ジャックの斬撃を横合いから滑り込むように弾き返した。

「少女ひとりに四人がかりとは、感心しませんね」

 キルシュブリューテは魔法のステッキを振り、鋼の鞭を弾き飛ばした。

「ヴァイスちゃんはキルシュが護る!」

四人の攻撃は、完全に遮られていた。

キングとジャックは一度距離を取り、体勢を立て直す。

 ましろは目を見開き、一瞬だけ言葉を失った。

その一方で、イリスは驚く様子もなく、得意げな笑みを浮かべていた。

「……みんな、どうして……?」

 ましろが驚きを隠せないでいると、ロートは振り向き、苛立ちの声を上げた。

「ヴァイス! てめぇ、急に飛んで行くんじゃねぇよ! 見失うところだったじゃねぇか!」

 グリュンは優しくなだめる。

「まあまあ、間に合ったんだから、いいじゃないですか」

 リラは笑いながら言った。

「冷静に考えたら、ヴァイスが街中で戦うはずないよね。イヒヒ」

 キルシュブリューテは自信満々に言った。

「ヴァイスちゃん、もう心配いらないよ! キルシュが絶対に護るから!」

 四人の言葉を聞き、ましろは最近感じていた違和感の正体に気づいた。

「まさか……最近感じてた妙な視線って――!」

 キルシュブリューテは無邪気に答えた。

「うん! キルシュたちがずっと見守ってたんだよ! 悪者からヴァイスちゃんを護るために!」

「……そうだったんだ」

 ましろは小さく息を吐き、四人を見回す。

「助けてくれて、ありがと」

 その言葉に、四人はわずかに表情を緩めた。

だが、ロートはすぐに表情を引き締め、敵を鋭く見据えた。

「礼を言うのはまだ早ぇ。敵は目の前だ。気を抜くな」

「そうだね」

 ましろたちも気を引き締め、静かに構え直した。

 一方、ロイヤルフラッシュの四人は、動揺ひとつ見せず、言葉を交わしていた。

「おいおい、随分と賑やかになったじゃねぇか」

 キングは目を丸くしながら言った。

「仲間のピンチに駆けつけたの? うふふ……素敵ね」

 クイーンは妖艶に笑った。

「……何人増えようが関係ない。俺が斬る」

 ジャックは静かに目を細めた。

「想定外だが問題ない。殺す相手が増えただけだ」

 エースは冷徹に言い放った。

 空気が張り詰め、重く沈んだ。

 次の瞬間、全員が一斉に動いた。

 ロートはキングへ真っすぐ突っ込んだ。

グリュンは薙刀を振るいながらジャックへ斬り込む。

リラはエースを迎え撃つ。

キルシュブリューテはクイーンの前へ躍り出た。

 それぞれが自分の相手を連れて戦場を移していく。

その場に残されたのは――ましろだけだった。

「あれ……?」

 ましろはぽかんとした表情を浮かべ、一瞬、呆然と立ち尽くした。

「――私の相手はぁぁぁぁ⁉」

 空を見上げ、思わず叫ぶ。

その声は、上空で戦うイリスとポーカーの耳まで届き、やがて遠くに消えていった。

倉庫街に、一瞬だけ静寂が戻った。

 思い切り叫び、わずかに気を緩めた――その瞬間、ましろの表情が一変した。

 刹那――。

背後から、影がじわりと滲み出るように現れた。

一筋の閃光がましろの首筋へ走る。

 だが、ましろは反射的にしゃがみ、ギリギリでその一閃を躱した。

踏み込み、鋭い前蹴りを叩き込む。

 その衝撃で影は後方へ弾き飛ばされた。

だが、影は空中で軽やかに一回転し、何事もなかったかのように着地する。

 ましろはすぐに体勢を整え、銃口を向け、新手を見据えた。

そこには、仮面をかぶった道化師が静かに立っていた。噴水広場で大道芸を披露していた道化師だった。

研ぎ澄まされたジャグリングナイフを手にし、他の四人とは比較にならないほどの禍々しい気配を漂わせている。

ましろは構えを崩さず、冷静に言った。

「まさか……もうひとりいたなんて。今まで気配すら感じなかった」

 道化師は淡々と口を開いた。

「最も油断した瞬間を狙ったが……避けられたか。さすが〈フリーデン〉のエージェント。凄まじい反応速度だ」

「なっ――⁉」

ましろの瞳が鋭く揺れた。

「……どうして、それを」

 仮面の奥の口元が吊り上がる。

「知っているよ。きみも、その仲間も」

道化師は愉快そうに肩を揺らした。

「だから分断した。邪魔をされないように」

声は中性的で、どこか歪んだ響きを帯びている。

「ここまでは、全て予定通りだ。ふふ……」

 道化師は一歩、音もなく踏み出す。

「舞台は整った。あとは――殺すだけだ」

 仮面越しに、道化師――ジョーカーの視線が突き刺さる。

全身から、不気味で底知れない殺気が滲み出ていた。

「冥途の土産に教えてやろう」

ジョーカーはゆっくりと両腕を広げた。

「私は『ロイヤルフラッシュ』のジョーカー――“世界一の殺し屋だ”」

その声には、紛れもない自信があった。

「そして、十五年前――きみの両親を殺したのは、私だ」

 その言葉を聞き、ましろの目が見開かれる。

「……は?」

 唐突な告白に、ましろは言葉を失う。

 ジョーカーは嗤いながら問いかけた。

「信じられないか?」

 ましろの答えを待たず、ジョーカーはあっさりと言い放つ。

「だが事実だ」

 さらに、挑発的に続けた。

「憎いだろう……? 私を殺したいだろう?」

しばしの沈黙が流れる。

やがて、ましろは静かに口を開いた。

「もしそれが本当なら……どうして私の両親を?」

「ただ依頼を遂行しただけだ」

「……依頼主は誰?」

「教えると思うか?」

 ましろは息を深く吸い込み、ゆっくりと吐いた。

視線を鋭く定め、ハンドガンを構え直す。

「なら、捕まえて聞き出す」

「ふふ……きみには無理だ」

再び空気が張り詰める。

ましろはジョーカーを真っ直ぐ見据えた。

「悪いけど、私、まだ死ぬ気はないの。それに〈フリーデン〉を知られた以上、あなたを野放しにはできない」

 一拍間を置き、言い放つ。

「ここで――倒す!」

その瞳に迷いはなかった。

次の瞬間――。

銃声が轟き、影が跳んだ。

 ましろとジョーカー――二人の戦いが、今始まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ