表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/21

第七話 エラーです、たぶん世界のせい

「明日、“外部の聞き取り”が入る。能力関連だ。協力してくれ」


 担任のその一言で、教室がざわっと揺れた。


 新学期の空気って、もっとこう……「部活どうする?」「自己紹介だる」みたいな軽いざわめきのはずなのに。うちの高校は違う。能力者社会ってやつの、現実が重い。


 俺は笑って頷いた。普通の顔で。


 内側では、胃がきゅっと縮んでいた。


 聞き取り=疑いの増殖装置。


 疑う人間の数が増えるほど、隠す力が落ちる。


 しかも今日は入学式当日。俺が“無能力者の印象”を固めなきゃいけない、最初の一日だ。ここで余計な波を立てたら、終わる。


 ……終わるのに。


 背後から、かすかな羽音と一緒に視線が刺さる。


 天使三人。


 水色髪の一姫だけじゃない。淡い金髪の子と、濃い紺髪の子。二人とも落ち着いていて、逆に怖いタイプ。


 特に金髪の子は、静かなのに言葉が鋭い。


(頼むから、“不明”の話を掘らないでくれ)


 俺はプリントを鞄に突っ込みながら、逃げるタイミングを探した。


 しかし――逃げ道は、ない。


「お兄さん」


 紺髪の子が、柔らかく呼んだ。


 その呼び方、やめろ。俺はお前らの兄じゃない。そう突っ込みたいのを飲み込む。ここで目立つと終わる。


 妃愛が横から割り込んだ。


「名前で呼びなよ。透って」


 妃愛が言うと、紺髪の子は素直に頷いた。


「……透さん。少し、お時間を」


 やめろ、その丁寧さが逆に“特別扱い”に見える。


 俺は笑って、軽く返す。


「どうした? 帰るだけだけど」


 水色髪の一姫が、勢いよく顔を近づけた。


「なるほどなるほど! 聞き取りって秘密なんですね!」


 妃愛の手が、一姫の口を塞ぐ。


「止まれ」


「むぐっ!」


 この流れ、もう様式美みたいになってきた。


 クラスメイトが笑う。


「口塞がれてる天使、初めて見た」


「てか天使、普通にクラスにいるのやば」


 笑いはいい。笑いは疑いじゃない――そう思いたい。


 けど、“観測”は確実に増えている。


 俺の霧が、薄くなる感覚がした。気のせいだと思いたいのに、気のせいじゃないと知っているのが最悪だ。


 金髪の子が、淡々と話題を切った。


「透さんの分類が“無能力者”であること。確認したいだけです」


 刺さる言い方をするな。


 紺髪の子も、静かに続ける。


「あなたは、男です。通常、鑑定不能。しかし……」


 来る。来るな。


 一姫が妃愛の手の中で、もごもごしながら目を輝かせる。


 たぶん今、「不明!閲覧禁止!」と言いたくて仕方ない顔をしている。


 妃愛が一姫の口を塞いだまま、俺に目だけで言う。


(今、言う?)


 言うしかない。


 この場で誤解を解いておかないと、天使三人の頭の中で「透=能力者疑惑」が固定される。それは最悪だ。疑いの芽が増える。霧が薄くなる。


 俺は息を吸って、できるだけ軽い調子で言った。


「……ああ、それなら大丈夫」


 妃愛が一姫の口を塞いだまま、教室の出口へ顎をしゃくった。


「ここでやると目立つ。廊下」


 正解。妃愛、ほんとに助かる。


 俺たちは人の少ない廊下へ移動した。窓の外は春。中は地獄。


 金髪の子が、じっと俺を見る。


「“不明”表示。あれは何です?」


 来た。


 俺はここで、用意していた“無能力者用の説明”を出す。


 自分の首を守る、便利な嘘――じゃない。これは半分は本当だ。男の鑑定は基本鑑定不能。そこから外れた表示は、例外処理かバグ。……そういうことにする。


「通常の鑑定能力だと、男は普通に“鑑定不能”になりますよね」


 二人は頷いた。


 俺は続ける。


「それ以外の“不明”表示って、俺にも原因が分からなくて困ってるんですよ。あれ、たぶんエラーです」


 金髪の子の目がわずかに細くなる。


「たぶん、ですか」


 言い方が怖い。


 俺は笑って肩をすくめた。普通の高校生っぽく。


「俺、昨日から何回か言われてるけどさ。俺が一番困ってる。変な表示出るせいで、変に目立つだろ?」


 紺髪の子が、少しだけ表情を柔らげた。


「……迷惑、なのですね」


「迷惑だよ。俺は間違いなく無能力者です」


 言い切る。ここが大事だ。俺自身が言い切ることで、周りの認識が固まりやすい。


 そして俺は付け足す。


「入学式初日だぞ? ここで“あいつ怪しい”とか言われたら詰む。だからその話は外でしないで。頼む」


 天使二人は、静かに頷いた。


「了解しました」


 「配慮します」


 やめろ、言葉が大人すぎて怖い。高校生の会話に“配慮します”って出ないんだよ。


 一姫が、妃愛の手の中で必死に頷いている。妃愛が手を離すと、一姫は勢いよく息を吸って――


「なるほどなるほど! エラーなんですね!」


 言った。


「声がでかい」


 妃愛が即ツッコむ。


 一姫は慌てて両手で口を押さえた。


「す、すいません……小声にします……なるほどなるほど……」


「口癖を小声にしても意味がない」


 妃愛の正論が刺さる。


 俺は苦笑しつつ、話題を変える。ここに留まると、また誰かが見て疑う。霧が薄くなる。


「……ところでさ。なんでお前ら、同じ高校にいるんだよ」


 昨日からずっと、誰もちゃんと説明してない。


 紺髪の子が、少しだけ胸を張った。


「私たちは天使になった時点で、学習能力が向上しています。本人が希望すれば、飛び級が可能だと確認しました」


 金髪の子が淡々と補足する。


「学力試験を受けました。満点でした」


 さらっと言うな。嫌味じゃなくて事実っぽいのが腹立つ。


 一姫が元気よく手を挙げた。


「わたしも満点でした!」


「お前は絶対どっか落としてる」


「落としてません!!」


 妃愛が冷たい目で言う。


「満点でも口は落ち着け」


 天使がしゅんとする。かわいいけど、かわいさが世界を壊すタイプだから困る。


 俺は一応、納得した。


 天使は賢い。賢すぎる。だから高校に来てもおかしくない。むしろ本人が希望すれば、飛び級の制度が整っている社会の方がリアルだ。能力者社会は、制度が急に柔軟になる。


 問題は、その希望の理由だ。


「……で、お前らなんでこの高校?」


 一姫がキラキラした目で言う。


「お兄さんがいるからです!」


 即答するな。


 妃愛が俺の顔を見る。「ほらね」と言いたげな目。


 俺は笑って誤魔化した。


「……たまたま、な」


「たまたま、じゃないです!」


「たまたまって言え」


「た、たまたま……!」


 妃愛が一姫の肩を掴んで、低い声で言った。


「そこは“たまたま”」


「はい……たまたま……」


 教育が行き届きすぎてる。怖い。


 金髪の子が、少しだけ視線を逸らして言った。


「……我々は、創造主を探しています」


 やめろ。今その単語を出すな。心臓が跳ねた。


 俺は顔に出さず、雑に返した。


「へえ」


 へえ、じゃねえよ。俺だよ。俺が怖いんだよ。


 紺髪の子が続ける。


「しかし、透さんは無能力者。つまり、創造主ではない。……だから安心します」


 安心って言うな。安心の仕方が怖い。


 一姫が頷きまくる。


「安心です! お兄さんは普通です!」


「その“普通”も声でかい」


「すいません!」


 俺は胃を押さえながら思った。


(誤解は解けた。たぶん)


(でも天使が三人、俺の周りにいる事実は変わらない)


(それだけで、俺は普通じゃなく見える)


 詰みかけてる。


 妃愛が空気を切った。


「帰るよ。透、電車」


「……うん」


 俺は天使三人に手を振って(普通の距離感を演出して)妃愛と一緒に駅へ向かった。


 背後から一姫の声が飛ぶ。


「困ったことがあったらいつでも助けますから言ってください!!」


 遠いのにでかい。


 妃愛が振り向かずに手をひらひらさせる。


「ありがと。静かにね」


 妃愛の扱いが先生だ。


 放課後の電車は混んでいた。


 新生活の匂いがする。制服の群れ。スーツの群れ。みんなスマホを見ている。俺も見たいが、見たくない。


 世の中の“天使ニュース”は、俺の心臓に直結している。


 妃愛が隣で吊革を握りながら言った。


「今日、なんとか“普通”っぽかったじゃん」


「……妃愛のおかげでな」


「でしょ。もっと褒めていいよ」


「調子乗るな」


 妃愛が笑う。笑いは救いだ。普通の会話は救いだ。


 その瞬間。


 前に立っていたサラリーマン二人の会話が耳に刺さった。


「……天使の生みの親、東京にいる可能性高いって」


「また出たの? ニュース?」


「ほら、これ。専門家コメント付き」


 スマホの画面がちらっと見える。俺は見ないふりをしたのに、目が勝手に文字を拾う。


『天使少女の発生源、都内某所に集中か

発生“波形”から見て起点は住宅地の可能性』


 波形。


 起点。


 住宅地。


 やめろやめろやめろ。


 妃愛が俺の顔を覗き込んだ。


「透、顔色」


「……なんでもない」


 心臓がうるさい。電車の音よりうるさい。


 サラリーマンが続ける。


「場所、どこだろうな。東京って言っても広いぞ」


「でもさ、“この辺の路線沿い”ってSNSで言われてる」


「え、マジ? やば」


 やばいのは俺だ。


 疑いの数が増えるほど、霧が薄くなる。


 ニュースで“この街が怪しい”と騒がれれば、疑いは爆発的に増える。俺が何もしなくても、勝手に母数が増える。


 俺は歯を食いしばった。


(これ、綾香のせいか?)


(綾香がソナーで中心を掴んで、どこかに情報が漏れた?)


(それとも天使側が動いた?)


(あるいは……俺の波が増えてるせいで、誰でも気づくレベルになってきた?)


 最悪の仮説が頭の中で渋滞する。


 妃愛が小声で言った。


「透、落ち着いて。ニュースで騒がれてるだけだよ」


 妃愛は俺が無能力者だと思っている。だからこの不安が“能力バレの恐怖”だとは思っていない。ただ、巻き込まれ体質の幼馴染が、また面倒に巻き込まれていると心配している。


 その心配は、疑いじゃない。


 ……たぶん。


 俺は頷いて、普通っぽく返した。


「……だよな。噂なんて、すぐ飽きる」


「そうそう。みんな新学期で忙しいし」


 妃愛はそう言いながらも、俺の手首を軽く掴んだ。吊革じゃなく、俺を現実に繋ぎ止めるみたいに。


 その優しさが、逆に怖い。


 ここで俺が本当のことを言えないのが、怖い。


 電車のドアが開いて、乗客が入れ替わる。


 その流れの中で、別の学生が言った。


「明日、学校に聞き取り来るらしいぜ」


「え、うちも? 能力のやつ?」


「そうそう。天使の件じゃね?」


 俺の胃が沈んだ。


 今日担任が言っていた“外部の聞き取り”。


 それは、ただの形式じゃない。


 世論がこの街に寄ってきたからだ。


 つまり明日、俺の学校は“疑いの集積点”になる。


 霧が剥がれる。


 剥がれたら――終わる。


 俺は息を吸って吐く。普通の呼吸。普通の顔。


 妃愛が言った。


「明日、聞き取り。透、変なこと言わないでね」


「……変なことってなんだよ」


「“変なこと”はだいたい、透が自分で思ってない時に起きる」


 朝も同じこと言ってたな。


 俺は笑った。笑うしかない。


 その時、スマホが震えた。


 通知。


 見るな。見ると巻き込まれる。


 でも見てしまった。


『藍川 綾香

明日、あなたの学校に聞き取りが入る。

“噂”が早い。気をつけて』


 心臓が跳ねた。


(綾香、知ってる)


(やっぱり、明日の聞き取りに関わってるのか)


 妃愛が俺の画面を覗き込もうとしたが、俺は反射でスマホを伏せた。


 妃愛が眉を寄せる。


「……誰?」


「……ただの、連絡」


 嘘ではない。連絡だ。嘘じゃないことだけ言うのが、俺の生存戦略になっている。


 妃愛は深追いしなかった。賢い。ありがたい。


 でもその“賢さ”は、時々怖い。


 電車が揺れる。


 窓の外の夕焼けが流れる。


 明日が近づく。


 疑いが増えるほど、霧が薄くなる。


 明日、どれだけ疑いが増える?


 俺は自分の手を見た。握れば世界に小さなルールを足せる手。だけど疑われたら弱くなる手。


 普通の手に見えるように、俺は指を開いて閉じて、ただの高校生みたいに疲れたふりをした。


 家に帰ると、セラが廊下で待っていた。


「おかえりなさい、透さん」


 羽を畳んで、にこっと笑う。


 その笑顔が、今日は妙に怖い。


「……ただいま」


「今日、学校。どうでしたか?」


「……普通だった」


 俺は言い切った。言い切りたい。普通であれ。


 セラは頷いた。


「普通は大切です」


 それを天使が言うと、やっぱり怖い。


 セラは少しだけ首を傾げた。


「でも、波がうるさいです」


「……波」


「はい。出生の波。遠くの人たちが“疑い”を始めています」


 俺の背中が冷えた。


 セラは、俺の仕様を知っているみたいに言う。いや、天使だから感じるのか。創造主を探しているから、世界の揺れに敏感なのか。


「明日、もっと増えます」


 淡々と言うな。


「……なんで分かる」


「匂いが変わります」


 匂いで言うな。


 俺は鍵を開けて部屋に入った。靴を脱ぐのも忘れそうだった。机に鞄を置く。参考書が見える。


(勉強しなきゃ)


(普通の高校生は、勉強する)


(でも明日、聞き取りが来る)


 スマホがまた震えた。


 一姫からだ。


『お兄さん!

なるほどなるほど! ネットで“創造主は東京にいる”って出てます!

お兄さんの街、話題です! すごいです!

(言っちゃだめなやつでした!?)』


 俺は天井を見上げた。


「……妃愛、明日も頼む」


 誰にも聞こえない声で呟く。


 普通でいるために、俺は人に頼るしかない。


 普通のはずの入学式の翌日。


 外部の聞き取り。


 噂が加速して、疑いが増える日。


 俺の霧が、どれだけ剥がれるのか。


 考えたくないのに、考えてしまう。


 机に向かい、鉛筆を握る。


 普通の高校生のふりをして、参考書を開く。


 ページの文字が、まったく頭に入らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ