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第十一話 推奨四人、上限三人、詰み

目が覚めた――という表現が正しいのか分からない。


 だって俺はカフェの椅子に座ったままのはずで、現実の身体は動いていない。なのに、今俺は草の匂いを吸って、風を頬で感じて、足裏で地面の硬さを踏んでいる。


 完全VR。


 人生初。


 テンションが上がらない方が嘘だ。


「うわ……やば」


 俺は思わず声を漏らした。漏らしてしまった。普段なら「目立つな」「冷静に」と自分を叱るのに、ここではそのブレーキが薄い。


 だってゲームだ。


 生きるか死ぬかじゃない。――と、頭が言っている。心臓は別のことを言っている気がするが、今日は黙らせる。


 俺はその場でジャンプした。


 浮遊感。重力。着地の衝撃が膝に来る。体のバランスが崩れて、危うく転びそうになる。


「おいおい、危ないよ」


 隣でルカが笑った。ピンク髪の僕っ子天使――ゲーム世界では羽がない代わりに、軽いマントと杖みたいな装備を背負っている。


「いや……これ、すげえ。普通に地面あるじゃん」


「地面があるのは当然だよ」


「そうじゃなくて!」


 俺は手を開いて閉じた。指が動く。爪が見える。呼吸で胸が上下する。視界の端で草が揺れる。


 これ、マジで“入ってる”。


 俺が長年画面越しにやってきたMMORPGが、今は世界になってる。


 俺はその場で剣を抜いて、空振りした。軽い風切り音。手首に残る反動。思わずニヤける。


「……おい、透」


 ルカが肩をすくめる。


「テンション上がって説明読まない派?」


「え?」


「ダンジョン入る前に、準備とか確認とか」


 俺は言い返そうとして、言い返せなかった。


 図星だ。


 昨日までの俺なら「慎重に」「疑いを増やすな」「余計なことをするな」と石みたいに固くなっていたのに、今は――浮かれてる。


 だってVRだ。


 人生初の完全VR。


 文字なんて目に入るわけがない。


「……今は楽しいからいいだろ」


「うん。楽しむのはいい。死ぬのはダメ」


「死ぬって言うな」


 ルカはあっさり言う。


「死ぬとログアウトする。ペナルティある。現実で椅子から落ちたりはしないけど、気分は落ちる」


 ペナルティって何だよ、怖いことを軽く言うな。


 俺は深呼吸して、心を落ち着かせた。ちゃんと状況を思い出す。


 ルカの鑑定が、俺だけ「読み込み中」で固まった。


 それが、やばい。ゲーム世界でも俺は“穴”のまま。普通になれない。


 でも――今はその話を置いておく。


 ルカの目的はダンジョン攻略。俺の目的は……まあ、ここで死なないことと、余計な断定を呼ばないこと。


「行こう」


 ルカが遺跡の入口を指した。


 暗い石の口。中は冷たい風が吹き出している。BGMが変わった気がする。ゲームだ、演出だ、と頭が言うのに、身体が勝手に緊張する。


 俺は剣を握り直し、遺跡に踏み込んだ。


 最初の部屋は、普通だった。


 ゴブリンっぽい雑魚が数体。いつものMMOなら「はいはい、経験値」くらいの相手だ。


 俺は前に出て、剣を振った。


 当たった。感触がある。肉を斬る感覚というより、硬いゴムを切るみたいな抵抗。それでも、ちゃんと手応えがある。


「おお……!」


 俺は思わず声を上げた。やばい。楽しすぎる。


 ルカは後ろで杖を振り、淡い光の球を飛ばした。光弾が敵に当たり、ゴブリンがよろめく。


「回復は必要になったら言って。今は温存」


 ルカがさらっと言う。こいつ、ゲーム慣れしてる。俺以上に冷静だ。


 俺たちは雑魚を片付け、次の通路へ進んだ。罠がある。床の模様が違う。俺が避けようとしたら、ルカが言う。


「そこ、踏んでいい。ダメなのは右」


「なんで分かる」


「鑑定」


 ルカが当然のように言った。


 鑑定最大。敵や罠の情報が見えるらしい。便利すぎる。怖い。


 俺は内心で思う。


(その鑑定が、俺だけ固まるのが問題なんだよな)


 だが今は攻略優先だ。俺は右を避け、左を踏んで進んだ。罠は発動しなかった。


 テンポよく進む。雑魚。罠。雑魚。通路。小部屋。宝箱。――ゲームの王道。


 俺はどんどん慣れていった。視界の動かし方、足運び、剣の振り方、距離感。呼吸の仕方。攻撃のタイミング。


 何より、気分が軽い。


 現実の俺はいつも「疑いが増える」「霧が薄くなる」「能力がバレる」と胃がきりきりしている。なのに今は――


「これ、最高だな……」


 思わず口に出た。


 ルカが笑う。


「でしょ。だから僕はこの世界が好き」


 ルカの声が少しだけ柔らかい。


 俺はその柔らかさが怖くなって、すぐに話題を変えた。


「で、どこが詰んでるんだよ。雑魚は余裕じゃん」


「ここから」


 ルカが指した先に、大きな扉があった。石の扉。中央に四つの凹み。何かをはめ込むような形。


 扉の上に、光る文字。


『試練の門:同時起動スイッチ×4』


 俺は目を細めた。


「……四つ?」


「うん。四つ」


 ルカが淡々と頷く。


 俺は笑った。


「なるほど。俺たち二人だと――」


「足りない」


 ルカが同じく笑う。笑ってるのに目が笑ってない。


 俺は肩をすくめた。


「まあ、そこは工夫で――」


 ルカが首を振った。


「工夫じゃ無理。ここは“同時”。四つ同時に押さないと扉が開かない。数秒以内に四つを押せばいいっていう甘い仕様じゃない。完全同時」


「……は?」


 俺は扉の周りを見回した。スイッチは、扉の前に四つ、少し離れて配置されている。人が立つ場所が四つ。明らかに「四人で来い」と言っている。


 俺は喉の奥で唸った。


「推奨人数……」


 ルカが空中に指を滑らせ、メニューを開いた。クエスト説明の欄を表示する。


『推奨人数:4人以上』


 そこで俺は気づいた。


 俺は説明を読んでいなかった。


 最初から推奨4人と書いてあったのに、俺は人生初VRでテンションが上がりすぎて、文字が目に入っていなかった。


「……読めよ、俺」


 俺は自分で自分にツッコんだ。


 ルカが肩をすくめる。


「君、やっぱり説明読まない派だ」


「人生初の完全VRでテンション上がって、文字が目に入らなかったんだよ!」


 言い訳がダサい。でも事実だ。


 俺は扉の前で頭を抱えた。


「推奨四人……」


 ルカがさらっと言う。


「でも僕の能力、最大三人」


「……いやそれ、詰みじゃん」


 俺は言い切った。言い切ってしまった。


 推奨四人以上。最大三人。


 矛盾。


 ゲームとして成立してないだろ。


 ルカは困ったように笑った。


「でしょ? 僕も詰んでた。だから君を呼んだ」


「人数増やしても三人までだろ!」


「うん。だから“上手い人”が必要だと思った」


 俺は額を押さえた。


「詰みじゃん……」


 ルカが真面目な顔になる。


「詰みじゃない。詰み“みたい”なだけ。クリアした人がいるから」


「どうやって?」


 ルカは指を立てた。


「四人分の役割を、三人で埋める」


 言うのは簡単だ。


 俺は扉の四つのスイッチを見て、現実に戻った。


「……同時起動、どうする」


 ルカは俺を見た。


「だから、作戦を立てる」


 俺は深呼吸した。


 頭を切り替える。浮かれてる場合じゃない。今ここで詰んで帰ったら、現実に戻ってまた疑いに怯える日常が待ってる。


 ……それは嫌だ。


 せっかくのVR、せっかくの逃げ場。ここくらい、勝ちたい。


「一旦ログアウトできる?」


「できる。けどペナルティが重い。今日の挑戦回数が減る」


 制限時間もあるって言ってた。確か一回の潜行に一時間の上限。これ以上の無駄は痛い。


 俺は決めた。


「……一人呼ぶ」


 ルカが目を丸くした。


「空き枠、使うんだね」


「嫌だけどな。人数増やすと余計な断定が増える確率が上がる」


 俺は苦い顔をした。


 ルカは、なぜか少し楽しそうに笑った。


「君、ほんとに慎重だね」


「慎重でいないと死ぬ」


 言ってから、しまったと思った。今のは現実の俺の本音に近い。ルカがその意味を理解したら、面倒になる。


 だがルカは深追いしなかった。あるいは深追いする気がないだけか。


「誰を呼ぶの?」


 俺は答えた。


「一姫」


「……天使?」


「そうだよ。口が軽くてうるさいやつ」


 ルカが笑う。


「楽しそう」


 やめろ、楽しむな。


 俺は現実のスマホを思い浮かべる――この世界では、呼び出しのUIがあるらしい。ルカが空中に指を滑らせ、パーティ画面を出した。


『パーティ枠:2/3』


「ここから招待できる。君が呼ぶ?」


「俺が呼ぶと変なログが残りそうで嫌だ」


「何それ」


「気分だよ」


 ルカは肩をすくめ、指を止めた。


「じゃあ僕が招待する。名前は?」


「水野一姫」


 ルカが入力し、招待を送る。


 数秒後。


 空気が揺れた。


 光が集まり、そこに人影が現れる。


「お兄さーーーん!!」


 開幕から声がでかい。


 水色髪の天使少女――一姫が、ゲーム世界に降り立った。羽はないが、本人のテンションは羽がある。


 そして何より、足場が草だろうと石だろうと関係なく、いきなり俺に飛びつこうとした。


「お兄さん! ここどこですか!? なるほどなるほど! ゲームの世界が秘密なんですね!!」


「静かに!」


 俺が叫ぶ。


 ルカが笑いながら言う。


「君が“うるさいやつ”って言ってた意味、分かった」


「分かったなら止めろ!」


 一姫が俺の周りをくるくる回る。


「すごいです! 風の匂いがします! 石が冷たいです! え、これ本物ですか!? お兄さん、これ夢ですか!? 夢なら秘密ですよね!?」


「秘密じゃない!」


 俺は頭を抱えた。


 だが、頼もしいのも事実だ。


 現実でも一姫はフィジカルが常人離れしている。天使としての身体能力がある。ゲーム世界にそれがどこまで反映されるか分からないが、少なくとも“アタッカー”として期待できる。


 俺は一姫の肩を掴んで、真面目な声を出した。


「一姫。今から作戦会議だ」


 一姫がぴたりと止まった。


「なるほどなるほど! 作戦会議が秘密なんですね!」


「秘密じゃないけど、静かにしろ」


「はい!」


 ルカが指を立てた。


「まず確認。制限時間は一時間。今、残りは……」


 空中に表示されたタイマー。


『残り時間:46:12』


「……46分しかない。さっきまで雑魚狩りしてたから」


 俺は舌打ちした。


「俺のテンションのせいだな」


 ルカは軽く笑う。


「今さら後悔しても仕方ない。今は攻略に集中」


 俺は頷いた。


「推奨四人なのに最大三人。つまり、四人目の役割を誰かが肩代わりする必要がある」


 一姫が手を挙げる。


「わたし、四人目やります!」


「お前は一人だ」


「じゃあ二人分やります!」


 勢いが怖い。


 俺は話を進めた。


「推奨四人の理由は、たぶん二つ。ひとつは火力と回復。もうひとつはギミック処理。さっきの門、同時スイッチ四つだった」


 ルカが頷く。


「このダンジョン、同時ギミックが多い。四人想定。三人だと“同時”をズラしても成立しない」


 俺は考える。


「なら、四つ同時を三人でどうするか。……物理で壊せるか?」


 一姫が目を輝かせる。


「壊します!!」


 やめろ、即断するな。


 ルカが笑いながら言った。


「試した。壊せない。扉は“試練の門”。破壊不可属性」


 くそ。


 俺は唸った。


「じゃあ……スイッチを同時に押すのは四つ必要。でも三人しかいない。つまり“人間じゃない手段”で四つ目を押す必要がある」


 ルカが首を傾げる。


「召喚系?」


「そういうのは持ってない。俺は剣士だし」


 一姫が手を挙げる。


「わたし、すごい力あります!」


「力じゃスイッチは増えない」


 一姫がしゅんとする。


 ルカがぽんと手を叩いた。


「……あ」


「何」


「僕。鑑定最大。罠やギミックの“条件”が見える。門のスイッチ、完全同時って言ったけど……本当に“完全同時”か、もう一度見ていい?」


 俺は頷いた。


「見ろ。頼む」


 ルカが手を翳した。光が走る。鑑定。空中にウィンドウが出る。


 ルカの目が少しだけ細くなる。


「……条件、あった」


 俺が身を乗り出す。


「何」


「“同時起動スイッチ×4”。でも、補足がある。『起動判定は“接触”で行う』」


「接触?」


 ルカが指で補足文をなぞる。


「つまり、“人が立つ”じゃなくて“何かが触れていれば”起動判定になる」


 俺の脳内で電球が点いた。


「……なら、四つ目は“物”で押さえればいい」


 一姫が目を輝かせる。


「なるほどなるほど! 石を置けばいいんですね!」


 ルカが頷いた。


「その通り。スイッチの上に重りを置けばいい」


 俺は息を吐いた。


「推奨四人のギミック、物理で埋められる……!」


 だが問題はもう一つある。推奨四人はギミックだけじゃない。戦闘もきつい。


「よし。門の問題は解決。次はボス戦だ」


 ルカがタイマーを見る。


「残り44分。門を抜けて、ボスまで行って、倒して、帰還。ギリギリ」


 一姫が胸を張った。


「わたし、がんばります!」


 俺は頷いた。


「役割決める。俺がタンク。敵のヘイトを取って、位置調整して、まとめる。雑魚も俺が集める」


 一姫が手を挙げる。


「わたし、殴ります!」


「アタッカーだ。火力担当。お前は強い。たぶん強い。……強いよな?」


「強いです!」


 ルカが静かに言う。


「僕は回復役に徹する。回復とバフ。あと鑑定で罠とギミックを読む。四人目の“指揮役”も僕がやる」


 俺は頷いた。


「頼む。俺は戦闘中に考える余裕がない」


 一姫が首を傾げる。


「お兄さん、ゲーム慣れてるのに?」


「慣れてるからこそ、戦闘に集中したいんだよ」


 これが一番の真実だ。慣れてるからこそ分かる。“指揮”と“タンク”と“火力”を同時にやるのは無理だ。


 俺は最後に釘を刺した。


「一姫。口が軽いのはいい。でもここでは“余計なこと”を言うな」


 一姫が胸を張って頷く。


「はい! 秘密は言いません!」


「秘密じゃなくても言うな」


「はい!!」


 不安しかない。


 作戦は決まった。


 俺たちは門の前に戻り、スイッチに重りを置く準備をした。


 一姫が近くの石像の欠片を見つけ、片手で持ち上げる。


「これで押さえます!」


「それ、重すぎないか?」


「重い方が安心です!」


 安心の方向性が脳筋だ。


 ルカが指示する。


「スイッチ四つ。三つは僕たちが踏む。四つ目は石。タイミングは合わせる。……行くよ」


 俺は頷き、スイッチの前に立った。


 一姫も立つ。ルカも立つ。


 ルカが数える。


「3、2、1――今」


 一姫が石を落とした。ドン、と鈍い音がしてスイッチが沈む。俺たちも同時に踏み込む。


 扉が震えた。


 光が走る。


 石の門が、ゆっくり開いた。


「開いた!!」


 一姫が叫ぶ。


「静かに!」


 俺が叫ぶ。


 でも叫びたくなる。勝った。小さな勝利。推奨四人の壁を、三人+石で越えた。


 俺たちはすぐに中へ走った。時間がない。


 門の先は、空気がさらに冷たかった。


 雑魚の数が増える。攻撃が痛い。罠がいやらしい。四人想定が肌で分かる。


 俺はタンクとして前に出た。盾はないが、剣士でもヘイトは取れる。スキル回しで敵を引きつけ、位置を調整し、まとめる。


「まとめた! 一姫、今!」


「はい!!」


 一姫が飛び込む。


 火力がおかしい。


 普通のアタッカーの動きじゃない。拳で殴ってるのに、剣より火力が出ている。いや、ゲーム内の一姫は“格闘”系の職なのか? スキルエフェクトが派手だ。敵が吹っ飛ぶ。


「ちょ、やりすぎ……!」


 俺が言いかけた瞬間、ルカが叫ぶ。


「透、左! 罠、起動する!」


 俺は反射で飛び退いた。床が沈み、針が飛び出す。危なかった。


 ルカが後ろで淡い光を撒く。


「回復。バフ。透、HP半分」


「分かった!」


 俺は息を切らしながら前に出る。現実の運動不足が刺さる。だがゲーム内の身体は現実より軽い。助かる。


 それでも、苦しい。


 推奨四人を三人で埋めるのは、単純に忙しい。忙しすぎる。


 一姫は火力担当のくせに、敵を倒した後すぐに振り返って言う。


「お兄さん! なるほどなるほど! 今の敵、秘密ありました!」


「言うな!」


「言いません!」


 言ってる!!


 俺は叫びたいのを堪えて、歯を食いしばった。


「次の部屋、急ぐ!」


 ルカがタイマーを見る。


「残り26分。ボスまであと三部屋」


 やばい。ギリギリどころか、ギリギリよりギリギリだ。


 ボス部屋の前。


 また門がある。今度はスイッチが二つ。簡単――と思ったら、補足がある。


『起動判定:同時接触+敵殲滅』


「……門開ける前に雑魚を全部倒せってことか」


 ルカが頷く。


「門前の雑魚を倒しながら、同時接触を維持しないといけない。四人なら二人で接触維持、二人で殲滅。三人だと……」


 俺が言う。


「俺が接触維持しながら釣る。一姫が殲滅。ルカは回復と鑑定」


 一姫が拳を鳴らす。


「殴ります!」


「頼む」


 俺たちは動いた。


 俺がスイッチに足を置いたまま、敵を釣る。敵が俺に群がる。痛い。回復が追いつかない。ルカが必死に回復を飛ばす。


「透、無理しないで! HP赤!」


「無理しないと間に合わねえ!」


 一姫が敵の群れに突っ込み、拳で薙ぎ払う。雑魚が吹っ飛ぶ。だがその勢いで、俺の方にも敵が飛んでくる。


「一姫、飛ばすな!」


「すいません!」


 門が震えた。雑魚が減っていく。残り数体。


 最後の一体を一姫が殴り倒した瞬間、門が開いた。


「行く!!」


 俺たちはボス部屋へ飛び込んだ。


 ボスはデカかった。


 黒い鎧の騎士。巨大な斧。目が赤く光る。BGMが変わる。心臓が嫌な音を立てる。


 ルカが叫ぶ。


「残り時間、14分!」


 やめろ、口にするな、焦る!!


 だが焦る。焦らない方が無理だ。


 俺はタンクとして突っ込んだ。ヘイトを取る。位置を固定。壁際に誘導。味方を巻き込まないように動かす。


 ボスの斧が振り下ろされる。避ける。地面が割れる。衝撃が身体に響く。


「痛っ……!」


 痛い。これ、痛い。再現度が高すぎる。


 ルカが回復を飛ばす。


「回復! 透、距離!」


「分かってる!」


 一姫が横から突っ込む。


「お兄さん! 殴ります!!」


「殴れ!」


 一姫の拳がボスにめり込む。エフェクトが派手に散る。HPバーが目に見えて減る。火力がバグだろ。


 だがボスもバグだ。HPが多い。ギミックがある。突然、床に光る円が三つ出た。


「分散ギミック!」


 ルカが叫ぶ。


「踏め! 三つ!」


 三つなら、今は三人だ。踏める。だが――円が四つ目を出した。


「……は?」


 俺の声が漏れた。


 四つ目の円が、少し離れた場所に出る。


 推奨四人の牙だ。


 踏めない。


 一姫が叫ぶ。


「なるほどなるほど! 四つ目が秘密なんですね!!」


「秘密じゃなくて死ぬやつだ!」


 ルカが瞬時に叫ぶ。


「透! 一姫! 近い二つは踏んで! 僕が一つ踏む! 四つ目は――」


 ルカが言いかけた瞬間、俺は咄嗟に周りを見た。


 柱。


 ボス部屋の角に、石の柱がある。装飾柱。倒れそうな細さ。


 俺の頭に、戦略が閃いた。


「一姫!! 柱を折れ!!」


「はい!!」


 即答するな、判断が早すぎる。


 一姫が柱に突っ込み、拳で殴った。


 柱が、折れた。


 いや、折れるな。ゲームの柱が折れるのかよ。だが折れた。倒れた。石の柱が床を転がり、四つ目の円の上に滑り込む。


 光の円が、反応した。


「判定、接触!!」


 ルカが叫ぶ。


「起動した!!」


 俺は息を吐いた。


 ギミックが解除された。ボスが一瞬だけ硬直した。隙ができる。


「今だ!!」


 俺が叫ぶ。


 一姫がボスの胸に拳を叩き込む。


 HPバーが大きく削れる。


 ルカがバフを重ねる。


 俺がヘイトを維持し、位置を固定する。


 残り時間、7分。


 ボスの動きが荒くなる。斧が連続で振られる。床が割れる。避ける場所が減る。


 俺のHPが赤になる。回復が間に合わない。


「透、下がって!」


 ルカが叫ぶ。


「下がったらヘイト飛ぶ!」


 俺が叫び返す。


 一姫が割って入る。


「わたしが受けます!!」


 受けるな!


 だが一姫はボスの前に立ち、斧を腕で受け止めた。


 受け止めるな!


 その瞬間、一姫のHPがごっそり削れた。


「一姫!!」


「大丈夫です! なるほどなるほど! 痛いのが秘密なんですね!!」


「秘密じゃねえ!」


 ルカが必死に回復を飛ばす。


「回復! 回復! 一姫、HP危険!」


 俺は一姫を引き戻し、再びボスを引きつけた。ヘイトを取り返す。剣を振る。斧を避ける。息が切れる。心臓が痛い。


 残り時間、2分。


 ボスのHP、あと少し。


 だが最後のギミックが来た。


 ボスが吠え、部屋の四隅に光が灯る。四つ。四つだ。


「……また四つ!」


 俺が叫ぶ。


 ルカが叫ぶ。


「時間ない! 透、指示!」


 指示。俺が指示。無理だ。だがやるしかない。


 俺は瞬時に判断した。


「柱を倒せ! 足りない分、物で埋める!!」


 一姫が叫ぶ。


「殴ります!!」


 殴るな、倒せ! いや同じか!


 一姫が壁際の装飾を殴って破壊する。石片が飛ぶ。光の灯りに触れる。


 判定が通る。たぶん通った。演出が揺れる。


 俺はボスを押し込み、最後のスキルを叩き込んだ。剣が光る。エフェクトが走る。ボスのHPが――


 ゼロになった。


 ボスが崩れ落ち、光になって消える。


 同時に、タイマーが止まった。


『クリア条件達成:制限時間内』


 残り時間表示。


『00:00:38』


 38秒。


 ギリギリどころじゃない。ギリギリの向こう側だ。


 俺はその場に座り込み、息を吐いた。


「……勝った……」


 一姫が跳ねる。


「勝ちました!! なるほどなるほど! 勝利が秘密なんですね!!」


「秘密じゃない!!」


 ルカが笑った。


「君たち、すごいね」


 その声は素直だった。


 俺は笑って、天井を見上げた。石の天井。ゲームの天井。なのに、泣きそうなくらい現実だった。


 勝った。


 推奨四人、上限三人。


 詰みみたいな矛盾を、力技と工夫で越えた。


 俺はふと、思い出す。


 ――ルカの鑑定が俺だけ読み込み中で固まったままだということを。


 勝利の余韻が冷えた。


 ルカが空中メニューを開き、報酬画面を眺める。楽しそうに――そして、ふと、俺を見た。


「透」


「……何」


「君の情報、まだ読み込み中。ずっと固まってる」


 やめろ、その話を今するな。


 ルカは笑った。


「でもさ。さっき一瞬だけ、進んだ」


 俺の心臓が跳ねた。


「……は?」


「ほんの一瞬。バーが動いた。0%が1%になったみたいに」


 ルカは楽しそうに言う。


「攻略の瞬間、君の“何か”が動いた。……面白いね」


 面白くない。


 俺は笑って誤魔化した。


「ラグだろ」


「うん。たぶんね」


 ルカは“たぶん”と言った。その言い方が、わざとらしく聞こえた。


 その瞬間、視界の端が白くなる。


 ログアウトの演出だ。


 身体が引っ張られる。風が消える。匂いが消える。重力が消える。


 俺は最後に一姫の顔を見た。一姫は満面の笑みだった。


「お兄さん! また呼んでください! いつでも殴ります!」


「殴るな」


 俺のツッコミが届いたか分からないまま、世界が反転した。


 目を開けると、カフェだった。


 現実のカフェラテが冷めている。身体が重い。呼吸が現実の空気に戻る。


 ルカが向かいで目を開け、にこっと笑った。


「お疲れさま。クリアできたね」


 一姫は――いない。招待解除で帰ってる。現実の一姫はたぶん、どこかで「なるほどなるほど!」と言っているだろう。


 俺は椅子にもたれて、息を吐いた。


「……楽しかった」


 素直に言ったら、ルカが目を細めた。


「でしょ」


 その笑顔が、少しだけ怖い。


 俺は思う。


 ゲーム世界でさえ、俺は不明で固まる。


 しかも攻略の瞬間だけ、1%進んだ。


 それはつまり、俺の“穴”は、何かの条件で動く。


 その条件をルカが追い始めたら――。


 疑いが増えるほど、霧が薄くなる。


 俺は勝ったのに、負けた気分だった。


 カフェの窓の外で、夕方の人波が流れる。


 普通の放課後。


 普通の街。


 普通の高校生。


 俺はその普通に戻りながら、頭の中ではもう次の不安を数えていた。

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