炎と水
自分たちが強くなったからだろうか。
レグルスの裏試験ダンジョンに足を踏み入れてから、それほど時間は経っていない。
それでも。
辺り一面には、魔物の亡骸が転がっていた。
獣型。
骸骨兵。
飛行種。
どれも本来なら熟練のパーティでも苦戦する相手ばかりだ。
その全てが、静かに倒れている。
新は白珠を鞘へ納め、小さく息を吐いた。
「手こずるかと思っていたが……案外、大丈夫だったな」
「うん!!」
皐月は嬉しそうに笑う。
「あっ、素材とか魔石とか回収しちゃうね!」
「頼む」
緊張が解けたのか、
皐月は軽い足取りで魔物の素材を収納し始めた。
そんな姿を見て、新も僅かに口元を緩めた。
(確実に強くなってるな)
少し前なら、この数を相手にするだけで精一杯だった。
だが今は違う。
皐月の精霊術。
そして、自分の白珠。
二人の連携は確実に完成へ近づいていた。
⸻
その様子を。
少し離れた岩山の上から、
二人の覚醒者が眺めていた。
「炎、見た?」
「あぁ」
赤い瞳の男が短く答える。
「……かなり強いな」
隣では、
水色の髪を揺らした少女が楽しそうに笑う。
「あの女の子も見た?
魔導士かな?
見たことない魔法ばっかりだったね」
「そうだな」
「接触してみる?」
炎と呼ばれた男は、
黙って新を見つめる。
しばらくして。
「……私が手合わせする」
「え?」
水の笑顔が固まった。
「や、やめなよー」
「炎、手加減できないじゃん」
「死んだら」
炎は無表情のまま言う。
「水、お前が後処理すれば良い」
「嫌だよ!」
水は大げさに肩を落とした。
「マスターに怒られるの僕なんだから!」
「弱い奴が悪い」
炎は淡々と答える。
「マスターは弱者に甘すぎる」
そう言い残し、
炎は岩場から飛び降りた。
水は大きくため息を吐きながら、その後を追う。
「また怒られる流れじゃん……」
⸻
一方、その頃。
レグルスギルド本部。
執務室で机に肘をついていた男が、
突然顔をしかめた。
「……嫌な感じがする」
レグルスギルドマスター。
力弥。
隣にいた秘書が首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「なんかさぁ」
頭を掻きながら答える。
「胸騒ぎがする」
秘書は苦笑する。
だが。
力弥の勘は、
今まで一度も外れたことがない。
「今日、何か変わった報告あった?」
「変わった報告……ですか」
資料を確認する。
「あ……一件だけ」
「何?」
「裏試験ダンジョンへ二名のハンターが入場しています」
「担当は?」
「水さんと炎さんです」
「…………最悪だ」
力弥は勢いよく立ち上がった。
「炎かよ」
水はまだいい。
だが炎は違う。
実力至上主義。
強者しか認めない。
前回も挑戦者を瀕死まで追い込み、
あと一歩で殺しかけた。
「ダンジョンへ行く」
「誰を連れていきますか?」
「ダンジョン前の監視に暁がいたはずだ」
「あいつを連れて行く」
ため息をつきながら歩き出す。
「最悪、証拠隠滅作業が必要になる」
⸻
一方。
新たちの前へ、
二つの人影が歩いてくる。
「君たち」
水がにこやかに手を振る。
「僕たちと遊ばない?」
その瞬間。
新は反射的に一歩前へ出た。
皐月を背中へ隠す。
「……お前は」
目の前の二人を見据える。
(炎と水)
レグルスギルドでも、
特に危険なメインキャラクター。
(ここで出てくるとは)
予定より早い。
しかも最悪の組み合わせだ。
⸻
「あれ?」
水が首を傾げる。
「もしかして僕たちのこと知ってる?」
「……ああ」
「なんでなんで?
初対面だよね?」
「有名だからな」
新は短く答えた。
炎。
火の剣士。
剣技と炎魔法を融合させる、
純粋火力では作中でも指折りの実力者。
水。
水属性の魔導士。
癒やしだけではない。
酸。
毒。
腐食。
あらゆる液体を操る危険人物。
そして。
この二人に興味を持たれた時点で、
イベントは強制進行となる。
逃げることはできない。
気に入られなければ――
死。
ゲームオーバー。
(何度、この二人に殺されたことか)
新は心の中で苦笑した。
⸻
「俺たちはダンジョン攻略中なんだ」
新が静かに言う。
炎は鼻で笑った。
「よく言う」
「ここが試験場だってことくらい、
知ってるだろ」
「…………」
「俺が」
炎は大剣を肩へ担ぐ。
「直々に試験してやる」
口元がわずかに歪む。
「ありがたく受け取れ」
⸻
(避けられないか)
新は静かに息を吐いた。
「分かった」
そして。
「相手は俺一人でいい」
「新!?」
皐月が驚く。
だが新は振り返らない。
「皐月」
「お前はまだ精霊の力を連発できない」
「俺に何かあった時だけ動け」
「回復を頼む」
皐月は唇を噛み締める。
「……分かった」
不安そうに頷いた。
⸻
「へぇ」
水が楽しそうに笑う。
「僕たち二人を、一人で相手するんだ」
「ちょっと生意気かも!」
炎はゆっくりと剣を抜く。
燃え上がるような赤い刀身。
「死んで」
静かに告げる。
「後悔するなよ」
その瞬間。
空気が灼けるように熱を帯びた。




