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Operation PERSIMMON  作者: lemonia
青い柿

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第一章 青い柿 第四話 蟹澤誠

 猿田の手がTRG M10に触れた。


「やめろ」


 誠が言った。


 猿田の手が止まった。


「まだ戻れる」


「それ、俺が言おうと思ってた」


 猿田は笑わなかった。


 誠も笑わない。


「剛」


「何だよ」


「俺の後ろに来い」


「親父」


「来い」


 剛が動く。


 誠が半歩ずれた。


 その身体が、猿田と剛の間に入った。


 猿田はそれを見ていた。


「隊長」


「何だ」


「データを渡せ」


「断る」


「渡せば終わる」


「何が」


「ここが」


「その先は?」


 猿田は答えなかった。


「猿田」


「何だよ」


「誰についた」


「聞いてどうする」


「確認だ」


「確認してどうする」


「お前を連れて帰る」


 猿田が、ほんの少し目を細めた。


「……そういうとこだよ」


「何が」


「あんたの悪いところ」


「直すよ」


「遅い」


 風が吹いた。


 防風林の葉が擦れた。


 剛には二人の会話が分からなかった。


 PERSIMMON。


 三つ目のデータ。


 猿田が組んだ配置。


 来ない牛。


 爆発。


 ばらばらの仲間。


 断片だけが頭の中を走っている。


「猿田さん」


 猿田が剛を見た。


「何なんだよ、これ」


「剛」


「何だよ」


「黙ってろ」


 いつもの声だった。


 それが余計に怖かった。


「親父、何が」


「剛」


 誠が遮った。


「今は俺を見ろ」


 剛は父を見た。


「俺が動いたら、右へ走れ」


「どこまで」


「止まれと言うまで」


「親父は」


「返事」


「一緒に」


「返事!」


「……了解」


「よし」


 猿田が息を吐いた。


「行かせると思うか?」


「お前なら行かせる」


「買いかぶるなよ」


「長い付き合いだ」


「だから言ってんだ」


 猿田の右手がTRG M10のグリップを握った。


 誠のH&K G36は下がったままだった。


「隊長」


「ああ」


「最後にもう一回だけ言う」


「聞こう」


「データを渡せ」


「断る」


「PERSIMMONから手を引け」


「断る」


「会社には俺から話をつける」


「何て?」


「何とでも」


「俺が全部やったことにするのか」


 猿田は黙った。


 誠の顔から何かが消えた。


 怒りではなかった。


 期待だった。


「そこまで決まってるのか」


「隊長」


「答えろ」


「……ああ」


 誠は目を閉じた。


 一秒もなかった。


 もう一度開く。


「そうか」


 それだけだった。


 剛が猿田を見る。


「何だよ、それ」


「剛」


「親父が全部って何だよ」


「黙れ」


「猿田さん!」


「黙れ!」


 猿田が初めて剛を怒鳴った。


 剛の身体が固まった。


 猿田自身も、一瞬だけ顔を歪めた。


「……頼むから黙ってろ」


 低い声だった。


 誠が言った。


「こいつは関係ない」


「分かってる」


「十六だ」


「知ってるよ」


「訓練生だ」


「それも知ってる」


「だったら」


「だから黙らせろって言ってんだ!」


 声が丘陵の斜面を走り、防風林の向こうへ抜けた。


 静かになった。


 猿田は息を整えた。


 腕時計を見る。


「九分」


 誠が言った。


「八分半だ」


 猿田が答えた。


「やっぱり二分甘いな」


「うるせえよ」


 ほんの一瞬。


 二人とも昔の顔に戻ったように見えた。


 剛にはそう見えた。


 次の瞬間、誠が動いた。


「走れ!」


 剛は右へ跳んだ。


 TRG M10が短く吠えた。


 誠の身体が揺れたと思ったと同時に、左上腕に衝撃が来た。


 誰かに鉄棒で殴られたようだった。


 身体が回った。


 足が地面から離れた。


 転倒した。


 何が起きたのか分からなかった。


 遅れて痛みが来た。


「――ッ!」


 声にならなかった。


 左腕がない。


 そう思った。


 実際にはあった。


 肩から先はまだ身体についていた。


 だが上腕の形が変わっていた。


 服が裂けている。


 血が出ている。


 骨がどうなっているのか、剛には見えなかった。


 見たくもなかった。


 左手を動かそうとした。


 動かなかった。


「親父!」


 誠が膝をついていた。


 胸を押さえている。


 指の間から血が流れていた。


 剛は右手で地面を掻いた。


「親父!」


「動くな!」


 猿田の声。


 剛は顔を上げた。


 猿田がTRG M10を構えていた。


 スコープの向こうに剛がいる。


 猿田の銃口が自分を向いた。


「動くな」


 猿田がもう一度言った。


 声が震えていた。


「猿田……」


 誠が立とうとした。


「動くな、隊長」


「剛を……」


「分かってる」


「こいつは関係ない」


「分かってるって言ってるだろ!」


 猿田が叫んだ。


 誠は立てなかった。


 片膝をつく。


 地面に血が落ちる。


 TRG M10の銃口が剛から誠へ戻った。


「データ」


 誠は答えない。


「隊長。データを出せ」


「嫌だね」


「死ぬぞ」


「もう撃っただろ」


「まだ間に合う」


「何が」


 猿田は答えなかった。


 誠が笑った。


「お前、嘘が下手になったな」


「……データを出せ」


「自分で探せ」


 猿田の顎が動いた。


 奥歯を噛んだように見えた。


 剛は右手で土を掴んだ。


 立たなければ。


 親父のところへ。


 左腕は使えない。


 脚は動く。


 右手で身体を起こす。


「動くな!」


 猿田が叫ぶ。


 剛は無視した。


「剛!」


 今度は誠だった。


「伏せてろ!」


「でも」


「命令だ!」


 剛は止まった。


 誠が猿田を見る。


「牛のところも、お前か」


「……何が」


「さっきの爆発だ」


 猿田は答えなかった。


「違うな」


 誠が自分で言った。


「お前がやらせたのか?」


「隊長」


「牛は生きてるのか」


「知らない」


「嘘つけ」


「俺がやったんじゃない」


「じゃあ誰だ」


「今それ聞いてどうする」


「俺の部下だ」


「俺の仲間でもある!」


 猿田の声が防風林の向こうへ飛んだ。


 誠が黙った。


 猿田も黙った。


 その言葉だけが、そこに残った。


「……だったな」


 誠が言った。


 猿田の顔が歪んだ。


「やめろよ」


「何を」


「そういう言い方」


「じゃあ帰ってこい」


「無理だ」


「なぜ」


「もう戻れない」


「誰が決めた」


「俺だよ」


 猿田は腕時計を見た。


「六分」


 TRG M10を片手で保持したまま、誠へ近づく。


「データ」


 誠は動かない。


「隊長」


「来るぞ」


「何が」


「QRF」


「分かってる」


「蜂も栗も臼も来る」


「来ない」


 誠の目が細くなった。


「何をした」


「何も」


「猿田」


「指定ポイントが違う」


 誠が黙った。


「……そういうことか」


「全員、生きてる」


「牛は」


 猿田は一瞬だけ黙った。


「生きてる」


「本当か」


「そこは信じろ」


「お前を?」


「……そうだよ」


 誠は猿田を見た。


 それから小さく頷いた。


「分かった」


 猿田の肩から、わずかに力が抜けた。


「データを」


「それは別だ」


「隊長!」


 誠の右手が胸ポケットへ伸びた。


 猿田の銃口が動く。


 誠が取り出したのは記録媒体ではなかった。


 無線機だった。


「やめろ!」


 猿田が踏み込んだ。


 誠の親指が送信ボタンを押した。


「BEE。聞こえてるなら――」


 TRG M10がもう一度吠えた。


 誠の身体が後ろへ倒れた。


「親父!」


 剛が立った。


 左腕から血が噴いた。


 視界が白くなる。


 それでも走った。


 二歩。


 三歩。


 膝が折れた。


 猿田が誠へ駆け寄る。


 胸ポケットへ手を入れる。


 黒い記録媒体を抜き取った。


 それを確認する。


「くそ……」


 腕時計を見る。


 剛は地面を這った。


「返せ……」


 猿田が振り向いた。


 剛を見る。


 左腕。


 血。


 地面に広がる赤。


 剛の顔。


 猿田がTRG M10を上げた。


 銃口が剛を向いた。


 剛は見返した。


「撃てよ」


 自分でも、なぜそんなことを言ったのか分からなかった。


 猿田は何も言わない。


「撃て!」


 銃口は動かなかった。


 数秒だった。


 遠くから音が聞こえた。


 低い。


 規則的な音。


 剛には何か分からなかった。


 猿田には分かった。


 空を見る。


 腕時計を見る。


「……早えじゃねえか」


 TRG M10が下がった。


 猿田は踵を返した。


「待て……」


 剛が右手を伸ばした。


「待て、猿田!」


 猿田は一度だけ止まった。


 振り返った。


 唇が動いた。


 声は聞こえなかった。


 猿田は防風林の奥へ消えた。


 剛は追えなかった。


 右手で土を掴む。


 身体を引く。


 少し進む。


 また右手を伸ばす。


 誠まで、十メートルもなかった。


 なのにひどく遠かった。


 左腕はもう、痛くなかった。


 それが一番怖かった。


 遠くの音が近づいていた。


 剛は右手だけで、父のところへ這っていった。


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