第六章 LEFTOVER 第九話 サルカニ
奥でH&K USP9が吠えた。
剛、栗、蜂、臼の四人は止まらなかった。
だが、急がない。
蜂が遠距離から見た限り、猿田の拳銃はフルサイズの九ミリだった。
栗も、同じ程度の見立てだった。
装弾数は十五発前後。
そのくらいに考えるしかない。
最初に何発入っていたのか。
途中で何発使ったのか。
正確には分からない。
ただ、まだ弾はありそうだ。
臼はMP5を構えたまま、中央を進んだ。
血が続いている。
猿田の歩幅が少し乱れていた。
左腕。
脇腹。
背中。
それでも止まってはいない。
廊下の先に資材の搬出口が見えた。
半分開いている。
外から夕方の光が入っていた。
栗が先に角へ入った。
刹那、USP9が吠えた。
壁の縁が砕ける。
栗が戻った。
「やっぱり面倒くせぇヤツだな」
剛が反対側から見る。
猿田の姿はない。
もう一発来る。
剛が引く。
猿田は当てに来ている。
だが、それだけではない。
次に使う場所、使いたい場所へ撃ってくる。
顔を出す場所。
身体を移す場所。
一発ごとに四人を確実に半歩以上止める。
臼が進む。
二発。
臼は壁へ戻った。
「まだ弾はありそうだ」
蜂が言った。
「分かってる」
剛が答えた。
栗が別の扉へ入った。
「俺から行く」
返事を待たない。
*
搬出口の向こうは細い作業ヤードだった。
左に低い倉庫。
右に資材置場。
錆びた鋼材とパレットが並び、その先で二本の通路に分かれている。
正面を抜ければ施設の東側。
左へ回れば古い整備棟の裏へ出る。
猿田は正面へ向かった。
栗が別の出口から出た。
Benelli M4。
撃つ。
猿田の前方で鋼板が跳ねた。
猿田が止まる。
USP9が栗へ向いた。
撃った。
栗は資材の陰へ消えた。
猿田が左の通路へ向きを変える。
栗は追わない。
Benelli M4を向けたまま、猿田の動きを見た。
もう一度、猿田が正面へ戻ろうとする。
「そっちじゃねぇ」
栗が撃った。
地面とパレットの間から破片が跳ねた。
猿田がまた左へ。
栗のつぶやきは猿田にも聞こえていたが、意味までは思考が回らなかった。
左の通路へ入る。
その先。
蜂がいた。
*
蜂は撃たなかった。
M4を肩につけている。
猿田が一度、資材の隙間から見えた。
撃てる。
しかし、まだ撃たない。
猿田が消える。
次。
遮蔽物から遮蔽物へ移る。
身体が開く。
蜂が撃った。
猿田の脚が崩れた。
一度、膝をつく。
すぐに立った。
蜂を見る。
何も言わない。
猿田は歩いた。
左脚を引きずっている。
それでも歩ける。
短い距離なら走れる。
蜂はその動きを見た。
大腿骨からは逸れたようだった。
猿田がUSP9を蜂へ向けた。
蜂が資材の陰へ入る。
銃声。
鋼材が弾けた。
猿田はその間に進んだ。
もう一発。
今度は後ろ。
栗が止まる。
猿田が抜ける。
その先に臼がいた。
*
MP5が短く咳き込んだ。
猿田の右側。
土とコンクリート片が跳ねる。
猿田が左へ。
またMP5。
今度は左。
猿田が止まった。
臼は撃ち続けない。
銃口だけを向けている。
猿田が右へ動く。
臼も動く。
左。
同じ。
猿田がUSP9を撃った。
臼が身体を引く。
その間に猿田が抜ける。
だが、抜けた先は広くない。
背後に栗。
横に蜂。
前に臼。
少し離れて剛。
猿田は一瞬だけ全員を見た。
笑わなかった。
USP9を握りなおした。
*
牛は適当な高さの資材に腰を下ろし、CZ75を右手に持ったまま無線を聞いていた。
前線からは散発的に銃声が続いている。
短い通信。
間。
また短い一言。
米丸の身体には布をかけてある。
その脇にSTEYR SSG 08。
少し離れた場所に負傷者が一人。
牛が処置してやった男だった。
男は壁際に座らされ、牛の視界から外れない位置にいる。両手は前でまとめられていた。
外周は静か。
道路も静か。
しかし、まだ一人いた。
管理棟と倉庫の間に残った死角から、不意に出てきた。
右手にS&W M36のスナブノーズ。
牛はとっさにCZ75をダブルタップ。
M36を落としながら、男が床へ崩れる。
猿田直属として、ファイルの中で見た顔だった。
牛はCZ75を右手に残したまま、構えを解いた。
何も言わない。
少しだけ頬が上気していた。
無線から栗の声。
『左へ行った!』
蜂。
『見えてる』
銃声。
臼。
『止める』
MP5の連射音。
牛はしばらく聞いた。
「……ほぼ終わりじゃな」
無線とは別の端末を取った。
番号を呼び出す。
「わしじゃ。さっき送った資料、届いとるか」
相手が何か言った。
「そうか。場所送る」
牛は座標を送った。
「今から来い」
少し間。
「できりゃヘリで来たほうがええの」
また何か言われた。
「はよぅ来い」
切った。
CZ75の鉄肌を撫でた。
少しだけ口元が緩んだ。
*
猿田はまだ撃った。
剛が出ようとした瞬間。
一発。
剛が戻る。
猿田が移動する。
栗が詰める。
USP9が吠える。
栗が止まる。
蜂が角度を変える。
猿田も変える。
蜂へ一発。
蜂が伏せる。
臼が入る。
猿田は臼へ向けた。
撃つ。
臼が止まった。
「そろそろだな」
栗が言った。
剛は答えなかった。
栗にも正確な数は分からない。
最初に何発入っていたのかも知らない。
それでも、ここまで撃たせている。
猿田がまた動いた。
片脚が遅れる。
切り返しで一瞬、身体が残る。
蜂の一発が効いている。
臼が正面を塞ぐ。
栗が左を取る。
蜂が右を押さえる。
剛は中央。
猿田の使える場所が狭くなった。
剛は左腕を見る。
武器支持用アタッチメント。
外す。
腰。
蟹爪。
交換する。
金属の爪が開いた。
栗がそれを見る。
「やっと使うのか」
「まだ聞きたいことがある」
栗が猿田のいる方を見た。
「まあ、素直には喋らないだろうけどな」
USP9が吠えた。
剛と栗が同時に身を引いた。
会話は終わった。
*
猿田が資材置場の奥へ下がった。
もう施設の端だった。
背後は高いコンクリート壁。
右に古い倉庫。
左は開けている。
そこへ出れば蜂から見える。
猿田は出ない。出られない。
マガジンポーチには15発の予備弾倉が二本ある。
しかし、左手を使わずに残弾の少ない弾倉を交換しておく余裕は与えられない。
右手でM4を腰だめにした剛が右から詰めてくる。
USP9。
撃つ。
剛が止まる。
猿田が数歩移る。
栗が反対側。
撃つ。
栗が引く。
臼が前へ。
猿田は撃たない。
臼がもう一歩。
撃つ。
臼が止まる。
一発ごとに猿田は時間を買った。
その時間で数メートル動く。
だが、買える時間は短くなっていた。
脚が遅い。
左腕は使えない。
呼吸も荒い。
それでも目だけは死んでいなかった。
剛が出た。
猿田が撃つ。
剛は壁へ戻りながら、牽制でM4を撃つ。
猿田が下がる。
剛はすぐにまた出る。
猿田がもう一度撃った。
近い。
剛が身体を捻った。
弾が背後へ抜けた。
猿田が一歩下がる。
USP9を剛へ向けた。
最後の一発だった。
猿田は知っていた。
だから、外さなかった。
*
猿田が俺に拳銃を向けた。
撃った。
見えたわけじゃない。
ただ、来ると思った。
左腕を上げた。
金属音がした。
衝撃が、義手の基部から肩まで一気に抜けた。身体が半歩、勝手に回った。
撃たれた、と思った。
だが痛みはない。
視線を落とす。
蟹爪の根元が削れていた。金属の縁がめくれ、黒い塗装の下の地肌が見えている。
弾いたのか。
こんなマンガみたいな腕で。
ご都合までマンガじゃねぇか。
文句を言って悪かったな、牛の糞。
猿田の拳銃を見た。
スライドが後退したまま止まっている。
猿田はマガジンキャッチを押して、自重では落ちない弾倉を床に振り落とす。
拳銃を腰のベルトに浅く差して、マガジンポーチへと右手が伸びる。
そこに俺はM4を捨てながら踏み込んだ。
猿田が身体を捻る。
拳銃がベルトから抜け落ちた。
床を滑る。
右足で蹴った。
さらに遠くへ滑っていった。
これで、もう撃てない。
その瞬間、視界の中央へ猿田の右拳が飛び込んできた。
*
猿田はまだ強かった。
左腕は潰れている。
脚にも蜂の弾が入っている。
それでも、俺より上手かった。
拳が来る。
受ける。
腹に入る。
息が抜ける。
肩から壁へ叩きつけられる。
離れる。
また来る。
右拳。
蹴り。
肩。
こっちが一つ返す間に、向こうは二つ選んでいる。
まともにやれば勝てない。
そんなことは、最初から分かっていた。
猿田が踏み込んだ。
脚が遅れる。
それでも上半身は速い。
右拳が頬をかすめた。
次が来る。
俺は身体を沈めた。
拳が肩を抜ける。
右手で猿田の腰を押した。
左腕を上げる。
蟹爪。
猿田が見た。
開いた爪が首の左右へ入った。
閉じない。
そのまま押した。
猿田が下がる。
一歩。
もう一歩。
背中がコンクリート壁へ当たった。
金属の爪が首の左右を囲っている。
逃げようとすれば、どちらかに当たる。
猿田の右手が俺の腕を掴んだ。
外れない。
俺も離さない。
呼吸が近い。
血の匂いがした。
猿田が、少し笑った。
「……隊長がさ」
黙っていた。
「あんな名前つけるからだよ」
猿田の視線が横へ動く。
栗。
蜂。
臼。
たぶん、そこまで見ていた。
「最後まで、本当にサルカニ合戦になっちまった」
俺は押しつけたままだった。
猿田が俺を見る。
「……熟したな」
何か言い返したかった。
まだ聞いてみたいこともあった。
だが、何も出なかった。
力を込めた。
猿田の右手が、俺の肩へ一度だけ触れた。
強くはなかった。
それが、かえって嫌だった。
さらに押した。
やがて指の力が抜けた。
肩から手が落ちる。
目の焦点がずれた。
それでも、すぐには離さなかった。
息を止めたまま、数を数えるように待った。
もう動かない。
そこでようやく、蟹爪を引いた。
猿田の身体が壁を滑った。
床へ、座るように崩れた。
終わった、とは思わなかった。
ただ、動かなくなった、と思った。
*
蜂が近づいた。
しゃがむ。
確認する。
立った。
剛を見る。
小さく頷いた。
誰も喋らなかった。
風が資材置場を抜けた。
少しして。
遠くから音がした。
低い。
連続した音。
大きくなる。
栗が空を見た。
「何だ」
「呼んだ」
牛だった。
いつの間にか後ろへ来ていた。
空の向こうからヘリコプターが一機、施設へ向かってくる。
「いつ」
「ちょい前」
「ちょい前って」
「終わりそうじゃと思うた頃」
栗が牛を見る。
「俺らまだ撃ち合ってたぞ」
「じゃけぇ急がせた」
ヘリが高度を落とした。
風が砂を巻き上げる。
機体は施設脇の空き地へ降りた。
GHSCの内部調査・保安部門。
数人が降りてくる。
武装している。
だが銃口は下げていた。
牛が一人の男と短く話す。
男は猿田を見る。
米丸のいる方向を見る。
施設を見る。
頷いた。
それだけだった。
現場がSARUKANIの手から離れていく。
*
写真。
記録。
武器。
負傷者。
死亡者。
保安要員が一つずつ確認していた。
栗はBenelli M4の安全を確認した。
蜂は牛のところへ戻り、STEYR SSG 08を回収した。
ストックを見る。
何も変わっていない。
軽く撫でた。
臼はMP5を牛へ返した。
「撃った」
「知っとる」
「問題ない」
「そりゃわしのじゃけぇな」
牛が受け取る。
剛が来た。
牛が左腕を見る。
止まった。
「何したんじゃ、これ」
「撃たれた」
牛がアタッチメント基部を見る。
金属が削れている。
「……こりゃぁ、防弾じゃなぁで」
「知ってる」
「知っとって撃たれなや」
「狙われたんだよ」
「避けえ」
「避けた」
「当たっとるじゃろ」
牛は工具を取ろうとした。
「まぁ、直しちゃるわい」
左腕をもう一度見て止まった。
牛は少し考えた。
「……もう要らんか」
剛は戦闘用義手を見た。
蟹爪。
削れた交換基部。
「ああ」
牛は工具を戻した。
*
数日後。
KAKI-3は回収された。
見た目は、特別なものではなかった。
古い記録媒体。
複製された書類。
ログ。
契約記録。
燃料。
車両。
弾薬。
人員。
承認者。
日時。
蟹澤誠が集めていたもの。
手を入れられる前のPERSIMMON。
GHSCの内部調査部門が資料を並べた。
猿田が残した記録とも照合された。
三年前に書き換えられた意味が、一つずつ戻された。
作業そのものは長かった。
剛はほとんど関わらなかった。
最後に一つだけ確認した。
画面。
蟹澤誠。
名前は変わっていない。
三年前にも同じ文字があった。
剛はしばらく見ていた。
ファイルを閉じた。
三年前と同じ名前が、そこにあった。
意味だけが、元に戻りつつあった。




