第六章 LEFTOVER 第六話 臼
五分前。
『MORTAR』
「聞いてる」
『中央。管理棟へ寄せるな』
「分かった」
臼は無線を切った。
ランドクルーザーを離れ、西へ回った。栗が入ったフェンスの切れ目を抜け、倉庫沿いに中央の広場へ進む。
手にはFN MINIMI。5.56×45mm NATO弾を使う軽機関銃だった。
機関部の左下には、二百発の弾帯を収めた大型のソフトパックがついている。
スリングはなかった。
長距離を歩くわけではない。射撃を安定させるために使う必要も、臼にはなかった。
必要なら、ずっと持っていればいい。
臼は角から出た。
MINIMIが咆哮した。
十数発。
わずかに途切れ、また連射。
コンクリートの角が白い粉を噴いた。薄い鉄板が激しく鳴り、窓ガラスが吹き飛ぶ。積まれていた樹脂箱が跳ね、薬莢とリンクが臼の足元へ散った。
猿田直属の男が二人いた。
一人は長身。
もう一人は右の頬に古い傷がある。
二人とも撃ち返せない。
臼はMINIMIを撃ちながら前へ出た。
軽機関銃を持った人間が制圧射撃をする。その射撃に守られて、別の人間が前進する。
本来はそうする。
臼には二人要らなかった。
頬に傷のある男が走り、作業棟の陰へ入った。
長身の男は逆へ逃れる。
二人が離れた。
臼はMINIMIを腰だめに構え、頬に傷の男を追った。
*
作業棟の中は薄暗かった。
機械油の匂い。
鉄骨。
古い棚。
足音を追って角を曲がったその場に、頬に傷のある男がいた。
近い。
男がSCARを構える。
臼もMINIMIを向けようとした。
長い。
この距離では振り切れない。
判断は一瞬だった。
銃口を下げ、左手でキャリングハンドルを掴む。MINIMIを提げたまま、空いた右手で男のSCARを横へ払った。
銃声。
弾が壁へ入る。
臼が一歩入った。
男の身体が壁へぶつかった。
男は膝を臼の腿へ叩き込み、身体をひねって離れようとする。
臼もわずかに動いた。
男がSCARを引き戻そうとした。
臼が腕ごと壁へ押しつける。
指が開いた。
SCARが床へ落ちた。
臼はMINIMIを床に落とした。金属がコンクリートを叩いた。
両手が空いた。
男の顔に絶望が滲んだ。
臼が組んだ。
男も訓練されていた。
腰を落とし、腕を差し込み、臼の体勢を崩そうとする。
臼も腰を落とした。
男の靴底が床から離れた。
臼は男を壁へ叩きつけた。
鈍い衝撃音。
男が崩れ落ちる。
立とうとしたところを再び掴まれ、今度は鉄製の棚へ叩き込まれた。
棚が歪む。
男が肘を振った。
臼の頬を掠め、血が一本流れた。
臼は何も言わなかった。
もう一度、男を持ち上げた。
男の視線が揺れた。
プレートキャリアの脇。
そこだけ場違いなピンク色が見えた。
小さなポーチ。
白いウサギ。
何だ、あれ。
そう思ったところで身体が落ちた。
床が背中へ来た。
衝撃。
視界が白く弾けた。
男の目に最後に残ったのは、白いウサギだった。
……口が、×になっている。
*
臼は床からMINIMIを拾った。
コンクリートへ一度落とした程度で壊れるようでは、軍用品とは呼べない。
作業棟を出た途端、銃声。
壁の端が弾けた。
長身の男だった。
離れた資材置場から撃っている。
臼は壁へ戻り、MINIMIを向けた。
軽機が短く咳き込む。
長身の男が引っ込んだ。
臼は進む。
もう一度撃った。
今度は長い。
発射音が連なって一つの轟音になった。
コンクリートが砕け、鋼板が激しく鳴る。弾が資材の隙間を走り、積まれたパレットから木片が飛んだ。
長身の男が身を低くして走る。
別棟の資材倉庫。
側面口へ飛び込もうとしたところへ、さらに連射。
男が引っ込めようとしたSCARの前部が弾けた。
長身の男は得物を捨て、そのまま倉庫の奥へ消えた。
遠くで一発だけ、乾いた銃声がした。
北。
臼はそちらを見なかった。
臼は壁の陰へ戻った。
残りの少なくなったソフトパックを外し、背負ってきた予備の二百連ソフトパックに交換する。
装填を済ませたところで、無線が入った。
『MORTAR』
「聞いてる」
『猿田が戻る』
「どこ」
『作業棟』
「分かった」
*
猿田は作業棟へ戻っていた。
左腕は身体へ固定されている。
右手にはUSP9。
猿田は足を止めた。
来た方へ引き返す。
蜂に撃たれた直後、一度だけ見て通り過ぎたFN SCAR-Lがまだそこにあった。
脇には猿田直属の男が倒れている。
5.56×45mm。
今度は拾った。
USP9をホルスターへ戻す。
左手は使えない。
まともな射撃姿勢を作るつもりもなかった。右腕でSCAR-Lを身体へ寄せ、腰だめに近い位置へ置く。
使い慣れた銃ではない。
だが、この距離なら十分だった。
臼が見えた。
猿田の表情がわずかに変わる。
知っている。
組ませてはいけない。
SCAR-Lが火を噴いた。
臼が壁へ入る。
弾が角を削った。
次に顔を出した瞬間、臼がMINIMIを向けてくる。
猿田は柱の陰へ飛び込んだ。
MINIMIが咆哮した。
もう一発ずつの銃声には聞こえない。
破裂音が太い一つの轟音になって作業棟を満たし、空気そのものを震わせた。
柱の角が砕け、壁から白い粉が噴き上がる。薄い鋼板にミシン目のように穴が走り、棚の上の工具が弾かれ、床へ降った。
薬莢とリンクが臼の足元へ雨のように散る。
猿田は出られない。
その轟音の後ろから、臼が歩いてくる。
猿田は射撃が途切れる一瞬を拾った。
柱から出る。
SCAR-Lを腰だめで撃つ。
臼が壁へ入る。
猿田も柱へ戻る。
間を置かず、またMINIMI。
柱の右。
左。
猿田が移ろうとする側へ弾が走った。
コンクリート片が頬へ当たる。
猿田は背中を柱へ押しつけた。
いくら軽機関銃でも、鉄筋コンクリートの柱を削り切れるわけではない。
ここにいればいい。
先に尽きるのは弾だ。
*
MINIMIは弾を吐き続けた。
猿田との遭遇後からも、すでに相当数をつかっている。
二百発入りだったソフトパックも軽くなっていた。
臼は猿田のいる柱、その左右、移動しようとする先へ弾を流しながら前へ出た。
これは猿田を撃ち抜くための射撃ではない。
そこから出さないための射撃だった。
臼はまた一歩詰める。
猿田が何を待っているのかも分かっていた。
だから、最後まで撃った。
弾帯が短くなる。
最後の数発。
MINIMIが沈黙した。
臼は左手でバイポッドを掴み、右手をキャリングハンドルへ移して銃を反転させた。
弾が切れたのではない。
切らした。
猿田が飛び出した。
鉄のこん棒だった。
「……!」
猿田がSCAR-Lを向ける。
間に合わない。
MINIMIの重い機関部が横から飛んできた。
SCAR-Lが弾かれ、猿田の身体が壁へ叩きつけられた。
肺から空気が抜ける。
臼はMINIMIを放した。
近接ではMINIMIよりも凶悪かもしれない両手が空いた。
*
猿田が先に動いた。
右拳が臼の顎へ入る。
臼の頭が振れる。
猿田は横へ抜けて距離を取った。
臼が追う。
蹴りが膝へ入る。
臼が止まった。
猿田はもう一歩離れる。
左腕は使えない。
それでも動きは崩れていなかった。
臼がまた入る。
猿田が身体をずらし、伸びてきた腕を外す。
肘を顔へ。
続けて脇腹。
短い打撃を重ねた。
臼の鼻から血が出る。
猿田が離れた。
臼は追った。
二度目。
今度は掴んだ。
猿田が腰を落とす。
臼も落とした。
猿田は身体を回し、臼の重心を外そうとする。
外れない。
猿田の顔が初めて歪んだ。
臼が立った。
猿田の足が床から離れる。
壁へ。
背中が叩きつけられた。
猿田の右拳が臼の頬へ入る。
臼は離さない。
次は金属棚。
棚が倒れ、猿田も一緒に落ちた。
それでも立とうとする。
臼がもう一度掴んだ。
身体が浮く。
背中がコンクリートの床へ叩きつけられた。
猿田の口から息が漏れ、その動きが止まった。
*
銃声。
臼の胸が跳ねた。
防弾プレートに一発。
続く一発は壁を抉った。
さっき資材倉庫へ退いた長身の男だった。
SCARを失い、右手にはBeretta M9。
臼は猿田を放し、柱の陰へ入った。
長身の男が続けて撃つ。
その数秒だった。
猿田が床を這った。
SCAR-Lまで二メートル。
右手を伸ばす。
届かない。
身体を引きずる。
指先がストックに掛かった。
引き寄せた。
銃声。
長身の男の身体が崩れた。
誰が撃ったか、猿田は見なかった。
見る余裕がない。
SCAR-Lを抱え込む。
立とうとした。
膝が落ちた。
もう一度。
歯を食いしばって立つ。
左腕は使えない。
息を吸うだけで脇腹が痛んだ。
弾倉を確認する余裕さえない。
臼を見る余裕もなかった。
壁へ肩をぶつけながら作業棟の奥へ進む。足がもつれ、一度転びかけて壁へ右手をついた。
それでも止まらない。
もう勝とうとはしていなかった。
SCAR-Lを抱え、ただ臼との距離を作る。
走ったというより、逃げた。
振り返らなかった。
*
『MORTAR』
「聞いてる」
『猿田は』
「逃げた」
『動ける?』
臼は胸を見る。
プレートに一つ弾痕。
頬から血。
鼻からも少し。
肩を回した。
「動ける」
*
しばらくして、剛と栗が来た。
臼は床のMINIMIを拾った。
ソフトパックは空だった。
もう撃てない。
壁際へ置いた。
三人で管理棟へ向かう。
施設は静かになりつつあった。
残っている銃声も少ない。
蜂は外。
牛は外周。
剛が管理棟の扉の前で止まった。
「ここか」
栗が頷いた。
臼が横に立った。
「開けるぞ」




