↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Operation PERSIMMON  作者: lemonia
LEFTOVER

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/41

第六章 LEFTOVER 第五話 蜂

 撃ってこない。


 猿田は分かっていた。


 外しているのではない。


 待っている。


「そう、教えたな」


 壁に背中を預けたまま、猿田が小さく言った。


 手にはSAKO TRG M10。


 7.62×51mm NATO。


 長いサプレッサーをつけた、一丁のボルトアクションライフル。


 北。


 蜂は、あちらにいる。


 正確な位置までは、今のところ分からない。


     *


 十六歳だった。


 伏せた蜂の横で、猿田は標的を見ていた。


 弾着はまとまっている。


 十分だった。


「射場で的を撃つだけなら、お前は十分だ」


 蜂が顔を上げた。


「でも、お前がこれから撃とうとしているものはなんだ?」


「人」


「そうだ。だから当てるだけじゃ足りない」


 猿田は標的を見た。


「射撃は当てる技術だ。狙撃は、撃つべき時まで待つ仕事だ」


     *


 剛は蜂の隣を離れた。


 斜面の裏へ下がり、施設から見えない窪地を伝って高台を降りていく。


 蜂も位置を変えた。


 少し離れた場所へ伏せ直し、SSG 08のスコープへ目を戻した。


     *


 猿田が壁の端から外を見る。


 北側の斜面。


 岩。


 低い草。


 乾いた土。


 隠れられる場所はいくつもある。


 身体を出した。


 一瞬。


 猿田の知っている蜂なら、撃ちたくなるはずの長さだった。


 だが、そこでは当たらない。


 猿田自身がそう確信できる位置と時間だった。


 銃声はない。


 猿田が引く。


 別の場所へ移る。


 もう一度。


 肩を見せる。


 脚を出す。


 遮蔽物へ入る直前、わずかに速度を落とす。


 蜂は撃たない。


「撃たないか」


 返事はなかった。


 当然だった。


     *


 遠くでBenelli M4が吠えた。


 別の方向で軽機の連射。


 誰かが叫んだ。


 また銃声。


 施設の中では戦闘が続いている。


 それでも、猿田と蜂の間では何も起きなかった。


 蜂はSSG 08のスコープ越しに猿田を追っていた。


 猿田が壁から壁へ移る。


 撃てる。


 今も。


 その前も。


 蜂の右手の人差し指はトリガーに触れている。


 動かない。


     *


「撃ちたいときに撃つな」


 十六歳の蜂が猿田を見た。


「いつ撃つの」


「当たるときだ」


 蜂は標的へ視線を戻した。


     *


 猿田はTRG M10のストックを右肩へ押し当てた。


 左手でフォアエンドを支える。


 頬をチークピースへ落とした。


 Schmidt & Benderのスコープの中へ、北側の斜面を入れる。


 岩。


 低い草。


 乾いた土。


 蜂がいる可能性の高い範囲は、すでにかなり狭まっていた。


 猿田が照準を止めた。


 一発。


 サプレッサーが発射音を削った。


 北側で土が跳ねた。


 蜂は少し離れた場所から見ていた。


 弾は、蜂が少し前までいた場所へ入った。


 猿田はボルトを操作した。


 待った。


 返ってこない。


「そうか」


 猿田が言った。


 蜂は撃たなかった。


     *


 一分。


 さらに一分。


 遠くで銃声が響く。


 軽機が短く咳き込む。


 そのたび施設の別の場所で人が動く。


 蜂は動かなかった。


 猿田も動かなかった。


 時間だけが減っていく。


 猿田は腕時計を見なかった。


 見る必要はなかった。


 分かっている。


 栗は中にいる。


 南は使えない。


 人間は減っている。


 管理棟には、まだ残り物がいる。


 ここで蜂といつまでも付き合うわけにはいかない。


 猿田が動いた。


     *


 一つ先の遮蔽物へ。


 走る。


 入る。


 蜂は撃たない。


 猿田が息を整えた。


 次。


 低いコンクリート壁。


 走った。


 入った。


 まだ撃たない。


 猿田は北を見た。


 撃ってこない。


 その事実自体が、少しずつ猿田の行動範囲を広げていた。


 次も行ける。


 そう思わせる。


 猿田自身、その危険を知っていた。


 それでも動かなければならない。


     *


 低い壁の陰で、猿田はTRG M10を構えた。


 北を一度きちんと潰す。


 そうしなければ、これ以上は動けない。


 右手がグリップへ。


 ストックを肩へ。


 左手が前へ出た。


 銃を支える。


 蜂のスコープの中に、左肩が現れた。


 上腕。


 胴体は壁の向こう。


 頭部は安定しない。


 左上腕だけが残った。


 動きが止まる。


 蜂は撃った。


     *


 猿田の身体が横へ崩れた。


 TRG M10が地面へ落ちた。


 左上腕に衝撃。


 次に熱。


 それから痛み。


 猿田はその場にしゃがみ込んだ。


 頭も肩も壁の陰へ沈む。


 左腕を見た。


 腕はついている。


 だが動かない。


 袖が急速に濡れていく。


「……やるな」


 口元がわずかに緩んだ。


 右手でメディカルポーチを開ける。


 止血処置を済ませた。


 使えなくなった左腕を身体へ寄せ、動かないよう固定する。


 フェンタニルのロゼンジを出し、頬の内側へ押し込んだ。


 壁へ背中を預けた。


 すぐには立たなかった。


 呼吸を整える。


 フェンタニルが効いてくるのを待った。


     *


 十六歳の蜂は、伏せたままだった。


 長い時間だった。


「いつまで待つの」


 猿田は双眼鏡を覗いていた。


「相手が動くまで」


「動かなかったら?」


「もっと待つ」


 蜂が猿田を見た。


 猿田は笑った。


「向こうにも都合がある」


     *


 猿田は目を開けた。


「そうだったな」


 自分にも都合があった。


 だから動いた。


 そして撃たれた。


 フェンタニルが効き始めていた。


 痛みは消えてはいない。


 ただ、遠くなった。


 猿田は右手でTRG M10を拾い上げた。


 立った。


 手の中の銃を見る。


 一丁。


 十年以上使ってきた。


 各地の戦場を共に巡った。


 手に馴染んでいる。


 しかし左腕は使えない。片腕で扱いきれる銃ではない。


 この銃を持っていっても、もう仕事にならない。


 猿田はTRG M10を置いた。


 腰のUSP9を抜く。


 右手だけで持った。


 作業棟へ向かう。


 二歩。


 猿田は振り返った。


 TRG M10が地面にあった。


 それだけ見た。


 前を向いた。


 途中。


 一人倒れていた。


 猿田直属の男だった。


 その脇に、FN SCAR-Lが落ちている。


 5.56mm。


 猿田は一瞥して通り過ぎた。


     *


 蜂はスコープ越しに見ていた。


 猿田が立った。


 TRG M10を置いた。


 USP9を右手に持った。


 作業棟へ戻っていく。


 左腕は身体へ固定されている。


 追撃しなかった。


 地面にTRG M10が残っていた。


 その先に血が続いている。


 作業棟の中へ。


 蜂は無線を入れた。


「剛」


『何』


「猿田は作業棟へ戻った」


 少し間があった。


『分かった』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。