第六章 LEFTOVER 第四話 栗
『入った』
「見えてる」
剛が答えた。
栗は西側のフェンスを背にした。
Benelli M4を低く構える。
古い資材置場。
その先に倉庫。
錆びた架台。
積まれたパレット。
施設の中央では人が動いていた。
南。
管理棟。
猿田。
意識はそちらへ向いている。
西は、まだ静かだった。
栗は倉庫の壁へ身体を寄せた。
角まで進む。
止まった。
足音。
一人。
こちらへ来る。
栗はBenelli M4をスリングへ預けた。
腰の革鞘からKA-BARを抜いた。
米海兵隊でも長く使われてきた軍用ナイフだった。
キャンプ中に五本まとめて安く仕入れたやつだ。
足音が近づいた。
男が角を曲がる。
栗は背後へ入った。
左手で口を塞いだ。
男が何かを理解するより先に身体を引き寄せる。
顔を外へ向けた。
右手のKA-BARの刃が男の首を走った。
熱いものが栗の腕へかかった。
身体から力が抜ける。
栗はそのまま支えた。
地面へ降ろす。
音は立てなかった。
男の服で刃を拭った。
革鞘へ戻す。
Benelli M4を取った。
先へ進んだ。
*
二人いた。
一人はドアの前。
もう一人は、その奥。
ここまで入り込んで相手が複数ならば、もう静かにする必要はなかった。
栗が出た。
Benelli M4が吠えた。
一人目が倒れた。
栗は横へ移る。
二人目がこちらを向く。
もう一発。
男が崩れた。
栗は止まらなかった。
左手でショットシェルを二発取り、装弾チューブに補弾する。
角を越える。
向こうから二人来る。
少し遠いが、牽制でもう一発。
銃声が施設へ広がった。
またショットシェルを押し込む。
無線が一斉に騒がしくなる。
『栗、そっち二人』
と、遅れて剛の声。
「見えてる」
『もう一人、建物の裏』
栗が止まった。
そこは見えない。
「了解」
進路を変えた。
正面から来る二人を避ける。
倉庫の脇へ回る。
一人。
いた。
男も栗に気づいた。
近い。
互いに銃を肩へ上げる余地もなかった。
男のFN SCAR-Lの銃身が栗の胸元へ伸びる。
栗はBenelli M4を横にした。
銃身と銃身がぶつかり、狭い通路で噛み合った。
男が銃口を栗へ戻そうとする。
栗もBenelliを押し返す。
ストックが壁を叩いた。
金属が擦れた。
栗が半歩ずれた。
Benelliの銃口だけが先に自由になった。
撃った。
男が倒れた。
栗は横を抜ける。
『一人減った』
剛が言った。
「見りゃ分かる」
『裏の一人』
「今行く」
もう一人は逃げ始めていた。
栗は追わなかった。
走る方向を見る。
管理棟とは逆。
「放っとく」
『了解』
剛は理由を訊かなかった。
*
西から中央へ通じる線が開いた。
倉庫の角を抜けると、舗装された広場があった。
向かいは東側の作業棟。
管理棟は、その奥にある。
栗は広場に停まった車の間を抜け、作業棟の西側へ渡った。壁に沿って北の角まで進むと、その先に管理棟が見えた。
『管理棟まで三十』
「見えてる」
栗は角から覗いた。
入口。
二人。
その手前。
人が動いた。
『猿田が動いた』
栗の目が変わった。
「どっち」
少し間があった。
『そっち』
男が建物の陰から出た。
オリーブドラブのコンバットパンツ。
オリーブドラブのフィールドシャツ。
軽量のプレートキャリア。
タクティカルブーツ。
腰にフルサイズ9mm拳銃の銃把が見える。
猿田だった。
三年前より少し痩せて見えた。
だが、歩き方は変わっていない。
腰のH&K USP9を抜いた。
栗がBenelli M4を構えた。
撃った。
猿田が消えた。
散弾が壁を叩く。
栗は前へ出た。
右。
いない。
左。
USP9の発射音。
弾が柱を叩いた。
栗が戻る。
猿田は見えない。
栗は別の角へ移った。
身体を出す。
その前に弾が来た。
壁が欠けた。
栗は頭を引いた。
「……覚えてやがる」
猿田の声がした。
「変わってないな」
「お前もな」
栗が答えた。
姿は見えない。
声だけだった。
*
栗は追わなかった。
猿田が一度引いた。
普通なら、安全な側へ下がる。
猿田はそうしない。
栗は別の出口を見た。
待つ。
影が動いた。
栗が撃った。
猿田が身体をひねった。
散弾の一粒が胸のプレートを叩く。
猿田が壁へ消えた。
USP9の射弾が返ってきた。
二発。
栗は伏せた。
一発が頭上を抜ける。
もう一発が背後の金属板を鳴らした。
栗は立った。
前へ出ようとした。
またUSP。
今度は進路だった。
栗は戻る。
別角度へ移る。
そこにも弾が来た。
栗は作業棟の陰まで下がった。
『栗』
「生きてる」
『猿田は』
栗は壁へ背中を預けた。
USP9の弾が欠いたコンクリートを見る。
「とにかくやたらに面倒くせぇ」
無線の向こうは黙っていた。
栗は周囲を見る。
南。
牛が潰した。
西。
自分が抜けてきた広場。
東。
開けている。
北東。
蜂の射線が通る。
「剛」
『何』
栗は北東を見た。
「猿田をそっちへ出す」
*
栗は動いた。
一方へ一発。
猿田が戻る。
別方向。
そこも栗が塞ぐ。
猿田は止まらない。
出口を選ぶ。
北東。
栗は待った。
猿田が動いた。
「そうだ」
栗が小さく言った。
猿田が作業棟の北東端へ走る。
栗は追わない。
その直前。
猿田の右手が伸びた。
USP。
一発。
栗のすぐ横で壁が欠けた。
破片が頬を打った。
栗は伏せた。
顔を上げる。
猿田は作業棟の角から消えていた。
「ほんっと、面倒くせぇヤツ」
*
その先は車両置場だった。
作業棟とフェンスの間に、数台の車が並んでいる。
黒いトヨタ・ランドクルーザー200が停まっていた。
猿田はその陰へ入った。
車体が北側からの射線を遮る。
後部ドアを開ける。
蜂から動きは見えていた。
猿田が荷室へ手を伸ばしたことも。
だが、胴体の大半はランドクルーザーの車体に隠れている。
射線は通らない。
荷室から長いハードケースが出た。
猿田が開く。
SAKO TRG M10。
7.62×51mm NATO。
Schmidt & Bender PM IIのスコープ。
HUXWRX Flow 762 Tiのサプレッサー。
ボルトアクションの狙撃銃だった。
猿田がそれを取った。
栗の無線が入った。
『BEE』
『見えてる』
『追い込んだぞ』
『知ってる』
猿田はランドクルーザーの陰から出た。
その刹那、視線を感じた。
北。
考えるより先に身体が動いた。
猿田は走った。
作業棟の角へ滑り込む。
蜂はスコープ越しに追っていた。
撃たなかった。
まだ「当たる」ときではない。
猿田は壁の陰へ消えた。
誰がいるのかは、もう分かっていた。




