第六章 LEFTOVER 第一話 出発
朝になった。
十七日間使った建物の前に、五人分の装備が並んでいた。
訓練用ではない。
剛は左腕を見た。
五本の指は外してある。
代わりについているのは、牛が作った戦闘用の義手だった。先端にはM4を支えるためのアタッチメントがついている。
蟹の爪は腰にあった。
今は使わない。
M4の弾倉を確認した。
装具を締める。
身体を動かす。
引っかかるものはない。
蜂は少し離れたところでSTEYR SSG 08を確認していた。
長い銃身。太いバレル。折り畳み式のストック。狙撃銃としては新しい。
そして重い。
栗のBenelli M4は、その隣にあった。
黒い自動散弾銃だった。
栗は弾薬を一発ずつ確認している。
牛はMP5を持っていた。
剛はそれを見た。
「それ使うのか」
「使わんで済むんが一番ええ」
牛は弾倉を差し込んだ。
「わしがこれ撃っとる時点で、だいたい仕事は失敗しとる言うたろうが」
「持っていく意味あるのか」
「失敗した時に要るんじゃ」
それもそうだった。
臼が建物から出てきた。
剛は見上げた。
大きい。
知っていたが、装備をつけるとさらに大きかった。
プレートキャリアの上からでも身体の厚みが分かる。
本来は分隊支援火器とされる軽機関銃、FN MINIMIを下げている。
プレートキャリアの端に、小さなピンク色のポーチがついていた。
口が×になっている白いウサギの絵がついている。
剛は見た。
「それ、MOLLE対応か」
「いや」
「じゃあ、どうやって付けた」
「ウェビングを縫った」
剛は臼とポーチを見比べた。
「……へえ」
「キャンプ中、何やらチクチクやってたの、それかぁ」
栗が言った。
「娘にもらった」
臼が言った。
栗が臼を見た。
「娘、いるのか」
「いる」
「何歳」
「七つ」
臼はピンク色のポーチを一度見た。
「持っていけと言われた」
「それでウェビングまで縫ったのか」
「そうだ」
栗は何も言わなかった。
剛も言わなかった。
牛は最初から聞いていなかった。
銀色のランドクルーザー100のボンネットに頭を突っ込んでいた。
「まだいじってるのか」
栗が言った。
「点検じゃ」
「壊れたら捨てるんじゃなかったか」
牛が顔を上げた。
「壊れとらんじゃろ」
「お前が直してるからな」
牛は答えず、ホースを指で押した。
買った時から車体には小傷が多かった。内装もくたびれていた。
十七日経っても外見は変わっていない。
ただ、ドアのがたつきはなくなった。
接触の悪かった配線も直っている。
細いホースが一本、新しくなっていた。
「昨日、ドアも直してたよな」
「ガタが出とった」
「その前はホースか」
「何が言いたい」
「別に」
栗は荷物を積み始めた。
牛もボンネットを閉じた。
ランクルの三列目は、片側のシートが外されていた。
空いた場所へMINIMIと弾薬、工具、牛の資材が積まれる。
臼が助手席に乗った。
ほかに選択肢はなかった。
剛が二列目に乗ろうとして、蜂を見た。
蜂はSSG 08を収め、装備を確認していた。
タクティカルパンツの腰を直す。
剛の視線が止まった。
蜂が振り返った。
目が合った。
剛は視線を逸らしかけた。
昨夜のことを思い出した。
口元が緩んだ。
蜂の眉が、わずかに動いた。
剛は二列目に乗った。
蜂がその隣に座った。
栗は二人を見た。
三列目を見た。
「俺、後ろでいい」
三列目からは後方がよく見えた。
警戒するには悪くない。
片側のシートは外されている。
荷物は多かったが、一人で座るぶんにはそれほど居心地は悪くなかった。
少なくとも、二列目よりは。
牛がエンジンをかけた。
ランドクルーザーが動き出した。
*
乾いた道を走った。
ルスタヴィの市街地が遠ざかる。
車内には、しばらくエンジンとタイヤの音しかなかった。
「剛」
蜂が言った。
「何」
「さっきの顔」
「何だ」
「正直、キモかった」
剛は黙った。
牛は運転していた。
臼は前を見ていた。
栗は三列目から後方警戒を始めた。
誰も何も言わなかった。
助手席の臼がタブレットに地図を出した。
話が変わった。
牛が運転しながら話し始めた。
「猿田は、まだおる」
タブレットの画面に施設の位置が表示されている。
GHSCが一時的に使っている施設だった。
常設拠点ではない。
「直属は?」
栗が訊いた。
「確認できとるだけで八。もう少しおるかもしれん」
「普通の社員もいるんだろ」
「おる」
牛が言った。
「そっちは敵にせん」
「当然」
蜂が答えた。
栗を監視していた男たちと同じ系統の人間が、そこへ集まっている。
それとは別に、何かが運び込まれた形跡があった。
何なのかは分からない。
LEFTOVER。
残り物。
十七日間追って、ようやく見つかったものだった。
「猿田は長居するつもりじゃない」
蜂が言った。
「根拠は」
剛が訊いた。
「人の動かし方。警備を固めるなら、もっと増やす」
「車は?」
「増えとる」
牛が答えた。
「何台」
「昨日から三台。うち二台は直属が使っとる車じゃ」
「道は」
「南が一番楽じゃろ。東は開けとるで、車で出りゃ見える」
「高いところは」
剛が訊いた。
「北」
蜂が答えた。
「施設全体を見られる?」
「見られる。距離はあるけど」
「中へ入るなら西だな」
栗が言った。
「壁が切れてる。警備も薄い」
臼が画面を切り替えながら訊いた。
「人数は」
「全部で三十前後じゃろう。直属だけなら十前後」
牛が答えた。
剛は地図を見た。
道路。
建物。
高所。
車。
入口。
人。
「北から見る」
牛がハンドルを切った。
「なら、次を右じゃ」
蜂が画面を拡大した。
「この辺りなら車を隠せる」
栗が別の写真を出した。
「歩いてここまで寄れる」
臼が訊いた。
「逃げるなら?」
「南」
剛が答えた。
「東は見える。西は入るのに使える。北には俺たちがいる」
栗が剛を見た。
「なあ」
「何だ」
「いつからお前に報告するようになったんだ、俺たち」
剛は顔を上げた。
「知らない」
「わしも知らん」
牛が言った。
蜂は何も言わなかった。
*
給油のため、一度だけ停まった。
小さなスタンドだった。
牛が燃料を入れた。
剛は店の裏へ歩いていった。
姿が見えなくなる。
栗が言った。
「あいつ、現場が見えるようになったな」
「前から少しはね」
蜂が言った。
「でも、まだ粗い」
「十九じゃけぇの」
牛は給油ノズルを握ったまま言った。
臼が訊いた。
「間違えたら?」
「止める」
蜂が答えた。
「あいつを?」
「間違いを」
栗が笑った。
「四人もいる」
給油機が止まった。
牛がノズルを戻した。
剛が戻ってきた。
「何の話だ」
「何でもない」
栗が言った。
五人は再び乗った。
*
午後になった。
ランドクルーザーは道路から外れた。
牛が選んだ場所は、施設から十分に離れていた。
ここから先は歩いた。
乾いた土を踏んだ。
低い草が風に揺れている。
蜂が先に観測位置へ入った。
SSG 08を設置して伏せた。
剛もその横へ伏せる。
双眼鏡を上げた。
施設が見えた。
北側の高所から、ほぼ全体を見渡せる。
南側に正門がある。
そこから舗装路が入り、中央の広場へ続いている。
広場の西側に倉庫。
東側に作業棟。
その奥に、低い小さな建物がある。
西側のフェンスは一部が切れていた。
東側は開けている。
建物の間と広場に車が停まり、その間を人が動いていた。
「三十二」
臼が言った。
「見える範囲で」
栗は入口を見ていた。
「西、使えるな」
蜂はスコープを覗いた。
「北東の屋根に一人。監視役。もう一人いるかもしれない」
牛は双眼鏡を車へ向けた。
「二台、直属じゃ」
「猿田は?」
栗が訊いた。
牛が黙った。
蜂がスコープを少し動かした。
「いた」
剛はそちらを見た。
建物の間を男が歩いていた。
距離がある。
顔までは見えない。
それでも歩き方を知っていた。
猿田だった。
「おる」
牛が言った。
誰も返事をしなかった。
剛は施設を見続けた。
剛は倍率を上げなかった。
ひとつを見るな。
全体を見ろ。
昔、父に言われた。
人を見る。
建物を見る。
車を見る。
一台。
端に停まっている車があった。
「牛」
「何じゃ」
「あの車、何だ」
「どれじゃ」
「作業棟の右。灰色」
牛が双眼鏡を動かした。
タブレットを見る。
もう一度、車を見る。
「……載っとらんな」
その車の近くだけ、人が多かった。
警備の立ち位置も違う。
車を守っているのではない。
その先にある建物を見ている。
剛は黙って観察した。
一人が建物から出た。
別の男が入った。
一般のGHSC要員とは動き方が違う。
「今なら入れるぞ」
栗が言った。
剛は答えなかった。
施設を見た。
南側の門から車が一台出た。
GHSCの通常車両だった。
しばらくして、別の車も動いた。
人が減っている。
何かが変わっていた。
「剛」
栗が言った。
剛は双眼鏡を下ろさなかった。
「もう少し見る」
誰も動かなかった。
入ることはできた。
剛は入らなかった。
もう少し見る。




