第五章 PERSIMMON 第二話 道具
三日目の朝、牛が紙を一枚、食卓へ置いた。
剛はパンを噛みながらそれを見た。
銃。
弾薬。
弾倉。
工兵資材。
工具。
車両。
その他。
「今日も訓練じゃないのか」
「道具もなぁのに何を訓練するんなら」
「昨日やっただろ」
「ありゃぁ借りもんじゃろうが」
牛はコーヒーを飲んだ。
「昨日までで、あんたらぁに何ができるかはよぉ分かった。今日から自分で使うもんは自分で決めえ」
栗が紙を取った。
「好きなの選んでいいのか?」
「好きにせえ。ただし長物は基本、五・五六。拳銃は九ミリ。できりゃ弾倉も揃える」
「つまんねえな」
「遊びに来たんじゃないんじゃけぇ」
「分かってるよ」
蜂は何も言わなかった。
臼も何も言わなかった。
剛も異論はなかった。
「それでいい」
牛が剛を見た。
「あんたはもうちょい何か言えや」
「何を」
「銃じゃぞ」
「撃てればいい。壊れなければいい。弾が手に入れ易ければもっといい」
栗が顔をしかめた。
「お前、銃好きじゃないのか」
「別に」
「傭兵だろ」
「仕事道具が好きじゃないと傭兵になれないのか」
「ならない」
栗は即答した。
「俺はなる」
「知るか」
*
ルスタヴィへ戻る途中で、牛が車を脇道へ入れた。
市街地の外れだった。
倉庫と修理工場、資材置場が並んでいる。
錆びた門を抜けると、何台かの中古車が雑然と置かれていた。
白いフォード・トランジット。
銀色のトヨタ・ランドクルーザー100。
濃紺のメルセデス・ベンツ・スプリンター。
どれも新しくはない。
奥の建物には看板がなかった。
男が一人、シャッターの前で待っていた。
五十代半ばくらいだった。灰色の髪を短く刈り、鍛えられた身体ながら腹だけが少し出ている。
牛を見る。
「久しぶりだな」
「生きとったか」
「お前よりは長生きする」
「無理じゃろ」
握手した。
男の視線が残りの四人を順に見た。
蜂で一度止まった。
臼でも止まった。
「ずいぶん懐かしい顔を揃えたな」
「仕事じゃ」
「そうか」
それ以上は訊かなかった。
シャッターを開けた。
中は銃砲店には見えなかった。
鉄製の棚。
木箱。
弾薬箱。
油紙。
工具。
自動車部品。
軍用品らしいケース。
壁際のラックに銃が並んでいる。
新品のショールームではない。
使われたものばかりだった。
だが、使われたことと、使えないことは違う。
「何が要る」
男が訊いた。
「まず五・五六」
牛が答えた。
*
男が何丁かのカービンを出した。
いずれもAR系だった。
銃身長も違う。ハンドガードも違う。銃床も違った。
栗がSIG552を取った。
「これ悪くないな」
剛は別の一丁を手にした。
M4系だった。
弾倉を抜く。
ボルトを引く。
機関部を見る。
構えた。
右手だけで扱うときの重量のかかり方を確かめる。
「何インチ?」
栗が訊いた。
「知らん」
「見れば分かるだろ」
「使える」
「サイトは?」
「当たるやつ」
「メーカーは?」
「壊れないやつ」
栗が構えを解いた。
「お前と銃の話すると腹立つな」
「なんでだよ」
「会話が成立しねえ」
剛はもう一度機関部を見た。
ボルトの動き。
セレクター。
弾倉の着脱。
銃床。
特に問題はなかった。
「これでいい」
「早えよ」
「何が悪い」
「もっと選べよ」
「弾がある。弾倉がある。部品がある」
剛は銃を置いた。
「あと何が要る」
栗は何か言おうとして、やめた。
拳銃も同じだった。
「九ミリなら何でもいい」
牛がGlock 17を渡した。
剛はスライドを引いた。
戻した。
「じゃあこれ」
「三十秒かかってねえぞ」
栗が言った。
「決まったならいいだろ」
*
「こっちは?」
男が長いケースを開けた。
Remington M24 SWSが入っていた。
蜂が手に取った。
ボルトを動かした。
頬を当てた。
スコープを覗く。
「いいだろ」
「いい銃ね」
「状態もいい」
「そうね」
「使うか?」
「いらない」
男が蜂を見た。
「いい銃だぞ」
「知ってる」
「じゃあ」
「私のじゃない」
蜂はケースへ戻した。
車へ行き、自分のケースを持ってきた。
開けた。
STEYR SSG 08。
三年間、蜂が使ってきた銃だった。
黒いストックには細かな擦り傷がある。
新品ではない。
だが蜂には、それでよかった。
いや、それでなければならなかった。
狙撃銃は、同じ型式なら同じという道具ではない。
引き金が落ちるまでの重さ。
ボルトを送ったときの感触。
頬を置く位置。
肩へ返ってくる反動。
冷えた銃身が、何発目からどう変わるか。
照準器の数字だけでは足りない。
どちらへ、どれだけ外れる銃なのか。
蜂はその癖を知っていた。
狙撃手にとって、銃を替えるということは、性能表で上等なものへ持ち替えることではない。
何年もかけて覚えた一挺を捨て、知らない一挺をもう一度覚え直すことだった。
だから、さっきの銃が悪いわけではない。
むしろ、いい銃だった。
ただ、蜂の銃ではなかった。
男は肩をすくめた。
「それなら最初から訊くな」
「あなたが出したのよ」
一般戦闘用の銃を選ぶとき、蜂はまるで違った。
「M4でいい」
剛が見た。
「お前も?」
「あなたと弾を分けられるから」
「それだけ?」
「それ以上いる?」
剛は少し考えた。
「いらない」
「でしょ」
栗が二人を見た。
「お前ら、銃の話つまんねえな」
*
ショットガンの番になると、栗の機嫌が戻った。
「Benelli M4」
迷いがなかった。
男がラックから一丁出した。
栗は受け取ると、急に口数が減った。
機関部。
銃床。
照準。
チューブ。
表面の傷。
細かく見ていく。
剛はしばらく待った。
「前のと同じじゃないのか」
「同じだよ」
「じゃあ何見てる」
栗は銃から目を離さなかった。
「同じかどうか見てる」
「同じなんだろ」
「だから同じかどうか見てんだよ」
「分からん」
「お前には一生分からなくていい」
アントワープで使ったBenelli M4は、もう戻ってこない。
警察の証拠品になっている。
栗はその銃に別れを惜しんではいなかった。
蜂にとってのSSG 08とは違う。
一挺の銃と付き合い続ける必要はない。
栗が信用しているのは、個体ではなかった。
Benelli M4という仕組みそのものだった。
近接戦闘では、銃は乱暴に扱われる。
走る。伏せる。ぶつける。狭い場所へ押し込む。
撃った直後に動き、動いた直後にまた撃つ。
そんなとき栗が欲しいのは、繊細な撃ち味ではなかった。
肩へ押しつけて引き金を引けば動くこと。
次の弾が入ること。
多少扱いが荒くても、それを繰り返すこと。
半自動散弾銃には、それぞれ癖がある。
栗はBenelli M4の癖を知っていた。
どこまで雑に扱っていいかも、どこから雑に扱ってはいけないかも知っていた。
新しい銃を覚えることはできる。
だが、覚え直す理由がない。
すでに信用できる答えを持っているのに、別の答えを探す必要はなかった。
だから同じものを選んだ。
ただし、同じ名前が刻まれていれば何でもいいわけではない。
栗は確認を終えた。
「これ」
「決まりか?」
「ああ」
次にカービンを見た。
SIG552を手に取り、しばらく構えた。
気に入ったらしい。
「こいつならベネリのバックアップに」
牛が横から弾倉をジロリと睨んだ。
何も言わなかった。
栗もそれを見た。
「…………」
SIG552を戻した。
「M4でいい」
剛が笑った。
「お前もじゃねえか」
「うるせえ」
Glock 17も受け取った。
*
男が倉庫の奥へ行った。
しばらくして、長い銃を抱えて戻ってきた。
作業台へ置く。
M60だった。
誰も何も言わなかった。
全員が臼を見た。
「見るな」
臼が言った。
「似合うぞ」
栗が言った。
「いらない」
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてある」
臼がM60を持った。
百二十キロを超える身体に収まると、不思議なくらい普通に見えた。
「ほら」
「何がだ」
「似合う」
「だからいらない」
「重いから?」
「違う」
「弾?」
「それもある」
「じゃあ何だ」
臼はM60を見た。
「映画みたいだ」
栗が吹き出した。
「じゃあM134」
「もっといらない」
「似合うぞ」
「黙れ」
結局、臼が選んだのはFN MINIMIだった。
使い込まれた5.56mm仕様。
臼が持つと、それすら小さく見えた。
「これでいい、200連用ソフトパックも頼む」
「拳銃は?」
「いらない」
「持っとけ」
牛がGlock 17を渡した。
「使わない」
「使うかどうかじゃなぁ。全員同じなら融通が利こうが」
「分かった」
臼は受け取った。
話が早かった。
*
最後に牛が自分の銃を選んだ。
「MP5」
「どれだ」
「短いやつ。縮むか畳めるかで邪魔にならんストック」
男が出した。
H&K MP5A5。
伸縮銃床。
牛は構えてみた。
すぐに決めた。
「これでええ」
「M4じゃないのか」
剛が訊いた。
「邪魔じゃ」
「何が」
「車の下潜る。工具持つ。狭いとこ入る。お前らと同じ仕事しとるわけじゃない」
牛はMP5を肩へ掛けた。
「それで戦うのか」
「わしがこれ撃っとる時点で、だいたい仕事は失敗しとる」
剛は少し笑った。
「蜂と栗はこいつをバックアップにしてもええぞ」
「M4でいい」
二人が同時に言った。
「重たかろうが?」
「心配ない」
蜂が言った。
「拳銃は?」
男が訊いた。
「CZ75」
一丁出てきた。
牛が見た。
「違う」
「CZ75だぞ」
「初期のやつ」
「ない」
「探せ」
「ないって」
「持っとるやつくらい知っとるじゃろ」
男が牛を見た。
「……一人いる」
「連絡してくれ」
「コレクターだぞ」
「知っとる」
「高いぞ」
「訊いてみい」
男は電話を取り出した。
少し離れて話した。
戻ってきた。
金額を言った。
「1200ドル」
剛は牛を見た。
牛は一秒も考えなかった。
「買う」
「明日には用意しとく」
「ここに?」
「ああ。コレクターから引き取っておく。また来い」
「おい」
「何じゃ」
「Glockでいいだろ」
「嫌じゃ」
「さっき弾もマガジンも揃えろって言ってたの、お前だぞ」
「弾は九ミリじゃ」
「マガジン違うだろ」
「わしの拳銃じゃ」
「なんでそこまでして買うんだよ」
牛が黙った。
髭を触った。
「……欲しかったんじゃ」
「は?」
「欲しかったんじゃ」
「それだけ?」
牛が剛を睨んだ。
「ええ機会じゃけぇ、欲しかったんじゃぁぁぁぁ!」
倉庫に声が響いた。
蜂が目を閉じた。
臼は無表情だった。
栗だけが頷いた。
「分かる」
「分かるのかよ」
「分かる」
「お前、家にも持ってるだろ」
男が言った。
剛が牛を見た。
「持ってるの?」
「ある」
「じゃあ要らないだろ」
「違うわ!」
「何が」
「こっちは撃つやつじゃ!」
「向こうは?」
「見るやつじゃ!」
「銃だろ」
「お前とは話にならん!」
「こっちの台詞だ!」
栗だけがもう一度頷いた。
「分かる」
蜂は興味を失って別の棚を見ていた。
*
銃が決まると、牛の買い物が始まった。
本番はこちらだった。
M18A1クレイモア。
M14とM16の対人地雷。
M86 PDM。
C4。
雷管。
ほかにも工具、配線材、固定具、予備部品。
用途の違うケースが次々と床へ並んでいった。
剛は途中から数えるのをやめた。
「そんなに要るのか」
「分からん」
「分からないのに買うのか」
「要るいうときにないほうが困ろうが」
「使わなかったら?」
牛はC4の入ったケースを閉じた。
「そりゃ一番ええ」
剛はその言葉には何も返さなかった。
牛は爆発させるために爆薬を持つのではない。
撃つためにMP5を持つのでもない。
必要になったとき、選択肢がないことを嫌う男だった。
男が別の木箱を開けた。
「刃物も要るなら、これ持ってけ」
中には革鞘に入った、新品のUSMC KA-BARが並んでいた。
「こいつはダブついてる。五本まとめてなら安く出せる」
牛が一本抜いた。
刃を見る。
「切れる?」
「KA-BARだぞ」
「切れるんじゃな?」
「切れる」
「じゃあ五本」
栗が振り向いた。
「それだけ?」
「何が」
「拳銃一挺であれだけ揉めたのに」
「ナイフじゃろ」
「ナイフだよ」
「切れりゃええ」
栗は何か言いたそうだった。
やめた。
*
最後に車を見た。
銀色のランドクルーザー100を牛が選んだ。
車体には小傷が多かった。内装もくたびれている。
だが下回りに致命的な腐食はない。
エンジンをかける。
牛が音を聞いた。
少し走らせた。
「これ」
「即決かよ」
剛が言った。
「走る」
「壊れたら?」
「直す」
「さっき捨てるって言わなかったか」
「直す価値がありゃ直す。なけりゃ捨てる」
「機械好きのくせに冷たいな」
「好きじゃけぇいうて、何でも直す思うな」
牛はボンネットを閉めた。
「直す時間と金で次が買えるんじゃったら、次を買う」
「夢がないな」
「仕事の車に夢乗せてどうするんなら」
もう一台、訓練用に使い潰せる安い四輪駆動車も選んだ。
こちらは白い三菱パジェロだった。
塗装は焼け、右後ろのバンパーに擦り傷がある。
牛は五分ほど見た。
「これも」
銃より早かった。
*
会計になった。
剛は金額を見た。
銃。
弾。
車。
施設。
その他。
安くはない。
当然だった。
「俺の分はいくらだ」
牛が振り向いた。
「何が」
「銃と弾と車と、ここ」
「知らん」
「知らんって」
「わし一人で払っとらんけぇ知らん」
剛は蜂を見た。
蜂は知らない顔をした。
栗を見た。
栗も目を逸らした。
臼は最初からこちらを見ていない。
「おい」
「何だ」
「俺の分は俺が払う」
「好きにせえ」
「だから金額」
「あとで計算するけん」
牛が言った。
「絶対しないだろ」
「するかもしれん」
「しないやつの言い方だぞ」
四人は長くこの仕事をしている。
蜂は二十七歳。
栗も牛も臼も、それ以上に長い。
剛だけが違った。
十九歳。
三年前は、生活の大半を治療とリハビリに使った。
GHSCを離れたあと、この仕事で金を稼いだのは二年ほどしかない。
払えないわけではなかった。
だが、同じではない。
それが剛には気に入らなかった。
「親父の息子だからって気を使ってるなら」
「違う」
牛が遮った。
剛は黙った。
「お前が一番金ないからじゃ」
「もっと腹立つわ」
「事実じゃろ」
「払う」
「ほいじゃ」
牛が少し考えた。
「今夜の酒代出せ」
「それでいいのか」
「高いぞ」
「いくらだ」
「まだわからん」
*
施設へ戻ったのは夕方だった。
荷物を降ろした。
M4カービン。
Glock 17。
Benelli M4。
STEYR SSG 08。
H&K MP5A5。
FN MINIMI。
弾薬。
弾倉。
M18A1クレイモア。
M14とM16の対人地雷。
M86 PDM。
C4。
雷管。
工具。
五本のUSMC KA-BAR。
それぞれ違う。
だが、並べてみれば共通しているもののほうが多かった。
五・五六ミリ。
九ミリ。
同じ弾倉。
同じ拳銃。
一人で使うための道具ではない。
誰かが足りなくなれば、誰かから渡せる。
誰かの弾が尽きれば、隣から取れる。
剛は自分のM4を手に取った。
「やっぱりこれで十分だな」
栗が聞いていた。
「お前はもう黙ってろ」
剛は笑った。
工場棟から音がした。
ギュイーン。
牛がいつの間にかいなくなっていた。
「また始めたぞ」
栗が言った。
剛は工場のほうを見た。
今日買ってきた道具が並んでいる。
その向こうでは、まだ名前もない別の道具が作られている。
明日から、それを持つ人間のほうも作り直す。
五人の道具は揃った。




