第四章 SARUKANI 第五話 SARUKANI
食事が届いたのは、午後七時半を過ぎてからだった。
ピザが四枚。
フライドポテト。
フライドチキン。
サラダ。
紙袋を受け取った栗が、中を見た。
「多くないか」
「足りんじゃろ」
牛が言った。
「誰基準だよ」
二人が臼を見る。
「俺は普通だ」
「お前はもう喋るな」
栗が言った。
臼はピザの箱を一つ取った。
「これは?」
「一人で一枚全部食うなよ」
「なぜ」
「4種類シェアして食いたい」
蜂が皿を出した。
剛は壁を見た。
PERSIMMON。
二日かけて、紙と画面の中に埋まっていたものが、少しずつ形を持ち始めていた。
食事の間も、誰かが壁を見た。
誰かが思い出した。
誰かが紙を取った。
そのたびに、牛が嫌そうな顔をした。
「食うときくらい食えや」
「お前が言うな」
栗が答えた。
牛の皿の横にはノートPCがあった。
*
午後八時十二分。
蜂が一枚の写真を見つけた。
「これ」
現場写真だった。
四年半前。
港湾倉庫。
夜。
コンテナの列。
奥に白いトラックが写っている。
「覚えとる?」
牛が訊いた。
「いる」
「何が」
「私」
蜂が写真の端を指した。
小さな人影だった。
「この屋根」
倉庫の向かいにある低い建物。
「ここにいた」
「狙撃位置?」
「監視」
「誰を」
「この倉庫に出入りする人間」
「隊長の指示?」
「ええ」
「何を見ぃ言われた?」
「顔。車。出入りの時間」
「撃つなとは?」
「言われた」
栗が笑った。
「お前に?」
蜂が栗を見る。
「何」
「いや」
「何?」
「猿田も大変だったんだなと思って」
「どういう意味」
「何でもない」
蜂は写真へ戻った。
「三晩いた」
「三晩?」
「ええ」
「作戦報告は一日じゃぞ」
「違う」
牛が現行版を開いた。
蜂の配置は載っていた。
ただし。
「護衛狙撃手」
栗が読んだ。
「誰の護衛?」
「隊長」
牛が答えた。
蜂の目が細くなった。
「違う」
「何がじゃ」
「隊長はいなかった」
「一回も?」
「一回も」
「猿田は?」
「二日目に来た」
「何しに」
「交代要員と食料を持ってきた」
「話した?」
「少し」
「何を」
蜂は考えた。
「車のナンバーを覚えろと言われた」
「誰の?」
「出入りしていた車」
「なんで」
「その時は聞かなかった」
臼が言った。
「お前もか」
蜂が臼を見る。
「あなたに言われたくない」
「そうか」
牛が現行版を見る。
「こっちじゃあ、隊長が倉庫を使って不正な物資を動かすために、お前を警戒に置いたいうことになっとる」
「違う」
「実際は」
「倉庫を見張ってた」
栗が言った。
「中じゃなくて、出入りを」
「ええ」
牛が壁へ新しい紙を貼った。
「また逆じゃの」
不正な倉庫を守った。
不正な倉庫を監視した。
同じ場所。
同じ人間。
同じ三日間。
意味だけが違う。
*
栗にもあった。
五年前。
市街地での護衛任務。
現行版では、誠が非正規の武器輸送を護衛させたことになっていた。
「覚えてる」
栗が言った。
「何を運んだ」
「知らない」
「お前もか」
「俺たち、全部聞かされて仕事してたわけじゃないぞ」
「まあ、そうじゃの」
「ただ」
栗は記録を見た。
「このルートは違う」
「どこが」
「ここは通ってない」
地図を指した。
「一本南」
「なんで」
「俺が先行したから覚えてる」
「何があった」
「検問」
「どこの」
「現地警察」
「公式?」
「たぶん」
「たぶんか」
「制服着てた」
「信用ならんの」
「だから迂回した」
牛が別の記録を探した。
車両のGPSログ。
古い断片に一部だけ残っている。
「栗が合うとる」
「だろ」
「現行版は北側を通ったことになっとる」
蜂が訊いた。
「北側に何があるの」
牛が地図を拡大した。
しばらく見る。
「倉庫じゃ」
「また?」
「さっきとは別じゃ」
契約企業。
管理会社。
所有関係。
辿る。
「こいつ」
牛が言った。
名前が出た。
現地管理部門の責任者。
三年前のPERSIMMON事件後もGHSCに残った男だった。
現在は地域統括。
蜂が壁を見る。
「残った人」
「そうじゃ」
栗が訊いた。
「つまり俺が、その倉庫を通ったことにされた?」
「そう見えるのぉ」
「何のために」
「隊長の輸送と、この倉庫を繋ぐためじゃろ」
剛が言った。
「でも実際は通ってない」
「そうじゃ」
「親父は?」
「その日の作戦責任者じゃ」
「じゃあ」
剛は壁を見る。
「親父がやった輸送そのものは本物」
「ああ」
「栗が護衛したのも本物」
「ああ」
「倉庫も本物」
「ああ」
「不正も本物」
「たぶんの」
「でも、親父の輸送とその倉庫は」
「繋がっとらん」
牛が言った。
「繋げたんじゃ」
*
臼。
蜂。
栗。
牛。
一人ずつ記憶を出した。
牛自身にもあった。
「これ、わしじゃ」
六年前。
車両修理記録。
装甲化されたトヨタ・ランドクルーザー200。
白。
フロント左側を損傷。
「直した?」
剛が訊いた。
「直した」
「現行版だと?」
「隊長の指示で車台番号を偽装したことになっとる」
「したの?」
「するか!」
牛が机を叩いた。
「車台番号なんぞ触っとらんわ!」
「怒るところそこ?」
「当たり前じゃろうが!」
「不正の濡れ衣より?」
「車台番号を削るようなロクでもない仕事した思われるほうが腹立つわ!」
栗が笑った。
「そこなんだな」
「そこじゃ!」
牛は旧記録を出した。
「フロント左のサスペンション。タイロッド。ブレーキホース。フェンダー。灯火類。直したんはこれだけじゃ」
「車台番号は?」
「いろうとらん!」
臼が言った。
「落ち着け」
「お前に言われとうない!」
牛は息を吐いた。
現行版を見る。
「この車、事件の二年後に押収されとる」
「何で?」
「武器輸送」
蜂が訊いた。
「同じ車?」
「番号上は」
「番号上?」
「そこじゃ」
牛は旧資料と押収記録を並べた。
「車台番号が違う」
剛が言った。
「じゃあ別の車?」
「かもしれん」
「でも現行版では同じ車にした」
「そうじゃ」
「親父が昔から武器輸送用の車を作ってたことにするため?」
「そう読める」
栗が言った。
「何年前から仕込んでた犯罪者になるんだ」
「六年」
蜂が答えた。
剛は黙った。
父親の三年間ではなかった。
PERSIMMONに残されていたものは、もっと古い。
もっと広い。
車。
倉庫。
武器。
金。
人間。
国境。
一つの作戦ではない。
一つの地域でもない。
それを。
一人の男の犯罪歴に作り替えていた。
*
午後十時。
壁はほとんど埋まった。
牛が中央に一本の紙を貼った。
蟹澤誠。
その左。
旧PERSIMMON。
右。
現行PERSIMMON。
「ほいじゃぁ、いったん整理するで」
誰も喋らなかった。
牛が左側を指した。
「古いほうにあるんは、不正そのものじゃ」
武器。
金。
車両。
架空契約。
無許可輸送。
現地勢力との接触。
「これ自体は、たぶん本物じゃ」
右側。
「現行版にも残っとる」
剛が言った。
「隠してない」
「そうじゃ」
「じゃあ、変えたのは」
牛が左と右の間へ線を引いた。
「誰が」
もう一本。
「いつ」
もう一本。
「どこにおった」
もう一本。
「誰の指示じゃった」
最後。
「何のためにやった」
蜂が言った。
「意味」
「そうじゃ」
牛は頷いた。
「不正そのものを消したんじゃない」
栗が言った。
「不正をした人間を変えた」
「全部じゃない」
牛が訂正する。
「本当にやっとった奴も残っとる」
「しかも何人かは処分された」
蜂が言った。
「そうじゃ」
「だから調査そのものが本物に見える」
「そういうことじゃ」
剛は壁を見た。
ようやく全体が見え始めていた。
「親父を頭にした」
「ああ」
牛が言った。
「散らばっとった不正を集めて」
「親父を中心に置いた」
「そうじゃ」
「それで何人か本物の悪党を切った」
「そうじゃ」
「会社は事件を解決したことになる」
「そうじゃ」
「猿田は」
剛が右側を見る。
「それを暴いた人間になる」
牛は答えなかった。
答える必要がなかった。
*
「でも」
蜂が言った。
「一つ逆」
「何が?」
剛が訊いた。
蜂は旧PERSIMMONを見た。
「これが誠の犯罪記録なら、おかしい」
「どこが」
「記録の取り方」
蜂は自分が監視していた倉庫の資料を取った。
「私はここを見張った」
「うん」
「隊長のために不正をしていたなら、隊長はこの倉庫を知ってる」
「そうなるな」
「なら、私に車のナンバーを集めさせる必要がない」
栗が顔を上げた。
蜂は続ける。
「誰が出入りしてるかも調べる必要がない」
「知ってるはずだから」
剛が言った。
「そう」
栗が自分の作戦記録を見る。
「俺のもだ」
「何が」
「もし隊長がこの倉庫を使ってたなら、わざわざ検問避けて南へ迂回した俺のGPS記録なんか残す必要がない」
牛が画面を見る。
「臼の言ってた家族もじゃ」
臼が言った。
「何が」
「共犯者なら、保護する理由が違う」
「いや、そこは現行版なら逃亡を助けたことになる」
「そうではない」
臼は壁を見る。
「隊長は家族を知らなかった」
全員が臼を見る。
「何?」
「現場で初めて会った」
「分かるの?」
「名前を聞いていた」
「隊長が?」
「ああ」
臼は思い出すように言った。
「妻と子供の名前を、その場で聞いた」
牛が黙った。
栗が言った。
「共犯者の家族なら」
「普通は知っとる可能性が高いの」
牛が答えた。
蜂が壁を見る。
「隊長は知らないものを集めてる」
誰も言葉を挟まなかった。
「車のナンバー」
一つ。
「倉庫」
二つ。
「人」
三つ。
「金」
四つ。
「輸送経路」
五つ。
「知らないから調べてる」
剛が言った。
「親父は」
喉が少し乾いた。
「不正をやってたんじゃない」
牛が剛を見る。
今度は。
止めなかった。
「不正を調べてた」
剛が言った。
ガレージが静かになった。
三年前。
剛は同じことを何度も言った。
親父はそんなことをしていない。
誰も信じなかった。
証拠がなかった。
理由も説明できなかった。
ただ父親だから信じた。
いまは違った。
蜂の記憶がある。
栗の記憶がある。
牛の記録がある。
臼の記憶がある。
そして。
会社の外に残されたPERSIMMONがある。
牛が言った。
「たぶん、そうじゃ」
剛は牛を見る。
「たぶん?」
「まだ全部はない」
「でも」
「じゃが」
牛は壁を見た。
「もう、お前が息子じゃけぇ言うとるだけじゃない」
剛は何も言わなかった。
*
「もう一つ」
栗が言った。
「猿田だ」
壁の中央。
誠の隣。
猿田伸吾。
「PERSIMMONを隊長と一緒にやってた」
「そう見える」
蜂が言った。
「私のところにも来た」
「臼の作戦にもおった」
牛が言った。
「栗の件も?」
「記録上は関わっとる」
「じゃあ」
剛が言った。
「猿田は知ってた」
「どこまでかは分からん」
「でも親父が何を調べてたかは知ってた」
「可能性は高い」
栗が壁を見る。
「それが途中で隊長を売った」
牛は少し考えた。
「そう見えるのぉ」
「今回は止めないんだな」
「売ったこと自体はの」
「その先?」
「分からん」
牛は猿田の事件後の経歴を見る。
「こいつが分からん」
「何が」
「猿田が腐っとった奴らの仲間なら、もっと簡単なんじゃ」
蜂が訊いた。
「簡単?」
「隊長を殺して、資料を消して、全部なかったことにすりゃええ」
誰も言わなかった。
「でも、そうしとらん」
牛は処分者一覧を指した。
「本物の不正を何件も表へ出しとる」
次。
「本当に何人も切っとる」
次。
「会社に事件を認めさせとる」
最後に。
猿田。
「ほんで自分は、事件を暴いた側へ立っとる」
栗が言った。
「仲間を売った?」
「ほんなら何で隊長まで売る」
「邪魔だった」
「何の?」
栗は黙った。
臼が言った。
「向こう側とは限らない」
前にも聞いた言葉だった。
剛が臼を見る。
「じゃあ、どっち側だ」
臼は答えた。
「猿田側だ」
誰も喋らなかった。
牛がゆっくり臼を見る。
「……それかもしれんの」
蜂が壁の猿田を見る。
「誰かに寝返ったんじゃない」
「まだ分からん」
牛が言った。
「じゃが」
猿田の経歴。
事件。
処分。
昇進。
残った人間。
牛はそれらを見た。
「そう考えたほうが、妙に筋ぁ通る」
剛が訊いた。
「何をした」
「それを調べるんじゃ」
牛はPERSIMMONを指した。
「隊長が何年もかけて集めたこれを」
少し間を置いた。
「猿田が何に使うたか」
*
夜十一時を過ぎた。
誰も帰らなかった。
壁には、六人の名前があった。
蟹澤誠。
猿田伸吾。
蜂。
栗。
牛。
臼。
剛はそれを見た。
「昔と同じだな」
栗が言った。
「何が」
「集まると、こうなる」
「どうなる」
「面倒になる」
牛が鼻を鳴らした。
「あんたがおるけぇじゃ」
「俺だけかよ」
蜂が壁を見る。
「一人足りない」
栗の顔から笑いが消えた。
誠。
もう戻らない。
牛が言った。
「二人じゃ」
蜂が牛を見る。
牛は壁のもう一つの名前を指した。
猿田。
「こいつもおらん」
「いらない」
剛が言った。
栗が剛を見る。
「そうか?」
「ああ」
「SARUKANIだぞ」
剛は眉を寄せた。
「何が」
「忘れたのか」
「何を」
栗が笑った。
「昔話」
剛は壁を見る。
蟹澤。
猿田。
栗。
蜂。
牛。
臼。
「……あ」
蜂が言った。
「やっと気づいた」
「いや、知ってた」
「今の顔は知らなかった顔」
「うるさい」
牛が笑った。
「八歳じゃったけぇの」
「覚えてるよ。なんとなく」
「なんとなくかい」
栗が指を折った。
「栗」
自分。
「蜂」
蜂。
「牛の糞」
牛。
「誰が糞じゃ!」
「臼」
臼。
最後に剛を見る。
「蟹の子」
剛は黙った。
蜂が壁を見る。
「本当ね」
牛が言った。
「ほとんど戻ったの」
「戻ってない」
栗が言った。
牛を見る。
「猿がいない」
誰も笑わなかった。
剛は壁の猿田伸吾を見る。
三年前。
SARUKANIは壊れた。
隊長は死んだ。
副長は去った。
残った者たちは散った。
いま。
五人がいた。
蟹の子。
栗。
蜂。
牛の糞。
臼。
猿だけが、いなかった。




